08 オークとバナナ
あの後、拘束された準男爵が無茶苦茶な理屈で彼女や捕虜達を罵倒している時、大臣が入ってきた。
自分の正当性を主張する準男爵を大臣が叱り付け間違いを指摘すると、準男爵はヒキツケを起こして倒れた。
「これは転換性ヒステリーを起こしたな、本当にしょうもないバカだ」
彼女が呆れた様に呟くと、大臣も『何でこんな奴が……、国の恥部だ』と呟き、準男爵に爵位剥奪を告げる。
聞こえてるかはどうかは問題無い様で、言うだけ言うと兵士数人を残して準男爵を連れて出て行く。
たったそれだけの事なのに酷く疲れた感じが見てとれた。
それを見送った彼女は牢屋に近付く。
「さて、明日明後日は休みのつもりだけど、それ以上の休みが必要そうな重症者や重病者はいるかな? 遠慮は要らないよ、言い辛いようなら他の人からの報告でも良いから教えて」
「……四班班長です、よろしいでしょうか? 班内に一名左腕に不思議な負傷をした者が居ます、診て頂けないでしょうか」
「不思議な怪我? 見せて。 ……腫れてるね、何があったの?」
静かで落ち着いた感じのいつもの口調だけど、どこか優しく感じる。
「作業中に左腕が突然痛み出しまして、ぶつけてもいないので何が原因か解りません。それと、通常の痛みとは別に強く痺れるような痛みも感じます」
彼女は話を聞くと、支えながら優しく左腕を心臓より高く上げる。
「どう? 痺れはとれた? 痛み出した時、変な汗を掻いたり吐き気はあった? ……そう、昔右腕に重い怪我をした事は? なら、おそらく疲労骨折だね」
問診が終わると彼女から聞き慣れない単語が出た。骨折は知ってるが疲労骨折?疲れたら骨が折れるのか? ありえないだろ。
俺もだが捕虜達も不思議な顔をしていると、彼女が補足する。
「今回の場合、以前右腕を骨折した事でそれを庇う様に左腕を酷使した事が原因だよ。もちろん今回の重労働も原因だけど、普段から庇う事で左腕への負担が蓄積した結果、簡単な動作で骨折したんだ。これを疲労骨折って言うんだよ」
言い終わると呪文を唱え始める。
「簡単な治療魔法を掛けたから、後は教会で治療を受けるといいよ。他には?」
彼女の診断は続き数人が教会に運ばれていった。驚いたのは彼女が的確な診断と治療魔法を使った事だ。これだけ出来るのに何で拷問係なんかを?
翌日、準男爵が連れてこられる。憔悴していた彼だが、彼女を見たとたん激しく暴れだし罵声を浴びせた。
彼女は気にも留めず無視するように最奥の部屋に入れるように兵士に指示した。
通りすがり、俺を見た準男爵が『オーク!』と驚くと、冷凍バナナが準男爵の後頭部にヒットして、その勢いで鋼鉄の扉に顔面を打ち付けた。
彼女は大きく溜め息を吐くと、かなり大きな鏡を引っ張ってきた。
「教えるのはもう少し後にしたかったんだけどな」
そういって見せた鏡にはオークが移っていた。
――えっ? まさか! ええぇっ !? 俺か???
鼻すらめり込む様に顔は丸く膨れ、顎は二重に割れて、肉でめり込んだ首は見る事も出来ない。ブヨブヨな体の肉は垂れ下がり体の形すらしておらず、例えるなら肌色の瀕死のスライムを数匹重ねた様だ。
「へっ? えっ…なん……? はぁ?」
現実を受け入れられず、言葉にならない。そんな俺に彼女は冷たく告げる。
「驚いた? 痛めつけるだけが拷問じゃないよ。やり方によっては心も壊せるんだ。ショックだったかい? 今の君ならここで解放しても出口まで歩く事すら出来ないと思うよ」
そう言いながら机まで戻って行く途中、彼女は牢屋の前で立ち止まった。
「きみ達も聞いた事ぐらいはあるだろう。彼はレイ・ローランサン騎士団長だ」
「えっ! あの屈強な !?」「東の国の要と言われたあの!」「嘘だろ?」
こんな形で知られたくなかった。こんな姿を知りたくも無かった。
焼けた鉄の棒を後頭部から突き刺した様な熱い痛みに似た何かが脳を襲う。
溢れる様々な感情に理解が追い付かず涙が溢れ出して視界が歪む。何もかもがどうでもいい、もう何も考えられない。
ただ、ただ、嗚咽だけが口から漏れ、意識が遠のく。
――捕虜達の驚く声が何処か遠くの様に聞こえた。