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売られた喧嘩は買いましょう

(つーかーれーたー)


 あれから有紗と和馬は王宮図書館で、件の魔法書をはじめ、呪いの解き方だの魔に取り憑かれた場合の対処法だのと銘打たれた本を片っ端から調べ上げた。


 しかし、そのどれもが覚え書きのような内容で、よくあんなものを参考に召喚術など行使したものだと、逆にヴァンフレッドに感心してしまうようなシロモノである。


 もし〈分析〉で彼の術力――彼らが言うところの魔力を調べたら、とんでもないレベルなのかもしれない。


(うー……)


 無詠唱の〈絶対防御〉と無茶な界渡りのせいで、いろいろとしたいことがあるのに、何もできないのがもどかしい。


 どれだけ回復に時間が掛かるかわからないのが、どうにもこうにもストレスが溜まって仕方がない。


 ここまで術力が低下することなど今までなかったから、自分がひどく無力な存在になったようで、不安でもある。


 調べ物に集中してそんなことを忘れたいのに、図書室の蔵書のまるで系統づけられていない記載はあちこちに内容が飛んで、それを追いかけるだけでもとんでもない手間がかかる。


 いくら自分たちのような部外者にもノーチェックで公開しているような、一般向けのオープンな図書室とはいえ、もう少しきちんと蔵書管理をしていてもバチは当たらないのではないだろうか。


 和馬は和馬で、動物図鑑のようなバカでかい本をあれこれ読んでは、あまりに非常識な内容に頭痛を覚えていたようだ。


 だが、焦ったところで仕方がない。


 明日からまたがんばることにして、ヴァンフレッドと揃って夕飯を摂った後は、隣同士に宛がわれた客間に揃ってさっさと撤収した。


(あー……ふかふかー……)


 ランプの灯りに照らされた室内は、なかなか幻想的な雰囲気だ。


 部屋の隅には大きなバスタブが置いてあって、蛇口を捻ればちょうどいい温度のお湯が出てくるようになっているのは、さすがは王宮といったところか。


 ふかふかスプリングの誘惑に抗えず、まずは天蓋付きのベッドにダイブする。


 それからちらりと視線を向けてみると、シャンプーやトリートメントのようなきれいな瓶や、良い香りの石鹸、化粧水や乳液と思われるものまでが、至れり尽くせりといった感じでずらりと棚の上に並んでいた。


 王宮って素敵だー、と思いながら、お風呂の誘惑に誘われ、よいせとベッドから起き上がる。


 まずは、バスタブにお湯を溜めなければならない。うきうきとそちらに向かおうとしたとき、軽いノックの音が聞こえた。


 なんだろうと首を傾げながら、どうぞと答える。


 お夜食をお持ちしました、という声とともに、あの第一印象のあまりよろしくなかった赤毛のメイドが入ってくる。


 しずしずとワゴンを室内に入れ、丁寧な手つきで扉を閉める様子を眺めていると、唐突に彼女の雰囲気が変わった。


「ちょっとあなた。さっさとここから出ていってくださらないかしら」


(……あー、やっぱりこうきたかあ)


 予想通りといえばその通りの展開に、うんざりする。


「あなたの兄ときたら、魔族のような髪をして気味が悪いったらないわ。殿下はお優しい方だから、あなた方のような賤しい者にも慈悲をかけてくださるけれど、こんなことが知れたら殿下の不名誉になるということも理解できないの? 王宮に魔族紛いの平民を招いて、客人として扱うだなんて冗談ではないわ。王宮で働くわたくしたちは、みんな貴族の出ですのよ。そのわたくしたちが、どうして平民の、それも奴隷として売られかけたようなあなたに仕えなければならないの。わたくしの言っていることが理解できる頭があるなら、明日の朝にでもここを出ていくのよ。よろしくて?」


 傲然と顎を上げて言い連ねる彼女は、有紗が当然自分の言うことを聞くものと信じきっているようだ。


 しかし当然ながら、有紗が彼女の言葉に従う必要などまるでない。


(ていうか、よくこれだけ差別発言が出てくるなぁ。なんであの王子さまの宮で、こんなバカ女が働いてんだか)


