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ブラッドリー・フェントン

 獣人族というのは、実に頑丈な体をお持ちのようである。

 リヒトが投げつけた雪だるまは、彼の胸から上を完全に押し潰していた。

 これが人族なら打ち身と窒息は免れないところだっただろう。


 しかし、我に返った有紗が慌てて雪だるまを蹴りどけてみると、気の毒な被害者は軽く頭を振っただけで、何ごともなかったかのように体を起こした。


(よ……よかった……っ)


 有紗は心の底からほっとした。

 なぜなら、彼がこの城の客分にして現在可愛い犬耳メイドさんたちのときめきを一身に集めている空賊、ブラッドリー・フェントンだったので。


 子どもの粗相は、一緒にいた大人の責任である。

 有紗がリヒトの頭をがっしと抑えつつ平謝りすると、ブラッドリーはあっさりと許してくれた。彼が心の広いひとでよかった。


 それからリヒトに「初対面のご挨拶」と「自己紹介」を教え、更にそれらの実演・実習まで一通りこなした有紗は、とっても満たされた気分になった。

 物覚えのいい生徒は、実に教え甲斐があっていいものである。


「少し外の空気を吸おうと思って出てきたんだが……。何かの祭りでもあるのか?」


 不思議そうな顔でブラッドリーが見つめているのは、辺り一面にひしめく大量の雪だるま。

 さてどう説明したものかと思っていると、ご挨拶の間離れていたフィオを再び頭の上に乗せたリヒトが口を開いた。

 ……フィオは、そんなにリヒトの頭の上が気に入ったのだろうか。胡桃色の髪に顎を乗せて、実に幸せそうにまったりしている。


(……可愛いからいいんだけど。むしろもっとやれ)


