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有能かと思ったら脳まで筋肉だった

病は気から、とはよく言ったものだ。


前世の記憶を夢見たエディルレイスは己の不甲斐なさと後悔を思い出し、前向きな姿勢を見せると共に、一日中床から起きられなかったことが嘘のように身を起こしていた。

痩せ我慢も少々あるが、今がとても充実している、と体が自然と軽くなっていくのを彼は感じていた。

弱々しい握力で握るペンを走らせている彼の顔は穏やかでいて生き生きとしており、病床に伏していた彼を知るものは別人だと思うに違いない。


第四王子に与えられた広く静かな部屋にカリカリという音がする中、扉をノックする音が割り込んだ。

エディルレイスが入室を許可すると入ってきたのは高く積み上げられた本……を絶妙なバランスで軽々と抱えているトラヴィスだった。

お待たせしました、と扉が開くのを見てエディルレイスはパッと喜色を浮かべた。


「おお、トラヴィス。丁度良い、見てくれ」


近くのテーブルへ音も立てずに本を置いたトラヴィスに、今まで何かを書いていた紙を翳す。

にこやかにそれを眺めたトラヴィスは「ほおほお」と暖かい表情で顎を撫でた。


「今日は調子が良くてな。とりあえずやりたいことを書き上げてみたのだが、ペンが止まらなくて困る。考えるだけでも大変なものなのだな」


エディルレイスの書いていたものは『やりたいこと一覧』という小学生が書いたような文章だった。

前世では論文やら報告書やらをいくらでも書いていたのだが、その面影は微塵もない。

機械的なそれらと違い、彼自身の意思で書かれたものだからだろうか、それらは下手くそな字でとても見れたものではないが、以前の彼を知るトラヴィスにとって喜ばしいことこの上なかった。

何度も生を諦めていた主の子供らしい姿をまるで孫を見つめる祖父のような気持ちで眺める。


前世でも、現世でも、彼はあまりに狭い世界でしか生きられなかった。

恵まれた環境にいながらも、常に閉じた世界で飼われていた。

そんな彼がやりたいことは沢山ある。

かつての世界でも、この世界でも、一生ではやりきれないだろう事が山程。

さらに生まれ変わったこの世界は前世とは文化も自然も異なる。

未知の世界なのだ。


「そうだ、知ってるか?世界にはドラゴンよりも大きな鳥がいるらしいぞ」

「はい、私めも拝見したことはありませんが、話ではドラゴンを足蹴にできるとか」

「なに?そんなこと書いてなかったぞ……この著者には文句を言わねばならんな。あとで感想と共に抗議文も書いておこう。なぁ、鳥」


1冊の書籍をトラヴィスに私ながらベッドの主が呼び掛けたのは、彼の隣に置かれた白いクッションに乗っている1羽の小鳥だった。

クッションに同化している真っ白な体を埋め、呼び掛けた主にピーと返事をする。


エディルレイスが文字通り命懸けで助けた真っ白な小鳥は怪我が完治したものの、彼の部屋から離れることはなかった。

怪我を治してくれた彼に恩義を感じているのか、なついているのか、鳥語が理解できない2人には分からないが、邪魔ではないため好きにさせており、エディルレイスはそんな小鳥を『鳥』と呼び、可愛がっている。


