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2人の修行の進展

「あら、起きた?」


目が覚めたときには、フィリーはもう身なりを整えて、朝ご飯の用意中だった。

肉を燻製中のかまどの隣に火を焚いて、鍋をかき混ぜている。

鍋の中身を見た所、調理を開始してからだいぶ時間が経っているように思う。フィリーは相当な早起きさんだ。


「何つくってるんだ?」


「魚のスープよ」


「え? 魚?」


鍋の中をよくよく覗き込むと、ぶつ切りにされた魚と菜っ葉がグツグツと煮込まれていた。


「本当だ。どこで手に入れたんだ?」


「あっちの方に川があるのよ。そこに魚がいるから、さっき獲ってきたの」


そう言いながら、フィリーは北を指さす。

川なんてあったのか。耳を澄ませても、せせらぎの音は聞こえてこない。結構遠くにあるのかな?


「そういや、こんな鍋あったっけ?」


「これは道場から取ってきたの。調理器具が沢山置いてある部屋があって、修行者は自由に使えるから」


「なるほど」


そりゃそうだよな。獣を狩れば食料は手に入るが、調理器具は調達できない。

ボクのように土魔法が使えれば別だが。

木材を彫れば皿やスプーンは作れるが、耐熱性の鍋は土魔法でなければ生み出せないだろう。


「フィリーって、いつ起きたんだ? 早起きすぎじゃない?」


「ストナードが起きるのが遅いのよ。他の修行者も、私と同じくらいの時間に起床するわ」


「さすがジェルドレア道場」


実力はどうあれ、修行に向き合う姿勢は真剣だ。


「悪いな、朝食ぜんぶ用意してもらっちゃって」


「いいわよ。昨日の晩御飯は、あなたにやってもらったんだし。まだ出来上がるまで時間があるから、顔洗ってきたら?」


「そうか。じゃあ洗ってくる」


フィリーから見えなくなるまで離れて、服を脱いで、水魔法で水を浴びる。

ふー、目が覚める。

服は治癒魔法と水魔法の合わせ技で洗濯し、火魔法で乾してから、もう一度着た。


そしてフィリーの所に戻り、朝食にありついた。


「今日はどうするの? 昨日の続き?」


「そうだな。昨日と同じように、氷を小さくしていく練習だ」


「分かったわ」


フィリーのつくってくれた魚のスープを食べながら、今日の打ち合わせ。

今使っているスープの容器とスプーンは、ボクが土魔法でさっきつくったものだ。


食べ終わってからは、すぐに練習を始めた。

ボクの役目は、フィリーの魔法気の流れを見ながら、適宜アドバイスしていくこと。

雷法は、極小の氷の粒をつくることが最初のハードルだ。


結果として、フィリーが極小の氷の粒をつくれるようになったのは、修行を始めてから4日目のことだった。


――――――


「見て見て!! これなら文句ないでしょう? 遂にやったわ!!」


フィリーが剣を振りながら、キラキラ光る空気の塊をクルクルと動かしている。

フィリーの剣は、斬るだけの用途に留まらず、杖の代わりとしての役割もあるらしい。魔法使いは杖を携えるのが一般的だ。しかし、杖を使う目的は、魔力を先端に集中させて、威力の上昇と繊細な動きを実現すること。魔力を伝導する材質でつくられた棒状のものであれば、杖でなくても構わないのだ。


