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終わったと思ったらまた終わりそうだった

停滞期の産物。

人生に悔いは無い。


そう言って生涯を閉じた人間は何人いるのだろうか。

生き甲斐を感じ、幸せを得られたと充実した生を全う出来た人間はどのくらいいるのだろう。

少なくとも家族に見守られて生を終えた人間は幸せだったに違いない。

それまでどんな苦しい生き方をしていようと、立ち会ったのがたった1人だけだったとしても。

その人間は孤独ではなかった。


こんな人生でも1人ではなかった、と心が救われたのだ。


きっとそう感じて死ねたのならその人間は少しでも満足できたに違いない。

良い人生だった。

心残りはあるけれど、それでも自分は生きたのだと。

できることならまだこの世にいたい、と願うことだろう。


それが人間。


そうだとするのなら、その価値観を持てなかった者はどうなるのだろうか。


恵まれた環境。

食うに困らない財力。

誰もが羨む容姿と頭脳。

全てが成功へとつながるレールの上に生まれた。

好きなものも嫌いなものも、近づく人間も、したいことも、何もかもを管理された生涯。

それをただ淡々と受け入れてきた機械的な生。


思い返せば本当に自分は生きていたのだろうかという疑問さえ能を支配する。


「言い残す事はあるか?」


何も見えない暗闇で問われる。

言葉は何も出てこない。

言いたい事も、その相手もいない。

自分がこれほどまでに空っぽで、何も無い存在だということに笑いすら出てこない。

人生で笑った記憶も、楽しかった記憶も無い。

思い出されるのは今までに行なってきた作業のスケジュール。

起床してから決められた時間に睡眠を取るまでの行程を5840日分。

自分の意志等無かった人形の様な日々。


「お前に恨みはねぇが、そうだな。恨むならあの家に生まれたのを恨みな」


名前も知らない人間はそう言って何かをカチッと鳴らした。

自分は殺される。

そうとわかっていながらも命乞いも出来なかった。


何も無い人生だった。


何のために生まれたのか分からない。


本当に生きていたのかも分からない。


普通の家に生まれて、普通の両親に育てられて、普通の暮らしをしていたのなら、少しは生にしがみつきたいと思えただろうか。

自分のやりたい事を探して、失敗しながらも成長して、好きな人を見つけて、結婚して、子供が出来て……彼らに看取られて逝く事が出来たのなら。


もし、生まれ変わる事ができるのなら。

こんな無意味な人生を繰り返したくない。

どんなに馬鹿みたいでも生にしがみついて『俺は生きたんだ』と誇れる人生を送りたい。

もう、何者にも俺の人生を決めさせたくない。




そんなこと、無理だろうが。



そう、心中で呟いた諦めの言葉は共に響いた発砲音と胸への衝撃で掻き消された。






*****






瞼を上げた先に見えるのは自室の天井だった。

重たい体を襲うのは息苦しさと頭痛、そして胸の痛み。

それらが現実を訴える。


「夢……じゃ、ない」


孤独に死んだ1人の少年の最期。

それはかつて本当にあった出来事で、他人事ではない事実。

ぽつりと天井に向かって零れた言葉はやけに静かな部屋に響く。

力の入らない腕に命令をしてなんとか持ち上げ、宙に掲げる。


白く不健康そうな細い腕。

血管がすぐに分かり、枝の様な指は折れてしまいそうだ。

顔にかかる前髪は、夢の中の少年の黒とは真逆で眩しい程の金色。

確かに自分だ、と確認できた所に聴こえてきたキーッという扉の音に視線を向けると、見慣れた姿があった。


執事服に身を包み、銀色の髪を撫で上げた壮年の男。

彼はこちらを見て安堵の表情を浮かべた。


「お目覚めになられたのですね、殿下」


殿下、という単語にぼんやりとしていた頭が醒める。

手に持っていた銀のトレーを置いた男、トラヴィス・ヴァイセンは注ぎ口の長いティーポットを差し出してきた。

口元に当てられ流れてきた水が、かさついていた喉を潤していく。