「鳥もその鳥の様に大きくなるのだろうか?」

「どうでしょうな?まだ赤子のようですし、これからが楽しみですな」

「そうだな、これから、だな」


人差し指で小鳥を撫でるエディルレイスが楽しげに笑う。

小鳥にもそれが伝わっているのか、高い声でピーと鳴き、指にすりよった。


トラヴィスは敬愛する主と幼くも白く美しい小鳥の様子を、まるで巨匠の手掛けた一枚の絵を独り占めしている様な気分になる。

癖の無い金色の髪は今は亡き母君のもの。

そして瞳は黄色と橙の重なる暁色。

王族特有の瞳の色とされるそれはエディルレイスが正真正銘、王家の血筋を持つことを意味している。

例え病床から出られず、国王からも既に見放された状態でも。

1人外を見つめていた頃の主の姿が彼の中の記憶と重なり、トラヴィスはハッとしてそれを頭の中から消し、小鳥を撫でているエディルレイスに声をかけた。


「殿下、ご所望のものをお持ち致しました」

「ああ、ありがとう。重かったろう?」

「いえいえ、これしき苦にもなりませぬ。これでも若い頃は城壁よりも大きな魔物を狩り、身一つで国に持ち帰った事もあります故」

「そうかそうか……おお、これだこれ」


昔を懐かしむ様子で語り始めようとしていたトラヴィスの言葉を軽く流し、エディルレイスは目的の書籍を重ねられた山から抜き出した。

その際に崩れそうになったそれを支える事を従者は忘れない。

言われるがままに持ってきていた背表紙の題目を見てトラヴィスははて、と首を傾げる。


「『生命力と魔力』ですか?確か、古い書籍でしたが……」

「ああ、この紙に書いたことをやるためにはこの体をどうにかしないといけないしな、根本に戻ってみようと思ってる」


生命力と魔力。

人間に宿る力が2分され、その2つの力に別れる。

身体能力が向上されるのは生命力が増えていくためであり、人間の肉体的力となる。

魔法が仕えるのは魔力のおかげであり、魔力と自然の力であるマナを合わせる事で起こす現象を魔法という。

2つの力を分けるのは神であり、誰も逆らう事は出来ないとされる。

神は人間という天秤に、その者に相応しい割合で力を分ける。

エディルレイスはその生命力が異常に低く、代わりに高い魔力を有している。

これは最も最悪な割り振りであり、神からも見放されていると神殿に使えている人間は言う。

もしも逆なら気にする事は無い。

生命力に溢れているが魔力は一切ない。

それだけならば魔法が使えないだけで、普通に生きていける。

しかし、エディルレイスは身体的ハンデを負う程に低い割合で生まれてしまったのだ。

当初、それはただの病気だと思われていた。

それを治そうと試した魔法師は少なくない。

我こそは、と名乗りを上げた実力者がエディルレイスの体を治そうと治癒魔法を試みていったが、誰1人、完治させる事はできなかった。

一時的に痛みは抑えられても、慢性的な効果はあらわれない。


生命力の割合が著しく低い、と分かるまでは。


神が分けた生命力と魔力。

それに抗う術等ないと誰もが匙を投げた。

ついには『神に定められた運命なのです』とエディルレイスが死ぬ事が当たり前だと宣った者までいる始末……それに主を差し置いて激怒したのは他でもないトラヴィスであり、現役を退いたばかりの彼の本気の殺気と視線に恐れおののき逃げ出したのも懐かしい。


「治癒魔法は何度も試したが駄目だったろう?だから他のやり方を見てみようと思ってな」

「他の、でございますか?」

「そうだ」


手に取った本を開き、一つのページを開く。


「『人間の力は神によって生命力と魔力に分けられ、この世に生まれるのだ』……分けられた、ということは元々は1つのものだったのだろう?単純な話だが生命力と魔力の割合を調整できれば良いのではないかと思う」

「しかし、それは神にしかなし得ない所業にございます」

「神など俺は信じていない」


トラヴィスの言葉を鼻で笑い飛ばし、エディルレイスは本を閉じた。

この世界では神の行ないは必然なのだと教えられている。

だからこそ、人間の2つの力は受け入れられるべきもの。

それは個性であり、個人の定められた力なのだと。

だが、エディルレイスはそれを否定した。

神を崇拝している神殿の人間が聞けば異端者だと審問にかけられるだろう。

断言した主に口を開こうとしたトラヴィスはそれができなかった。

弱々しい印象しか無かった病弱な王子などそこにはいなかったのだ。

暁色の瞳が燃える様に強く輝き、飲み込まれる様な感覚に陥った。


「生命力と魔力、2つが天秤の様に別れるのはその人間の生まれながらの体質だ。遺伝と同じようにな。だから、俺のこの体も魔力も、自然にこの様に別れてしまったと考えている」


