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ここの魔族は、ペットです

「お戻りなさいませ、殿下」


 宮の入り口でヴァンフレッドを出迎えたのは、淡い金髪をすっきりと後ろに撫でつけ、片眼鏡に口ひげのチャームポイントも素晴らしい、これぞ執事! という雰囲気の壮年の男性だった。


 お名前はやはりセバスチャンでしょうかッ、とどきどきしていたのだが、ヴァンフレッドは気安い笑みを彼に向けると、家令のヴィクトールだ、と紹介してくれた。


 ヴァンフレッドはヴィック、と彼を呼ぶと、例の胡散臭い設定を堂々と説明し、ふたりの部屋を用意するよう命じる。


「承知いたしました。――殿下、今日のお茶はいかがなさいますか?」


「ファル産のファーストフラッシュにするかな」


「はい。おふたりとも、どうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ」


 見事に優雅な一礼を残してヴィクトールが去っていくと、ヴァンフレッドは客間と思しきこれまた豪華な一室にふたりを案内した。


「ねね、王子さま。さっき王宮の前で訓練していた中に、動物の耳や尻尾のお兄さんたちがいたでしょう? あのひとたちも魔族なんですか?」


 勧められたソファに落ち着くなり、有紗が気になって仕方なかったことを尋ねると、いいや、とあっさり否定される。


「彼らは獣人族だ。人族より遙かに強靱な肉体と鋭い感覚を有しているが、全員が魔法を使えるわけではない。髪も黒くはなかっただろう?」


「あ、そうでした」


 彼らの愛らしいチャームポイントにばかり気を取られていたが、確かにその髪はこの国でよく見る栗毛や赤毛、金髪だった。


 獣人族はその身体能力の高さから、騎士団や自警団で働く者が多いのだという。


 そして魔族は、それを召喚して契約を交わした者に従属するもの。


 昔は魔術を行使できる騎士が使い魔とすることもあったが、最近は魔術師と騎士の役割分担がはっきりしているらしい。


 貴重な魔術師を戦場に出して死なれるより、役に立つ魔導具の開発に携わらせ、それを騎士に使わせた方が効率がいい、という方針なのだとか。


 実際問題として、魔族は魔術師が造った武器でしか仕留められないことから、彼らは人々から非常に高い尊敬を受けている。


 また、契約を交わしていない魔族というのは、ほとんどが野生の獣。それも、問答無用で人を襲って食らう狂獣であるため、街中で黒い獣を見かけたなら、それは間違いなく魔術師の使い魔ということになるらしい。


「契約って、どんなことをするんですか?」


「魔法陣を使って召喚した時点で、召喚者である魔術師の力量が、その魔族より勝っているということになるからな。召喚に応じた時点で、大抵の魔族は召喚者の僕となることを選ぶ。その証として魔族が召喚者に名を与えれば、契約の完了だ」


 有紗は、首を傾げた。


「……勝手に呼びつけといて、従えって? 随分横暴ですね」


 ヴァンフレッドの眉間に、軽く皺が寄る。


「そうではない。魔族というのは、魔の気配に冒されたもの。かつてはごく普通の獣や精霊だったものだ。魔に冒されたものは黒く染まることから、「染まる」とも言うが。一度染まったものは、二度と元に戻れぬ。自我をなくし、ただ暴れ狂う衝動のままに、目につくすべてを食らうものになってしまう。それを光の中に戻し、従えるのが契約だ。魔族は、己を狂気から引き戻し、救った召喚者に喜んで忠誠を誓う」


 思いも寄らない契約の実態に、有紗は目を丸くした。


(つーか、精霊て)


 そんなんまでいるんかい、と内心で関西人のように裏手ツッコミを入れてしまう。


「魔術師と契約していない魔族は、目につく人間をすべて食い殺す。問答無用で討伐対象となるから、ただ殺し続けるだけの存在でいるよりもいいと、僕は思う」


 それに、とヴァンフレッドが何かを思い出したように小さく笑った。


「魔族にとって魔術師の生気というのは、ひどく心地よいものらしい。僕の知り合いが使役している魔族など、マスターと常にともにいるために、巨大な山猫だったものがある日小さな仔猫に変じてな。常に彼の肩に乗っているのが、一部のご婦人方の間でとても好評のようだ」