「ちょっとストナード、何とか言いなさいよ! ほらほらっ!!」


「うわぁっ! やめろこっちに向けるな! 氷の粒が目に入るだろ!」


フィリーが見事に操る空気の塊には、数えきれないほどの氷晶が含まれており、真珠のような輝かしい美を放っている。

でも、いくら美しくたって所詮は氷の粒だから、吸い込めば鼻にとてつもない違和感があるし、目に入れば当然痛い。

それどころか、氷晶だけでなく剣も振り回すから、傍にいるボクにとっては危なっかしいことこの上ない。


「よくやった! すごい! だから頼むから落ち着いてくれ!! おい、剣をこっちに向けるな! ひいぃぃっっ!!」


ブンと振るわれた剣を、転がりながら避けた。


「ひゃっほい!」と叫び、飛び跳ね、氷晶をぶつけてくるフィリーに、思わず鼻頭を押さえたくなる。

出会ってからまだ4日しか経っていないが、四六時中一緒にいたおかげか、フィリーとはかなり親しくなった。というか、フィリーの化けの皮が剥がれた。

初めはクールな奴だと思っていたのにな。


フィリーがようやく落ち着いたところで、雷法を使うための次なるステップを説明する。


「氷晶をつくれた。これで第一の関門はクリアだ」


「イエーイ!!」


テンション高すぎだろ。


「……第二ステップは、つくった氷の粒どうしを擦り合わせる。その摩擦で、電気が生まれるはずだ」


「その電気が雷になるのね?」


「そういうこと。電気を発生させられれば、“新奇な感覚”が生まれるはずだ」


“新奇な感覚”とは、初めて魔法を使ったときに獲得する感覚のことだ。

生まれてすぐの頃は、人間は、視・聴・触・味・嗅の5感しか持たない。しかし、魔法を使うことで、5つしかなかった感覚が増えていくのだ。

火魔法を初めて使った瞬間から、人は火を操る感覚を得る。水魔法を初めて使った瞬間から、人は水を操る感覚を得る。

新たに得た感覚――それを一般的に“新奇な感覚”と呼ぶ。


フィリーが魔法で雷をつくることができれば、その瞬間に雷を操る感覚を“新奇な感覚”として獲得する。そうすれば、雷は意のままに操つれる。

もちろん、雷を操る感覚を会得したからといって、雷法の修行が完了するわけではない。威力を上げるために、練習や工夫を積み重ねていかなければならない。他の魔法と同様に。


フィリーは早速、ボクが言った通りに氷晶どうしをぶつけようと試みている。


「……どうだ?」


眉間に皺が寄っているフィリーに尋ねる。


「難しいわね」


そりゃ、そうだ。

新しい魔法の会得なんて、一朝一夕にできるものじゃない。練習あるのみだ。


「なるべく小さな空間に集約させて、絶え間なく氷の衝突を引き起こすんだ」


「わかったわ」


さっきは幼子のごとく騒いでいたのに、いざ魔法の修行となると真剣な面持ちに豹変する。

フィリーが雷法を会得しようとあれこれ頑張っているとき、ボクはその姿を眺めているだけだ。ただ、手持ち無沙汰ではあっても退屈ではない。美少女ウォッチングに飽きがこないというのもあるが、フィリーに魔法を教えるのは純粋に楽しい。

フィリーは大変な努力家だ。日中は魔法の修行をしているが、剣技の腕が落ちないように朝早く起きて素振りをしているし、夕方になって魔力が切れたら闘気を練りながら体術の修行をしている。これだけの熱意を見せられれば、応えてあげたいと思う。

まぁ、努力だけでなく、フィリーには才能も備わっているが。

幸運だったのは、フィリーは睡眠で魔力を回復できることだろう。一旦魔力を使い切ってしまうと、人によっては完全回復するまでに数日かかる。一晩寝るだけで魔力を完全回復できる素質は、他の修行者と比べて結構なアドバンテージだ。


