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フィリーとの修行 初日

高位の水魔法である雷法をフィリーに会得させるため、まずは魔法についてレクチャーすることにした。

魔法に関する知識がどれだけあるかの確認だ。


「火魔法・水魔法・土魔法・風魔法のうち、最も大事なのは何だと思う?」


「……難しい質問ね。どれも大事じゃないかしら?」


そりゃ、どれも大事なんだけどね。


「攻撃するとしたら、どの魔法が一番重宝するかな?」


「水、かしら?

 形を変形させやすいから、攻撃にも適していると思うわ。火や土や風は、細かい形の変化をつけにくいから」


そうきたか。

期待していた返答とは違うが、一理ある。

土は堅いために形を変えにくく、火と風は柔軟すぎるために思い通りの形にしにくい。攻撃するとなれば、水が扱いやすいというのは間違っていない。……いないのか? 今度、きちんと考えてみよう。


「フィリーは、氷の塊を相手に撃ちこむことができるよな。あの技は、水魔法だけで為しているか?」


「? …………あっ」


数秒の間考えて、気が付いたようだ。


「……もしかして、風魔法?」


「ご名答」


氷の塊をつくるところまでは水魔法だ。しかし、つくった氷の塊を相手に飛ばすのは、水魔法ではなく風魔法の作用だ。


「火魔法は火に働きかけ、火を生み出す。水魔法は水に働きかけ、水を生み出す。土魔法は土に働きかけ、土を生み出す。この点で、火・水・土は似てる。

 でも、風魔法は違う。風魔法は『動かす』魔法なんだ」


「……風は、空気の動きってこと?」


「そういうこと。空気を動かせば風になるけど、風魔法が動かせるのは空気だけじゃない。水の塊や氷の塊も動かせる」


「だから、風魔法が重要なのね」


火魔法による攻撃の基本は、相手に火をぶつけること。水魔法と土魔法においてもしかりだ。

魔法攻撃に、風魔法は欠かせない。


「フィリーが氷の塊を撃ったのは、水魔法と風魔法の合わせ技。

 そして、雷法も、水魔法と風魔法の合わせ技だ。だから簡単だ」


たぶん。


「というわけで、風魔法を意識しながら、これからする雷法の説明を聞いてくれ。

 水と氷の塊を生み出す」


見本として、実際に水の塊と氷の塊をつくった。

砂粒程度の極小サイズだ。とても視認できる大きさではないが、光の反射でキラキラしているため、そこに水の粒と氷の粒が存在することは判る。


「すごく小さいわね」


「ああ、小さいのを沢山つくったほうがいい」


「やってみるわ」


フィリーは真似してつくろうとしたが、できあがったのは直径1cmくらいのものだった。

これでも雷はできるだろうが、効率は悪いだろうな。


「大きすぎるかしら?」


「そうだな、これの半分くらいの大きさにすることを目指そう」


「わかったわ。……ふんっ!」


精一杯魔法を込めてサイズを小さくしようとしているのだろう、フィリーの顔が微妙に歪む。

その後、日が暮れるまでフィリーは小さな氷の塊をつくることに専念した。


「はぁっ……はぁっ……ごめんなさい、もう、魔力がないわ……」


魔力切れだ。

結局、半分の大きさにすることはできなかったが、フィリーは頑張っていた。

これから辺りも暗くなるし、今日の鍛錬はこれで終わりだろう。

やりすぎると、逆に明日に響いてしまうからな。


「今日は、もう終わりにしよう」


「……そうね。残念だけど」


フィリーは心底残念そうにしているが、一日でできるものじゃないからな……。

誰もが四苦八苦するステップだから、気を取り直してもらいたい。


「そういえば、ここってご飯ってどうするんだ?」


「自分で用意するのよ」


さも当然というふうにフィリーは言った。

言われてみれば……あの道場には生活感がなかった。道場の中は、フィリーにお姫様だっこされながらさらりと見ただけだが、修行用の板間ばかりで、風呂や台所がありそうな雰囲気は一切なかった気がする。


「もしかして、風呂とかベッドとかもなし?」


「当然よ。自分のことは自分でやる。自給自足がここのルール」


……ま、まぁ、ないものは仕方ないな。

ん? でも、風呂がないと言うわりに、フィリーから嫌な汗の臭いはしなかった。ふんわりの女性独特の匂いはあるが、嗅いで顔をしかめてしまうものじゃない。むしろ興奮する。


「普段は、風呂とかどうしてるんだ?」


「薬草を体にこすりながら、水を浴びるだけよ。薬草は隣の山にあるし、水魔法と火魔法で温水も生み出せるしね。薬草は私の予備があるからあげるわ」


「食べ物は?」


「獣が隣にいるから、それを狩ったりとかかしら?」


「なるほど」


原始的だった。コルト町に行って食べ物を買う人はいないんだろうか?

