お出迎えとお見送り
矢鱈と畏まった王様に報告が済み、麗と共に部屋へと引き返す。
明日の朝にこの王城を出ることになった。
シオンたちには王様から伝令を出してくれるそうで、明日の朝にはここまで迎えに来てくれることだろう。
なので、俺が悩むことは1つになった。
それはと言うと、勿論、麗の事である。
「麗も当然来るつもりなんだよね?」
「当たり前じゃない!」
だよね。
部屋に戻り、俺はイスに腰掛けコーヒーを啜る。麗はベッドでゴロゴロとしていた。
そんなゴロゴロとしている麗は、「これからは蒼と共にあります」と宣言したのだから、当然俺と一緒に来ることになるだろう。
別に付いてくることや一緒に居ることは問題ではない。
俺が問題としているのは、シオンたちに麗の事をどう説明するか?である。
例えば元姉であることを黙ってる事にしたとしよう。そうして、恋人と説明したとしよう。
結果として今後の方針に不審点が出てくることになる。
実際は姉は見つかっているから探す必要はない。でも、姉であることを黙っている為、探す素振りをしなければならなくなる。
でも、そんな素振り。嘘は必ずバレる。
探す素振りに真剣さとかが足りないとか、もっと簡単な失敗で口が滑った。なんて事にもなる可能性がある。
であるならば、初めから正直に全部話せば良いのだが、いかんせんいくら元でも『姉弟』で恋仲と言うものは説明し辛い。
説明し辛いが、説明するしかない。
そもそも、シオンとシェイラルカには嘘はつきたくない。
他の面々にはまだそこまでの感情は残念ながら湧かないが、あの二人だけは別だ。
あの二人にとって最も辛い場面、俺にとっても辛い場面を共にした事で一方的かもしれんが強い繋がりが有るように思う。何よりこれからあの二人を見守っていくにあたって、不誠実な事はやりたくない。
よって、苦はあるが、必要な苦である。甘んじて受ける覚悟を決めよう。
「ふふふ。なんか色々と表情が変わってたけど、何か決意したみたいね?」
「いやさ、麗の事をどう説明しようかな?て考えててね。」
「あぁ。シオンさんって人達ね?それで、どう説明することにしたの?」
「あの二人にはちゃんとしておきたいからね。正直に話すことにしたよ。」
「ふ~ん。ねね。シェイラルカちゃんとはどうにもならないの?」
「ん???」
「手を出さないの?」
「はいぃ???」
その流れは全然想定していない。
何よりシェイラルカの方が嫌がるだろう。
少なからず父・ヴィンスの死に関して俺にも責があると思っているはずである。実際俺もそう思っている。
理論的に言えば、責任はないだろう。
だが、感情ではそうは割り切れていない。と言うのが俺やシオン、シェイラルカの思いだ。
だから、俺とシェイラルカがそうなることはない。
そもそも、何故麗がそんなことを?
俺の知っている麗は、もしそんなことが起きてしまったら感情的にも物理的にも爆発するはずである。
「いや、それは有り得ないよ。
ってか、もし、万が一そうなったとしたら麗は嫌でしょ?」
「まぁ、姉の立場だった時で言えば絶対阻止でしょうね。
でも、私は普通ならば叶わない一夜を過ごせたし、少なくとも
まだこれから少しの間は、姉ではなく、女としての幸せを味わえる。
だから、例え私が捨てられても割り切れると思う。」
掴める事の出来ない幸せを一度掴んで、ある程度満足した。と言うことだろうか?
