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ツッコミの基本は手刀です

 そんなことを話しながら歩いているうちに、細い砂利道が人々の行き交う通りに合流した。


 やはりというべきなのか黒髪はおらず、栗毛や褐色の髪色をした人間が多い。


 ところどころに、やたらと派手な赤毛や金髪も見える。


 和馬を見た者たちがみんな揃って、判で押したように驚いた顔をするのが少し鬱陶しい。


 有紗は軽く肩を竦めると、和馬を見上げてこっそりとぼやいた。


「パンダって、こんな気分なのかなぁ」


 和馬が軽く首を傾げる。


「そういや昔、パンダに抱きつきたくて檻の中に入り込んで、がっつり引っ掻かれた男のニュースを聞いたことあんな」


「え、どこの動物園?」


「中国のどっか」


 前方で馬を止めたヴァンフレッドが、この辺りに住んでいるらしい子どもに声をかけて、コインを手渡しているのが見えた。


 笑顔になった子どもが、ぱっと駆け出す。その後ろ姿を見送りながら、ヴァンフレッドが馬から降りてくる。


 和馬が近寄ると馬が怯えてしまうので、そこに残したまま有紗だけが近づいていくと、相変わらず無駄にきらきらしい笑顔を浮かべる。


「今、辻馬車を呼んでくれるよう子どもに頼んだ。城下まで、まだしばらくかかる」


「大丈夫ですかね?」


「幌馬車だからな。カズマは幌の端にでも乗っていれば、なんとかなるのではないか」


 確かにそれならば、和馬は馬から結構離れているだろう。駄目なら駄目で、歩くだけだ。


 しかし、そんな心配は杞憂だったようだ。


 ちょっとびっくりするほど大きな馬は、暴れる気配もなくおとなしくしていてくれた。


 むしろ御者の方が和馬の黒髪を見て、ちらちらと不安げな視線を何度も寄越してくる。


 ヴァンフレッドが王宮まで、と銀貨を一枚弾いていなければ、もしかしたら断られていたかもしれない。


 そこはかとなく哀愁を漂わせている和馬と並んで、幌馬車の最後尾に後ろ向きに腰かける。


 のんびりと動き出した馬車を、遠巻きに見ていた子どもたちが興味深そうな顔をして追いかけてきた。


 見たところ、五歳から七歳くらいだろうか。


 どうやら、この辺りに住んでいる子どもたちらしい。彼らが着ているものは、それぞれ芸術的な刺繍や装飾が施されていて、この世界の服飾技術の高さをうかがわせる。


 子どもたちが、こうして労働力とならずにのびのびと遊んでいられるというのは、この土地の安全性と生産力が高い証拠だ。


 どの子どもも清潔な格好をしているし、何より好奇心一杯に輝く彼らの瞳に陰りというものがまるでない。


 最近は日本でも「知らないひとにも知ってるひとにも、絶対についていっちゃいけませんヨ」と教育されていることを思うと、随分この国は豊からしいな、と少し羨ましく感じる。


 子どもたちはしばらくの間、つかず離れずといった感じでついてきた。


 やがてその中のリーダー格らしい子どもが、なあなあ、と声をかけてくる。


「そっちのにーちゃん、魔族か?」


「んー? どう思う?」


 子どもの扱いは慣れている。


 にっこりと笑って見返せば、そばかすの散った幼い顔に、ぱぁっと朱が昇る。


「えぇっと、えと、目が赤くないから、違うと思う!」


「そうだよー、正解! このお兄ちゃんはきみたちと同じ、人間です」


 そう言うと、子どもは不思議そうな顔をして首を傾げた。


「でも、にーちゃん、髪が黒いぞ?」


「遠いところから来たからねえ。お姉ちゃんたちの故郷では、みんな黒髪だよ?」


 そうなの!? と子どもたちが揃って声を上げる。


 こうして彼らを眺めてみると、髪の色と同じくらい、顔立ちもさまざまだった。


 西洋的な彫りの深い子どももいれば、東洋的な瓜実顔の子どももいる。黒髪が見当たらないのが、いっそ不思議なくらいだ。


「黒髪だと、やっぱり怖く見えるかなあ」


「……んー、んん、ちょびっと? 最初だけ! ねーちゃんすっげー美人だし、にーちゃんかっけーし!」


 素直な褒め言葉に、にっこりと笑う。


「ありがとー。きみのお父さんは、どんなお仕事してるの?」


「とーちゃんはランプ職人だ! 街で一番腕がいいんだぞ!」


「凄いね、かっこいいね!」


「おう! おれもでかくなったら、にーちゃんたちみたいにとーちゃんの仕事を手伝うんだ!」


 ほかの子どもたちにも声をかけてみると、ほとんどが某かの職人の子か小さな商売を営んでいる店の子どもらしい。


 その中にひとり、王宮に奉公に出ている姉がいるという子どもがいた。


 彼はきらきらした目で、ヴァンフレッドの方を見る。


「前の馬に乗ってるにーちゃん、貴族だろ? 剣持ってるし、すっげー立派な馬だもんな!」


 貴族ではなく王族だが、そこは言わなくてもいいだろう。


 それにしても、やはりここは剣を持つ人間が普通にそこらをふらふらしている世界らしい。ちょっといやだ。


 日本の誇るべき銃刀法は、全世界に広めるべきだと思う。


「ねーちゃんたちは、王宮に行くんだろ? 何しにいくんだ?」


「あの馬に乗ってるお兄ちゃんが、招待してくれたの」


 子どもたちが、揃って目を丸くする。


「美味いもの食べに行くのか?」


「王宮のご飯って、美味しいの?」


 首を傾げた有紗に、笑い混じりの声が返ってくる。


「そんなの、決まってんじゃん! カレンのねーちゃんが、お姫さまのご飯を味見する係だったんだけど、毎日滅茶苦茶美味いモン食ってたって言ってたぞ!」


(そ、それって……)


