11 陛下とバナナ
今、俺の前には不思議な光景が展開されている。簡単な武装をした捕虜達が彼女を取り囲んでいるのだ。
といっても脱獄して装備を奪った訳では無い。同盟が成立し、彼等は無事に解放されて祖国へと戻っていったのだが、その大半が戻ってきたのだ。
彼らは私設団として彼女の元に下りたいとお願いに来ている。当然、彼女に彼等を雇う金は無いと断られたが、それならばと稼ぎ組・護衛組など班分けをして自分達で生活費を稼ぎながらでも仕えたいと粘る。
彼女は諦めたのか彼等を受け入れた。そして最初に出した命令は『祖国に帰れ』だった。しかし『今日からここが祖国です』と返されると、今度こそ完全に諦めたのか彼女は彼等を受け入れた。
あまりの事に呆れる。何が彼等をそうさせるのか……。特に三班は全員が戻って来ている。正直バカじゃないかと思う。
……まぁ、俺も人の事は言えないか、俺は今ブヨブヨに肥大した脂肪を燃焼させる為に筋トレ中だ。拘束はされていない。
ただ、同盟が成立した事と捕虜達が彼女の護衛に来た事を考えれば、近いうちに戦争が起こる事が伺える。
大差の無い三勢力が二対一で戦うのなら結果は見えている。それでも祖国に帰り参戦したかったが、この体ではそれも叶わない。
「お前はまだ見当違いな事を考えてるのか、いい加減その脳筋を直せ」
そうは言われても体を鍛える以外出来る事なんて俺には無い。
「その様子じゃ、まだ何を言っても脅迫か交渉にしか聞こえないんだろうな。もう少し状況を理解出来る賢さがあれば良かったのに、残念だよ。
お前の事は諦めたから好きに鍛えな。どうせ死ぬんだ、思い残しの無い様にね」
まぁそうだろうな。脳筋と言われていてもそれくらい解るぞ。
「戦争に勝てば俺は用無しって事だろ? まぁ、殺る時は一思いに殺ってくれ」
「バーカ、私が手を下さなくても、お前は自殺するんだよ」
え? なんで? そんな事するはず無いだろ。第一理由が無いぞ。
「何アホ面晒してるんだ? だから鍛えるより先に考える事が有るって何度も言ってやったのに、それを聞かなかったのはお前じゃないか。まっ、残り時間は短いけど考えてみてもいいかもね。もっとも、脳筋じゃ気付けないと思うけど」
何が言いたいのかサッパリだな。仕方ない体作りを再開するか。
それを見て心底呆れたのか溜め息を吐くと机の上に何やら広げて捕虜達と話し始める。あ、もう捕虜じゃ無くなったのか。……兵士と分けて団員とでも呼ぶか。
短距離の歩行なら出来る様になっていた俺は、地下室なら自由に移動しても何も言われる事は無かった。だから入念に話す彼女達の様子が気になって近付いた。
机の上には地図が広げられ、そこに勢力の配置具合が細かく書かれている。これは詰んだ。例え全盛期の俺がこの情報を持って駆けつけても勝ちの目は無い。
「理解できたか? これからお前が滅ぼす国だよ。もっとも、その自覚は無いのだろうけどね。 ……さて、お前達、そいつを牢屋に入れろ」
なっ! 今更何で閉じ込める必要がある。俺が逃げるとでも思ってるのか?
「悪いね、お前が逃げるとは思ってないよ。その一点についてはこれでも信用はしてるんだ。考えるなら何も無い方が集中で出来ると思ってね。それに、その中でも筋トレは出来るだろ? ほら、昼飯だ、腹が減ったら食え」
バナナ数本を投げ入れると牢屋のカギを掛けられた。
「何で! どうしてだ! 侵略を俺の所為みたいに言うな!」
「考えろ、私に言えるのはそれだけだ。 まずは落ち着くんだな」
それだけ言うと彼女は地図を片付けて本を読み始める。団員達も一人を残して出て行った。
あれから色々と考えてみた。けれど彼女の言った事の意味は解らないままだ。俺が知っている情報にしたって別に戦況を変える物じゃない。間違っても国を救える様な情報では無いのだ。
俺はまだ何か悪い所があるのか? 彼女に指摘され自分の愚かさに心も折れた。それでも足りないのか?
「なぁ、考えたんだが。それでも解らないんだ。教えてくれないか? 俺が祖国を滅ぼす理由を。俺が気付けば祖国を救えるのか?」
後半、何故か声が震え涙を流していた。
彼女は本を閉じると団員に目配せをし、団員は出て行った。
「……出来れば先入観無しで聞いてもらいたい。状況は地図を見て理解できた通り確実に滅びる。お前の国の王に降伏を勧めたが王は受け入れず、最後の一兵まで戦うと言ってきた。なぁ、お前にとって守るべきものは、国・王・民・どれだ?」
「どれも大事だ」
「名誉や誇りは?」
「名誉や誇りよりも大事だ、俺の命よりもだ! それがどうした」
「その全てが無くなろうとしている。お前の決断次第でな」
「結局は脅しだろ? 言った所で戦況が好転する事なんてないだろうが」
そこで彼女は引き出しから牛乳を出すとカップに注ぎ魔法で暖める。
「ほら、飲んで落ち着け。……今、この作戦と平行してもう一つの作戦が進められている。お前の国の王弟陛下との不戦条約だ。
もちろん国王が断ったんだ、このままでは成立しない。お前の持つ情報には国王を失脚させるだけのものがあるんだ。王弟陛下が後を継ぐ、そうすれば戦争も起きない、兵士や民も死なないで済む、国王も軟禁にはなるだろうが死ぬ事は無い。
今お前が意地を張って口を閉ざせば全てが無くなる。理解できたか? そうなった後、お前は自分が許せるのか? 後悔はしないと思えるのか?」
彼女の言う通りなら俺は後悔するだろう。自分が許せずに自殺もする。だが
「……納得は出来る。それでも信じるには足りないんだ。その話の何処に失脚した王が殺されない保障があるんだ?」
「保障があればいいのか? なら少し待っててくれ」
彼女は自分のカップにも牛乳を注いで暖めた。
チビチビ飲みながら時を待つ。カップの湯気もおさまった頃、扉がノックされ、団員と共に王弟陛下が入ってきた。
驚いた俺に『王弟陛下には非難してもらってたんだ、元々侵略が目的じゃないからね。例え勝っても統治は任せるつもりでいたんだよ。ほら、保障が欲しかったんだろ?』そう言うと団員を連れて外に出ていった。
ここにいるのは俺と王弟陛下だけだ。……何から話そう?
「あ、バナナ食べます?」
自分でもバカな事を言ったと頭を抱えるが、陛下は苦笑しながらも『後でな』と気さくに返してくれた。
それから夜遅くまで話は続いた。もう戦争の心配は無いだろう。
――俺の固く閉じた口は彼女によって開かれたのだ。