まぁ、獣を狩って食べたことは何度もあるから、抵抗はないが。


そうなれば、さっさと獣を狩るとしよう。

ゴホンと咳をして、喉元をさすった。うむ、喉の調子は万全だな。


「何してるの?」


「獣を呼ぶ準備さ」


「?」


不思議そうな顔をするフィリーを横目で見ながら、『谷越えの歌』を歌い始めた。

特殊な声帯を使うから、喉の調子が悪いとうまく歌えないのだが、今日はうまくいった。体の内部で音を共振させ、魔力を練り込んだ歌声を発する。召喚魔法の一種だ。

フィリーが驚いた顔をしている。この娘は表情豊かだなぁ。


歌っていると、遠くから獣の唸り声や、地を蹴る音が聞こえてきた。こちらに獣が向かってきているのが手を取るように判る。

ボクは歌いながら、剣を構えておくようフィリーに手振りで伝えた。猪とかはすごい勢いで突進してくるから、ボンヤリしていると痛い目に遭う。


獣の鳴き声がどんどん大きくなる。四方八方からやってくるとは、好都合だ。


「ストナード! 来たわよ!!」


フィリーが叫んだ直後、獣が飛びかかってきた。歌うのをやめて、風魔法の斬撃を繰り出す。

2頭が血飛沫を吹き上げながら倒れた。

殺ったのは3頭。ボクが2頭を殺し、フィリーがもう1頭を剣で殺していた。

2人分の晩飯にしては十分な量だろう。聞こえてきた獣の声の数からして、もっと多くの獣が向かってきていたはずだが、『谷超えの歌』を歌うのをやめた途端にもといた場所へと引き返したのだろう。


「ストナードが歌ってた歌、すごいわね」


何故か、フィリーの顔が赤い。獣を見て、戦闘狂の血が騒いだんだろうか?


「『谷越えの歌』っていう獣を誘う召喚魔法。知らなかった?」


「知らなかったわ。……便利な歌ね。……その歌、効果があるのって獣にだけ?」


「どうだろう? この歌の影響を一番受けるのは獣だって聞いたけど。もしかしたら、獣以外にも影響あるかも」


この歌の作用は発情で、歌を聴いた獣は歌い手のことを魅力的な異性だと思い込んで寄ってくるらしい。


「今度、私にも『谷越えの歌』を教えてちょうだい!」


「お、おう、分かった」


やけにフィリーの声が高い。それに、「効果を確かめないと」とかブツブツ言っている。

どうしたんだろう? よっぽど獣を食えるのが嬉しいんだろうか?


「解体していくぞ」


風魔法の鋭利な斬撃によって、仕留めた3頭の獣は瞬く間に解体され、骨と肉と皮と内臓に分けられ、土魔法でつくった皿に盛られていく。

同時に、土魔法で小さな炉をつくり、火魔法で火をおこした。皿にある肉は更にスライスされ、土魔法の棒に串刺しになり、火にあぶられてゆく。

一連の動作は全て魔法である。


「結構、手馴れてるわね」


「小さい頃からやってたしな。まぁ、獣よりも魚を焼くことの方が多かったが」


ノルモン島は大きな島だったが、獣の数は決して多くはなかった。そのため獣はなるべく殺さず、島民は努めて魚を食べるようにしていた。獣が減りすぎると生態系に悪影響が出て、長期的には未来の島民にしわ寄せがくる。


「魚はここじゃあまり食べないわね。コルト町まで行けば手に入るけど、そこまで行くのが面倒だもの」


「闘気か魔法を使えば、すぐじゃないか?」


ボクも来るときは徒歩だったが、それは魔力を浪費したくなかったからだ。魔物に遭遇するかもしれなかったし、ジェルドレア道場に着いてから魔力が必要になる可能性を考慮していた。もし魔力を使っていれば、ほんの数分で行き来できた。

