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責任は取ります

 それから二週間ばかり、ときどきヴァンフレッドと息抜きに街で遊んだりしながら、さまざまな資料を調べてわかったことといったら――


「無理」


 ――どうしたって、和馬の中から竜の力とやらを分離させるのも、それを封じるのも不可能、という事実だった。


 和馬の体は、炎を吐いてもなんら損傷を受けないものに変質しているし、呆れたことに水中での呼吸も可能らしい。エラもないのに。


「どうする? 元の世界に帰って、うっかりその体質がバレたら、なんだか怪しげな研究室とかに攫われそうだけど」


「……少しは、言葉を選ぶとかしてくれてもいいんじゃねえの?」


 溜息混じりに和馬は言うが、言葉を選ぼうが選ぶまいが、目の前の現実が変わるわけでもないだろう。


「喜んで研究してくれそうな、マッドサイエンティストの知り合いなら紹介してもいいけど」


「そこで追い打ちかけるか、普通!」


(うむ)


 ツッコミをできるくらいの精神的余裕があるなら、大丈夫だ。


「ていうか、この世界の技術、っていうか古代遺跡の技術? ってばハンパないし。正直、かなり快適なんだよねぇ」


「だよな……」


 図書館に籠もってさまざまな文献を調べているうちに、この世界のことについて、いろいろなことがわかってきた。


 およそ五百年ほど前、突如として発生した魔族たちによって、この大陸を支配していた国々はすべて滅んだのだという。


 それ以前の古代文明については、有紗の目から見てもオーバーテクノロジーのような記述がいくつもあった。


 現在においても、この城の照明や上下水道施設はすべて、古代遺跡から発掘した魔導具によって制御されている。


 一度興味本位でその水を操る魔導具の解析を試みたのだが、「これぞ職人芸!」と諸手を挙げて賞賛したくなるような、高度な術式回路のカタマリだった。


 王宮だけでなく、国中の建物はすべて、いつでも水とお湯の出る水道、水洗トイレ完備はもちろんのこと、それを活用した見事な噴水が街中で芸術的な美しさで人々の目を楽しませている。


 その水とお湯を利用した冷暖房も、気候の変化に応じて完璧に制御されているため、どこへ行っても過ごしやすい。


 もうひとつ、この王宮には光を操る魔導具も設置されていて、やはりどこの部屋へ行っても壁の魔法陣に触れるだけで灯りが点いたり消えたりする。


 大広間のシャンデリアなど、魔力の篭め方によって色や形を変えるというファンタジックな優れもので、パーティーのときなどは担当魔術師が技量の限りを尽くすため、一見の価値があるそうだ。


 おまけに各部屋が無人になると、その魔導具は室内の汚れを電気分解してしまうため、掃除洗濯をする必要が一切ないという。まさに、主婦垂涎のシステム。


 一見、中世ヨーロッパのような町並みと城なのに、中身は近未来ハイテクのカタマリという、実に「来てよかった!」な世界である。


 そして人々の生活が豊かだということは、この国では美食や芸術に振り向ける時間が豊富にあるということでもある。


 お陰で、離宮で出される出される食事も、城下で買い食いするファストフードも、醤油や味噌が恋しくなる暇もないほど素晴らしい。


 それにしても、物凄いエコである。


 感動のあまり、ヴァンフレッドに「このステキ魔導具、分解して調べさせてください!」と言ってみたところ、さすがにだらだらと冷や汗をたらしながら丁重に断られた。


 なんでも、見学することさえ「王子の客人」だからこそ許されたことであって、各国の間で生じている争いのほとんどは、それぞれが保有する古代の魔導具を巡ってのことなのだという。


 幸い、この国が保有するふたつの魔導具は、生活基盤そのものを支えて国民の生活を豊かにするものである。


 その恩恵により、多くの軍人や傭兵を抱えても問題なくやっていけるため、建国から一度も他国の侵攻を許したことがないらしい。


 その分、他国から狙われることもまた多く、気苦労は絶えないらしいが、それでもそのアドバンテージは羨まれても仕方がないものだとしみじみ思う。


 暖や灯りをとるのに、木を燃やす必要もなければ電気も必要としない。


 そんな有害物質を一切排出しない、夢のような魔導具を目の前にして泣く泣く引き下がったものの、この国の魔術師も解析に手間取っているという古代の魔法書の数々は、しっかり読み漁った。


