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王子さまは、ブラコンです

 有紗たちが「落ちて」きた建物は、ヴァンフレッドの離宮の近くにある古びた教会だった。


 数年前、新しい教会がもっと交通の便のいい場所に建てられてから、彼が隠れ家として使っているのだという。


「王子といっても、僕は側室の子なものでな。末の弟のルカリエッドが王太子となっているから、ある程度の自由はあるのだ」


 なるほど、と有紗はうなずいた。


「弟さん、おいくつですか?」


「もうじき十歳になる。我が弟ながら、気性の良い愛らしい子どもなのだが、少々体が弱いのだ。あまり王宮から出ることもできんのが哀れでな」


 有紗の淹れたお茶を一口含み、ヴァンフレッドは軽く目を瞠る。


「美味い」


「ありがとうございます」


(ふふん、アホオヤジの素敵奥方直伝のお茶の淹れ方ですよ。不味いわけがないじゃないですか)


 褒められて少々気分が良くなった有紗だったが、続けられたヴァンフレッドの言葉に、即座に機嫌が急降下する。


「いや、実に美味い。おまえ、僕付きの侍女として王宮にくるといい」


「すっとぼけたことを言ってないで、さっさと説明してください。あなたがお茶を飲みながら話をすると言ったから、淹れて差し上げたんですよ。どうして和馬先輩が、こんな非常識な体になってしまったんですか」


 じろりと睨みつけると、ヴァンフレッドはわかりやすく狼狽えて視線を泳がせる。


 その和馬はといえば、茫然自失状態から立ち直るなり、素手で岩の残骸を砕いてみたり、一抱えもある岩を持ち上げてみたりと自分の力を確かめた後、なんじゃこりゃー! と絶叫した。


 その途端、和馬の口から吐き出された炎が、一瞬で近くにあった棚を灰にした。


 今は部屋の隅で俯きながら、これは夢だこれは夢だとひとり不気味にぶつぶつとつぶやいている。ちょっと怖い。


「う……うむ。これは、あくまで憶測なのだが」


 落ち着かなく組んだ両手の指を動かしながら、ぼそぼそとヴァンフレッドが口を開く。


「僕は召喚の魔法陣を組む際に、火竜の牙、水竜の鱗、地竜の爪、風竜の角を封じた魔石を使ったのだ」


「……よくそれだけ集めましたね」


 ヴァンフレッドは、胸を張った。


「僕は金持ちなのだ。賭けごとで負けたことはない」


「なるほど」


 有紗は感心した。つくづく、ナナメな王子サマである。


「ものの本には、処女の生き血を捧げると書いてあったのだがな。いかな目的があろうと、そのような外道な真似ができるわけがなかろう。それで僕の知る限り、最も力のあるものを代替にしようと思ったのだ」


「ご立派です。あとで、その本を見せてください」


「うむ。ところどころ掠れて読めなかったのだが、どうもその陣は、生け贄を召喚したものに餌として与える、というものだったようだ。――だから、恐らく」


 言葉を濁したヴァンフレッドの代わりに、ズバンと言ってみる。


「王子さまが用意した、竜の牙だの鱗だのの力が、全部和馬先輩の中に入っちゃった、ということでしょうか」


「そ……そうではないか、と。まさか人の身に、四竜すべての力を受け入れる器があるとは思わなんだが」


 有紗は、ちらりと和馬を見た。


「とりあえず、火は吹きましたけど……」


 ほかにも、水やら風やらを出したりするんだろうか。


 土は出せるのだとしても、トライするのはやめておいてもらいたい。生き埋めはいやだ。


「あ、和馬先輩。王子さまを殴っちゃダメですよ? そんな馬鹿力で殴ったら、あっという間に顔面が潰れたトマトです」


「……っ!」


 今にも殴りかかりそうな気配を察して声をかけると、和馬はぎりりと奥歯を噛んできつく拳を握り締める。……これは、あんまり刺激しない方がよさそうだ。


「それで? 王子さまは、どうしてそんなレアな宝物を使ってまで、こんな真似をしたんですか?」


 基本に立ち返って尋ねてみると、ヴァンフレッドはいかにも無念そうに溜息をついた。


「ルカが喜ぶと思ったのだ」


「……は?」


「弟は体が弱いと言っただろう。だから、僕は外に出るたびいろいろと面白いものを持ち帰って見せてやっていたのだが、もうすぐあれの誕生日でな。ここはひとつ、これまでにない愉快なものを見せてやりたいと思ったのだ」


