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王子さまの夢

 アルフォンスは今のところ、結構な怪我人でもある少年に対して本格的な子育てに入るつもりはなかったようだ。


 呼び出したメイドさんに彼を客室に案内するよう命じると、べりっと足から引き剥がしたノーラを肩に乗せ、改めて有紗たちに向き直る。


「――正直、可能性としては考えていたのですよ。団長からいまだにグランの少年兵について、なんの存在確認も来てはいませんでしたので」

「……ヴァンも、か?」


 和馬の問いかけに、アルフォンスは静かにうなずいた。


「ええ。……可能性としては、ですがね」

「……そっか。助けたがってたのにな、あいつ」


 そうつぶやいた和馬に、アルフォンスは一度目を伏せると、捉え所のない笑みを浮かべて応じた。


「酷いことを言うと思ってくださって構いません。私は正直、どこかほっとしています」

「え?」


 アルフォンスは、いつもよりも少し低い声で言葉を紡いだ。


「……子どもたちを救う、と一言で言うのは簡単ですが。それは明らかにグランに対する内政干渉です。いくら人道的見地から見ても許されないことだとはいえ、現在一地方領主レベルの権限しかない殿下には、あまりに荷が重すぎます」

「王都に、何か――は、できねえか」

「ええ。殿下は、ジノを政治の道具にするつもりはないとおっしゃいましたから。彼の存在を隠したまま、王都になんらかの協力要請をすることなど不可能です。それでも――いえ、なんでもありません」


 それでも、きっと。

 子どもたちが生きてさえいてくれたなら、きっと彼はヴァンフレッドの望みを叶えたのだろう。……たとえ、どんな手段を使っても。


 アルフォンスは一度ゆっくりと息を吐くと、既に叶わなくなった望みに気持ちを向けるのをやめたのか、いつも通りの柔らかな微笑を浮かべた。


「なんにせよ、殿下にあのようなお顔をさせた連中をこのまま許して差し上げるほど、私は寛大な人間ではありませんので」


 ふむ、と顎先に軽く指を当てたアルフォンスは、思いも寄らないことを口にした。


「……そうですね。ここはひとつ、団長に丸投げしてしまいましょうか」

「……はい?」


 有紗と和馬の声が、見事にハモった。

 なんだか今、もの凄く想定外なお言葉を聞いた気がする。

 てっきりこの勢いだと、アルフォンス自ら彼の国に乗り込んで、上層部連中の首を背後からまとめてカッ飛ばすくらいのことは平気でやってしまいそうだと思っていたのだが。


 何かの聞き間違いだろうかと顔を見合わせたふたりに、彼はふっと笑みを深めた。


「何も心配することなどありませんよ、おふたりとも。団長は、私の上司なのですよ?」


 ……その言葉には何かがもの凄く納得できたものの、同時にどこをどう安心すればいいのか非常に迷うところである。


 だが確かに、ヴァンフレッド至上主義者トップスリーの最後のひとりが既にグラン首長国にいらっしゃる場合、わざわざアルフォンスが出向く必要などないのかもしれない。


 わずかに表情を曇らせたアルフォンスが、ようやくいつも通りにその肩でまったりしはじめたノーラの羽根をみよーんと広げながら、ふぅと切なげに溜息をつく。


「この子がもう少し育っていたなら、グランに巣くう魔族たちを支配させて、秘密裏に特定の人間を襲わせることもできたのかもしれないのですが。少々残念です」


 鬼畜な発言に思わず固まったふたりの視線の先で、ノーラがひょこっと耳を動かす。可愛い。


「マスター? 誰か襲うの?」

「……ノーラ」


 ぴこぴことその羽根を引っ張りながら、アルフォンスがにこりと笑う。


「たとえ誰であれ、私の命令なしに人間を傷つけてご覧なさい。抉りますよ?」


(ナニを!?)