 対子ども用甘やかしスマイルが、思わず引きつる。


 そのとき、ちょうど馬車が街の外れに差しかかった。子どもたちは、またねーと無邪気に大きく手を振って引き返していく。


 彼らに手を振り返していると、呆れたように和馬が口を開いた。


「……おまえ、二重人格か?」


「何をいきなり、失礼な」


 むう、と顔をしかめると、和馬の口元が軽く引きつる。


「いや、だっておまえ――何あの甘々」


「受けがいいのよ、あれ。子どもは素直だし、ちょっと誘導すれば聞きたいことは話してくれるし、楽でいいわ」


 和馬は、なんだか疲れたように息を吐いた。


「……子ども相手に、情報収集してたのかよ」


「大人と違って、聞いたことをそのまま話してくれるからね」


「ああ、うん。もう、何も言わねえわ」


 溜息混じりに言う和馬に、有紗は軽く眉を寄せる。


「いや、ここはひとつ突っ込もうよ。わたしたち、これから王宮に居候するんだよ?」


「あ? メシが美味いんだろ?」


 思わず素で、和馬の額に手刀でツッコミを入れてしまう。ごす、と結構いい音がした。


 頭を抱えた和馬が、くわっと目を剥く。


「っにすんだよ!?」


「お姫さまのご飯の味見係っつったら、毒味係ってのが常識でしょうがっ」


 びしっと言ってやると、すかさず反論してくる。


「オレの中に、そんな常識はねえっ」


「ロマンがないっ」


「毒味係の、どこがロマンだ!」


「そーうじゃないわよ! 十八年も生きてたら、少しは歴史を題材にした小説やら映画やらから雑学を得るもんじゃないの!? そういう成分のまったくない脳みそが、ロマンがないって言ってんの!」


 そんなことを言い合っている間に、目的地である城を中心に高く築き上げられた城壁の門が近づいてきていた。


 王宮、という言葉から有紗が想像していたのは、某ネズミ園のシンボルでもある白亜の建造物である。


 天を衝く優美な尖塔、広い庭園に囲まれた、美しくも壮麗な城。


 しかし、目の前に聳え立つ想像よりも遙かに巨大な建造物は、城というより要塞と言った方が正しいのじゃないかと思うような威容を誇っていた。


 広大な敷地が、非常時には兵士が詰めるのだろう石組みの城壁にぐるりと取り囲まれている。そこに穿たれた威圧感たっぷりの門をくぐった先には、美しい庭園の代わりに、練兵場と思われる剥き出しの地面が広がっている。


 学校のグラウンドもかくやという広さのスペースごとに、二階建ての宿舎のような家屋がそれぞれ凝った意匠の旗を掲げている。


 それぞれのスペースでは、大勢の人々が剣や槍、体術の訓練をしていて、かなりの迫力だ。


 城門で馬車を降りた有紗と和馬は、そこに控えていた初老の男性に馬を預けたヴァンフレッドについて、石畳を敷き詰めた道を歩いた。


 ここに来るまでに、ヴァンフレッドと王宮に来る理由を適当に申し合わせている。


 曰く、『街でチンピラに絡まれていた王子を、奴隷商人に攫われた妹(有紗)を追ってこの国にやってきた和馬が助けた。故郷は遙か東方のニッポンという島国であり、そこの住人はすべて黒髪である。和馬と有紗は魔術師(死去)の子どもで、この国の魔術に興味があり、しばらくの間王子の宮で過ごしながら、いろいろと学ぶことになった』という、ツッコミどころ満載の設定である。


 この国の常識がないことや黒髪であることを正当化し、かつこの世界の術式を調べる理由さえあればいいか、と妙に楽しげなヴァンフレッドの主張を受け入れたのだが――なぜ兄妹設定や奴隷商人などという愉快なオプションが盛り込まれているんだろうか。趣味か。


 若干微妙な感じではあるものの、この国の事情をよく知るヴァンフレッドがいいと言っているのだから、多分これでいいのだろう。


 それから街中と同じか、それ以上にびしばしと向けられる視線を感じながら、ようやく城本体に辿り着く。


(建設当時のモン・サン・ミシェルって、こんな感じだったのかもなー)


 石造りのどこまでも堅牢な城を見上げて、そんなことを思う。


 映像でしか見たことのない彼の修道院は、雄壮でありながら見とれるほどに優美だった。


 しかし、ヴァンフレッドの顔パスで城内に入り、しばらくの間ぐるぐると階段を昇ってみると、そこに広がっていたのはベルサイユ宮殿もかくやという豪奢な内装。


 すっげ、と和馬が隣でつぶやくのに、ひたすら無言でこくこくとうなずく。


 これは、凄い。凄すぎる。


 一体、どうやって屋根を支えているんだろうと思うほどの高みにのぞむ、吹き抜けの天井。


 どこもかしこもきらきらと輝いているような空間は、一分の隙もなく美術性の高い絵画や彫刻で彩られ、まさにこれぞお城! といった感じである。


 問答無用で圧倒されてしまうほど華やかな空間に、当然のようにしっくりと溶け込んでいる辺り、やはりヴァンフレッドは本当に王子さまなのだな、と妙に感心する。


 そこからまた廊下や階段をいくつも通り過ぎて、中庭を抜けた先に彼の宮はあった。


 途中、和馬がどうしてこんなに入り組んでいるんだと文句を言うと、敵に攻め込まれたときに簡単に攻略されるような造りだと困るじゃないか、と当然のように返された。


 ――基本、平和ボケした日本人で申し訳ない。

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