ジェルドレア道場での戦い
数十人の群衆に囲まれるようにして、美少女フィリーと向かい合っている。
こんなつもりじゃなかったんだが……。
対するフィリーは、両手で剣を構え、いつでも戦いを開始できる体勢。やる気満々のご様子だ。
ボクも生半な気持ちでジェルドレア道場を訪ねたわけではないので、もちろん全力は出すが。
フィリーさんと向かい合いながら、横目でリン・メイガさんを見る。
やけに真剣な表情で、こちらを見ていた。思わず目が合いそうになる。
なるほど……。
これは、ボクが、ジェルドレア道場で弱音を吐かずにやっていけるかどうかの審査なのだろう。
対戦相手であるフィリー・ナピアという少女の技量は不明だ。道場主であるリン・メイガさんに認めてもらうためにも、フィリーさんを殺すつもりで挑むべきだな。
全身に緊張が走る。
「では、……始めっっ!!!」
リン・メイガさんの合図と同時に、フィリーさんは迫ってきた。
さすがの速さだ。1秒もしないうちにこちらに肉薄してくる。
まずは回避しながら様子を見るか。
――白魔法『心眼』
眼前に迫るフィリーさんの拳を、体をずらしながら避ける。
「くっ」
風圧のせいか、皮膚があちこち切れ、血が飛ぶ。
拳でかまいたちを起こせるのか!? デタラメな体術だ。
ギリギリで避けたところで、更に何かが迫ってきた。
「ぐはっ」
闘気か!
拳を避けて不安定な体勢のところに、闘気をぶつけられて吹っ飛ばされた。
無様に地面を転がる。痛え。
立ち上がると、フィリーさんは飄然としてこちらを見つめていた。
追撃はしてこなかったようだ。意外と冷静だな。下手に攻撃を重ねると、予想もしない返り討ちに遭うことがあるから、警戒したのか。
せっかくボクを吹っ飛ばしたのだから、さらに火魔法をぶつけるくらいはしてもよかったと思うが。
「どうしたのですか? その程度ですか?」
フィリーさんがニヤリと冷たく笑った。冷徹な笑みも似合う美人さんだった。思わず見惚れそうになる。
「……これはこれは、退屈にさせてしまって申し訳ない」
やってやろう。
――白魔法『白虎』
白魔法を虎に具象化させる。
「なっ……!!」
リン・メイガさんの驚いた声が聞こえる。
「フィリー!! 避けるんだ!!」
うおい、何故観客席からアドバイスを出すのだ!?
まぁ、いいけどさ。
「征け、白虎よ」
全長2メートルくらいにまで膨らんだ白魔法の気でできた虎が、雄叫びを上げながら敵に向かって疾走する。
対して、フィリーさんは剣を構えて、水魔法を絡ませた斬撃を繰り出した。
斬撃の向きに沿って、水の刃が白虎に迫る。
「甘いな」
白虎は周囲を圧倒する勢いで迫っていく。
水の刃は、白虎に触れた瞬間、跡形もなく霧散した。一切に構うことなく、白虎は牙を剥いて猛然と疾走する。
「そんなっ!!」
フィリーさんの顔が驚愕に染まる。
白魔法の原則は、万物を原点に還すこと。
白魔法の塊である白虎に触れたことで、水魔法による斬撃は全て消失した。水は水滴となって地面に落ちたのだ。
斬撃が効かなかったため、慌てて水を弾丸のようにして白虎に撃つが、それも霧散する。
白虎がフィリーさんに襲い掛かる。
「こ、のっ」
フィリーさんは剣を地面に突き立て、押し込むようにして体重をかけて、全身を回転させ、白虎の体当たりを回避した。
大した体術だ。それに、剣も良いものを使っている。粗悪品にあんなかんじで体重をかけたら、刃は真っ二つになってしまうだろう。
「……くっっ!!」
フィリーさんは歯噛みしながら、空中に人差し指で何かを描いた。
魔方陣か? 空中に描くスタイルは珍しいが。
「おおっ!」
すると、空中に何本もの球が浮き上がった。あれは氷塊か!? あんなものまともに食らったら死ぬぞ。
さっきは水を弾丸にして、今度は氷を弾丸にしたとは、水魔法をぶっ放すのが好きなようだ。
「食らいなさい!」
「食らうかっ!」
これはもうボクの勝ちだ。
体術ではフィリーさんに軍配が上がるが、魔法ではボクが勝つ。
近接戦に終始させられていたら、ボクは絶対に負けていただろう……。
だが、今回はボクの勝ちだ。
――白魔法『とばり』
――白魔法『檻』
とばりは、他人が展開している魔法を無効化する。空中の氷は消失する。
そして、フィリーさんを白魔法の檻で取り囲んだ。氷の弾丸を操作するために動いていなかったから、檻に入れるのは簡単だった。
フィリーさんは刀で檻を斬ろうとしているが、逆に弾かれている。
よかった。練度の高い剣士なら檻を斬れるが、フィリーさんはそこまでの域には達していないのだろう。
「やめっっ!!!」
リン・メイガさんが叫んだ。
勝った。
かまいたちのせいで出血してるし、地面を転がって土だらけだし、見た目だとボクの方が敗者っぽいけれど。
白虎と檻を消し、フィリーさんを解放する。
服を叩いて砂埃を払っていると、リン・メイガさんが近付いてきた。
「これで分かったろう?」
「何がですか?」
「ここじゃ、アンタみたいなのは手に負えないってことさ。
フィリー・ナピアに勝ったあんたは、ここじゃトップの実力者。この道場があんたに教えられることなんて何もないよ」