 にこやかな宣言に、有紗と和馬は力一杯おののいた。


 だがノーラはアルフォンスに構ってもらえればそれで幸せなのか、すりすりとその手のひらに頭を押しつけながら「わかったのー」と目を細めている。

 もしかしたら空気読めないスキルというのは、使い魔すべてに共通する標準装備なのかもしれない。


 魔族の上位種である純血種のノーラがアルフォンスにひっつくようになって以来、やはりその気配を感じ取るものなのか、繁殖期以後、魔族の襲撃が彼らのいる近くで起きることはなくなっているのだという。

 ある意味、最強のお守りといえるだろう。


 だが、先ほどそのお守りの物騒さを思い知ったばかりの身としては、本当に都合よくメリットばかりをもたらしてくれる存在なんてあるわけがないのだな、と改めて世の中の厳しさを垣間見た気分である。


「――ですが、心配なのは殿下ですね。あの方は今まで、これほどあからさまにご自分よりも不幸な境遇で育った人間と接したことがございませんので」


 なんだか酷いことをさらっと言ったアルフォンスは、しみじみとした様子で続けた。


「あのご様子ではもしかしたら……おや」


 噂をすれば、とでもいうところだろうか。

 アルフォンスがすいと立ち上がるのと同時に戻ってきたヴァンフレッドは、無言のまま開け放たれていた応接間の扉を勢いよく閉めた。


 そうしてずかずかと壁際にある立派な樫材のテーブルの方へ向かうと、一瞬の沈黙ののち、ばきぃっ! とその天板を拳の一撃で叩き割る。


「ふ……ふふふふっふっふ、ふふふふふふふ」


(何これ怖い)


 ヴァンフレッドが豪快にテーブルの中にその拳を突っ込んだまま、不気味な笑い声を垂れ流しはじめた。


 完全にどん引きしている有紗たちをよそに、アルフォンスは少しだけ困った顔をして言葉をかける。


「殿下? どうなさいましたか?」

「……アルフォンス」

「はい」


 まったく動じた様子もなく応じる側近の方を見ないまま、ヴァンフレッドは低く口を開いた。


「父親というのは、きっと大変な商売なのだろうな」


 唐突な言葉に、アルフォンスはおや、と軽く目を瞠った。


「なるほど。殿下はジノの『お父さん』を目指していらっしゃったのですね?」

「悪いか。昔からの夢だったのだ」

「いいえ、まったく」

「ふ……っ、これが子どもの前でいい格好をしようとして失敗した父親の哀愁というやつか。ひとつ人生の勉強をさせてもらったぞ」


 もはやどこからツッコめばいいのかわからないが、ヴァンフレッドが完全にキレていることだけは確かなようだ。


 それにしても、彼の夢はお父さんになることだったのか。

 道理で、ジノにやたらと甘くしていたわけだ。


 これはアレだ、もし本当に子どもができたら子煩悩のあまり「可愛すぎて叱れない」と言って苦悩するタイプだ。

 さすがは重度のブラコン。行動パターンが首尾一貫していて、実に天晴れである。


 しばしの間「ふふふふふ」と笑っていたヴァンフレッドは、ずぼっとテーブルから拳を引き抜いた。

 そしておもむろにこちらを振り返ったときには、完全にその目が据わっていた。


「国民を守るのは、国を束ねる者の最低限の義務だ。これからはきっちりとその義務、果たしてもらおうではないか」

「……殿下?」


 珍しく訝しげに眉を寄せたアルフォンスに、ヴァンフレッドはふっと唇の端を吊り上げた。


「国主の義務さえきれいさっぱり忘れてしまえるような阿呆を相手に、こちらばかりが真面目に真っ向勝負をしようとするから、話がバカらしくも面倒なことになるのだ。どんな卑怯なことをしようが、そんなもの。――バレなければいいだけの話だろう?」

「……そうですね」


 残念ながら、ここで「え、そうなの?」とツッコめるような空気は、ない。


「魔導具研究所はジノが潰した。使える少年兵ももはやいない。ならば彼らが次に考えることは、いかにして早急に新たな少年兵を作り上げるかというところだろうが――」


 一度言葉を切り、ゆったりと腕を組んだヴァンフレッドがくくっと肩を揺らす。


「誰がさせるか。己の保身ばかりで、何よりも守るべき子どもを利用しなければ義務を果たせないような無能であるなら、国主も貴族もとっととその地位を降りるべきだ」

「では……?」


 即座に『参謀』の顔になったアルフォンスに、ヴァンフレッドは命じた。


「カイルに連絡しろ。三日後の夜、ジノを連れてそちらへ向かうと。それから、現在調べが上がっている分だけで構わない。ジノとリヒト以外の少年兵に関する情報を、すべての報道機関にリークさせろ」