「……ペット扱いなんですか?」


 魔族という言葉の響きからして、それこそ戦闘用に呼び出して支配し、無理矢理戦わせる、みたいなイメージがあったのだが。


 さっきから兎だの仔猫だの、聞いた限りではなんともファンシーで愛らしい姿しか想像できない。


 そう言うと、ヴァンフレッドはそんなようなものだな、とあっさりうなずく。


「魔族を召喚できる魔術師、というのがそもそも貴重な存在なのだ。魔術師にとっても、自分の力を誇示するのにちょうどいい上に、見た目に愛らしい姿には心が和むだろう。戦になど使って、折角手に入れた使役を失うようなことはまずしない」


 隣で、マジでペット扱いするつもりだったのかよ、と和馬が疲れきった声でぼやく。


 そこへ、失礼します、と軽やかな女性の声が響いた。


 開け放した扉の向こうから、お茶のポットと茶菓子を載せたワゴンを押した、いわゆるメイド服を着た女性が入ってくる。


 黒に近い、濃い灰色の長袖膝丈ワンピースの上には白いフリル付きのエプロン。揃いのヘッドドレスに、足元は編み上げのブーツ。


 メイド服って全世界共通なんだろうか、と馬鹿なことを考えながら、はじめて見るリアルメイドをなんとなしに眺める。


 ヴァンフレッドには実ににこやかに蕩けそうな笑顔を向けていた彼女は、一瞬だけちらりとこちらに視線を向け、すぐさま手元の茶器にそれを落とした。


(うーん……)


 非常に訓練された手つきでお茶の用意をする赤毛のメイドは、そつなくすべてを整えて去っていったが、あの視線はいただけない。


 街の子どもたちの、未知の者に対する怖れ、もしくは魔族ではないかという疑念の入り交じったそれとはまるで違う。


 あれは、あからさまにこちらを見下す視線だ。女同士だからこそわかる、「アンタ、気にくわないのよ」という意思をばっちり乗せたアレである。


 王宮でメイドをしているくらいだから、彼女はどこぞの貴族令嬢で、庶民のこちらを格下の者だと思っているのかもしれない。


 ヴィクトールにそんな感じはまるでなく、どこまでも丁重に主の客人を迎える姿勢を取っていたから、少し意外だ。


 どれだけ指導者が立派でも、あの手の女はどこにでもいるということか。


(ま、いっか)


 和馬とヴァンフレッドは気づいていないようだし、お茶はきちんと美味しくできているから、些細なことは放っておくことにする。


「……それで、王子さま。例の魔法書とやらを、早速見せてもらいたいんですけど」


 何しろ、和馬が我を忘れて叫ぶと、炎が飛び出すのだ。そんな危険極まりない生きた火炎放射器を、とてもそのままにはしておけない。


「あと、竜の生態がどんなものかも知りたいです。元に戻れるならそれが一番ですけど、もし戻れないとしたら、どうにかして力を封じるなりしないと、危なっかしくて放っておけません」


 隣に腰かけていた和馬が、むっとしたように眉を寄せる。


「保護者か、おまえは」


「えー、保護者はそっちでしょ? お・に・い・さ・まっ」


 語尾にハートマークをつけて言ってやると、やめんかいっと喚く。気色悪いとは失礼な。


「つうか、ここの文字って読めるようになってんのか?」


 ふと気がついたように首を傾げた和馬に、うなずく。


「あ、それは大丈夫。見ればなんとなく意味はわかるようになってると思う」


「……つくづく便利だな。外語のテストとか楽勝なんじゃねえの」


 じっとりと見つめてくる和馬に、ふふんと笑ってやる。


「うん。英語で九割以下の点数、取ったことないよ?」


「ずりいっ」


「ずるくないもん。他の努力が、結果オーライなだけだもん」


 ぷいっと顔を背けると、ヴァンフレッドがくっくっと肩を揺らして笑う。


「文字に不自由しないというなら、手分けしてやったらどうだ? 魔法陣の解析はアリサしかできんのだろうし、竜のことについてはカズマが一番知っておくべきだろう?」


 その助言に、有紗と和馬は揃って大きく目を瞠った。


「王子さまが、マトモなこと言ってる……」


「どっかで別人で入れ替わったんじゃねえだろうな」


 思わず漏らした本音に、ヴァンフレッドがむっと顔をしかめる。


「失敬な。僕が後先考えずに行動するのは、ルカに関することだけだ」


 やっぱり、この王子さまはただのブラコンだった。

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