程度を知っているトラヴィスは、こちらは何度か喉を動かしたのを見てティーポットを下げた。


「また、迷惑をかけたな」

「失礼ながら、その通りにございます」


溜息まじりの返事に申し訳なさが否めない。


「殿下のお優しいお心はこのトラヴィス、重々承知しておりますが、ご自身のお体も……」

「それは俺自身が分かっているさ……あ、ところで」


そう言いかけたところで頭の方で小さな鳴き声が聞こえてきた。

ゆっくりと上を向くと、サイドテーブルに折り畳まれて置かれている布からそれは聞こえてきていた。

トラヴィスがそれを持ち上げ、ベッドに横になっている俺の顔の横へ移動させた。

高い声で拙く鳴いているのは真っ白な小鳥だった。

布にくるまれている小鳥は必死に自身を主張する様にピーピーと鳴いている。

その元気な姿にほっとし、大きく息を吐いた。



エディルレイス・ウィル・クィルアミナ。

アメリア大陸東部の大国、クィルアミナ国の王家の血筋に生まれた第四王子。

それが今、ベッドで横になっている病人の名前だ。

病人、といっても正式な病名がある訳ではない。

この世界での摂理によって決められたハンデ……それがただ他人ひとよりも強いだけだ。


名前の無いこの世界では人は生きる為の力を持っている。

物理的なものではない、目に見えない力。

人間が生きる為の動力ともいわれているそれは、身体を丈夫にする生命力、そして特異な力……魔法を仕える魔力の二種類に分類される。

人は生まれた時からその両方の力を持っているが、誰もが同じ割合でそれを有している訳ではない。

得意不得意があるように、力には個人差があった。

分かりやすくいえば人は天秤だ。

二種類の力は同じ場所に乗せられているが、人によってその割合は違う。

生命力が高い人間は魔力が少なくなり、魔力が高い人間は生命力が少なくなる。

どちらかが強ければもう片方は弱くなる。

7割が生命力、3割が魔力とされたならその人間は身体能力が高く魔法も少しだけならできる。

その逆なら、魔法が得意だが身体能力はあまり高くなくなる。

極稀にその天秤が平衡な人間が現れるが、それは本当に珍しいことだ。

もっと簡単に言ってしまえば、魔法に特化したものは身体的に欠陥が生まれ、身体能力に特化したものは魔法を使えないということだ。


俺は魔力が人よりも異常に高い人間として生まれた。

それだけなら普通は喜ばしい事だろう。

しかし、俺という天秤に乗った魔力は生命力というものを軽々と持ち上げてしまっている。


つまり、俺は9の魔力と1の生命力という最悪の割合を持って生まれてしまった。


出産時には息すらしておらず、やっと泣いた時には誰もが奇跡だと口々にしていたらしい。

だが、生命力の低い俺は心臓が弱く、部屋の外にも出られず、歩いただけで発作を起こす様な虚弱体質となっていった。

そんないつ死んでも可笑しくない人間の世話をする物好きはトラヴィスだけになり、生まれてこの方、死んだ様に生きてきたのだ。

魔力を使う事も心臓に負担をかけるため出来ず、やる事と言えば本を読む事だけ。


そこに飛び込んできた1羽の小鳥。

落ちる様にベッドに着地した綺麗な白い羽に赤い傷があり、怪我をしているのだとすぐに分かった。

小さな姿はまだ子供で、弱々しく鳴いていた。

助けを乞う様に泣いている小鳥は「まだ生きたい」と言っているようで……


俺はその小鳥を助ける為に治癒魔法を使った。


それからは呼吸が苦しくなって倒れた事までは覚えている。

多分死にかけたのだろう。

トラヴィスの安堵の表情はいつも俺が「死ねなかった」時に見たものと同じだったから。

俺はいつも生を諦めていた。

こんな体に生まれてしまった事を受け入れながら……死んだ様に生きてきた。



(なぜ俺は、今まで忘れていたんだ)



夢の中の出来事は現実だった。

あれは俺だ。

前の生での俺だ。

死んだ様に生きてきた、無様で、滑稽な、つまらない俺の人生だった。

悔いる事も、誇る事も、何も出来ない無の生。


それを今、俺は繰り返そうとしていたのだ。


なんという馬鹿だ。

なんという愚かさだ。


一度後悔して、再びそれを繰り返そうとしていたのか?