魔力を切らしてしまっているフィリーも、闘気はまだ十分にあるのだから、コルト町とジェルドレア道場の往復は難しくないだろう。


「みんな、修行には本気なのよ。だから、わざわざ夕飯のために闘気や魔力を使いたくないんだと思うわ」


「……それは、どうなんだろう…」


確かに、ジェルドレア道場の修行者たちは、誰もが真剣だった。それは疑いの余地がない。

だが、強くなるためには、修行だけでなく、日々の食べ物も重要だ。山では、獣と山菜と川魚くらいしか食料になるものはないだろう。でも、間違いなく栄養は偏る。ボクが言うまでもない自明の事。なのに、何故……?


「っと、そろそろ肉が焼けてきたな」


もう肉の表面に焦げ目がついている。この山の獣の肉は、火の通りが早いようだ。

肉にかけるための香辛料をリュックサックから取り出す。塩と粉末にしたハーブだ。

山間を旅する者にとって香辛料(特に塩)は必需品と聞いていたので念のためリュックサックに入れておいたのだが、早速役に立つ。さすがに香辛料なしの味気ない肉を食うのは辛い。


串焼き肉に塩を振って、フィリーに渡した。


「悪いわね、何から何までやってもらっちゃって」


「お嬢様の頼みとあらば。いつでも何なりとお申しつけ下さい」


「やめてよ、お嬢様なんて。そんな値打ちのある女じゃないわ」


そうか?

実際、フィリーは美人だし、身のこなしもどこか洗練されている。身に纏う雰囲気は、明らかに教養ある人のそれだ。


「ん! 美味しいわ!」


串焼き肉を口に入れた瞬間、フィリーの顔が華やいだ。お気に召したようで良かった。

笑顔で頬張るフィリーを見ながら、ボクも肉を食べ始める。

ふむ、少しクセの強い肉にハーブが絶妙に効いている。うまい具合にできたな。


手持ちのハーブは多くない。2週間後にフィリーとの修行が終わったら、コルト町に行ってハーブを買い足した方がいいな。

ハーブの重要性も、本格的に旅を始める前に気付けてよかった。

もしかしたら、ジェルドレア道場の“自給自足”ルール(自分の飯は自分で用意せよ)は、修行者への愛情なのかもしれない。普段から、旅人として生きていくための素養を養っておけば、旅の途中で野垂れ死ぬことも防げるだろう。


「みんな、見られないの、他のことが。目の前の修行で手一杯」


次に買うハーブはどんなものがいいかなぁ、色んなハーブを試してみたいなぁ、などとお気楽なことを考えていたら、フィリーの真剣な声が聞こえてきた。

ハッと顔を上げると、フィリーは手に持っていた串の肉を食べ終わり、ボンヤリと火を眺めていた。

フィリーの発言が何を指しているのか一瞬分からなかったが、その顔を見て、「みんな、修行には本気なのよ。だから、わざわざ夕飯のために闘気や魔力を使いたくないんだと思うわ」という先の発言に繋がるものだと分かった。


「……肉、まだまだあるんだから、食べたら?」


1本目の串焼き肉を食べ終わっていたフィリーに、焼き立ての串焼き肉を新たに渡す。


「……ありがとう」


沈んでいた顔に、ほんのり笑みがさした。フィリーは食べながら、言葉を続けた。


「あなた、ここに来るのは初めてなんでしょう?」


フィリの言う「ここ」とは、ジェルドレア道場のことだろうか?

とりあえず肯定した。


「実際にジェルドレア道場に来て、違和感を感じなかった?

 ジェルドレア道場といえば、このトルカート王国随一の道場。武の道を往く者にとって憧れの場所。

 そういう評判を聞いたから、あなたもジェルドレア道場に来たんでしょう?」


「ああ」


「どう? 実際に来てみて、何か思うことはあったでしょう?」


「…………」


思うことか……ないと言えばウソになる。正直に言えば、思うことだらけだ。


「遠慮せずに、言ってちょうだい」


沈黙していると、答えを促された。

……正直に答えるか。


「もっと、修行者は強いと思ってた」


「……それだけ?」


「他の人たちが、なんだか元気がないように見える」


やはり、印象に残っているのは、ボクとフィリーが初めて戦った後の光景だ。

見学していた修行者が私語をしていなかったことが、やけに脳裏にひっかかっていたのだが、よくよく考えてみると、ボクは私語をしていなかったことが気になっているわけじゃないと思い至った。

どうにもひっかかっていたのは、まるでフィリーにもボクにも関心を抱いていないかのような態度だ。

リン・メイガさんは、フィリーがジェルドレア道場で一番強いと言った。最強のフィリーと、新参者であるボクとの対戦。

強くなりたいと願う者なら、強者の戦いはできるだけ目に収めておきたいと思うんじゃないか? 普通、フィリーとボクとの対戦を熱心に見るんじゃないか?