地球でも身体に障害を抱えて生まれてくる人間は少なくなかった。

それは生まれる前に何らかの形で原因が生まれ、結果としてそうなって生まれてしまった。

しかし、その全てを神のせいにはしない。

恵まれて生まれた人間も、決して神が作ったのではない。

母がいて父がいて、その環境の中で生まれた人間が適した形で生まれてくるのだ。

自然のままに、あるべき姿のままに。


「この体は母上が産んでくれたもの。神の手など借りずとも母の力で作られたものだ。俺はそれを神の定めた運命なのだと諦めていた……だが、この体は俺のもの。俺の体の事を俺が御せずに誰が出来る?神か?神は何もしない。祈っても何もしてくれない。この世界を作り出した事以外、神は何も施さない。だからこそ、俺はこの体を自身の力で御してみせる」


何もせずに死んでいった前世の二の足を踏ませない。


「神を否定しているのではない。ただ、俺は俺の体のすべてを神の所業の一言で片付けたくはない」


わかってくれるか、と従者を見上げるエディルレイスだが、彼の顔を見た途端ぎょっとした。


「トラヴィス……鼻水が出ているぞ」

「殿下の気高きお心、このトラヴィス、今のお言葉どどもに胸に刻み付ける所存でず」

「わかった、わかったから……ほら、鼻をかめ」


胸元から出されたハンカチでずびーっと鼻をかむ。

戦場で彼に泣かされてきた兵士が今の彼を見たら絶句するだろう。

トラヴィスの現役時代を知る者がこの場にいないのは不幸中の幸いであるが、エディルレイスは彼を『涙もろい過保護な忠臣』と評価しているのは彼にとっていい事なのか、悪い事なのか。


「それに、俺も分けることは不可能だと思っている。そもそも、俺たち人間はこの力が1つだった時の姿を知らんのだからな。知らないものを作れと言われても無理だ。だが、生命力と魔力。存在する2つをなんとかする事はできる。だからこの書籍は存在している。これらも本来は禁書として破棄されるべきものなのだが、埃を被っていただけで済んでよかった。焼かれていれば俺は彼らの意志を知る事はなかったろう……彼らもまた、俺と同じ事を思い、異端審問を恐れずにこれを記した。受け継ぐべき事だ。その上で俺も、この2つの力について考えてみた」

「考えてみた、ということはお考えがあるので?」

「ああ」

「しかしながら、生命力と魔力、この2つを1つにする方法はどの著者も主題にしております。ですが、誰もそれを成し遂げた者はおりません。どなたかが魔力を生命力に流して生命力を増やす、ということも考えましたが、被験者が死亡するという結果に……」

「それだよトラヴィス」

「はぁ……申し訳ありません。学というのは苦手なものでして、殿下のお考えが理解できず」

「構わない。トラヴィスの為に説明してやろう」

「な、なんとお優しい……うぅ」

「おいこら、泣くな」


書籍を記した『優秀な』魔法師なら誰もが考える事。

魔力を生命力に流し、割合の壁を壊す。

しかし、それは未だ確立されてはいない。

人間は生命力という目に見えない力を測る事は出来ない。

だが、魔力は量る事が出来るのだ。

マナの結晶を加工した魔法具という特殊な機材を用いた方法で。

魔法は魔力とマナを融合させて発動する。

その原理を利用し、魔法具に魔力を流しその魔力に反応したマナの量を測る事で魔力量を測定する。

生命力は身体的な能力のみに作用するものであり、そういった外部との作用を利用できる魔力とは扱いが単純だが難しい。

魔法師達は誰もが魔法で解決できると実験を繰り返している。


エディルレイスはその魔力を生命力に、という部分を強調した。


「この考えは最もだ。この文献にもあるように、元々が1つだったものが別れ、再び合わさるのが不可能なはずは無い。例え形質が変わったとしても、なんらかの作用を加えれば変化が生まれる」