 いつか、アホオヤジに基礎理論を売って再現させよう。


 そうは言っても、やはり元の世界が恋しい。


 もちろん有紗は帰るつもりだし、和馬だって家族に会いたいだろう。


 しかし有紗はともかく、和馬はもう人間ベースのドラゴンという世にも不思議な生命体だ。


 おまえも十分ヘンだろ、という和馬の寝言は無視するにしても――


「まだ、はっきりとはしないけど。和馬ってばもしかしたら、不老不死並のご長寿になっちゃってるかもなんだよね」


 最初は五百年前の『滅びの日』以後の本ばかりを読んでいたから、よくこの世界で最強の聖獣と言われる竜を倒すことができたものだと感心した。


 だが、なんのことはない。


 ヴァンフレッドが使った竜の一部を封じた魔石とやらも、古代遺跡の発掘品だったというだけのことだ。――思い返せば、本人もそんなことを言っていたような気がする。


 この世界の古代文明とは、一体どれほど凄いものだったのだろう。


 というか、ヴァンフレッドはどれだけ博打で勝ったんだろうか。


「それなんだけどな……」


 少々ズレたことで感心すればいいのか呆れればいいのか迷っていると、既に指定位置と化したテーブルの向かいから、和馬が一冊の本をこちらに向けて滑らせてきた。


 なんだか、物凄く微妙な顔をしている。


「何かわかったの?」


 有紗がこの世界の技術を片っ端から調べるのと同時に、和馬は竜を含めたこの世界の生き物たちの生態について調べていた。


 目の前にある本は、古代語で書かれている。どうやら、古代文明における竜に対する考察を記したもののようだ。ならば、その信頼性はかなりのものだろう。


「そん中に、竜と人間との契約って項目があった」


「ふうん?」


「――竜ってのは、ひとに化けて、人間とその、恋愛関係? になることもあったらしくてな。契約っつっても結婚と同意義で、相手の人間に竜と同じだけの寿命と生命力を与えるとか、そういう類いのモンらしい。寿命を同化させる、みてえな感じで」


 それはまた、乙女心を刺激するお話だ。


 死ぬときはいちにのさんで一緒に死のうね、ということだろうか。


 呑気にそんなことを考えていた有紗は、それでな、と和馬が開いたページの一節を示す指の先を見た。バスケ部らしく、大きくて指の長い手は、結構好みだ。


 そこに記されていた『竜との契約方法』を目にした有紗は、ぱっくりと口を開いた。


 なぜならそれは、


一、 お互いの体液を交換しましょう。

二、 お互いの名前を交換しましょう。


 以上。


 という、思わず「それでいいの!?」と言いたくなるような、実にシンプルイズベストなものだったのだ。


 補足事項として、竜は親から貰った名前を、伴侶以外には明かさないイキモノである、と書かれている。


 それはそれとして――


「……わたしたち、べろちゅーしたよね」


 唾液も、立派な体液だ。


「……普通に、自己紹介もしたよね」


 初対面の相手に名乗るのは、コミュニケーションの基本である。


 ちなみに契約、つまり結婚は解消不能、一生一度の真剣勝負だそうだ。


 竜というのは情が深く、一度愛した相手を生涯愛し続けるという性質を持っているのだとか。


 どこかのヘタレ王子に、ぜひ見習わせたいところである。


「……和馬さん」


「な……なんだ?」


 有紗の据わった声に、若干引き気味になった和馬の手を、がっしと掴んで握りしめる。


「責任は取ります。結婚しましょう」


「………………はあああああぁー!?」


 和馬が突拍子もない声を上げた瞬間、ごうっととんでもない熱量を孕んだ炎が目の前に溢れ出た。他人事のようにこれは死んだかな、と思う。


「……あれ?」


 無傷。


 どこにも火傷のひとつもないどころか、髪の先さえ焦げていない。


 和馬が咄嗟に吐き出した炎を打ち消したのかと思ったが、目の前にあったはずのテーブルが跡形もない。


 和馬の手を握ったまま、恐る恐る背後を振り返ってみると、図書館の壁の一部がきれいになくなっている。


 どうやら、蒸発したらしい。


「寿命と……生命力?」


 ぽつりとつぶやくと、少しの沈黙の後、低く答えが返る。


「それもあるかもだけどな。……竜は契約者を絶対傷つけられねえって書いてあったから、オレの攻撃はおまえに一切効かないとか、そういうことだと思う」


 期せずして、間違いなく契約が成立しているということだけは、とりあえず確認できた。


 騒ぎを聞きつけて飛んできたヴァンフレッドに平謝りしてフォローを押しつけ、保護の魔法により焼失を免れた本を改めて検討してみると、更に重要な事項が記されていた。






 ――竜と契約者は、契約後は互いに対してのみ発情する。


 竜が他種族と番っても、子どもが生まれることはない。


 ただし、性交渉によって互いの魔力を交換しないと魔力の流れが澱んで歪み、いずれ双方ともに心身を蝕まれて死んでしまう。


 ……やっぱり、責任は取るべきだろう。


 さすがに、この若さで死にたくはない。


 それにしても、番った相手とにゃんにゃんしないと死んでしまうというのは、イキモノとしていかがなものだろうか。


 命がけの愛にも、ほどがある。

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