 ヴァンフレッドはとんでもなく残念なブラコンのアホの子だが、少なくとも平民を見下すような人物ではないことだけは知っている。


「人の話を聞いているの!? 黙っていないで、返事をなさい!」


 ……うるさい。


 無視し続けるのも手かもしれないが、ここにいる間、ずっとこの電波を受け続けるのは我慢できそうにない。


 ただでさえ疲れて苛々していたところにヒステリックな言葉を聞かされて、不快指数がマックスを越えた有紗は、深々と息を吐いて歩きだした。


「なんですの? 今すぐ出ていっていただけるのかしら?」


 勝ち誇ったように赤く染めた唇を歪めた彼女の脇をすり抜け、扉を開く。


 そうして廊下へ出た有紗は、出口はあちらでしてよ、という声を背中に聞きながら、それをきっちり無視して隣の扉へ向かった。


 すう、と息を吸う。せえの。


「――お兄さま! お兄さまあぁーっ!」


 夜の廊下に、有紗の悲鳴じみた泣き声が盛大に響き渡る。どんどんと扉を叩く騒音の伴奏つきで。


「ちょ……え、有紗?」


 疲れきっている和馬には悪いと思ったが、驚いた顔をしてすぐに扉を開いた彼に、素早く唇だけで合わせろ、と告げる。そのまま、がっしと抱きついた。


「お兄さま!」


 一瞬、和馬の体が強張ったが、ぎこちなく有紗の背中に腕を回してくる。


 何ごとか、とあちこちから人が飛び出してくる気配を確認しつつ、悲しげに声を張り上げる。


「こんなところにいるのは、もういやです! 親切にしていただけたと思っていましたのに、みなさん本当は、わたしたちを気味が悪いと思っているのですもの!」


「――有紗。落ち着け。誰がそんなことを言った?」


 すかさず宥めるような声を作った和馬に、心の中でぐっと親指を立てる。


「お……お夜食を運んでくださったメイドさんです。黒髪は魔族のようで気味が悪いと、平民風情が王子さまの慈悲を受けるなど厚かましい、さっさと出ていくようにと……っ」


 ざわりと、周囲の空気が変わる。あのメイドの顔を見られないのが、実に残念だ。


「あの方は貴族だから、奴隷として売られかけたようなわたしの世話をするなど、耐えられないそうです。わたしだって、そんなふうに蔑まれてまでこちらでお世話になどなりたくありません!」


 そうか、と和馬の低い声が響いて、大きな手がそっと髪に触れる。


「使用人の躾けもろくにできねえとは、この国の王宮ってのもたかが知れているな。――なぁ、王子サマ?」


「まったく、申し訳のしようもない」


 いつの間にか、ヴァンフレッドも近くに来ていたらしい。ひっと引きつった女の悲鳴がかすかに聞こえる。


「この国の貴族ってのは、あれか? 庶民の税金でメシ食ってるくせに、庶民を蔑んで威張り散らすしか能がねえのか?」


 低く揶揄するような和馬の声に、一瞬、沈黙が返った。


「ヴィクトール」


「はい」


「その者を、今すぐ王宮から追い出せ。二度と王宮へ伺候することは許さん」


「承知いたしました」


 淡々と重ねられた会話に、女が高く声を張り上げる。


「そ……っそんな! お許しください殿下! 我が父はグルディア侯爵でございます!」


「それがどうした」


「……っ!」


「王も貴族も、民あってのもの。そんなことも理解しておらぬ愚か者に、民を治める資格はない。いや、それ以前に、身分や髪の色で他者を蔑むとはな。ひととして軽蔑するのも情けない所業だ。おまえのようなものは、我が国の恥だ。僕の賓客を侮辱して、生きていられるだけありがたいと思え」


(……おおう)


 ブラコン王子とも思えぬ凛とした声に、周囲が素早く従うのが気配でわかった。


 ここは一発、あのメイドにスケープゴートになっていただいて、今後の生活改善を図ろうとした思惑は、予想以上に成功したようだ。


 この騒ぎを見て、再び自分たちに余計なことを言うような勇気のある輩はそういまい。


 そろそろいいだろうと和馬から腕を離し、その場に残っているのがヴァンフレッドだけだということを確認すると、有紗は力一杯溜息をついた。


「ちょっと王子さま。ほんっと勘弁してください。なんであんなのがここで働いてるんです?」


 ぞんざいな口調で言った途端、ヴァンフレッドがぽかんと目を丸くする。


「あ……アリサ? おまえ、泣いてたんじゃ……」


「は? なんでわたしが、あんなレベル低い厭味言われたくらいで泣かなきゃならないんですか。アッタマ悪すぎですよ、あの女」


 ランプの薄明かりにも、ヴァンフレッドの唖然とした顔がはっきりと見えた。和馬が、気の毒そうな声で話しかける。


「ヴァン。こいつを泣かすのは、滅多なことじゃできねえと思うぞ?」


「う、うむ……。いや、それはそれとして、本当に悪かった。あの者が不快な思いをさせたのは事実なのだろう?」


 ヴァンフレッドの真っ直ぐな謝罪に、あの女のせいで少々心が狭くなっていた有紗は、ぶちぶちと愚痴った。


「ひとが疲れてるってのに、開口一番出ていけとか、意味わかんないです」


「……すまない」


「いいですけどね、もう。あ、ごめんね和馬。疲れてるとこ邪魔して」


 そう言って見上げると、軽く目を瞠った和馬は、にやりと唇の端を持ち上げた。


「いや? 別に、役得だったし」


「え?」


 なんのことだと首を傾げた有紗に、和馬は楽しげに笑みを深めた。


「結構胸でけえのな、おまえ」


「……っこの、セクハラ兄貴ーっっ」

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