異界を知る(5)
「これで登録完了だ。
おつかれさん。」
そう言って俺の肩にポンッと手を置いてくる。
「ありがとうございます。
これで何時でも仕事ができますね。」
小さな村ゆえにたったこれだけの話をしたら宿に到着した。
「取り敢えず今日の宿代は私が出しておくから明日に備えて休むと良い。」
「はい。ありが「グゥ~~~~。」ます。」
一時の沈黙。
「プッ、アハハハハハハハ。
そ、そうか。そうだな。ククッ。話を聞く限り朝からなにも食べてない・・・んだよ・・・な。プッ。」
そう言いながら口を押さえてこれ以上笑わないように、必死に我慢している。
そんな俺は顔をこれでもかと赤く染めてしまっている。
「す、すいません。」
「い、いや。謝ることはない。
話を聞いていたのに気が付かなかった私が悪い。
では、食事にしよう。」
そう言い宿の受付へと向かい食事を頼み、俺のところへ戻ってくる。
「さて、部屋へ行こう。今ソウの分の部屋も借りた。
それで、食事はソウの部屋に運ばれるから、そこで食べよう。」
あれ?と思った。
部屋で食事と言うのは日本のホテルで考えれば別に可笑しくないが、異世界の宿と言えば部屋ではなく大衆食堂的な感じで宿泊客皆同じところで食べるのでは?と思ったのだ。
それをシェイラルカに尋ねてみる。
「部屋で食べるのですか?
食堂的な感じのスペースは無いんですか?」
「確かに普通の宿だったらそうなんだが、ここは小さい村の小さい宿だ。
そんなの何処に作ると言うんだ?」
そう言いながら周りを見渡す。
確かにそんなスペースはないんだが、じゃあ広げれば良いじゃないか?とも思ったが、まぁそんなものだろう思い、
「まぁ~。そうですね。」
と苦笑して返して、部屋へと続く廊下へと歩きだした。
自分用の部屋へとやって来てベッドに座る。
シェイラルカは、一旦自分の部屋へと戻って行った。
少ししたら部屋を訪ねるとの事だった。
食事までの時間をどうしようと悩み、何気なくソウルをとりだす。
そのソウルにはギルドに行く前まではなかった赤色の紋章(盾の上に弓その上杖と剣が交差した紋章。ギルド印と言うらしい。)が能力を表示してあるのとは反対の面に刻まれていた。
これがハンターであることの証明になる。
紋章をどうやって刻んだかというと、ただ飲み薬を飲んだだけ。
赤い色の無味無臭の液体であった。それを飲むことによりソウルに刻まれた。
逆に辞めるときも似たような物を飲んでしまえば紋章は消えるらしい。
登録自体はこれで終わり。一応登録用紙にも名前やら特技やらを書き込んだりもしたが・・・・。
(それにしても、あのオバサン態度悪かったな~。
普通、異世界のお約束としてはカワイイ受付嬢だろうに。)
と登録をしてくれた受付の人を思い出す。
同時に登録したときハンターの説明をされたことを思い出す。
初めはシェイラルカが説明してくれたように、中立を守るようにしてくださいから始まった。
そしてランクの説明。F、E、D、C、B、A、Sと上がっていく。
因みにSランクハンターは現在三人。それぞれの国に一人ずつ居るらしい。
一流がBランク。超一流がAランク。
そして、Sランクは人外らしい。真顔で受付のオバサンが言っていた。
ランクの上昇については依頼を達成したときにGP石(固形の1㎝もないほどの小さい石?)をくれるらしい。これは、依頼の難易度により個数や色が違うとのこと。
