06 別れとバナナ
ある朝、普段労働に出ている捕虜達を牢屋に残したままで彼女は出て行った。
彼女を呼びに来た兵士や、彼女の慌て振りからも何かあったのは伺えた。
ただ、何があったのかまでは解らない。なかなか戻らない彼女に少しづつ牢内がざわつき始める。俺もまた不安な目で入口の扉を見つめていた。
どれくらい経っただろうか、彼女は巌しい顔をして足早に戻って来ると棚の中身を無造作にベッドに投げ込み始め、それと同時に数人の兵士が大き目の板を大量に運び始めた。
何が始まるんだろう? 俺も捕虜達もただ見ているしかなかった。
棚と机の上の本をベッドに投げ終わると、『よし、始めてくれ』彼女の合図に兵士達は板でベッドを隙間無く囲むと、更に板を合わせて釘で固定していく。
空になった棚と鍵をかけたタンス、それに机もバナナを一本取り出して鍵をかけるとそれらを一箇所に集めやはり板で囲んで釘を打ち込んだ。
固定し終わると鎖でぐるぐる巻きにして錠を幾つも掛ける。どれだけ厳重にしたら気が済むのか、そんな思いも彼女達の必死さにかき消される。
彼女の荷物を固定し終わると今度は牢屋と拷問部屋の間に扉を付け始めた時。
「みんなに残念なお知らせがあるんだ、あたしは長期間ここを離れなければならなくなった。あたしがいない間、あのバカが指揮を執る事にもなった」
彼女のその言葉にざわついていた捕虜達が凍り付いた様に静かになる。
あのバカが誰かは解らないが捕虜達の様子では歓迎されない人なのが解る。
「現状を維持するように言ってはあるけど、あのバカの事だから勝手をすると思う……だから、最初の頃に戻る可能性も覚悟しておいて欲しい。
なるべく早く帰れるようにするけど、最悪の場合は作業を二の次にしても構わないから耐える事に専念して欲しい」
労働が二の次ってどんだけだよと思っていたら彼女はこちらにやって来た。
俺を見る目には焦りや苛立ちのようなものが見て取れる。
「いいか、おまえの為に言う事だから真剣に聞いて欲しい。これから口のを取るけど絶対に喋るなよ。一言でも喋ったらコレだ」
バナナを見せた彼女に俺は真剣な目を向けて頷いた。
管を外し布も取り除かれると久し振りに口で呼吸をする。……空気うめぇ。
扉の設置を終えた兵士が一人こちらに来た。
あたしが帰るまではこの兵士が食事の用意をしてくれる。そう言って兵士の肩を叩くが、何故か彼女は非常に残念そうな顔をしていた。
彼女は兵士の方を向き、今迄以上に真剣な顔をすると
「いいかい、この扉の鍵は誰にも渡すな。あのバカが何か言っても絶対にだぞ。
中を見せる事もしたらだめ。どうしようも無い時は逃げる。
逃げて大臣にチクれ、チクって鍵を大臣に渡せ。何があっても通しちゃだめ」
「ハッ! 命にかけて」
「死んじゃだめ、ちゃんと逃げてね。おまえも私が帰るまで声を出さないでね。
あのバカは絶対に余計な事するから。痛いのは嫌でしょ?」
俺は頷いた。久し振りに喋りたかったので『わかった』とか言ってみようかとも思ったけど彼女の手に持った物を見て止めておいた。
何かしらんが非常事態みたいだしな。別にバナナが……怖くて悪かったな。
「なら、ご褒美だよ」
彼女は皮を剥いたバナナを俺の口に入れた。久し振りの”食事”である。
うめぇ! バナナうめぇ! 数年振りの固形物! 数年振りの味覚!
あまりの感動に思わす声を出しそうになったが堪えてバナナを堪能した。
彼女は食べ終るのを待って何かを言おうとしたが振り返って兵士と出て行った。
何が言いたかったのか解らないまま俺は彼女を見送ると、扉が閉じられこの部屋は暗闇に包まれる。
扉で区切られた事で孤独感を感じてしまうがそれを振り払うように彼女の声が扉の向こうから聞こえてきた。
「誰一人欠けないで、みんな生きて再開するんだよ」
彼女の言うみんなの中に自分も入っている気がして、何か熱い物がこみ上げる。
「「「「「お気を付けて!」」」」」
捕虜達の声が聞こえると、扉の閉まる小さな音が聞こえた。
――俺も心の中でまた会おうと呟いた。