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死亡フラグはきらきらと

 それから再会の挨拶もそこそこに、有紗と和馬はヴァンフレッドと愉快な仲間たち――ではなく、魔族討伐隊を編成する近衛騎士団第四師団の面々から、近頃この森付近で魔族の出没が頻発しているのだと聞かされた。


 ちなみに第四師団というのは、第四王子であるヴァンフレッドを護衛するのが基本的なお仕事なのだそうだ。


 その団長は、猫耳もナイスチャームな赤銅色の髪と水色の目をした、大人のお色気たっぷりの三十二歳、カイル・ムート。


 さすがに初対面で「その三角お耳を触らせてください!」とは言えなかったが、かなり手がむずむずしてしまった。


 そして副団長は栗色の長髪を後ろで括り、怜悧な印象のダークグリーンの瞳が素敵なアルフォンス・トルザ。


 いかにも仕事ができそうな落ち着いた感じだが、こういうタイプって俺さまタイプの上司の下で一生苦労するんだよなぁ、なんて失礼なことを思ってしまった。


 真面目なひとというのは、やんちゃなことを好きなようにできるひとに憧れるところがある気がするのだ。そのフォローをついついやっているうちに、気がついたら腐れ縁で逃げられなくなっているという、そんな雰囲気がひしひしと。


 実際、有紗を目にするなり口説いてこようとしたカイルを、即座に黙らせたのもアルフォンスだった。


 和馬が何か反応するより前に、アルフォンスの剣の柄がカイルの脇腹にめり込んでいるのを見たときには、どんな反射神経ですかと呆れたが。慣れか。


「……っってーな、何しやがんだ、アル!」


 脇腹を押さえたカイルが、アルフォンスに噛みつく。


「それはこちらのセリフです。殿下のご友人にして我らの恩人の方々に、何をいきなり恥を晒そうとしてやがんです。少しは見境というものを持ってください、ハレンチ上司が」


「アホか! 美人を見かけたら口説くのが、正しい男のマナーってモンだろうが!」


 くわっと反論したカイルだったが、アルフォンスはそこで少し考える顔になった。


「な、なんだよ?」


 アルフォンスにじっと見つめられ、なぜかびくついた様子のカイルから、ダークグリーンの瞳がゆっくりと有紗に移る。


「アリサ殿」

「はい?」

「あなたはおいくつですか?」

「十五ですけど……?」


 いきなり女性に年齢を尋ねるとは、失礼なひとだ。


 有紗が答えた途端にカイルがぎょっとした顔をして、まじまじと見つめてきた。


「ウッソだろ、十五!? その体でか!?」


 直後叫ばれた言葉に、一瞬辺りが静まり返る。


「――ヴァン」

「な……なんだ? カズマ」

「こいつの尻尾、むしっていいか?」


 カイルには、素敵な猫尻尾(長毛種タイプのふっさふさ。ああ触ってみたい)もついている。


 かなり本気に聞こえた和馬の言葉に、その尻尾がぶわっと広がった。


(おおぉっ!?)


 凄い。そこまで大きくなるとは思わなかった。


「あぁ、それはいい考えですね、カズマ殿。私にはサッパリですが、その尻尾は同族の女性にはたまらなく魅力的に映るらしいのですよ。その鬱陶しい尻尾が身だけになれば、さぞ団長の周囲は静かになってくれることでしょう」


 お手伝いいたしますよ、とにこりとほほえむアルフォンスは、思っていたよりずっと怖いひとだったようだ。


それともあれか、ずっと溜まりに溜まっていたストレスがここで一気に解放されていると、そういうことだろうか。


「まままま待てーっ! 落ち着けアル! いえ、落ち着いてください!!」


「いえいえ、その尻尾を丸刈りにすれば、成人前の女性を口説こうとしてしまった恥ずかしさなど、きっと塵の如しだと思いますよ?」


 ――敬語責めって、ちょっといいかもしれない。


 その場はどうにかヴァンフレッドの「まあまあ」という取りなしで、カイルの尻尾は無事と相成った。よかった。ハゲた尻尾は、きっと可愛くない。


 そこで改めて「魔術師でーす」と紹介されたものの、やはり有紗の氷漬けにしろ、和馬の瞬殺にしろ、彼らにとってはかなり非常識なものだったらしい。


騎士さんの中には「俺たちの苦労って、苦労って……くっ!」とか泣いちゃってるひともいた。


 それはそれとして、基本的に単独行動が主である魔族が、こんなふうに群れるというのは非常に珍しいことなのだそうだ。


「前回の記録だと、もう二十年以上前になるかな。――魔族が元は普通の獣や精霊だったというのは話したと思うが、つまり基本的に連中は『魔族』という形では繁殖しないのだ」