それを飲むと、《ソウル》にギルドポイント(GP)と言うものが貯まるらしい。そしてそれが一定以上たまると自動的に上がっていくらしい。
GP石の種類は、1P、5P、10P、20Pがある。それぞれ白、青、赤、金の色になる。
当たり前だが、飲んでも体に害はない。
正直地球人からしてみれば心配で仕方ない。が、疑っても仕方ない。
因みに、飲むのが嫌だったりしたら、飲まずに返却でも良い。
ただしランクは上がりませんが・・・ってことだ。
ギルドで受けた説明は以上。
終始めんどくさそうに説明する受付がかなり印象に残っていた。
シェイラルカの話では、もう少し大きい村のギルドにいけばまともになるらしい。
そんなことを《ソウル》に刻まれた紋章を見ながらボーッとしていたらドアがノックされる。
「ソウ。私だ。」
「今開けます。」
ドアを開けてシェイラルカを出迎える。
それから、すぐ食事が運ばれてきた。
シェイラルカには悪いからとベッドに座らせて俺は床に腰を下ろす。
お盆に乗った食事は、ベーコンっぽい肉と何かの野菜の炒め物。
そして透明なスープ。具は玉ねぎ?ぽいものが入っている。
主食はパン。異世界定番の黒パンだろう。
シェイラルカが一つ一つ説明してくれる。なんとかの肉となんとかって野菜を炒めた~。とかなんとか。
どれも聞いたことのない食材で全くわからなかった。ひとつわかったのは、黒パンだと思っていたのは此処では『イロー焼』と言うらしい。
まずはイロー焼を一口。
(固い!ボソボソする。不味い。)
口直しに炒め物を食べるが、塩で味付けしてあるのは別に良いのだが、辛すぎた!塩の入れすぎだ!!
慌ててスープを飲むと、思わず吹き出しそうになる。
(なに!?この苦味!?)
あり得ない。それがこの食事の感想だった。
シェイラルカを見てみるとイロー焼と炒め物を一緒に食べたり、スープに浸して食べたりしていた。
そんな食べ方をしても無理だと思った俺は、思わず彼女に質問をした。
「すいません。この食事が普通なんですか?」
「ん?いや、ここは正直よろしくない出来だぞ?」
「そ、その割には平気そうに食べますね。」
そう。彼女は表情を変えずに黙々と食べているのだ。
だが、彼女からの返答は、よろしくない。だった。
では何故文句も言わずに食べているのか、それはこの世界の当たり前だった。
現代のように味付けを気にするのは、安全な状態だから可能なのだ。
シェイラルカによると野営をすればこれよりひどい食事が当たり前で、温かいだけマシ。だそうだ。
(俺が甘いってことかな・・・)
日本と言う、現代でも安全な国に住んでいた事で、知らず知らずの内に、食事に対しての感謝が薄くなっていた。
(感謝を忘れていたのは自覚できるし、反省もするが・・・・するんだが・・・・・!
これは・・・、いただけない!!)
我慢が出来ずにシェイラルカへと尋ねる。
「シェイラルカさん。ちょっと料理をしたいんですが・・・」
「料理?出来るのか?記憶が無いんだろう・・・?」
それを言われてはどうしようもない。と思ったが、自分の技能に『調理』があったのを思い出す。
そして、それを説明すると、
「だから、他人にソウルに関することを話すなと言っただろうが・・・。」
ため息を吐かれた。
「まぁ、そう言うことなら私の持ってるもので作ってみるか?」
「持ってる?何も荷物は無いようですが・・・?