俺はそこまで愚かな人間だったのか?



いや、まだ俺は生きている。



確かに治癒魔法を使った時、死んでも良いと思った。

小さな命が救われるのなら、構わないと。

だが、俺は生きている。


まだ、終わったわけではない。


「ふっ……」

「殿下?」


思わず零れた笑いにトラヴィスが俺の顔を覗き込んできた。

どうしようもない嬉しさがこみ上げてくる。

小鳥と同じ様に『生きたい』と、この俺が心のどこかで強く思っていたのだから。

止まらない笑いに胸が痛くなるが、それさえも生きている証だと思えば可愛いものだ。


「殿下、何か良い事でも?」

「ははっ、いや、なんでもない」


驚いた表情を浮かべるトラヴィスを他所に、俺は憑き物が落ちたように心が軽かった。

これが、生まれ変わった様な気分というのだろう。

本当に生まれ変わってしまったのだから笑うしかない。

同じ様な境遇で生まれてしまったが、俺は前世の記憶を思い出し、その最期に誓った事も思い出した。

こんな晴れ晴れとした気持ちは初めてだ。

今なら何でも出来そうな気がする。


「トラヴィス、俺は決めたぞ」

「何をでしょうか?」


痛みに軋む体を無理矢理起こすとトラヴィスがすかさず支えてくれる。

自分の体なのに言う事をきかないが、どうということはない。


「俺はもう後悔はしない。こんな出来損ないの体でも、俺は俺の人生を誇れる様に生きる」


決められたレールに乗せられた人生なんてもうごめんだ。

王族?ならば、それを利用してやろうじゃないか。

病弱?それがどうした。

そんなもの治してみせるさ。

俺は一度死んだ。

それ以上の恐怖がどこにある?

死ぬ気になれば人は何でも出来ると誰かが言った。


俺はやりたい事をする。


前世でやれなかった事を、この世界で、この命で、謳歌してやろうではないか。


「もう何者にも、俺の人生を奪わせはしない!」

「で、殿下……」

「ふふふっ……ってトラヴィス、何故泣く?!」


高らかに宣言した俺の横でトラヴィスはその整った顔を歪め、鼻水をたらす勢いで男泣きしていた。

ポケットから取り出したシルクのハンカチでズビーッと鼻をかむ良い年をした男。


「も、申し訳ありません。ですが、殿下のそのようなお覚悟、このトラヴィスにはど、どでも、眩しゅう見えまず」


トラヴィスは俺が生まれた時から世話をしている世話役だ。

母親が死んだ後、まるで親の代わりをするかの様にずっとそばにいてくれたのは彼だけだ。

俺が死にたがりで、生を諦めていたことを誰よりも近くで感じていた。

だからだろう。

俺はそれがありがたく、申し訳ない気持ちになった。


「トラヴィス、お前には迷惑をかけてきたが、これからもこんな愚かな俺についてきてくれるか?」

「愚かなど!殿下は素晴らしいお方でございます。戦しか能のない私めですが、殿下の為なら国の一つや二つも落としてみせますぞ!」

「ごふっ」

「で、殿下!」


トラヴィスのちょっぴり過激な冗談に思わずむせてしまい、言った本人に背中をさすられる。

昔から彼の冗談には驚かされるものだ。


「げほっ……はぁ……国は落とさなくても良い。今まで通り……いや、これからの俺を支えて欲しい」

「はい」


涙ぐみながら何度も頷くトラヴィス。



俺はここに改めて決意した。





もう、後悔する様な生き方はしない、と。







その為にまずは……





「寝る!」

「お休みなさいませ、殿下」





前途は多難だ。


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