可愛いは正義です
翌朝、『幼馴染みのおにーちゃん』久川との再会はどうだった、と尋ねた有紗に、ささめは珍しくうにゅう、と沈んだ顔を見せた。
ことの次第を有紗から聞いて、なんだかなぁという顔をしていた大輝とランスレイルも、どうした? と身を乗り出してくる。
「んんー……。おにーちゃんのおとーさんはね、昔ごくどーさんだったけど今は違くてね、ふつーの建築会社をやってるんだけど。昔のノリってゆーの? そーゆーのがまだ残ってて、社員さんたちがいまだにあんなカンジなんだってー」
「あー……。最近は、ヤクザ渡世も厳しいとかいうからねぇ」
有紗はうんうんとうなずいた。
「だからおまえは、どこでそんな情報を」
大輝が呆れた顔になる。
「ホラ! やっぱりタマノコシではないデスか!」
ランスレイルがふんぞり返る。
有紗と大輝は、顔を見合わせた。
これは、どうしたものだろうか。
やっぱりランスレイルに、ささめの『空気読めないスキル』が伝染している気がする。……とりあえず、放っておこう。
(飼い主もシカトしてるし――あ、耳と尻尾がへにょった)
「おにーちゃん、この間二十歳になったばっかりなんだけどね? なんか、おとーさんがコネづくりのためにおにーちゃんにお見合いしろーって言い出して、売り言葉に買い言葉で好きなヒトがいるから無理って逃げようとしたら、どこのヒトだーってなって。それで咄嗟に、あたしの名前出しちゃったんだってー」
それはまた、なんというか。
「ベタね……」
「ベタだな」
「ベタ?」
――ランスレイルの日本語の語彙が、日々おかしな具合に広がっているのは、気にしない方向でいくことにしよう。
有紗と大輝はうなずき合った。
「で、どうすんの? 幼馴染みのおにーちゃんと再会して燃え上がる恋! に挑戦してみたり?」
それはそれで、実に面白そうだ。
しかし、ささめはまさかぁ、と笑った。
「おにーちゃんのお見合い話が流れるまでの間、オツキアイしてるフリを頼まれただけだよう? おにーちゃん、昔からすっごくモテるんだから、あたしなんか本気で相手にするわけないよう」
ぼたっ、と有紗の手から、くるくる回していたシャープペンシルが落ちる。
(こ……っ、これだから天然は……!)
なぜにあれだけあからさまに好意を示されて気づかない!? あれだけの精神攻撃をクリアして、ささめの前に「ふはは」と立ちはだかる狭く高き門である有紗を乗り越えていった勇者久川の、あの鼻血を吹きそうな顔をなんだと心得る!
「あ……あーちゃん?」
「……ささ」
な、ナニ? と引き気味のささめに、にっこりと笑ってやる。
「ささならイケる。――堕とせ」
「ほえ?」
大輝とランスレイルが何か言いかけるのを、ぎらりと視線だけで黙らせる。
「それだけべったべたのシチュなんだから、ここで堕とさなくてどうするか! あのひとは立派に『将来有望なイケメン』よ! その可愛いロリ顔と巨乳を最大限に有効活用して、上目遣いに『おにーちゃあん』、もちろん語尾にはハートマークを百個添付! それで堕ちないロリコンはこの世にいないっ!」
「おおお堕とすってー! ってゆーか、あーちゃん!? おにーちゃんはロリコンじゃないようっ!」
ささめの悲鳴じみた反論に、有紗はおお、と手を打った。
「間違った、巨乳好き」
「それも違ーう!」
「ナニを言う! 世の中の男の九割は巨乳好き、そうでない男はゲイかロリコン! 久川さんはゲイじゃないんだから大丈夫! 行け!」
ぐっと親指を立ててゴーサインを出す有紗に、ささめがそんなああぁー! と悲鳴を上げ、周囲の生温かい視線が集中する。
「――へえ?」
「……っ!?」
瞬時に、その場の空気が絶対零度にまで低下した。
大輝とランスレイルの、ぎょっとした顔が視界の端に映る。
「どこの誰が、『将来有望なイケメン』なんだ?」
なぁ有紗、とあくまでも穏やかな声でおっしゃるのは、何やら丸めたプリントでとんとんと肩を叩いている和馬だった。背筋が寒い。
「いつ。どこで。そんな男と会ったんだ? ん?」
立てた親指もそのままに、有紗はぎしぎしといつの間にかすぐそばまで来ていた和馬の笑顔を振り仰いだ。
(――ハイ。目が全然笑っていませんね?)
『あ……っ、あーちゃんが固まってるよう!? すっごーい! 尊敬っ、尊敬っ!』
『さ、ささめ……。気持ちはわかるが、ちょっと黙っとけ!』
『オウ……これが、日本人の操る「気」というものデスか……! スバラシイ!』
『おまえも黙ってろ、ランスー! ソレができるのは、アニメと漫画の世界の住人だけだから!』
大輝のツッコミが、なんだかとっても遠くに聞こえる。
「き、昨日の放課後、校門前で?」
「ふうん?」
(って、なんでここまで追い詰められた気分にならねばならないんですか!?)
理不尽だ。
「……和馬さん」
「ん?」
余裕ぶっこいたほほえみが可愛くない。前はあんなに可愛かったのに。
だがしかし!
「愛してるわっ!」
「知ってる」
「……!!」
まさかのカウンターアタックなクールリアクションに途方もない敗北感を覚え、有紗はごんごんと机を叩いた。
(……ああああぁ、やっぱり可愛くないーっ)
前はあんなにあんなに、純情で可愛かったのに!
『なんか……。愛の告白タイムじゃなくて、ガチンコファイト見てるみたいだよう……』
『しかも、有紗が完敗……! うわー、おれ、志波先輩への尊敬ゲージがマックス上昇中だぜ!』
『しかし――シバ・センパイは、先ほどのアリサの言葉の中から、『将来有望なイケメン』というトコロだけを、キレイにピックアップしたのデスね……』
(やかましい。特に大輝、爆発しろ)
結局、和馬がなぜ一年の教室まで来たのかといえば、バスケ部の練習試合で使うオーダー表を作成するためだったらしい。
男三人がそっちの話に入り込んでしまったため、有紗はいささかぐったりした気分で、きゅるんと首を傾げているささめを見遣った。
……癒される。
「いや、まぁ……ね? あのヒトだったら、ささにお似合いだなーと、ワタクシは思った次第なのでございますよ」
「そ、そうかなー?」
てれてれてれ。
(――うん。やっぱり癒される)
可愛いは、正義だ。