 有紗は内心、ぐっと親指を立てた。


「マツリって、なんだ?」


 恐らく、子どもの「これ、なぁに?」攻撃を食らうのは、はじめてだったのだろう。ブラッドリーが束の間、奇妙な顔をして固まった。


「……祭りは祭りだろう。おまえの地元には、祭りがなかったのか?」

「なかった」


 無表情のまま答えるリヒトに、ブラッドリーがそうか、とうなずく。


「祭りというのは、一定期間ごとに土地の者たちが大勢集まって特別な料理を食べたり、さまざまな行事を一緒に執り行うことで、共同体の仲間意識を高める慣習のことだ」


 実に簡潔なご説明である。

 リヒトはブラッドリーをじっと見上げた。


「たくさんのスノーマンが、料理を食べたり何かの行事をしたりするのか?」


 ブラッドリーは厳かに首を振った。


「スノーマンは、料理は食べない。巨大なスノーマン作りを祭りの行事にしている村なら、昔見たことがある」

「……そうか」


 リヒトが軽く目を伏せた。……ひょっとして、何か期待していたのだろうか。

 ブラッドリーは、そんなリヒトの小さな落胆には気づかなかったようだ。それよりも、リヒトの頭の上に乗っているフィオのことが気になったらしい。


「それは、おまえの使い魔か?」

「ち――」

「ちがーう! ボクのマスターはヴィーだよ!」


 リヒトが答える前に、フィオが小さな牙をくわっと剥いた。

 マスター以外の頭に乗っかっているのはよくても、ほかの人間の使い魔呼ばわりされるのは非常に不本意のようである。

 そこでリヒトが、ふと何かに気がついたように首を傾げた。


「……ブラッドリーは、魔族のにおいがする」

「ああ、そうかもしれないな。今はそばにいないが、普段はいつも使い魔が一緒にいるから……におい?」


 ブラッドリーが驚いたように目を瞠る。随分のんびりしたノリツッコミだ。やはり彼は、少々鈍い御仁なのかもしれない。


「一応、こまめに水浴びはさせているんだが……そんなに、におうか?」


 何やら不安そうな顔をしたブラッドリーに、有紗は思わず「ぅ乙女かッ!」とツッコみそうになった。

 リヒトはふるりと首を振った。フィオの尻尾がぷらーんと揺れた。


「そうじゃない。なんとなく、魔力の波長に魔族っぽい感じが混ざっている。道理で、なんだかおかしな気配だと思った」


 ……どうやら、リヒトが雪だるまをぶん投げたのはブラッドリーが獣人族だったからではなく、彼の気配にシーズの魔力の残滓を感じ取ったからであるようだ。

 有紗は、リヒトがシルヴィアとご挨拶する際には絶対に彼のそばにぶん投げられるようなものを置いておかないよう、ヴィクトールに進言しておこうと心に決めた。

 一方ブラッドリーは、リヒトの感覚の鋭さに驚いたようだ。感心した顔をしてうなずいている。


「その年で、それがわかるとは……。あの王子も相当優秀だという噂を聞いていたが、その使い魔といい、この城には随分と優秀な人材が揃っているようだな」


 リヒトは黙った。

 褒められて戸惑っているのかと思ったが、おもむろにフィオを手のひらに載せてじっと見つめた。


「フィオのマスターは、優秀なのか?」


 フィオはここぞとばかりにふんぞり返った。


「トーゼンだろ? ヴィーは世界一可愛い魔術師なんだからね!」

「……可愛いと、優秀なのか?」


 困惑した様子のリヒトに、フィオはぱちくりと赤い瞳を瞬かせた。


「リヒトも可愛いよ?」

「そうなのか」


 フィオはうなずいて、にぱっと笑った。


「うん。可愛い、可愛い」

(く……っ)


 そんな彼らの様子に再び萌え転がりたくなっていた有紗の耳に、ブラッドリーがぼそっとつぶやく声が届いた。


「俺のシーズの方が……」


 ……それ以上は聞こえなかったが、有紗は力一杯おののいた。


(まさかのマイ使い魔萌えデスかー!?)


 寡黙系イケメンの皮を被ったブラッドリーは、なかなかに意外性の尽きない人物であったようだ。

 あの使い魔があそこまでフリーダムにピーチク騒がしかったのは、もしやマスターのブラッドリーが甘やかし放題だったからなのだろうか。

 有紗は恐る恐る、ブラッドリーに問いを向けた。


「あの……ブラッドリーさん。あなたの使い魔は、人型になることができるんですか?」

「一応な」

「一応?」


 どういう意味だろう、と首を傾げた有紗に、ブラッドリーは淡々と答える。


「頭領から、シーズは人前で人型にさせるなと忠告されている」

「……理由をうかがっても?」


 ブラッドリーは、少し困ったような顔をした。


「俺にもよくわからない。ただ、頭領は『犯罪臭がひどすぎる』と言っていた」

「……左様でございますか」


 有紗はそのとき、ブラッドリーの頭領殿がその忠告を口にするまでの間にどれほどの苦悩と葛藤を抱え込んだかを想像し、顔も知らない相手に多大なる同情を捧げた。


 アルフォンスは押しかけ使い魔のノーラに対して「他人様に幼女趣味と思われるのは断じてご免です」と人前で人型になることを禁じている。

 しかし、恐らく自力でシーズのことを使い魔としてゲットしたブラッドリーは、そういったササヤカな問題にまでは頭が回っていないのだろう。

 シーズの高く可愛らしい声からしても、恐らく人型になったときにはそれに相応しい年頃の子どもの姿であるに違いない。


 二十代後半のイケメンが、幼く愛くるしい少年を「俺の」呼ばわりしちゃうくらいめろめろに可愛がっているとなると――確かに本人たちの自意識はどうあれ、すさまじい犯罪臭が漂っても仕方がないかもしれない。