「承知いたしました」


「今回の件が済んだら、しばらくグランからは一切手を引く。何か潰したいものがあるなら、今のうちに潰してしまえと伝えておけ」

「はい。――ですが、殿下。ジノは我が国の魔導具を使えるでしょうか?」


 ヴァンフレッドは、くっと唇を歪めた。


「ならば、代わりに僕がやるだけの話だ。『魔族狩り』のリミッターを二番まで解除すれば、不要な少年兵教育施設のひとつやふたつ、五分で完全破壊するくらいのことはできるはずだからな」


(うーわー……)


 ヴァンフレッドの思考回路と発言が、完全にテロリストのソレになっている。


 しかし、それはこの世には決して怒らせてはいけない相手がいるのだということも知らずに、こんな恐ろしい人々喧嘩を売ろうとしたグラン首長国の方々の自業自得ということで、甘んじてその報いを受けてもらいたいものである。


 何しろ彼がいろいろと溜め込んだまま、いずれどっかんと爆発した場合、今よりも遙かに恐ろしいことになりそうなので。


 そんなヴァンフレッドに苦言を呈したのは、子育てのプロフェッショナルであるところのアルフォンス。


「殿下。子どもの仕事を無闇に奪い取るのは、駄目な親のすることですよ」


 やたらと実感の籠もった言葉に、む、とヴァンフレッドが眉を寄せる。


「そういうものか?」

「ええ。本来ならば子どもにさせるようなことではありませんが、その権利があるのは彼らだけです。そして、今のリヒトにそれを求めるのは無理でしょう。ですから――これは、ジノの仕事です」


 ――仕事。


 そうなのかもしれない。

 その手で自分たちを「魔族と戦うための道具」に作り上げた施設を破壊して、二度と同じような子どもたちが生まれないようにしたとしても、彼の中で何が変わるわけでもないかもしれない。


 けれどほかの誰かがそれをして、その結果だけを与えられたなら、きっと本当に何も変わらないから。


「子どもを守ることと、甘やかすことは違うのですよ、殿下。もちろん、ジノが拒むのならば無理強いなどはもってのほかですが、最初からその選択肢を奪うようなことをしてはなりません」

「……難しいのだな」


 困惑した表情を浮かべて首を捻ったヴァンフレッドに、アルフォンスは小さくほほえんだ。


「子育てほど難しいものは、人生においてそうあるものではないと思いますよ?」

「わかった。努力する」


 素直にうなずいたヴァンフレッドは、いつかきっと立派な『お父さん』になれるに違いない。


 そんな将来有望な『お父さんの卵』なヴァンフレッドに、それまで黙っていた和馬が、おい、と声をかけた。


「なんだ? カズマ」

「いや……その、ジノの仕事な。オレがサポートさせてもらうわ。もし万が一、アイツがキレて暴走でもはじめたら、おまえだけじゃ手に余るかもしんねえだろ?」


 唐突な宣言に有紗も驚いたが、ヴァンフレッドもひどく驚いたようだった。

 少し考えるようにしてから、ひどく複雑な表情を浮かべてうなずく。

 苦笑を滲ませた和馬が、困った顔をして口を開く。


「そんな顔すんなって。別に、おまえが力不足だって言ってるわけじゃねぇ。おまえがついてりゃ、アイツがキレるなんてこともそうないと思う。――ただ」


 目を伏せ、自分が何を思っているのかを再確認するように一度唇を噛んでから、和馬は低く言葉を紡いだ。


「アイツに人殺しをさせたくねえのは、おまえだけじゃねぇんだ。……オレがあいつを殺さなかったのは、そんなことをさせるためじゃねぇからな」

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