「はぁ」

「つまり、変化だ」

「?」

「お前は学が無いのではなく、能まで筋肉になっているのだな。お前の様な者を脳筋というに違いない」


遠回しな言い方を察して欲しかったが、この従者、本当に学が苦手らしい。

体を動かす事に関しては役に立つが、参謀役には無理だろう。

溜息まじりの非難にトラヴィスは申し訳ありません、と言いつつも『脳筋』とは何でしょう、と聞いてくる。

エディルレイスは「体を鍛えすぎて脳みそまで筋肉になっている馬鹿のことだ」と説明し、脳筋執事の肩書きとなったトラヴィスはしょんぼりとした。

話がそれてしまい、コホンとひとつ咳をして切り替える。


「今までの魔法師は魔力自体を生命力に長そうとしていただろう。俺が考えたのは、その魔力を生命力に変化させる方法だ」


主の言葉に沈んでいたトラヴィスは再び彼の言葉で感情を動かされる。


「そ、そのようなことが可能なのですか?!いえ、もし出来たとしたら世紀の大発見です!」

「さぁな、そんなことはどうでも良い」


返ってきたのはあっけらかんとした答えだった。


「お前に持ってきてもらった本だが、全て読んだ事があってな……どれもこの問題がテーマとなっていた。誰もが力は1つだったと理解している。だが、俺の考えと異なる所がある。彼らは皆、生命力と魔力に別れた時点で全く『別のもの』と考えている。それは当然だ。生命力と魔力は異なる力を持った2つと別れてしまった。だから誰もが生命力と魔力をどうにかして1つにしようと躍起になっていた……トラヴィス、俺は変化だと言ったな」

「はい」

「俺が考えているのはただ単に魔力を生命力に流すのではなく、魔力を生命力という力に『擬態』させるということだ」

「も、申し訳ありません……」

「わかってる、お前が理解できないのは。分かりやすくするなら……そうだな、俺が魔力、お前が生命力だとしよう。俺はお前になりたい。だがそんなことは不可能だ。人間を構成する物質は同じだが、姿形や性格、体臭も違うな」

「はい。わかります」

「そこでだ。俺が変身魔法を使い、お前の姿をしてみた。変身魔法は本来の性質をそのままに外見だけを変容させる魔法だ……どうだ?」

「姿は違えども、私には殿下だと分かります。高貴な風格と麗しき気品に私めは……」

「そうだな、脳筋のお前には分かるだろうな。だが他の者にはどうだ?同じ人間に見えるだろう?同じ物質で構成された同じ人間だ。この城が人間だとしたら、中身は少々異なるだろうが、お前になった俺は容易くこの城へ入れる」

「警備に問題がありそうですが」

「今はそんな話はしていない。たとえだ、たとえ……人間も始まりは遺伝子という1つの物質から多くの情報を組み込まれて分裂し、形を成している。つまり、魔力と生命力ももとは1つの『同じ』力だったのだから、類似している情報もあり、それを利用して魔力を生命力に『擬態』させる。それぞれ作用する場面は異なるが、何かを動かすエネルギーであることに変わりはないからな。要するに、自分自身の体を騙す……ということをやりたいんだ」

