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第11話 優しい嘘


 場所はスペイン。当時、博士は高校生としてスペインの高校へ通っていた。博士はスペイン人である。そこに現れたのは、正木(まさき)直子(なおこ)。日本からの交換留学生だ。笑顔の素敵な女性であった。二人は、高校で出会った。


 直子は、アンドロイド研究に興味があった。人間とアンドロイドが共存する社会は、きっと楽しいものになると思っていたのだ。

 博士は、当時はまだ博士ではなかったが、すでにアンドロイドの研究をすることは決めていた。直子とは少し違って、人間に代わるアンドロイドを作ることが目的だった。二人のアンドロイドに対する想いにズレはあったが、それを知るまでには至らなかった。


 博士と直子はそれぞれ自分の国のことを教え合った。勉強熱心な二人は、二人とも日本語とスペイン語の両方を話すことが出来た。知識欲の高い二人なので、その時間はとても有意義なものとなっていた。お互いに尊敬し合えるところがたくさんあった。博士は日本が、直子はスペインが好きになっていった。

二人が互いに惹かれ合うのに、さほど時間はかからなかった。出会うべくして出会った二人だったのだろう。


「直子。君のその素敵な笑顔を一人占めしたい」

「さすがスペイン人、オシャレな口説き文句ね! Gracias.」


(わず)かな時間でデートを重ね、二人は愛を育んでいった。

しかし、直子は日本に帰らなければならない。その日はあっという間にやって来た。


「寂しいけど、大丈夫。必ずまた会えるわよね」

「直子、大学を卒業したら日本のアンドロイド研究施設に就職するよ。そしたら、毎日君の笑顔に会える。なんて素敵な人生なんだ。そのことを考えれば、それまでのしばしの別れなど、安いものだ」

「ふふっ! 嬉しい! じゃあ、待ってるわ。日本(むこう)に着いたら、手紙を書くね」

「ああ、楽しみにしているよ。じゃあ、またね」

「うん! ……またね!」


 直子は素敵な笑顔を浮かべ、日本へと帰って行った。その後、すぐに直子から博士宛に手紙が来た。

スペインと日本との遠距離恋愛が始まった。


 手紙のやり取りは、長期に(わた)って行われた。内容も様々だった。帰国後、スペインでの出来事を友人に話したこと。帰国して会えないのがやっぱり寂しいこと。大学に合格したこと。こうして手紙で繋がれた二人は、その距離にも負けず確かに愛を育んでいた。

更に、SNSの進化に合わせて、二人のコミュニケーションの方法も手紙ではなく様々なものへと進化していった。


 そうして月日は流れ、博士は大学の卒業が間近に迫っていた。もうすぐ、直子と一緒に暮らすことができると博士は喜んでいた。



――しかし、突然直子からの連絡が途絶えた。



博士は動揺した。今まで普通に連絡が取れていた直子から、何故突然音沙汰がなくなったのか。それはあまりにも急だった。


「直子……一体何があったんだ……直子……!!」


博士は急いで日本へと向かった。アンドロイド研究施設への内定も無事に決まり、日本で生活するために引っ越した。新居も片付かないまま、博士は直子の行方を必死に捜した。


そうして、見つけた一つの事実。あまりにも残酷過ぎる一つの事実。





――直子は、すでに亡くなっていた。


直子が亡くなったのは、手紙が途絶えた時期と一致する。

交通事故などの不慮の事故ではない。大学在学中に、彼女は重い病気を(わずら)ってしまっていたのだ。

博士はそんなことを全く知らなかった。直子は、もしこのことを知らせれば、きっと博士は日本まで自分に会いに来る。そうなっては、博士の勉強や研究の邪魔になると考えた。博士の夢の邪魔は出来ない。だから、博士には気付かれないように、彼女は日本で元気にやっていると“嘘”をついていたのだ。しかし、博士はそんな直子の気持ちを知る由もなかった。


「あああ!! 直子……!! 酷いじゃないか……!! 君はどうして私に“嘘”なんてついたんだ……!! 本当のことを教えてくれれば、すぐに日本に飛んでぎたというのに……!! 最期の別れも……出来ながっだ……!!! あああ……!!」


途方も無い悲しみの奥底に、博士は沈んでいった。

――もう、誰も信じられない。


「初めまして、博士。これからあなたの助手を務めさせていただきます」

「人間は信じられない。私は人間に代わるアンドロイドを作る」



 それから、直子を失った博士はアンドロイドの研究に没頭した。何年も何年も、朝も夜も分からなくなるような生活をし、3号機、4号機、5号機、6号機とアンドロイドを恐るべきスピードで次々と完成させた。

人間に代わるようなアンドロイドを作る。しかし、気付けばその博士の目的は少しばかり(ゆが)んでいった。


「“直子”に代わるアンドロイドを作ろう……!!」


そうして博士は、直子にそっくりのアンドロイドを作った。それはその施設では“7番目に作られたアンドロイド”だった。


「おお……直子、やっと会えた……。寂しかったよ……これで君の笑顔は私一人のものだ……」


 博士に直子と呼ばれるそのアンドロイド7号機は、まだ起動していない。目を閉じて、まるで眠りについているようだった。これから、いくつかのプログラムの点検作業を行い、全て完了した後に起動させることになっている。


「では、早めに点検を済ませてくれよ」

「了解しました、博士」


助手が手際良く7号機の点検を済ませていく。


「博士。点検が完了しました。ほとんどの部分、異常ありません。

ですが……このアンドロイドもやはり、“嘘”がつけません」


「“嘘”……? それは“好都合”ではないか。早く起動させろ!」


こうして、7号機は起動した。“嘘”をつけないこと以外、生きている人間と全く変わりは無かった。


「直子よ……どうか久々に、私に笑ってみせてくれ……私の大好きなあの素敵な笑顔で……」

「はい、博士」


博士と7号機は、こうして一見して幸せに暮らしていくはずだった。博士はこれで悲しみから救われたものと思われた。しかし……




「違う!!! 違う違う、違う!!」


ある時、博士が机の上を両手でぐちゃぐちゃにかき回し、書類を散乱させていた。


「博士、どうなされましたか! 何が違うというのですか!?」


慌てて助手が博士の動きを抑え込む。


「やっぱり違うんだよ……直子の笑顔と……。直子の笑顔は……もっと素敵だった……」


周りから見れば、7号機の笑顔は人間そのもの。何の違和感もなかった。

しかし、博士にとっては違っていた。それは、直子のことを愛していたが故に気付いてしまうこと。直子の笑顔を、誰よりも見ていた博士にしか気付けないわずかな違い。7号機の笑顔は、恋する相手へ向ける笑顔ではなかった。アンドロイドは、“直子のような笑顔”を作ることはできたが、“直子の笑顔”を作ることはできなかった。


「所詮、アンドロイドはアンドロイド。“偽りの存在”だ……。どれだけ彼女にそっくりでも、決して彼女なわけではない。分かっていたはずなのに……私を真に愛してはくれない……彼女はもう……二度と帰ってなど来ないのだ……」


それからというもの、博士は再び、深い悲しみの奥底へと沈んでしまった。

そして、その数日後……



「7号機は……?」

「はい。変わりありません」

「そうか……では、テストをしようか。5号機、6号機に続き3体目だな」

「よろしいのですか? では、舞台(ステージ)はどのように……?」

「あぁ……次の舞台(ステージ)は……“高校”だ」

「……了解しました、博士」


博士は、7号機を社会へ出すことにした。彼女は直子ではないのだ。

だから、7号機は特別に新たな名前をつけられた。



メンティローサ。


スペイン語で“嘘つき女”を意味していた。


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