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序 体質?

 ひとにはそれぞれ体質、というものがある。


 年代問わず、女性ならばまず太りやすいか、そうでないかというのが最も興味をそそられる分野であることだろう。


 他にも教科書を読むと眠くなる体質、陽に焼けやすい、焼けにくい、或いはちょっと斜めなところでは幽霊が見える見えない、というところだろうか。


 幽霊云々については、正体見たり枯れ尾花、ということもあるからして、自己申告と実際が異なることも多々ありそうではあるが。


 ここに、ひとりの少女がいる。


 名を、七瀬有紗。


 美少女である。


 街を歩けば数十分に一度スカウトに出くわし、同世代の少年にとってはナンパなどというものをするのもためらわれる、声をかける者は勇者とされるような、紛うことなき美少女である。


 抜けるような白い肌は日本人のものにしてはあまりに白く、元々色素の薄い栗色の髪は、柔らかくふんわりと波打っている。


 腕のいい職人が丹精込めて作り上げたような、繊細な造作を誇る白く小さな顔の中で、花びらのようなふっくらとした唇の淡い桃色が愛らしい。


 そして、何より印象的なのは、長く反った睫毛に縁取られた大きな瞳。


 淡い褐色の瞳は太陽に透けると青みがかった琥珀色に輝き、その顔立ちと相俟って異国の血が混じっていると思われがちだ。


 しかし、真実がどうなのかは彼女自身もわかっていない。


 何しろ、生まれ落ちてすぐに養護施設の前に捨てられていた、生粋の孤児である。


 顔立ちだけでなく、同年代の少女らの中ではどちらかといえば長身の部類に入る体つきは、ほっそりと華奢でありながら、きちんと女性らしい曲線を描いている。


 そんな三百六十度、どこから見ても純度百パーセントの美少女と断定して差し支えない有紗だが、少々厄介な体質の持ち主でもあった。


 ズバリ、落ちやすいのだ。


 それも、試験やマンホールといった物理的なものではない。


 いわゆる次元の隙間というヤツに、それはもう何度となく落ちまくっているのである。


 きっかけは、と本人に問えば、もう思い出したくもないと即答するだろう。


 どこぞの平行世界の研究者であるアホオヤジ(敬称は敢えて省く)が、この世界の情報を入手すべく「次元転移に耐えられる頑丈な生き物を」という条件付けで召喚式を組んだところ、現れたのが中学の入学式を終えたばかりの有紗だった、ということらしい。


 ――それは、新しい制服の胸に付けられた花を、同じ施設のチビたちに羨ましがられることを想像しながらの下校途中のことだった。


 いきなり「白くてなんだか病院っぽい」建物の中、ぼんやりと光る円の上に転送された有紗は、とりあえずパニックを起こした。


 この辺り、まだスレていない自分は可愛らしいところがあった、と本人がのちにしみじみ述懐するところである。


 まさか人間が現れるとは思わなかったなぁ、と言って頭を掻きつつも、きらきらと知的好奇心に眼を輝かせ、思わぬ研究対象に興奮気味のアホオヤジに理性のどこかがプッツンと切れ――有紗はそのとき生まれてはじめて、大人相手に右ストレートを極めていた。


 それから帰せ戻せとアホオヤジを責め立てて、「だって資料を取り寄せるだけのつもりだったから、帰す方法なんて考えてなかったんだよー」とへらへら笑う彼の首を締め上げる欲求をどうにか堪えながら、耐え忍ぶこと苦節数年。


 ようやくその術式が完成し、懐かしの我が家に帰り着いたときには思わず泣けてしまった。


 日常って素晴らしい、平和って素晴らしいと実感しながら元の穏やかに平和な日々に戻った有紗だったが、それ以来、ふとした瞬間にまた別の平行世界に「落ちる」ことが多々あった。


 それはもうびっくりのバリエーションで、日本の戦国時代のようなところから、いわゆる剣と魔法の世界までなんでもござれ。


 どうも、アホオヤジが有紗を召喚したときに封鎖空間に綻びが生じたようで、そのせいであちこち歪みが生じている、というのが彼の言だ。


 とはいえ、有紗は〈次元転移〉の術式を身につけているため、あまりおかしな歪みの波に邪魔さえされなければ、すぐに元の座標に帰ることができる。


 なかなか興味深い世界もあったりするし、「落ちた」先でいろいろと研究資料を採取して、アホオヤジの研究室に転送するのも手軽なアルバイトのようなものだ。


 ちなみに報酬は、彼の奥方(家事万能の超美人。許せん)の手料理と、そのレシピである。


 そんなこんなで、高校入学を機にひとり暮らしをはじめた小さなアパート暮らしにも、少しずつ慣れつつある今日この頃。


 はふ、と伸びをしながら、履き慣れたランニングシューズの爪先を床に落とす。


 ボディバッグに部屋の鍵を入れ、携帯端末にダウンロードしたお気に入りの洋楽を奏でるヘッドホンを耳にかける。


 朝の六時、一時間あまりのランニングコースを走り込むべくアパートの階段を降りた有紗は、まだ少しひんやりとした空気を肺一杯に吸い込んだ。


 河川敷をきっちりと舗装する遊歩道に入ると、きらきらと輝く水面が眩しい。


 桜並木が真っ盛りだな、と思いながら、すれ違う愛犬家の方々が連れている愛くるしいわんこたちに癒される。


 どんな犬種であろうと、もふもふしてさえいればすべての犬は有紗にとって癒しの対象ではあるが、やはり日本犬の三角お耳やふっさり尻尾は、問答無用でジャスティスだ。


 他に見かけるのは、ダイエットをしているおばさま方、仲の良い老夫婦、同年代の人間もちらほらと。


 そうして、今日も良い天気だなーと平和そのもののことを考えながら、背の高い、黒いトレーニングウェアを着た青年とすれ違ったときだった。


「うわ!?」


 引きつった悲鳴に、振り返る。


 目の前の空間が、歪んでいた。


 ぐにゃりと眩暈のするような歪んだ景色が、青年を無理矢理吸い込もうとしているのを目の当たりにした有紗は、咄嗟に手を伸ばした。


(どこのアホよー!?)


 内心で絶叫しながら地面を蹴って、溺れる人間のように必死に伸ばされた青年の手首を掴む。


 間に合わない。


〈召喚〉の術式は、既に彼を捉えていて切り離せない。


 しかしこんな滅茶苦茶な術式では、次元を越える衝撃に耐えきれず、彼の肉体は粒子レベルまで粉々になってしまう。


 まるでどこかのおとぎ話の如く、竜巻で巻き込んで目的を引き寄せるような乱暴なやり方に呆れる暇さえない。


 構築式を計算し、展開。


 とりあえず、この式だけは無意識レベルで起動できるというのも、少なくとも「女子高生」のスキルじゃないよね、と頭のどこかで声がするけれど。


(――〈絶対防御〉!!)


 どこの世界へ「落ちる」にしても、五体満足ならどうにかなる。


 人間、生きてさえいればなんとかなるものだ。


 ――多分。

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