夕方、雷法の“新奇な感覚”を体得する前にフィリーの魔力が尽きてしまった。

今日の修行はここまでだな。

雷法は簡単な魔法じゃないから、あと数日かけないと“新奇な感覚”は得られないだろう。


「夕飯の食材を探しに行かないとな。今日は何食べる?」


「魚でいいんじゃないかしら? ちょっと歩けば川があるんだし」


「うーん……」


確かに、魚のいる川にはすぐ行ける。

しかし、ここ数日の食事は魚続きだったから、飽きてしまった。できれば、川魚以外のものを食べたい。

そうだ、海魚が食べたいな。


「海まで行ってみないか? 魔法を使えばすぐ着くぞ」


フィリーが雷法の修行をする間、ボクは見ているだけなので、魔力を全く消費していないのだ。フィリーを連れて海まで行って戻ってくるくらい朝飯前だ。


「すぐ着くって……移動用の魔法なんてあったかしら?」


「風魔法で自分を飛ばせばいいのさ」


「……それ、飛んでる途中で気を緩めたら、転落死しちゃうんじゃないの?」


「まぁ、大丈夫だよ。何度か墜落したけど、ボクまだ死んでないし」


「却下」


「でもなぁ、この山にある食材には、飽きが来たぞ」


「あなたもまだまだね。私はもう3年目だけど、我慢して食べてるわよ」


いやいや、そんな我慢はしたくないぞ。


「……いいや、無理やり連れて行く」


「え?」


風魔法を展開して、フィリーと自分を浮き上がらせる。


「ひっ! ちょ! ウソ!」


フィリーは抵抗するが、魔力が切れた状態で何をしようと無駄だ。されるがまま、ボクの風魔法に全身を包まれてグングン浮上していく。

只今、高度100メートルくらいだろうか? 眼下に広がる森の木々の、なんと小さいことか。あ、ジェルドレア道場が見える。まだ剣を振っている人もいるな。熱心なことだ。


「高い高い高いぃぃっっ!! 何よこれーっっ!」


「気持ちいいだろ? 風魔法だからな、視界が遮られなくて絶景を堪能できる」


「いいわけないわよっ! 怖いわよっ!」


「やっぱ高い所は、いい風が吹いてるなー」


「暴風じゃないっ! 髪がモミクチャになってるわ!」


「美人なんだから髪がどうなろうと問題ねえよ」


「それ本気で言ってる!?」


「さあ、ひとっ飛び!!」


フィリーの可愛らしい絶叫に耳を癒されながら、コルト町まで飛んだ。

いい空の旅だった。


浮いていた時間は10分もないはずだが、コルト町に着陸してから、フィリーはベンチにうつ伏せになって呻いている。「ストナード、いつか仕返ししてやる」とか聞こえてくるが、気にしたら負けだ。

それから30分くらい経って、ようやくフィリーは起き上がった。


「よかった、胃に何も入ってなくて。食後だったら吐いてたわね」


お腹をさすりながらフィリーはキョロキョロと辺りを見た。


「コルト町って初めて来たけど、あんまり町って感じがしないわね」


「今いる場所は広場だからな。港の方に行けば、店もたくさんあるよ」


今いるこの広場もコルト町の域内だろうが、山に近いから、周囲の建物は少ない。港沿いに行けば、フィリーの期待通りの町並みが見られるだろう。


「しかも、気付いたらご飯があるわね……」


既に皿に盛られた夕飯の品々に目を向けるフィリー。焼魚と海藻サラダとカボチャのポタージュスープだ。

フィリーがぐったりしていた間に、食材が売っている店まで行って、魚4匹と海藻適量、それにオリーブオイルや香辛料などを買ってきたのだ。

カボチャのポタージュスープはアクアコルト亭でテイクアウトで購入した。島からコルト町に渡ったとき世話になったワグドさんに挨拶したら、「安くしとくよ」と勧められたのだ。その場で土魔法で器を作り、2人分のポタージュスープを入れてもらった。

ポタージュスープ以外は、ボクが調理した。


「食べれる?」


「もう大丈夫。……ご飯を用意してくれたことにお礼は言わないわよ。私がダウンしてたのも、あなたが原因なんだから」


いやー、ボク自身も、ご飯をつくっただけで許されるとは思ってないよー。

悪戯心でやったことだが、正直ここまでフィリーがダウンするとは予想外だった。申し訳ないとしか言いようがない。


「……じゃあ、食べるか」


居心地が悪くなったので、フィリーに食べるよう促す。


「ええ」


フィリーが最初に口につけたのは、カボチャのポタージュスープだった。


「あ、美味しい」


フィリーの顔が華やかにほころぶ。

ポタージュスープは、アクアコルト亭で買うときに味見させてもらったのだが、濃厚で美味しかった。フィリーにも気に入ってもらえて良かった。

そういえば、ワグドさんに薦められて、お酒も買ったんだったな。


「はい、気付け」


土魔法でつくったコップにお酒を入れて、フィリーに渡した。

お酒はピンク色で、ほんのり甘い香りがした。おそらく果実酒だ。今晩の夕飯に合う味かは分からないが、ベンチで呻いていたフィリーにはうってつけだろう。飲めば元気が出るはずだ。


「これ、お酒の匂いがするじゃない」


「気付けだからな。元気が出るぞ」


「本当? 私、お酒って飲んだことないのよ。匂いもあんまり得意じゃないし」


「まあ、無理して飲むものでもないから、嫌ならやめといた方がいい」


コップに口をつけるのを躊躇うフィリーをよそに、ボクは一口飲んでみた。


「あ、美味しい」


柑橘系の、いい果実酒だ。


「ストナードは、お酒飲めるのね」


「そうだな。ボクがいた島では、よくみんなお酒を飲んでいたから」


「ストナードが飲めるのなら、私も飲まないといけないわね」


「え、そうなるの?」


フィリーは一気にコップの中の酒を呷った。上を向いて飲んでいるから、フィリーの白い肌に覆われた喉が目の当たりになる。その綺麗な喉に向かって、口から僅かに漏れた果実酒のピンクが静かに伝っていく。淫靡だ。