「魔力を生命力そのものに帰るのではなく、擬似的な生命力へと擬態させる、ということですかな」

「そうだ!脳筋なりにちゃんと理解したのだな!っ……ごほっげほっ」

「殿下!あまり興奮なされるとまた……」


咳き込んだエディルレイスの背をさすりながら彼の体を横たえる。

自分の考えを理解されて嬉しくなり、体が弱い事を失念してしまった。


「すまない……ふぅ。もう大丈夫だ。だが、改めて口にした事で可能性は見えてきたな」

「殿下、それは喜ばしい事ですが、本日はお休み下さい」


トラヴィスは顔色の良かった主の血の気の薄い顔を見てそう告げた。

柔らかな布をかけられ、エディルレイスは無自覚に疲れていた体が休みたいと訴えている事に気づいた。


「トラヴィス、1つ頼みたい事があるのだが、良いか?」

「はい、なんなりと」

「変身魔法についての文献と医学関連の書籍を集めておいて欲しい」

「承知しました。明日、お届けに上がります」

「ありがとう……不思議だな。苦しいのにとても楽しい」


明日が楽しみだ、と口にするエディルレイスにトラヴィスも暖かな気持ちになり、


「不思議ですな」


と微笑んだ。






*****





人気のない城の一角を本の山が歩く。

綺麗にバランスがとれた山がゆらゆらと揺れるが崩れることはない。

大量のそれを平然と運んでいたトラヴィスは主の部屋からの帰りに珍しい人物と顔を合わせた。

現役から退いた今も彼の話は自然と耳に入ってくる。

軽装を身にまとった姿に今日は休養日だったのだろうと推測できた。

ふと此方に気づいた彼は小さく会釈をしたが、それをすべきはこちらの方だと心の中で苦笑する。


「お珍しいですな、レオン様。お一人ですかな?」


声をかけるとレオンと呼ばれた青年は「ああ」と短く返事をした。

黒い髪から覗く瞳がトラヴィスをうつす。

表情の無い整った容姿はどこか病床の彼を思わせる。

しかし彼とは違う細くも引き締まった体からはトラヴィスと同じ、『戦いを知る者』の空気が現れていた。

付き人を連れず歩く姿は別段珍しくはないのだが、トラヴィスの主の住む区域しかないそこにレオンがいるのは余り見た事が無い。

まぁそれも『偶然』なだけなのだろうが。

目の前の青年は隠し事が下手だ、という事を彼を良く知るトラヴィスは思い出し、変な勘ぐりはすぐにやめた。


「そういえば、先の遠征で上級の魔物を狩ったとか」

「偶然だ。歩いていたら出会い頭に食おうとして来たからやり返しただけのこと」


彼はそう言うが、相手は魔物。

戦いを専門としているものでなければ逃げ出すか諦めるか選択肢がない相手。

それも、クィルアミナ国の剣である騎士団の戦力を、半分以上を引き連れなければ苦戦するのが上級とされる魔物。

そんな化け物を出会い頭に食おうとして来たから返り討ちにしたなど、自分以外には驚きの何者でもない。


「レオン様のお力ならば当然の事でしたな」

「俺に土を着けさせる貴殿に言われてもあまり嬉しくないが」

「ほっほっほ、魔法は使えませんが、剣では未々若者には負けませぬぞ」


静かに笑って言うトラヴィスにレオンはフッと口許を緩めた。


トラヴィス・ヴァイセン。

クィルアミナ国王国騎士団、騎竜騎士(ドラグーンナイト)の所属する『蒼の師団』の元団長であり、部下の指導役でもあった最強の剣士。

竜と共に空を駆け、時には自ら降り立ち空と陸で力を振るう騎士である騎竜騎士は竜を手懐ける資質も必要視される特殊な職であり、実力も伴わなければならない、最も数の少ない、それでいて最高の戦力である師団の長だった男、それがトラヴィスだった。

魔法は使えずとも、その腕は化け物級の魔物を幾度も沈めてきた、この国の最高武力の一部だった人物で、青い眼光が鋭く光り薙ぎ払う姿は竜のごとし、と『蒼の竜騎士』などと異名をいつの間にかつけられていた有名人。