もしかして、フィリーが他の修行者から嫌われている? だから無関心だった? そんなことはないはずだ。

一日接してみれば明らかだ。フィリーは、親切で気のいい人だ。

だからこそ余計に、違和感がある。何故、あの修行者たちは、フィリーとボクの対戦に、無関心だったのか?


「やっぱり、そう思うわよね」


一呼吸置いて、フィリーは言葉を続けた。


「みんな、まだ3年くらいしかここで修行してないの」


「え?」


3年前と言えば……思い当たるのは一つしかない。


「それ以前にいた修行者は、みんな骸狩り姫に殺されたの」


「……骸狩り姫が、ジェルドレア道場を襲ったのか?」


「いえ、革命軍に乞われたとかで、修行者全員が帝都に行っていたらしいわ。詳しくは知らないけれど。

 メイガ師匠だけは道場主だからどこにも行かずにいて、そして、……修行者は誰も帰らなかった」


「……」


「今、ジェルドレア道場にいるのは、3年前に、まぁ、色々あって、それで、強くなりたいって思った人たちよ。

 私も含めてね」


話を聞きながら、肉は食べている。だが、味が全然感じられない。ただひたすら、フィリーの話を聞いていた。

ボクが感じていた違和感に、これで裏付けがとれた。

3年前に色々あった――意訳:3年前にひどい目に遭った。つまり、元貴族だ。

3年前の革命は、貴族が王家に反旗を翻したものだ。農民や商人は関与していない。だから当然、骸狩り姫の反撃を食らったのも、貴族だけだ。もちろん、貴族ではないのに巻き添えで被害を被った人もいるかもしれないが。


おそらく、今ジェルドレア道場にいる修行者の大半は、元貴族で、骸狩り姫によって家を潰された人々なのだろう。

だから、あまり強くない。

普通の貴族は、剣術や体術より、そろばんを重視する。没落するまで、剣を振った経験なんてなかったはずだ。強くないのは当然とも言える。

軍人貴族であれば、剣技くらいは教わる機会もあっただろうが、そのような家は一族余さず皆殺しにされているだろう。反王家派の求心力となる可能性を絶やすために。表向きは「革命に参画した責任」もしくは「革命を止められなかった」責任を負ってのことだろうが。


