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上陸

「海鳥と海藻と貝殻が、ここらの子供の遊び道具なんですよ」


のどかな港町の海岸に到着したところで、気のよさそうな男性に話しかけたところ、

町について紹介してくれている。


「このコルト町も、昔は栄えていたんですがね・・・・・・」

丁寧な紹介だが、ときどき嘆息が混じる。

今は不況なのだろうか?


ちらと船を見やると、あまり手入れはされていないようだった。

船に乗る人がいないのだろうか? 港町だというのに。


「船乗りが減ってしまったんですか?」


「ああ、その通り。この港町の領主だった男爵様がお家潰しの罰に処されてね・・・」


「王家の反感でも買ってしまったんですか?」


「うーん、そんな感じかね。男爵様は、『骸狩り姫の降誕』に居合わせた」


『骸狩り姫の降誕』に居合わせた。

ということは、3年前にブランダーク伯爵が起こした革命に参加し、そして、骸狩り姫に殺されてしまったんだろう。


王宮を囲んでいた10万の革命軍が壊滅させられた3年前の事件は、『骸狩り姫の降誕』と言われている。


「男爵様はお亡くなりになり、間もなくして、王家からお家潰しの勅令が下った。

 男爵様の尽力のおかげで成り立っていたこの町の景気も、右肩下がりになって、今じゃご覧の有様ってわけです」


なるほど。

この男の口ぶりからして、このコルト町を治めていた男爵は、随分と町民から支持を得ていたようだ。きっと優秀な方だったのだろう。


現在のコルト町の管理は、今は亡き男爵に代わって王家から派遣された役人が執っているのだろうが、あまり成功はしていないようだ。

なにせ、道行く人の数がとても少ない。

人が少なければ、町の活気も失われていく一方のはずだ。


「さびれてしまったとは言え、この町は住みやすい所だと思ってます。この辺りには魔物が出ませんから」


その言葉の通り、魔物の気配はない。

過去に誰かが魔物を全滅させたか、町を囲うように聖鍵が地に打ち込まれているのか、どちらかだろう。

不況は辛いだろうが、魔物の脅威に怯えながら暮らさなくてもいいのなら、コルト町は住みやすい場所だと言える。


「あなたも昔は船乗りだったんですか?」


「いや。わたしは、かれこれずっと料理屋をやってましてね。

 そういや名乗ってなかったな。

 名は、ワグド・スピツィリ。すぐそこの『アクアコルト亭』っていう定食屋をやってます」


男は不器用な笑みを浮かべ、ヒゲだらけのあごを撫でながら、営んでいる定食屋がある方向を指した。

その様子から察するに、店には結構な愛着と誇りがあるようだ。


「では、今はお店にいなくていいのですか?」


「あぁ、それは問題ありません。ちょうど買い出しに出ていたところだったし、店には妻もいるので」


ワグドさんが左わきに抱えている紙袋からは、ワインらしき瓶がのぞいている。買い出しから戻る途中を、ボクが話しかけてしまったわけか。

迷惑だったかな。


「ボクは、ストナード・ガリシュと言います。旅の者です。と言っても、この前、島から出てきたばかりなんですけどね」


「島……?」


ワグドさんが首をかしげる。

しまった、余計なことを言った。


「そ、そういえば、この町の近くに武道場があるって聞いていて、そこに行きたいんですが、どこにあるか知りませんか?」


少々強引に話を変える。


「武道場……ああ、ジェルドレア道場ですか。あそこに行くんですか?」


ちょっと意外なものを見るような目だ。


「何か問題が?」


「いや、問題はないですが、かなり行きにくいところですよ」


そう言って、ワグドさんは、西の方にある山を指さした。


「あの、やけに荒れている山が見えますか?」


見える。

他の山々は緑に覆われているというのに、一つだけ奇妙な山がある。

一部、木々がなくなって土地が露出しているし、他の木が緑なのに対して白くなっている木もある。


「火魔法の使い手が木を燃やしてしまったり、魔方陣の実験が木の色を変色させてしまった結果だそうですよ」


「そんなに近くないですね」


歩いていくとして、半日では辿り着けないだろう。


「はい。大人が丸一日歩いても辿り着けません。あの山の中腹に、ジェルドレア道場があります」


なるほど。


「色々教えて頂いて、助かりました。ありがとうございます」


「いえいえ。すぐにジェルドレア道場を目指すのですか?」


「はい」


「そうですか……。よろしければ、うちの店でご飯でも食べていってほしかったですが。

 またコルト町に来たら、是非寄っていって下さい。

 道中、くれぐれも魔物にはお気をつけて」


ワグドさんに頭を下げ、ジェルドレア道場を目指す。


火魔法の使い手もいるということは、単純な体術だけを磨く道場ではないのだろう。

魔法と体術の合わせ技とかを極めているんだろうか?

