依頼完遂
チュンチュンチュンと朝チュン。
目が覚め、腕を枕にする元姉。麗を見る。
まだ寝ている様で、その寝顔は可愛らしく、美しいと思わせると同時に幸せそうな寝顔であった。
(やってしまった・・・・・)
後悔が無いと言えば嘘になる。
こう言う関係になる事に関してではなく、自分の気持ちがキチンとした状態で致したかったと言う後悔だ。
でもなってしまったのは仕方ないし、その事事態には文句はない。
何故割りと平然なのか?と言うと、麗が発した言葉が今の俺の状態に落ち着かせていたりする。
『蒼ちゃんの気持ちはここからスタートで良いと思う。』
麗は肉体関係から発展する『気持ち』も有りだと言ったのだ。
普通なら首をかしげる事だし、嫌悪感を抱く者もいるだろう。
でも、俺は『確かに』と思ってしまった。何故そう思ったのかはわからない。けど、もしかしたら初めから姉としてではなく、女性として麗を好いていたかもしれない。その気持ちが『確かに』と思わせたと思えなくもない。
なんだかんだと色々と誰に対してかわからない言い訳を考えているが、俺は今何気に幸せを感じていたりする。
「おはよ。」
なんて、考えている間に麗が目を覚ました。
「おはよう。」
「んフフ」
腕を俺の体に回し、頬を押し付けまるで猫の様に甘える麗。
暫く俺らはベッドの上で気だるい体を自覚しつつ、幸せの余韻を噛み締めていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「昨日はすいませんでした。」
「いや・・・・・まぁ・・・・いいんだけど・・・・・・さ。
あの人ってレイ様だよね?」
「まぁ・・・・・そう、ですね。」
漸くベッドから起きた俺は、調理場へと訪れた。
今の調理場は、朝の忙しさが落ち着き、昼食の仕込みで手空きになっている。これから、昨日の続きとなる。その前にキレイヌに声をかけたのだ。
乱入してきた時は突然の事で、相手が麗だと言うことに頭が回らずにいたようだが、あの場を離れ落ち着いてみると麗だと言うことに気が付き首を傾げていたそうだ。
「何でレイ様があんなことを?」
至極尤もな疑問であろう。
「まぁ。色々と事情がありまして・・・・」
姉弟で、今は元姉弟で、体を重ねた関係です。
なんて言えるわけも無い。
「と言うかキレイヌさんは麗の事を知っているんですね?」
「れ、レイ様を呼び捨て・・・・い、いや、まあ、私はレイ様の食事を作っていてね。あの御方は食事の時間がバラバラ、日によっては食べない。なんて事も普通。そこで、どんな時間でも対応可能な様にと半分レイ様専属の調理人となっているんだ。
その兼ね合いで『極秘』と言うことで色々と教えてもらっている。」
「そ、それは大変でしたね・・・・・・すいませんでした。」
「なんで貴方が謝ってるの?」
「い、いや、まぁ、・・・・はははは。」
また話題が戻りそうになり、冷や汗を流しながら乾いた笑いを返す俺に、不思議そうな眼差しを向けるキレイヌ。正直、つり目のキレイヌに見られるのは現状余り宜しくない。
不思議そうな眼差しではあるが、元々のつり目でなんだか攻められてるような印象を受けてしまう。勿論、ただの被害妄想だろうが・・・・
「ま、まぁ、それは良いとして、『極秘』と言う事はキレイヌさん以外の人は知らないんですか?」
「あぁ。極一部の人だけだろうな。」
「でも、極一部の人だけとはいえ、『極秘』な事を良く知らせますね・・・・・・普通何処かから漏洩しそうですけど・・・・・・」
当然の疑問だと思う。俺の様に魔術で約束を強制的に守らせるなどの事をしない限り、情報とは必ず何処かから漏れるものだと思う。俺の魔術にしても俺が知らないだけとか、今は無い。と言うだけで解除の方法もある、もしくは出てくるだろう。そうすれば、情報は漏れてしまう。