「みんな、迷いがあるのよ。

 血眼で修行に励んでも、なかなか強くならなかったり。

 才能のない自分が多少強くなったところで、今の境遇を変えられないんじゃないか? と思ったり」


「復讐したいのか? 骸狩り姫に」


「本音ではね。自らの手で骸狩り姫を殺すことができたら、本望でしょう。でも、無理よね。

 何せ相手は、10万の敵兵を1人で滅ぼした化物だもの。どんなに努力したところで、刺し違えることさえ叶わないわ。

 けれど、無理って分かっていても、私たちは、……こうして強くなるために努力するしか、ないの」


愚かでしょう?――と言わんばかりの自嘲の微笑を浮かるフィリー。その表情には、16歳の少女にはあまりにも不似合な苦労が滲み出ていた。


「あんまり、貴族らしくない考え方だな。自分の手で復讐してやる、っていうのは」


自分では動かず、召使いに命じて実行させる。

それが、貴族というものだ。


「私とは違う道を選んだ人も、知り合いにはいるわ。

 僅かに残ったお金で地主になるところから始めたり、

 いつか骸狩り姫を殺せるくらいの武人をお金で雇うために、商人になって貯蓄し始めたり、

 隣国に亡命して、骸狩り姫を倒すための協力を仰いだり」


そこまで言って、フィリーは、フウッと息をついた。


「自分自身を強くするよりも、お金を貯めて強い人を使う方が賢明でしょう。

 でも、私も、ジェルドレア道場にいる他の人も、そういう賢明な道を選べなかったのよ」


と、そこでフィリーが言葉を切った。


「ごめんなさい、私、こんなつまんない話しちゃって……」


「いや、つまらなくないよ。よければ、続けてくれ」


溜めてきた思いがあるのだろう。

周囲の同じ境遇の人たちには、同じ境遇だからこそ口にできなかった思いがあるのだろう。

フィリーは振り向いてボクをしばらく見つめた後、肉を焼き続ける火の方に視線を戻した。


「……うん。

 私は、……私は、……自分を強くしなきゃ、いけないの。

 この手で、……この手で、復讐したい」


膝を抱えた両腕が震えている。フィリーは途切れ途切れに、話を続けた。


「私の両親は、骸狩り姫の部下に捕えられて、……広場に引きずり出されたわ。

 私は見ているだけで。

 沢山の人が見ている中で、……拷問されて、……ギロチンで……首を落とされた」


「……」


「私は弱かった。……私が強かったら、父様と母様をギロチンにかけた奴らを殺せた。でも、私はできなかった。

 だから、……私は強くなりたい。強くなりたいの」


決意と執念が表れた言葉だった。綺麗な顔立ちには不相応なくらいに実直な姿勢を感じさせる言葉だった。


「……フィリーは必ず強くなるよ」


「……」


フィリーは何も言わない。


「本格的に修行を始めたのは、3年前からなんだろ? 既に、体術はピカイチじゃないか。

 ボクは、これまでずっと攻撃魔法の練習をしてきて、強い人を何人も見てきた。それこそ、骸狩り姫に引けを取らないんじゃないかってレベルの人もいたよ。

 だから断言できる。フィリーは才能があるよ」


それからしばらくの時間が経った。

フィリーは火を見つめたままで、ボクはフィリーを見つめたままだった。どれくらいの時間が経ってからだろうか。フィリーの頬を、涙の筋がつたって、あごに至っていた。

泣き声はなく、静かな、夜に溶け込んでしまいそうな涙が、雫となって、フィリーの服に落ちていく。

フィリーは袖で顔を擦った。


「……ごめんなさいっ! 私、頑張るっ!」


袖で顔を擦りながら、鼻声で言う。


「ああ。今日はもう寝るか」


「……うん。ごめんなさい。こんなにお肉用意してくれたのに、ちょっとしか食べられなくて……」


「いや、大丈夫。燻製にすればいい」


燻製にすれば、保存食なわけだから、またいつでも食べられるようになる。

聖魔法で香木を生やして、風魔法で幹を細かく切断し、火に突っ込む。

土魔法でかまどをつくり、串に刺した肉を吊るして、煙が逃げないように覆いをした。

放っておけば、朝になる頃には燻製ができあがっているだろう。


「ストナードって、何でもできるのね」


みるみる肉を燻製にするための装置ができあがっていく様を見て、フィリーが鼻声で言った。


「剣術以外はね」


胸をそらして誇らしげに言ってみた。

フィリーはぱちぱちと瞬きした後、プッと吹き出して、「そうね」とだけ言った。目元に残る涙の跡が、少し痛々しくて、だからこそ、痛々しいだけに一層妖艶だった。


その後は、水魔法で体の汗を流して、大人しく寝ることにした。


美少女と二人っきりなんて、興奮で寝られるかどうか心配だったが、意外にも隣にフィリーがいるという状況は気にならなかった。


いや、フィリーのことは気になっていたが、頭の中を占めていたのは、不安だった。

フィリーは、両親を殺した骸狩り姫に復讐したいと思っている。だが、それは私怨に過ぎない。

王家である骸狩り姫の立場からしたら、反逆者を処刑しただけのこと。客観的には、降りかかる火の粉を払っただけの骸狩り姫に正当性がある。

個人的な復讐心なんて、傍目には逆恨みにも等しい。人々の支持を得にくい動機だ。

両親を失って孤独になったフィリー。胸に抱く復讐心は、しかし仲間を繋ぐものではない。その復讐心こそが、フィリーを一層孤独にしかねないのだ。

そんな悲壮すぎる皮肉を、承知しているのだろうか?

――そんな不安


「……寝よう」


明日も、フィリーと一緒に修行だ。きちんと寝ておかないとな。



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