わくわくするなぁ。

背負っているリュックサックのショルダーベルトを握りしめて、歩を速めた。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


ワグド・スピツィリは、眉間に皺を寄せながら、自らが経営する料理屋『アクアコルト亭』に戻った。


「遅かったね。何かあったのかい?」


店番をしていた妻のアンが声をかけてくる。

相変わらず客の少ない店内の様子に、眉間の皺はますます増えそうだが、この店が閑散としているのは今に始まったことではない。

頭の中を占めているのは、先行きの見えない店のことではなく、先ほど出会ったストナードという少年についてだ。


「旅をしてるっていう少年に話しかけられてね。色々尋ねられたんで、教えてた」


「旅人! 珍しいね」


「ああ」


この町の領主であった男爵が死ぬ前は、このコルト町は人と物資が大いに行き交っており、このアクアコルト亭も繁盛していた。

その頃は、旅人もよく目にしたものだが、今では滅多に見かけない。


「ジェルドレア道場に行くと言っていた」


「ジェルドレア道場!?」


妻が驚くのも無理はない。

わたし自身も、少年から「ジェルドレア道場に行く」と聞かされたときには一瞬耳を疑った。


ジェルドレア道場は、剣術・体術・魔法その他諸々何でもいいから、敵をとにかく撃滅する力を磨くところで、武に飛び抜けた才能を持つ者が集まっている。

ワグドのような一般人からすれば、化物のような超危険人物の巣窟だ。

修行者たちの強さ(危険レベル)は、この国随一との評判だ。


「その子は、そんなに強そうだったのかい?」


「どうだろう?」


華奢ではなかった。

年齢は15、16といったところで、肉体は相応に鍛えられていた。

しかし、ジェルドレア道場で修行できるほどの力があるようには見えなかった。


「死なないといいねえ」


全くだ。

ジェルドレア道場は山の中腹にあるが、その山の木の本数と同じくらい墓の数もあるらしい。修行中に死んでしまう者が相当多いらしい。

実際にワグド自身が墓を見たわけではないが、墓云々を抜きにしても、ジェルドレア道場にまつわる怖ろしい話は枚挙にいとまがない。


「その旅人の子は、どこから来たんだい?」


「島とか言ってたな」


「島? どうやって?」


「どうやってって、そりゃあ……」


言いかけて、ワグドは口をつぐむ。


それだ。

少年の話を聞きながら、「何かおかしいぞ」と思っていたが、やっと腑に落ちていなかった点に気付いた。

少年は「島から来た」と言っていた。


島とはどこだ?

いや、そもそも、島からどうやって来た?

コルト町を往来する船は、近くの沖で漁をするものだけだ。遠方からはるばる客を乗せてくる船などない。


「もしかして、ノルモン島じゃ……?」


「まさか」


あの島の人間は、みんな死んだはずだ。3年前に。


「あり得る話じゃないかい? 前から、わたしゃ、あの島の人間が皆殺しにされたなんて、信じられなかったんだ。

 あの島の奴らは、とんでもない強者揃いだった」


「……」


コルト町の近くにある人の住めそうな島は、ノルモン島しかない。


ノルモン島は、コルト町の港から船で1時間ほどわたったところにある島で、以前は人が住んでいた。

異端の魔法を修めた者が集まっている島だったが、3年前に島民は皆殺しにされたそうだ。

3年前までは、ノルモン島の住人が、コルト町まで雑貨品や服などを買いに来ていたこともしばしばあったが。


あの少年は、ノルモン島の生き残りなのか?

だとすれば、あの少年が魔法を使えることは間違いない。船を使わなくても、コルト町まで来れるだろう。


「ノルモン島の人間なら、ジェルドレア道場に行くってのも頷けるね」


確かに。

ノルモン島とジェルドレア道場はどちらも鍛錬をする場所なので、修行者同士の交流があると聞いたことがある。


「何も起きないといいねえ」


「そうだな」


そうは言いつつ、わたしも妻も察している。何かが起こると。


3年前の革命騒ぎと『骸狩り姫の降誕』以来、世の中はどこか落ち着きがない。

誰もが、事態がまだ収束していないことを肌で感じている。過渡期なのだ、時代の。


そして、異端の魔法が渦巻くノルモン島の出身らしき少年が現れた。


不吉な未来を予感したワグドは、それ以上考えるのをやめて、アクアコルト亭の厨房に立った。



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