『死人にくちなし』
これが、唯一にして絶対の漏洩防止方法だと思う。
これが、嫌ならば初めから教えてはいけない。情報を持つのは理想としては一人か多くても二人。運が良ければ四、五人と言うところだろう。完全に漏洩させないと言うのは非常に難しい。
「まぁ、漏らしたら反逆罪で死刑になるからな・・・・・・・・・・・・・・・・・・。やばっ。」
漏らした場合どうなるかを話してやっと自分がどうなるのかに思い立ったらしい。口に手を当て、暑いわけでもないだろうに額に汗を浮かべている。
「あっ、大丈夫ですよ。俺には。
俺も知っているので。(たぶん)」
「そ、そうか?私は大丈夫か?」
「(たぶん)大丈夫」と答え、「本当に?」と問われ「大丈夫」と返す。例え死刑が適応されそうになっても、俺からお願いすれば大丈夫だろう。俺でダメなら麗から言ってもらえば大丈夫だと思う。
そんな俺の中では半分解決した事柄のやり取りを何度も繰り返し、正直うんざりしていた。
まぁ、強気なキレイヌが目一杯に涙を貯めた姿は可愛らしかったが・・・・・
そして、うんざりしていた所にガガが爽やかスマイルで現れた。
「そろそろ指導をお願いしていい・・・・・どうしたんだ?」
「いや、ちょっとキレイヌさんから・・・・相談?の様なものをされまして。不安になっているのを嗜めてるところです。」
本当の事をいってしまうと俺まで危ない。一応、元弟として知っているのでそんな酷いことにはならないとは思うものの、態々危ない橋を渡る必要はない。
「そうでしたか。
それで、キレイヌは落ち着いたか?」
「え、えぇ。大丈夫よ。」
貯めた涙を拭い、恥ずかしそうに頬を染めつつ返事をした。
「では、ソウさんよろしくお願いします。」
「わかりました。」
昨日と同じで、ご飯を炊いてもらう。
勿論昨日の出来映えから注意点などを教えたり、調理中に気になったところ等を教えて回っていた。が、殆んど俺が教えることはなく、今回は見事に全員が美味しいご飯を炊くことに成功していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夕食後、再びご飯を炊いてもらう。
炊いたご飯は明日の朝に使う予定でいるとの事だったので、俺も「勿体ない」等と余計なことを思わずに済んだ。そもそも、料理人、それも一流の料理人が食材を無駄にする筈もないが・・・・
それはさておき。
今回は俺はただ見ているだけになった。
ただご飯を炊くと言うことの最終確認だ。
勿論見事に全員が美味しく炊き上げた。
明日からは米を使った料理、もしくは米に合う料理を教えていくことになっている。
教える予定のものは、『パエリア』『ピラフ』。白米は既存の料理でも充分おかずとして行けるが、新たに『天ぷら』を教えるつもりである。
板前が作る天ぷらは数年、数十年の修行が必要と言うことを聞いたことがある。
が、俺はそんな修行はしていないので、一流の天ぷらは当然作れない。俺が作る天ぷらはあくまで家庭料理である。そして、彼ら、彼女らに教えるのはあくまでも作り方である。
その先発展していき、滅茶苦茶美味しい天ぷらに辿り着くだろうと思える程彼等には向上心もあるし、何より料理に対して真摯だ。
もしかしたら想像も出来ない料理に発展、派生するかもしれないし、残念だが廃れてしまう可能性もある。
何が言いたいかと言うと。
俺が教えるのは『切っ掛け』になるものだと言うことだ。切っ掛けにすら生らずに廃れないことを祈る。
「もう、普通のご飯。白米は充分だと思います。
明日からはパエリア、ピラフと言う米を使った料理と、白米に良く合う料理天ぷらを教えます。」
「それは楽しみですね。」
「一度はソウさんが作ってくれるんだろう?」
ガガとキレイヌから順に声が上がる。