敵からすれば、竜を差し置いて彼らを一網打尽にバッサバッサと切り伏せていく姿は戦闘狂人(バーサーカー)だと畏怖すべき存在だったとか。

数々の名将を育てた手腕はこのレオンにも振るわれていたこともあり、現役を退いた今でも彼を師と仰ぐものもいる。

彼を追い抜いてこそ本当の強者、とレオンは目標にしているが何度も彼には沈められている。

そんな無敵と言っていい彼に強いと評されても嬉しく思っていいのか、悔しいと思っていいのか、微妙な心境だった。


「レオン様が弱者ならばこの国の兵も騎士も皆、赤子同然。謙虚すぎるのも考えものですな」


それをお前が言うのか、とレオンの指摘にもトラヴィスは笑っていた。


変わらずの師の姿に呆れるレオンはふと気まずい表情を僅かに浮かべ、何かを言おうと口を開こうとしているが、なかなか言葉が出てこない。

察したトラヴィスが微笑ましく思いながら先に答えを告げようとする。

しかし、先に言葉を発したのは意を決した様な表情のレオンだった。


「あれは息災か?」

「はい、それはとても」


心からそう感じているとわかる声色にレオンは「そうか」とごく少数にしか分からない微表情で安堵した。


「お気になられるのでしたらお顔をお見せになられては?エディルレイス殿下もお喜びになりますぞ」

「あれがか?」


あり得ないな、と零すレオンにトラヴィスは何故です、と問う。


「生まれてこの方、一度も顔を見せぬ兄の見舞いなど誰が喜ぶ?少なくとも、俺は何も思わん」

「エディルレイス殿下はお喜びになられると思いますぞ。先日も窓からやってきた客人に喜んでおられましたからな」

「窓から、だと?不審者を入れたのか?警備はどうした」


警備担当は誰だ、との問いかけにトラヴィスは楽しそうに「いえいえ、小さな幼鳥です」と言う。

窓から侵入してきた不審者と勘違いしたレオンは暫し固まり、「とても可愛らしい方でしたな」と思い出し笑いをする師の言葉を呆れ混じりで咎める。


「紛らわしい言い方をするな」

「これは、申し訳ありません。この年になると言葉が危うくなりますな」

「貴殿はまだ210歳だろう。500年は生きるエルフが何を言うか」

「心はしおしおの爺ですがな」

「『しおしお』?」


怪訝な視線を向けられてもものともせず、トラヴィスは持っている本の山を目で指し、礼をする。


「お時間を取らせまして、申し訳ありませんでした。私も片付けがございます故」

「ああ、こちらこそ邪魔をした。……ところで最後にひとつ聞いても良いか」


立ち去ろうとした足を呼び止められ、トラヴィスが何でしょう、と聞き返す。

レオンは彼の持つ大漁のそれを指差し、「それはなんだ?」とたずねてきた。

『魔力』『魔法』『世界の偉人』『童話』『魔物辞典』……途中から変な分類の書籍が混じるその山を見て首を傾げる彼の人に、トラヴィスは彼と同じ瞳の色を爛々と輝かせてそれらを読んでいた主を思い浮かべ。


「秘密、にございます」


と楽しげに去っていった。




*****




「殿下ー!殿下ー!レオンリード殿下ぁ!」


静寂の中を歩いていた背中を泣きそうな叫び声が呼び止める。

パタパタと走ってきた背の低い少年は呼び止められた青年とは違い、鎧を身に纏っており一目で兵士だと分かる。

少年兵はレオンの姿を見るとブワッと涙目になり、「殿下ぁー」と駆け寄ってきた。


「ど、どこに、行ったの、かとっ、はぁっ、はぁっ」

「俺は歩いていただけだ。どこかへ消えたのはお前だろう、エーデルハルト」


何を言っている、と責められ、少年兵は荒い息を整えつつも驚愕した。


「ええ?!僕はちゃんといましたよ?!いつの間にか殿下がおられなくて僕、驚いたんですから!」

「言い訳をするな。お前の兄はきちんと俺の後をついてきたぞ。後任補佐官のお前がそんな事でどうする」

「も、申し訳ありません……」

「まぁ良い。トラヴィス殿にも会えたからな……部屋に戻る。報告書を持ってこい」

「は、はい!……って殿下、自室はそちらではありません!こっち!こっちです!」

「……」


少年兵に引き止められ、レオンリード・リオ・クィルアミナは無言で踵を返したのだった。






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