 ……誕生日の、プレゼント。


 有紗はひとつうなずくと、まだほとんど中身の残っているティーカップをすべて盆の上に回収した。


 何をすると眉を寄せたヴァンフレッドを無視して、和馬を振り返る。


「和馬先輩。一徹返し、お願いします」


 次の瞬間、景気よくひっくり返ったテーブルに弾き飛ばされたヴァンフレッドが、それに押し潰される格好でべしゃりと床に張りついていた。








「――つまり、アリサは魔法が使えるのだな?」


 いかにも王子さまらしい風貌のヴァンフレッドは、見かけよりも遙かに頑丈だった。


 かなりの勢いで、しかも重そうなテーブルに潰されたはずなのだが、すかさず復活したかと思うと妙にきらきらした目で見つめてくる。


 有紗はそんな彼を、思いきり顔をしかめて睨みつけた。


「ここでは、そんなふうに呼ばれる技術かもしれませんけどね。二度とこんなことするんじゃありませんよ、王子さま。シロウトが手を出していいものじゃないんですからね」


 あれから有紗は、自分がかつて同じように迷惑な事態に巻き込まれた経験があること、今は無理だが、元の世界に戻る術はあることを彼らに説明していた。


「有紗。本当に、んなことできんのか?」


 困惑した顔で言う和馬に、はい、とうなずく。


「マジかい」


 和馬が、気が抜けたように大きく息を吐く。


「すぐってわけにはいきませんけど……。今はそこのアホ王子さまのお陰で、ろくな術式も使えない状態なので。回復するまでは、ちょっと無理です」


「……そんなにダメージ食らってんのか?」


 心配げな和馬に、にこりと笑う。


「今使えるのは、普段の五パーセントくらいですね。ま、しばらく食べて寝ていれば、そのうち元に戻りますから」


 そうか、とほっとした顔をした和馬が、肩の力を緩める。


 有紗は、ちょっとほっこりした。きちんとした気遣いのできる青少年は、今どき貴重だ。


「大丈夫ですよ。幸いでっかいお財布もあることですし、焦ることはないです」


 そう言うと、ヴァンフレッドがむっとしたように顔をしかめる。


「おい。その財布というのは、僕のことか?」


 有紗は冷ややかな目で彼を見た。


「当然です。慰謝料、迷惑料、合わせてどれだけ請求しても足りるもんじゃないですよ。こっちにいる間は、衣食住はすべて王子さまに面倒みてもらいますからね。拒否権なんて、あると思ってんですか? あんまりアホなこと言ってると、今度はそのお綺麗なツラを二目と見られない造作に変えて差し上げますよ」


「……ハイ」


「……有紗。おまえ、ひょっとして怒ってる?」


 若干引き気味に向けられた和馬の問いに、笑ってうなずく。


「もちろんです。この王子さまのお城に、景気よく流星群を降らせてやりたいくらいには怒ってますよ?」


「……っもももも申し訳なかった! 許してくれ! もう二度とこんなことはしない! 僕が悪かったーっ!!」


 途端にがばりと頭を下げたヴァンフレッドを、ふんと冷たく一瞥する。


「最初っからそう言ってればいいんですよ、アホ王子」


「城なんぞどうなっても構わんが、ルカだけは見逃してくれ!」


 有紗は、左に八度ほど傾いた。


「……左様ですか」


「……底抜けのブラコンだな、こいつ」


 まったく、変態ほど厄介なものはない。


 気を取り直して、和馬に向き直る。


「帰る方法に関しては、そんな感じで後回しにしますけど。問題は、和馬先輩ですよね。そんな馬鹿力じゃ、日常生活にも支障出るんじゃないですか?」


 有紗の問いに、和馬はあっさりと首を振る。


「いや? 普通に物も持てるし、目やら耳やらも普通レベルに調整できるみてえだし。結構大丈夫そうだぞ」


「順応早いですね……」


「開き直った」


 実に頼もしい、と感心しているうちに、ヴァンフレッドが早くも復活した。


 にこやかに笑って、口を開く。


「ではおまえたち、まずは城にくるといい。僕が自由に使える金は、今回のことですべて遣いきってしまったものでな。しばらくは、僕の客人という形で招かせてもらいたい」


 あっさりと言ったヴァンフレッドに、和馬が首を傾げる。


「そういや、魔族ってここじゃどんなのをいうんだ?」


 地球で一般的に(?)いわれている魔族は、「なんとなくヘンな力を持つ良くないモノ」だ。


 ヴァンフレッドは、大して身構えもせずに応じた。


「魔族というのは、魔力を持つ異形の獣たちの総称だ。多くの魔術師は、彼らと契約することでその力を己のものとしている。基本的な体色は黒で、稀にいる白い魔族は珍重されるな。王宮魔術師のカーンのところへ行くと、黒い兎が二本足で立って茶を出してくれるぞ」


(なんとメルヘンな!)


 有紗は感動した。魔族がそんならぶりーなものなら、ぜひ一度見てみたい。


「人型を取れるのは、彼らの中でも高い魔力を持つ者だけと聞く。――改めて尋ねるが、カズマは本当に魔族ではないのか?」


 和馬が半目になった。


「……どんだけナチュラルに喧嘩売りやがんだ、コイツは」


「悪気がなさそうなのが、またムカつきますね」


 和馬と揃ってじっとりとした視線を向けると、ヴァンフレッドが慌てたように手を振る。


「い、いや、魔族の特徴は黒い体毛だけではない。瞳が鮮紅色というのもそれなのだ。白い魔族も瞳は紅い。髪の色は魔術で変えられても、瞳の色だけは変えられないというしな」


 そうなのか、と目を瞠った和馬が、思い出したようにこちらを向く。


「それ、カラコンじゃねえんだろ?」


 どうやら、有紗の青色がかった瞳が気になったらしい。


「自前ですよ。けど、困りましたね。ひょっとして、髪が黒いだけで人間扱いされないってことですか」


「そんなことはないぞ。異国の人間には、黒髪の者もいるからな。南の方では、髪だけでなく肌も褐色で小柄な者が多い」


「そういうことは先に言え、ボケ」


 まったくだ、と呆れて見遣った先で、ヴァンフレッドがティーカップを持ち上げる。


 その仕草はこれ以上ないほど洗練されたものだが、中身が残念すぎるとわかっているため、いまいち萌えない。


 何はともあれ、有紗と和馬はヴァンフレッドとともに、王宮へ赴くこととなった。


 しかし、ここは辺鄙な場所だという理由で忘れられた教会である。


 ヴァンフレッドには馬があるし、和馬も先ほどの様子から察するに体力はあり余っていそうだが、有紗は一度休ませてもらわなければ長時間歩くことなどできそうにない。


 少し埃っぽい客間のベッドで、一眠りさせてもらうことにする。


 スニーカーを脱いで簡素な寝台に倒れ込んだ途端、有紗の意識は眠りの世界に吸い込まれていった。

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