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異国からきた少年

「あーちゃああああんっっ」


「んー? どうした、ささ」


「今忙しいんだけどなっ」


 それは、とある平日の昼休み。


 手洗いから帰ってきたささめが、愛くるしい瞳をキラめかせながら教室に飛び込んできた。


 しかし、季節限定チョコレートの最後のひとつ、その所有権を決定するじゃんけんの真剣勝負をしていた有紗と大輝は、興奮状態のささめにいささか冷たい反応を返す。


 当然の如く、ぷうっと丸い頬を膨らませたささめに、近くの席にいた男子生徒が、堕ちた。


「何よう、折角大ニュースを拾ってきたのにいっ」


「うん、最初はー……」


「ぐっ! じゃんけんっ」


 有紗がチョキ。大輝はグー。


「く……っ」


「っしゃあ!」


 机を叩き、季節限定キャラメル風味アーモンドチョコの最後の一粒をゲットした大輝が、素早くそれを口に放り込む。


「……ふふ……そっかー……。あたしの存在って、チョコ以下なんだー……」


 黄昏れたささめに、有紗と大輝が首を傾げる。


「それで、大ニュースって何? ささ」


「気になるじゃねーか、早く言えよ」


「うわああああん! 愛がないようっ!」


 その言葉に、ふたりは揃って軽く肩を竦めた。


「愛が欲しいなら、彼氏を作れ」


「そうそう。おれらが提供できるのは、友情だけだ」


「最近、大輝くんまであーちゃんのどどめ色に染まっちゃってー……。あたしは悲しい……」


 よよよ、とささめがわざとらしく机に懐く。


「城島。たとえチョコを挟んだライバルでも、ささがわたしたちを捨てて男に走っても、わたしたちの友情は永遠よねっ」


「ふっ、当たり前じゃねえかっ」


 がっしと組み合うふたりの手。


「仲間外れはいやーっっ! だから、大ニュースなんだってばっ! 留学生なの! ウチのクラスに、美少年留学生っ!」


 途端に女子一同が色めき立ち、男子は揃って面白くなさそうな顔になる。


「美少年て……噂じゃなくて? ちゃんと、顔見たの?」


 有紗の疑問に、ささめはぐっと力強く拳を掲げた。


「モチのロンよう! ミルクティー色の髪の、白くてすらーっとした、モデルさんみたいな美少年っ! でも、肩幅広いの! 手足長くてウエスト締まってて、脱いだら多分ソフトマッチョ!」


「そ……そう……」


「服の上から、そこまでわかるのか……」


 有紗と大輝の中で、ささめを見る目が少し変わった瞬間だった。






 留学生の名は、ランスレイル・フォゼット。


 イギリス系アメリカ人だが、祖母はドイツ人らしい。


 そんなことを日本人の高校生が言われても、「美少年だぁ」ですべて片づいてしまうのだが。


 落ち着いた、少しクセのある日本語でランスと呼んでくだサイ、と挨拶した彼は、確かにきれいな顔立ちをしている。


 中性的といえばいいのか、普通に女装が似合ってしまいそうな繊細な面立ち、淡い髪色、そして淡いモスグリーンの瞳。


 それだけなら儚げな印象になりそうなものだが、かっちりと張り詰めた肩と、細身ながらしっかりと引き締まっている体躯が、彼が弱々しさとは無縁であることを示している。


 何かスポーツをやっていたのかという質問に、バスケットボールと答えた時点で、大輝が彼と親しくなるのは決まっていたようなものだったかもしれない。


 ポジションはどこだ、NBAのどの選手のファンだ、シューズはどこのを使ってる、と楽しげに語らうふたりに、クラスの女子一同が、揃ってうっとりと見惚れている。


「ランスくん、日本語上手だねえ」

「ミズ・カスガ。ありがとう」


 ささめがにっこり。ランスレイルもにっこり。


「ささめ、でいいよう?」

「サーザーミェ?」


 ささめが首を傾げる。ランスレイルも首を傾げる。


「さ、さ、め」

「サ、サーメィ」


 ささめが繰り返す。ランスレイルも繰り返す。


「ささめ」

「ササーミ?」


 ささめがもう一度繰り返す。ランスレイルは間違った。


「違うよう! それじゃあ鶏肉だよう!」

「オウ……」


 ふたりは揃って、困った顔をした。


 ささめの人懐っこさは驚嘆に値するが、結局ランスレイルはささめのことを「ササーメィ」という微妙な呼び方をすることになった。


 幸い、有紗の名は英語圏でも珍しいものではないため、彼が苦労することはなかった。


 大輝の名もなかなか難しかったようで、どうしても「ディッキー」となってしまうらしい。大輝はちゃんと発音を教えようとしたのだが、DIE=KEY? と物凄く微妙な顔をされたため、最終的には「ディー」に落ち着いた。


「あーちゃんばっかり、ランスにちゃんと呼んでもらえて狡い……」


「いや、そんなこと言われましても」


 力一杯、不可抗力である。


「ごめんなさい……ササーメィ」


「ランスは悪くないよう! こっちこそ、ごめんね?」


「ササーメィ、とってもキュートね。アリサのブルーアイズも、ステキナリ」


(ナリ!?)