 有紗の作った「魔族の氷漬け」を、軽く拳で叩きながらヴァンフレッドが言う。


「しかし稀に、魔族は群れ集い、その群れの中で序列を作り出すことがある。そして、その群れのすべての個体に最強と認められた個体がメスとなり、第二位のオスと番って卵を産む」


 そうして生まれた「純血の魔族」は、一般的な魔族とは比べものにならないほど知能が高く、また能力もずば抜けているらしい。


 要するに、現在は魔族の繁殖期真っ最中。そのため、その襲撃による人的被害もとんでもない勢いで増加しているのだとか。


 ……楽しいサマーバケーションのつもりが、なんだか随分血なまぐさい感じになってきた。


 有紗は悩んだ。


(帰ろうかな。魔族怖い。あぁでもここで「どうせ他人事だし」みたいな顔して帰ったら、物凄く後味悪いんだろうな)


 悶々と考え込んでいると、それにしても、と和馬がヴァンフレッドに問いかけた。


「おまえ、仮にも一応王子さまだろ? なんでこんな前線真っ直中にいるんだ?」


 当然の疑問に、なんとなく騎士団の人々の間に微妙な空気が流れる。


 ヴァンフレッドはけろりと答えた。


「そりゃあ、僕が前線に出れば、国民は『王族直々に魔族討伐に取り組んでいる』と安心する上に、母親が庶民の出だから、まかり間違って死んでも貴族からの反発がないからな」


 有紗はむっとした。そういうことを、さらっと言わないでもらえないだろうか。


 こちとら、純度百パーセントの一般庶民なのだ。その庶民がお母さんだから、ヴァンフレッドが死んでも困らない的な発想がまかり通っているというのは、正直すっげームカつくのである。


「それに何より、魔族が増えて瘴気が濃くなるとルカの体に障る」


(って、やっぱりそれかい)


 なんでもヴァンフレッドの可愛い弟ルカくんは、魔力適性が高すぎて、しょっちゅう「魔力酔い」を起こしてはぶっ倒れているのだそうだ。


 能力が高すぎる子どもが、そういった状態に陥るのは珍しいことではない。


 受け止める情報量に幼く小さな体が耐えられず、神経が参る前に自衛手段としてブレーカーが落ちるようなものだ。


 ヴァンフレッドは、現王族の中では唯一ルカくんと同じくらい魔力適性が高く、幼い頃は同じように苦しんだ時期があったのだという。


 そのため、ほかの適性の低い兄弟たちよりずっとその気持ちがわかる、というのがブラコンの真相らしい。


 今まで「ちょっとキモい」とか思っててごめんなさい、と有紗は内心こっそり手を合わせた。


 そんなルカくんは、この魔族の繁殖期がはじまってからというもの、浄化作用のある結界を張り巡らせた後宮から一歩も出ることができなくなっているのだとか。


 実際に魔族の脅威に晒されている庶民のみなさんに比べたらナンボのもんじゃという向きもあるかもしれないけれど、小さな子どもがベッドでずっと苦しんでいる図というのは、どうしたって胸が痛むものだ。


 しかし、騎士団のメンバーはちょっと意見が違ったらしい。


 ヴァンフレッドが直々に前線に出ていかなくても、近衛騎士団である彼らが動けば十分に国民は安心する。


 なにより、単独の魔族討伐ならまだしも、群れた魔族相手に主を守りきれる確実な自信はない。


「俺たちも、殿下の力があれば助かるとはいってもなぁ。普段ならともかく、繁殖期の討伐なんて誰も経験してねぇんだから、できれば王宮でおとなしくしていて欲しかったんだが……」


 溜息混じりに、カイルが語ったところによると――


 繁殖期がはじまって、しばらく経った頃。


 熱を出して寝込んでいるルカくんのお見舞いにいった際、彼は今にも泣きそうな顔をしながら、ヴァンフレッドの手をぎゅっと握りしめたのだそうだ。


『ヴァン兄上、もう魔族討伐になんか行かないでください。ヴァン兄上が行けば、民が喜ぶんだろうなってことは分かってます。でもヴァン兄上がいなくなったら、ぼく、ぼく……』


『――ルカ? おまえはいずれこの国の王になるんだ。そんなおまえが民より僕のことを優先するなんて、いけないことだよ』


 そのとき、確かにヴァンフレッドの顔は緩みまくっていたそうな。


『僕は死なないよ。必ずおまえのところに帰ってくる』

『兄上ぇ……』


 ちなみに、ルカくんは銀髪碧眼の超絶美少年なのだそうだ。


 彼らの様子を眺めていた侍女さんたちが、揃って鼻血を吹きそうな顔をしていたとかなんとか。


 有紗は、ヴァンフレッドをまじまじと見つめた。


(うーん……。こんなこってこての死亡フラグを立てたひと、はじめて見た)


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