「そっ・・・・か。まぁ、でも麗を捨てる。なんて事はないよ。
その・・・・い、一夜をす、過ごしたんだから・・・・・責任は・・・・・ね。」
「考え方が古い。」
「どうとでも言って。
まぁ、だからさ、麗をパートナーと決めたんだから結果的にシェイラルカ様・・・・・さん?とそうなることはないでしょ?」
「何言ってんの?」
「何が?」
そう言えばもうシオンもシェイラルカも貴族ではないな~。なんて思い様付けを辞めようか?と考えていると麗から再び問われる。
「いや、この世界は重婚OKだよ?」
「・・・・・・そうなの?」
「そうなの。」
そんなんだ。
「いや、でも無いな。少なくともシェイラルカさんとはそうはならないと言えるね。」
「なんで、そんなに断言できるのか珍しく私にも蒼ちゃんの考えがわからないんだけど、絶対はないと思うよ?私は。」
ないない。
御互いに抱える悪い感情が邪魔してそうはならない。断言できる。
そこからは、話を変え、他愛もない話をした。
一向に帰らない麗に、我慢ができなくなり・・・・・・・・今回は俺からそう言う行為を起こしてしまった。
人間変われば変わるもの?である。
まぁ、元々超が付く魅力的な女性である麗。そんな人とそう言う関係を許されているのに我慢できる男など居ない。
全部魅力的な麗が悪いのである。
なんていたしているときに考えていると、麗に怒られてしまった。
「こう言うときは考え事よりも、目の前の私だけを見て?」
見目麗しい麗が、潤んだ瞳で見つめられながら言われ、申し訳なさと自分に対しての嫌悪感や不甲斐なさ。そうして、それら以上に沸々と沸き上がる獣の本能とも言える衝動が頭を支配した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝、王城の門前へと出ていくと、宣言していた通りにシオンが迎えに訪れていた。
「依頼は無事に終わったようですね。」
「はい。終わりました。お久しぶりですねシオン様。」
「もう貴族ではないと言うのに様は止めてください。ソウさん。」
やはり、そうか。と感じる。
しかも、俺の呼び方も『殿』から『さん』に変わっている。向こうがケジメをつけているのに、こちらがそれを無視するわけにもいかないだろう。
「そうですね。では、シオンさん。と呼ばせてもらいます。」
「はい。」
微笑み、頷くシオンは次の話題を振ってきた。
「それで・・・・そちらの御方は?」
ケジメをつけていても、長年のしゃべり方は中々変えれない。それを感じさせる気品のある言葉使いとイントネーションで麗の事を訊ねてきた。
「えっと。俺が探していた『姉』の麗です。王城で魔術の研究をしていて・・・・たまたま再会できたんです。」
「まぁ!そうでしたか!それはそれは、おめでとうございます。ソウさん。」
「ありがとうございます。」
姉である事を予定通り正直に答えると、シオンから本当に嬉しそうな声が上がり、祝福を述べられた。
「麗です。蒼が大変お世話になったそうで、お礼申し上げます。」
今度は麗が自ら己の紹介を口にし、お礼の言葉と礼をもってシオンへの挨拶とした。
「いえいえ。ソウさんには私たちの方がお世話になってしまいまして。お礼を言わなければならないのはこちらの方です。」
シオンも麗へと体を向け、深々と頭を下げた。
「挨拶は取りあえずこれまでにしましょうか。詳しい話は宿に着いてから皆が揃ってからの方がいいでしょう。」
「そうですね。」
「ソウ様!!!」
「はい?」
後ろから呼び掛けられ振り返ると一度見たことのある人物、たしかなにかの大臣だったと思われる人が数人の騎士を引き連れてこちらへ駆けて来ていた。
「よ、良かっ、た。ま、間に合い、まし、た。」
息を切らせ、玉の様な汗を顔に張り付けて俺の前で立ち止まった。
「へ、陛下、から、け、献上品を、お預かり、して、いまふ。」
普段は運動らしい運動はしていないのだろう。
別に太っているわけではない。逆だ。
ガリガリと言うほどでもないが、細めで、筋肉もそれほど付いているようには見受けられない体なのだ。
そんな彼から報酬を預かっている。と告げられる。が、誰の?そして、何の?と言う感じで思わず首を傾げる。
「えっと。献上品って・・・・・俺に出された物なんですか?」
「おぉ。その様な丁重な御言葉。大変、恐れ入ります。」
なんとか息を落ち着かせてきた何かの大臣は、そんな言葉と共に深々と頭を下げた。
「ですが、私の様な・・・・・いえ、私たちの様な下々に必要ありません。」
と再び頭を下げる。
「あぁ~。」と、困り声を上げながら振り返り、麗を見る。シオンも自然と視界に入って来たが、何かの大臣と言うのは当然知っているであろうシオンは、俺に対しての丁寧な対応に驚いているのだろう。手を口にあて、驚きの表情をしていた。
そして、俺が助けを求めた麗は諦めなさいと言っているように、手をヒラヒラと振っている。
「えっと。その辺の事は御互い気にしないことにしませんか?その方が大変有り難いのですが・・・・・」
「むぅ。それでは、周りの者に示しがつきませんが・・・・・・まぁ、ソウ様の事は余りベラベラと触れ回る事でもありませんし、ソウ様がそれで良いのであれば、仕方ありません。」
なんだか、すんごい渋々といった表情で納得してくれた。
それに触れ回る事ではないと言っているが、そもそも大臣の様な偉いさんに様付けで呼ばれ、丁寧な対応をされている時点で俺は何者だ?と周りに思われるのだが・・・・・
「それで、献上品とは何ですか?しかも、王様から『献上』って可笑しくないですか?」
「何も可笑しくはありません。」
「ソウ様はその様な尊いお立場に居られる方と言うことです。陛下を悪く言うわけではありませんが、高々一国の王が神に連なる様な御方たちに匹敵するはずがありません。」
わお。すんごいヨイショである。
と、同時に麗や俺の事を軽く暴露している。
いいの?