 有紗と大輝は、揃って仰け反った。


「ナリは違うよう! ステキ、です。ね?」


「ステキ、デス、ネ?」


 どこのコ○助だ、と動揺したふたりを尻目に、ささめはにこにこと異文化コミュニケーションを堪能している。さすがだ。


 元々ささめがクラスのマスコット的存在だったこともあって、ランスレイルは一週間も経たないうちに、すっかり周囲に馴染んだようだ。


 部活は当然、バスケ部に入部した。本場仕込みの技とそのルックスに、あっという間にファンクラブができそうな勢いらしい。


 雛鳥の刷り込みというわけでもないだろうが、ランスレイルはささめにひどくご執心だ。


 もちろん彼は、同じ部活の大輝とも仲よしだ。


 しかし、ささめの姿がランスレイルの視界に入ると、ぶんぶんと振り回される犬の尻尾の幻影が見えるときがある。


 それが大輝と有紗の、新たな友人に対する共通認識なのだが――


 おい、と肘で腕をつついてくる大輝が、何を言いたいのかはわかっている。


 わかってはいるが、一体自分にどうしろというのか、逆に聞きたい。


 時は昼休み。場所は屋上。


 世は群雄割拠の戦国時代などではもちろんなく、ただ穏やかに平凡な日常が続く、かけがえのない幸せがここにある。


 だがしかし。


「やはり、チョップスティック……ハシは、難しいデス」


 本日ランスレイルがお買い上げになったのは、購買部のお弁当。


 購買部、といっても金持ち藤沢学園だけあって、それを作り上げるシェフの腕も一流だ。下手なデパ地下のものより、よほど味も見た目も上だろう。


 そして、ボリュームたっぷりのサンドイッチと一口サイズにカットされた鶏のロースト、それにサラダという内容の洋風弁当に、先割れスプーンではなく日本人の心の故郷、割り箸さまが入っていたのが目の前で繰り広げられている光景の原因だ。


 どうしても箸を使いこなせないランスレイルに母性本能を刺激されたらしいささめが、仕方ないなーと言いながら代わりに箸を操り――いわゆるところの「はい、あーん」状態が、先ほどから続いているのである。


 これが、バカップルの周りの目を気にしない行為であるなら、完全に目を背けるなり逃げ出すなりして精神的な自衛をするのも許される。


 だが、ささめはあくまで親切心で行動しているし、ランスレイルもささめの手を見て箸の扱い方を学ぼうと真剣そのものだ。


 たとえその行為の帰結がバカップルそのものであろうと、逃げ出すというのは異国からの客人に対して、あまりに失礼な態度だろう。


(く……っ、わたしはかぼちゃわたしはかぼちゃわたしはかぼちゃっ!)


 隣では、大輝がじゃがいもに変身中らしい。


 ぶつぶつとうつむき加減に呪文を繰り返す有紗たちは、とても不気味だったようだ。


 ふたりの様子に気づいたランスレイルが、気遣うように声をかけてくる。


「ディー。アリサ。具合、悪いデス?」


「え? いやいや、なんでもなんでも。なあ、七瀬?」


「うんうん、今日もいい天気ねー、城島!」


 あからさまに挙動不審な有紗と大輝に、きょとんとしたささめの傍らで、ランスレイルが不思議そうに首を傾げる。


「以前から、少し気になっていたデスが。ササーメィはファーストネームで呼ぶ、なぜディーとアリサ、ファミリーネーム、デス?」


 改まって聞かれると、特に意味はない、となるのだが。


 欧米文化圏で、ファーストネームがまさに先に名乗る名前であるというのは、家名よりも本人の資質そのものを優先するという文化背景によるものらしい。


 それは実に素晴らしいことだと思うし、その文化に馴染んだ人間が、互いを名字で呼び合うことをよそよそしいと感じることも、想像に難くない。


 ――といったことを思考した結果は、やっぱり友達なのに名字で呼ぶのはどうなの? ということになるわけで。


(説得も納得のいく説明もできません、曹長!)


 白旗である。


 よって、有紗は無条件降伏を選択した。


「――うん。言われてみればそうだよね! 城島、今度から大輝って呼んでもいいかなっ」


「おう! おれも有紗って呼ぶぜ! 春日もささめって呼ぶな!」


「うん、いいよう!」


 スポーツマンシップに乗っ取って、がっしと手を握り合った有紗と大輝は、まさに同志だった。


『……ささが空気読めないのって、別にわたしのせいじゃないよねっ! ね!?』


『……有紗。おれはあいつの、世にも恐ろしい病名を知ってるぜ?』


 有紗は、カッと目を見開いた。


『それは、まさか……っ』


 そう。


 有紗と大輝の葛藤も知らず、嬉しいなーと無邪気に笑いながら、尚も「はい、あーん」をためらいなく続けるささめは――


『……天然』


 有紗と大輝のつぶやきが、見事にハモる。


 ――それはもう、救いがたいほどに進行した、不治の病であった。


『ふ……。自分が汚れていることを清々しく感じたのは、はじめてだわ』


『大丈夫だ。おれだって、あいつと四六時中一緒にいる関係を結ぶ勇気はねえ』


 そこはかとない哀愁を分かち合っていたふたりの背中で、どこまでも明るいささめの声がぽよんと弾む。


「あー! もう、あーちゃんと大輝くんてば、内緒話? ダメだよう、あーちゃん、彼氏でもない男の子といちゃいちゃしたらー!」


 志波先輩が泣いちゃうよー? とにこにこ笑うささめに対する有紗と大輝の心は今、ひとつになった。


(――おまえにだけは、言われたくねぇわー!!)

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