あと、場所は?流石に火とか使えないと・・・。」
「その辺は心配するな。取り敢えず今日はこれで我慢しときな。」
そう言って残っている物を口に入れていく。
仕方なく俺もほとんど量の減っていない食事に意を決して挑むのだった。
開けて翌日朝。
結局昨日は、日本人にとってはこの上ない拷問のような食事を終えて、そのままシェイラルカは明日の朝にまた来ると言い残し部屋へと戻って行ったあと、ベッドへダイブした俺は何も考えることも出来ずにそのまま眠りについたのだった。
予告通り朝になってドアを叩き、俺をお越しに来たシェイラルカと共にまたあの拷問のような食事を無理やり胃に詰めてから、ギルドに向かった。
なぜ向かうのかと尋ねると、
「ソウがどの程度戦えるのか見ておきたくてな。ちょっと依頼を受けてみようと思っている。
もちろん、私も傍観してるつもりはないから安心して戦ってくれ。」
「り、了解です。」
ギルドに着いて早速とばかりに受付へ行く。
本来のギルドでは、依頼ボードに依頼の紙が貼られているのでそれを受付に持っていくとのこと。
だが、ここのギルドは小さくハンターの数もシェイラルカともう一人、そして昨日登録した俺だけ。
だったらボードに貼らず受付で案内をした方がいいって事になったそうだ。
故に、今シェイラルカは受付へと足を向けたのだった。
「お早うジーナ。今日は簡単な依頼を頼む。」
ジーナと言うのは受付のオバサンの名前だった。
薄い茶色いショートヘアーで小太りの40代程の女性。お世辞にも美人ではない。正直俺のジーナと言う名前の印象はキレイなお姉さんって感じなのだが・・・・。
(俺のイメージがぁぁぁぁ。)
なんてふざけた思考をしていると、
「ちょっとそこの坊主!あんた失礼な事考えてるだろう!!」
「い、いやいやいやいや。そ、そんな訳ないじゃないてすか。」
ガラガラのオバサン声で怒鳴られてしまった。
慌てて否定するが、尚もこっちを仇を見るような目で睨んでくる。
そこでシェイラルカが助け船を出してくれる。
「まーまー。ジーナ。昨日も言っただろう?
彼は記憶がないんだ。変なこと考えれないよ。
それより依頼を頼むよ。」
「フンッ。まーいいさね。
え~っと。簡単な依頼だね。坊主と一緒に行くのかい?」
「あぁ。そうだ。一応最初の依頼だけでも面倒見ようと思ってね。」
シェイラルカのお陰でなんとか助かり、話が進んでいく。
俺は黙っていた方が良さそうだと判断し、話の成り行きを見守るだけにしておく。
「ま~それだとゴブリンで良いだろう?
丁度昨日の夕刻頃に森から何体か出てくるのを行商人が見たらしい。それの討伐が領主から依頼が出てるよ。」
「了解だ。それで頼むよ。」
ゴブリン。ある意味因縁の敵だと言えるだろう。
正直気味が悪い相手ではあるが、話の雰囲気だとやはりと言うか弱い相手のようだ。
「シェイラが要るから大丈夫だとは思うが・・・。
坊主!下手打つんじゃないよ!ゴブリン相手でも命の危険はあるんだからね!」
「は、はい!気を付けます!」
そうして、ジーナから有難い言葉を貰い、シェイラルカと共にギルドから出ていくのだった。
因みに『シェイラ』とは、シェイラルカの愛称らしい。
「さて、これでゴブリン討伐に向かえばいいのだが、ソウ。
武器はどうする?」
「あ~。そうですね。武器が要るんですよね。
でも、買うにもお金ないですよ?」
「何を使うか言ってくれれば私が用意するよ。もちろん、そんな立派な物は用意できないけどね。
あと、防具に関しては用意できない。
その立派な服が汚れるかもしれんがそこは我慢してくれ。」
頭が下がる一方である。何から何まで有難い。
防具に関してはまぁ、仕方ないだろう。
「すいません。
なんとしても、お礼はさせて貰います!」
深々と頭を下げる俺だったが、「すいません。は違うのではないか?」と苦笑していた。
意味が判らず首をかしげる。
「こういうときは、ありがとう。だろ?」
困った子供を見るような感じで諭される。
「そう・・・ですね。
あがとうございます。」
そして、もう一度頭を下げる俺だった。
あれから、武器は剣が良いと伝えると、村の入り口で待つように言われて、暫く待つことになる。
ふと、さっきの子供を見るような目付きをした顔を思い出す。
野性的な美人と評した俺だったが、あの顔はとても静かな美しさだった。
思わず頬を染める。
正直姉以外でキレイとかカワイイとか思ったことがなかった俺は、初めて女性に見惚れてしまったのだ。
そんな初めて他人に抱いた胸が熱いような、温かいようなそんな気持ち。
(姉がキレイなのは認めるけど・・・。見惚れる事は無かったなぁ。)
これが恋?なんて考えが過る。
「何を一人で顔を赤くしているんだ?