「あの~。それはこの様な場所で話されていいのですか?」
「あっ、大丈夫です。レイ様から御身に関しての情報規制はしなくても良いと許可を頂き、それと同時に陛下からも許可を頂いているので。」
さよですか。
麗さんよ何時の間に?
「では、こちらが献上の品です。
また、こちらの貨幣は貴方様が行って頂いた調理の御指導の感謝の印で御座います。
本来ならば陛下御自身が直接献上してしかるべきなのですが、私どもの勝手で御呼びするのも畏れ多く、また陛下が城の門前とは言え大衆の面前で頭を下げる訳にもいかず・・・・誠に御無礼ながら私が持参いたしました。」
ありがとう。でも、重いです。全てが。
貰ったものは、
『魔核』 ランク:SS+
強力な魔物の魔力が多すぎた為、死後結晶化したもの。
余りにも高密度の魔力の為、人の手による加工は難しい。
鑑定してみると、かなり凄いものだとは判るが、正直扱いに困る。大きさはビー玉程度で、石ころのように歪な形をしている。これに加えて更に感謝の印、言わば依頼料が金貨15枚入った小袋を渡された。日本円に置き換えると、約150万円の価値。
俺、ぼったくりである。
返そうとするも頑として受け取る事なく、仕方なく受け取りその場を後にした。
城から万人区まではそれなりの距離がある。
そのため、シオンは魔動車を用意してくれていた。
勿論既に貴族ではないシオンは今は魔動車を所有していない。なので、今使っている魔動車は、この世界で言うところのバスの様なものらしい。
バスと言っても客として乗れるのは最大で5人まで。そして、乗れる場所はその魔動車を運用している商会からのみで、その商会から移動場所までは料金が商会によって定められている。
言うなれば、バスの様なタクシーである。
この世界では『商会車』と呼ばれていて、個人では魔動車を購入できない人達に愛されているそうだ。尤も、料金もそれほど安いわけではないそうで、普通の市民には無理との事だった。
「中々頑張って開発したみたいね。」
「その言い方だと、この魔動車に麗が関わってる?」
「そうよ。」
ほぉ~。と感心する話題が上がったが、運転手から怪訝な視線を受け、他のとりとめのない話題に変更し、麗と話ながら魔動車に揺られていた。
シオンは先程の大臣との会話に眼を見開くほどの驚きを示し、現在も心此処に有らずの体が伺えるので、仕方なくスルーする。
二つの城壁で門通の手続きと車内の軽い検査を受けて、久方ぶりの万人区へ辿り着き、それからすぐに宿へと辿り着いた。
因にだが、今回の商会車は『商会から王城』までの料金。『王城から商会まで』で同額の料金。そして、『商会から宿まで』の料金が発生していて、締めて金貨1枚だそうだ。
シオンは宿に着いた今でも呆然としていて、焦点の定まっていない眼で俺を見ている。
料金の支払いは出来そうにない。
まぁ、シオンとシェイラルカに関するものは俺が負担するのは当然と言えるので、何の疑問なく料金を王様から貰った依頼料から支払いをする。
シオンの手を引きながら、今回は普通逆じゃね?と思いつつ宿の中へと足を踏み入れた。