「……匂いが慣れないけど、味は良いわね」


「好評でなにより」


「もっと貰えるかしら」


「どうぞどうぞ」


フィリーが突き出したコップに、しずしずとお酒を注ぐボク。


「ありがとう」


夕照も薄らんでいき、徐々に暗くなってきたので、火魔法を松明代わりにして辺りを照らす。

港から時折吹いてくる潮風がなんとも気持ちいい。

広場には他に人もおらず、フィリーと二人っきりで静かに食事を進める。これ、結構ロマンチックじゃないか?

このまま雰囲気に身を任せていれば、あれよあれよと、ムフフなシーンに突入できるんじゃないか?


――とか思ったが、そんな都合良くはいかなかった。


「あれ~? ストナード君っ! なんで君は、そんな遠くにいるのかねっ!?」


フィリーが上司キャラに変貌してしまった。また新たなフィリーの一面を目の当たり。

というか、ここまで第一印象を裏切ってくる人も珍しいと思う。


「遠いっ! 遠いよっ! ストナード君!」


「いやいやいや、そんな遠くないよ? 50センチくらいだよ?」


土魔法でつくったテーブルを挟むように、ボクとフィリーは向かい合って食事をしている。

全然遠くない。


「遠いのだよっ! 私にはっ!」


「どうしろと……?」


「ここに来なさい。ここに」


自分の隣を手で示すフィリー。

ここは大人しく言うことをきいて、椅子を持ち上げて、フィリーの隣に移動する。ちなみにこの椅子も、ボクが土魔法でつくったものだ。


すると、フィリーはボクの頬を指でつまんだ。


「フィリー、どうしたんだ?」


「フィリーさんにはですねぇ、ストナードが遠いのですよぉ」


「はぁ」


「いっつも君はすまし顔でっ! 平然としてっ! なにかね? 君はクールを気取っているのかね!?」


頬をグイグイ引っ張りながら責め立てるフィリー。

いや、クールじゃないよ。フィリーの顔がほんの目の前にあるんだ、内心は猛っている。フィリーの赤い唇がほんのり湿っている。その睫毛の長さが、近くで見るとよく判る。

気を抜いたらうっかりキスしてしまいそう。


「うー、遠いよぉ。もっと近くにいてくれてもいいじゃないかぁ……」


体は一部密着していて、こんなに近くにいるのに、それでもフィリーは「遠い」と繰り返す。

ボクはフィリーにとって、そんなに隔絶した存在なのか? 普通に親しくしていたし、ボクから突き放すような物言いはしていなかったと思う。

フィリーは何を以て、ボクを「遠い」と言ってるんだろう?


「……うー。なんか目の前がよく分かんない……」


「お、おい……」


頬を引っ張るのをやめたフィリーは、トスンとボクの胸を頭で突いた。そして、ズルズルとフィリーの顔がボクの胸から腹へと滑っていき、膝の上に収まった。

あ、その位置は、いろいろまずいんだが……。

ボクの気持ちはお構いなしに、フィリーは「う~ん」とか言いながらボクの膝の上で仰向けになって、目をつむってしまった。フィリーのお尻は椅子の上に乗っかったまま。体が横にしたフィリーの頭と肩が、ボクの膝の上にある。


「ちょっと、おい、寝るなよっ!?」


反応なし。


「おい! 起きろ! フィリー!!」


「……スー」


「おーい……フィリーさーん……起きないと、襲ってしまいますよー。ボクも男ですからねー、こんな可愛い子を襲わない訳ありませんよー」


「……」


一切の反応なし。本格的に寝入ってしまった模様だ。なんてこった。


「仕方ない。今日はもう寝るか」


風魔法を巧みに操り、テーブルの上の食材や皿を片付ける。フィリーを抱き上げ、テーブルと椅子は元通り土に戻した。


「今度は、ボクがフィリーをお姫様だっこか」


初日とは立場が逆だ。

妙におかしく思えて、口元が緩んだ。


「さて、山に戻るか」


フィリーを抱きかかえたまま、荷物と一緒に上空へと舞い上がる。

真っ暗闇をかき分けながら、普段修行をしている場所へと翔けてゆく。




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