正直端から見てると気持ち悪いぞ。」
暖かい気持ちを一瞬で壊されるのだった。
さて、俺が所望した剣を持ってきて、俺をグサリと刺した(精神的に)彼女から剣を受け取り鞘から抜いてみる。
一度、古流剣術の当主に代々受け継ぐ刀を見せてもらったことがある。
その刀と比べるのもおかしいが、どうしても比べてしまい切れ味悪いだろうと内心で愚痴ってしまう。
そこでふと技能の鑑定を試してなかったのを思い出した。
丁度良いと思い、今受け取った剣に試してみる。
使い方に一瞬悩んだが、心の中で鑑定を唱えることで鑑定したいものに発動してくれた。
名称:鉄の剣 製品ランク:E
作製者:バルカイル
鉄でできた剣。量産品のため質が悪い。
予想通り品質は余り宜しくないようだ。
それでも用意してくれた事に感謝する。
「ありがとうございます。」
「気にするな。後でしっかり請求するし、出来が良いわけでもないからな。
使い方は大丈夫か?なんなら少し振ってみても良いぞ?」
お言葉に甘えて少し振ってみる事にする。
剣を提げるところがなく、仕方なく地面に鞘をおいて剣を構える。
道場で教えてもらった通りに両手で握り、上段から振り下ろすと同時に右足を少し大きめに一歩踏み出す。
フォンっと、音が出て地面スレスレでピタリと止まる。
「「んん??」」
二人同時に疑問の声をあげる。
「おいおい、なかなか良い感じじゃないか。」
言葉が返せないでいた。
なにせ明らかに日本に居たときよりも、良くなっている。
足の運び、踏み出すタイミング、振り下ろす腕の速さ。
他にも色々とあるが、その全てが格段に良くなっているのだ。
「す、すいません。もうちょっと振っても良いですか?」
気を取り直し、尋ねる。
彼女は快くOKを出してくれたので、今度は型をやってみる。
まずは、さっと同じで上段からの振り下ろし、次に足を戻さずに居合いのような形からの右上への切り上げと同時に左足を出して、右からの横に一閃。一閃の時に左足を引き、右足を軸に一回転してから回転の勢いを殺さずに右上からの切り下ろし。
そんな風な型をいくつかゆっくりと、師範に言われたことを思い出しながら剣を振る。
次第にスピードを上げていき、10分くらいの時間を使い剣術の具合を確かめた。
シュゥン。と風をキレイに切る音がなり、ピタリと止める。
「いやはや、大したものだな。まさか、ここまで剣を使えるとは思わなかったよ。」
「そうですね。自分でも驚いています。」
ピロ~ン♪
技能『刀術』がレベルアップしました。
同時に『異界刀術』に上位変換されました。
「あれ?」
「どうした?」
「いや、技能を習得したらしいです。」
と、正直に今の事を話す。正確には変換だが、まぁその辺はいいだろう。
「ほう、ただ素振りをしただけで習得するとは・・・。
いや、もしかしたらソウの場合は習得ではなく、思い出したのかもしれないな。
あとな、何度も言うが技能を他人に言うな!」
強めに注意さられてしまった。
それはさておき。記憶喪失を前提とした場合は、確かにその方が納得も出来るかな?と思い「そうかもですね。」と、それに便乗する。
そうして、現代の服で片手に剣を持ったなんとも奇抜な格好で、初めての依頼へと向かうのだった。