 有紗がひとりうんうんと納得していると、リヒトがぼそっと口を開いた。


「人型になれない使い魔もいるのか?」

「ん? ああ、そうだな。俺の知る限り、人型になることのできる使い魔は五体だけだ」


 その答えに、エメラルドの瞳が瞬く。


「……少ないんだな」


 リヒトは意外そうだが、この国の王子さまであるヴァンフレッドが以前、人型になれる使い魔は十体もいないと言っていた。

 その過半数を知っているとなると、ブラッドリーはかなり顔が広い人材と言っていいだろう。


 仕事柄使い魔と接触する機会が多いとはいえ、まだ若いのに大したもんだと有紗が感心していると、ブラッドリーがふと何かを思い出したように眉をひそめた。


「どうかしました?」


 見上げると、端正な顔に困惑した表情が浮かんでいる。


「いや……以前仕事で行った南の方で、変わった人間に会ったことがあるんだが――」


 何やら言い淀んだブラッドリーは、一度ヒルデガルド城の方を見てから先を続けた。


「彼は、ここの城主によく似ていた」

「王子さまに?」


 それはその人物が病的なまでに重度のブラコンということだろうか、と思っていると、ブラッドリーはすいとフィオに視線を移した。


「ああ。彼は魔族のような黒い髪に、赤い瞳をしていた。使っている魔術の威力が桁違いに大きかったこともあって、はじめて会ったときにはてっきり使い魔だとばかり思ったんだが、人間だった」


 言って、ブラッドリーは苦笑を浮かべた。


「最初にここの城主に会ったときにも、どこかで見たような顔だとは思っていたんだがな。……本当に、よく似ている」

「はぁ……」


 確かに世の中には似たような顔がみっつはあるというが、あんな絵に描いたようなイケメン王子さまフェイスがほかにも存在しているとは、少々驚きである。

 ヴァンフレッドときっちり血の繋がりがあるはずの一番上のお兄さんは、ほとんど彼とは共通点のない容姿をしているというのに不思議なものだ。


「ここの国王陛下は、とっても子沢山らしいですから。もしかしたらその人も、この国の王子さまだったりするかもしれませんね」

「……言われてみれば、随分と品のいい話し方をしていたな」


 むぅ、と腕組みをしたブラッドリーは、もしかしなくてもあまり冗談の通じないタイプであるようだ。

 有紗は軽く肩を竦めた。


「そんなに似ていたんですか?」


 たとえ顔立ちがどれほど似通っていようと、髪と瞳の色が違ってしまえば印象はかなり異なるものになるはずだ。

 不思議に思って問いを向けると、ブラッドリーは少し考えるようにしてからうなずいた。


「……そうだな。顔立ちや持っている雰囲気もそうだが――魔力の波長が、とても他人とは思えないほどによく似ていた」


 魔力の波長、と言われても、こちらの人々とはまったく違う構成の術を使っている有紗にはいまいちよくわからない。

 そんな有紗の戸惑いに気づいたのか、ブラッドリーは小さく笑った。


「魔力の波長は、血縁関係があるとやはり似たものになることが多い。それに、使い魔を得た魔術師は契約した魔族の魔力の影響を受けるから、それ以前とはやはり微妙に異なったものに変化するな」

「はぁ……。じゃあその王子さまのそっくりさんは、本当にこの国の国王陛下の隠し子だったりするかもってことですか」

「あまり大きな声では言えんがな。――正直、その可能性は非常に高いと思う」


 そこで有紗は、黒髪に赤い瞳のヴァンフレッドを想像してみた。ちょっと萌えた。


(く……っ、金髪きらきらの正当派王子さまも捨てがたいけど、黒髪になると一気にお色気倍増とは……王子系イケメン、侮り難しッ)


 有紗はそのとき、自分の想像力のハイスペックさに万歳三唱したくなった。フルカラーハイビジョンは素敵だ。

 そんな有紗の萌えを知る由もないブラッドリーは、しみじみとした様子で腕組みをした。


「俺はそのとき、シーズを使い魔にしたばかりだったんだが。なぜか、彼に礼を言われたんだ」

「お礼?」


 ブラッドリーはうなずいた。


「ああ。『その子を使い魔にしてくれて、ありがとう』と。……それが不思議で、妙に印象に残っている」


 そんなことを言ったブラッドリーの足元で、リヒトがきれいに丸く作り上げた雪玉の上に、そっとフィオを乗せていた。

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