「そうですね・・・・。ただ作って食べてもらうのを何時にするかが・・・・」
「だったら、今からどれか1品だけを一人前作ってくれないか?そうすれば明日の午前はそれに挑戦できるし、今作るのは一人前だけだから皆で少しずつ味見させてもらえば無駄にはならないだろうしね。」
キレイヌの提案はすんなりと納得できる。
そうなってくると作る品を何にするか?となる。
「そうですね・・・・・・。じゃあ、ピラフにしましょう。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そんなこんなでアッと言う間に5日間が過ぎた。
俺が提供できた切っ掛けは予定通り、パエリア、ピラフ、天ぷらだ。これらに加えて炊き込み風ご飯も提供しておいた。
大勢の食事を一括で調理できる物。と言う要望に俺なりに答えたものだ。
粥は既にある調理方法なので、炊き込み風ご飯となった。
あくまで、『風』と言う物だ。
なにせ醤油がない。
ガガとキレイヌに確認したところ。
「あの島で作られているのは知っている」が、「島外へと流れるのは極々少量」具体的に言うと「個人が使う量」程度で、「商売をするほど」や、個人で使うにしても「中々無くならない」という量は手に入れられないそうだ。
「勿論味は知っています。その当時は『美味しい』とは思いましたが、中々手に入らないと言うなら仕方ない。と割り切りましたが・・・・・米の調理を多少覚えた今では是が非でも欲しく思いますね。
あれは絶対に米に合う。確証を持って断言できます。」
それはそうだろう。
日本の主食『米』。
これは古来よりそうあってきた。そして、醤油もまた古来より米と共に合ったものだ。味噌もそうだ。
なので、合うのは当然と言える。
それはさておき。
「手に入れたい」と拳を握るガガに一つだけ伝えておく。
「炊き込みご飯を教えましたがあれは本来醤油を使って作るものです。ここで、注意して欲しいのが醤油を加えると水量が増える。と言うことです。」
「なるほど!確かにそうだ。ありがとうございます。」
「・・・・・・・」
お別れの場面。
別に一生会うことがない訳ではないだろうが、会うのが難しくなるのは事実だ。
それを思ってかキレイヌは先程から一言も喋っていない。
キレイヌも『寂しい』等と思ってくれているのだろうか?
一通り皆と挨拶を済ませ、部屋へと戻る。
取り敢えず王様に会って報告をしなければならないだろう。
と、思ったのだがこういう場合はどういう手順を踏めばいいのだろう?
単純に王様を訪ねるなんて、無礼だろう。まぁ、そうしたくても居場所が判らないのだが・・・・・・
どうしようかと考えていると、部屋に訪ね人がやって来た。
誰だろうとは思うものの、誰であろうと王様に報告がしたい事を聞けばどうにかなるかと、座っていたイスから立ち上がり扉を開けた。
「終わったの?」
「終わったよ。」
なにが?とは料理の指導だ。
やって来たのは、やはりと言うか麗だった。
麗を迎え入れてからドアを閉める。と同時に不意討ちでキスをされる。
「そんなに驚かなくても良くない?」
「いや、そうなんだけど・・・・さ。」
まだ馴れない。と言うのが本心ではあるのだが。ここは黙っていた方が吉だろう。
「それで、何を悩んでいたの?」
「なんでそれを?」と聞くのが普通なのだが、この人に関してはそれを聞く必要はない。何故なら極普通にそれをわかっているのが麗なのだ。
事俺に関しては俺自身よりも詳しいのでは?と思える程である。
なので、今更心情を言い当てられて不思議には思わない。
「いや、悩みってほどの物でもないんだけどさ。王様に報告がしたいけどどうしたら良いんだろう?って思ってね。」
「あぁ。じゃあ、私に付いて来て。」
麗の案内の元辿り着いたのは、王様の執務室であった。