最終話 嘘つき女
助手と直正が出会ってから、1週間ほどが経った時のことだった。
ローサはその日、初めて学校に来なかった。直正は嫌な予感がした。
街中を捜し回った。あても無く、ただひたすら走りまわった。
「ローサ……どこにいるんだ……!!」
その頃、ローサは一人、動かなくなりつつある体をどうにかしようとうずくまっていた。
「やはり、私は壊れてしまっていたようです……」
ローサは一人、誰に向けたわけでもない言葉を呟く。
「そう……私はアンドロイド。いくら姿を人間のように見せても、私はアンドロイド。
テストなんて、合格するはずがない。アンドロイドがどれだけ頑張っても、人間になんてなれやしない。私はアンドロイド。その事実は変えられない。それでも事実に抗い、人間であろうとする私には、“嘘つき女”の名前が相応しい……」
ローサの体からは、黒い煙が出始めていた。
「ああ……どうして……これは……涙……? こんな気持ちはプログラムされていなイはずなのに……。
あと一度……アと一度だけで良いから…… ナオに……会いタい……」
ローサの目からは涙がこぼれていた。それが初めからプログラムされていた涙なのか、それとも何か違った別の原因に由来する涙なのかは誰にも分からない。涙が地面に落ちたとき、ローサの耳に声が届いた。
「ローサッ!!!!」
それは直正の声だった。息は上がり、すごい量の汗をかいている。街中を相当走り回って捜していたのだろうということが、見ただけで分かった。
「ローサ!! 大丈夫か!!」
「大丈ヴ……でス……」
いつもとは違う、機械混じりの声でローサは答える。
「嘘つけ!! 大丈夫なわけあるか!!」
「あ……あ、あ、私、やっパリ分かりまセン。
ナオ……質問しても良いデスカ。
“嘘”とは何なのですカ。
私は今、“大丈夫”と確かニ“事実と異なるコト”を言いました。
でも、それはあなタに心配をかけたクないから。
そのキモチは紛れもない“真実”……“真実”からくるこの言葉は“嘘”なのデショウか……。
嘘をつける私は……壊れたアンドロイドでしょうか……」
今にも倒れそうなローサを、直正が抱きかかえる。
「そんなことない! そんなこと……君は、すごく人間らしい」
「そうデスか……良かった……。
アア……そうダ……私、ナオと一緒に映画を観に行きタかった……
そしてもッと、一緒にお喋リをしたり……手をつないだリ……」
「手……手なら繋ぐよ!! ほら!!」
直正がローサの手を強く握る。すると、ローサは直正に向けて、それは素敵な笑顔を見せた。
「……ァア……嬉シい……嬉シイ……手を繋グとは……こンなにも……暖かイ……」
〔エラー発生中。緊急事態により活動不能。7号機の機能を停止します〕
「また……“嘘”をついたね……ローサ……
こんなに嘘つきなアンドロイドは見たことがない。
そうだ、つまり僕にとって君は……確かに人間だったよ」
ローサが見せた最期の笑顔は、まさに直子を彷彿とさせる素敵な笑顔だった。
動かなくなったローサを腕に抱き、直正はただただ泣いていた。
そこに、助手が現れる。
「……7号機を回収する」
「どうにもならなかったのか……? ローサを作った人は、何をしているんだ……」
「博士は、モニターで7号機の最期を見ていたよ」
助手は胸ポケットから、密閉された小さな容器を取り出す。
「君は、幸せだよ。ローサも。別れに立ち会えたのだから。博士は……そうじゃなかった。
私は、博士を悲しみから救いたかった。でも、出来なかったのは私の力不足……」
「ローサを回収して、どうするんだ?」
「今後の研究に活かすのさ。博士が次を作るかは分からないけどね。
そしてそのために君には……すべてを忘れてもらう」
助手が、容器の蓋を開ける。
「何……?! どうして……!!」
「アンドロイドの研究はまだまだ発展途上だ。外部に情報が漏れると困るのでね。君には、アンドロイドに関する一切の記憶を失ってもらう」
「そ、そんな……ことが……?!」
直正は少しずつ意識が朦朧としてきていた。
「“キャンセルフレーバー”というものを、君は知らないだろうね。
でも、ある匂いを嗅いだ時に、過去の記憶が鮮明に蘇るといった経験をしたことはないかね? “匂い”は“記憶”と密接な繋がりがあるとされている。それを応用したのが、この“キャンセルフレーバー”。これをまくことで、君たちのアンドロイドに関する記憶は綺麗に消える。今までの出来事は、すべて“嘘”になる」
「う……ぐ……くそ……」
「2012年に日本でアンドロイドの初号機が大暴れして、世界的なニュースになったあの事件も、誰も覚えてはいないだろう。
まぁあの事件は被害が大き過ぎて人々の記憶を完全には消し切れず、人類が滅亡するという噂だけが残ってしまったのだけれどね。
では、さようなら……直正くん」
――――それから、3日ほどが経過した。
直正も含め、アンドロイドに関わった人々の記憶から、アンドロイドの存在は完全に消えていた。
ローサは助手に回収され、アンドロイド研究施設で眠っている。
顔や体はボロボロになっているが、その姿は安らかで、微笑んでいるようにも見える。
ローサの頬を撫でながら、博士が語りかけるように呟く。
「直子……。ローサは心配をかけないようにと、最期に命懸けで“嘘”をついたよ。生前の、君のようにね。
しかし、あの少年はローサと最期の別れをすることが出来た。私達とは違う。
では、何が違ったのか。その答えが、この二人を見てやっと分かった。
……それは、私が君の変化に気が付けなかったことだ。
あの少年は、ローサの異変に早くから気が付き、ローサを捜し回ったからこそ、最期の別れができたのだ。私は、気が付けなかったのだ。どこかに必ずあったであろう、君の異変に……」
ローサの顔に、博士の涙が滴り落ちる。
「君の“嘘”は、私のための“嘘”だったのだよな……
それを……私は“嘘つき女”だなんて……。
そうすることでしか……直子を失った悲しみから、自分を保つことが出来なかった……
すまない……直子……」
その後、アンドロイドの研究がどうなったのかは誰も知らない。
もしかしたら、今もまた別のアンドロイドがこの現代社会でテストを続けているかもしれない。
いつの日か“嘘”もつけて、“恋”もできる 人間になれる日を夢見て……。




