問答
ご飯炊きは、時間的に一度の実践しか出来なかった。
もうそろそろ仕込みに入らなければ、昼食に間に合わなくなってしまうため一旦打ち切りとなった。
料理人の人たちが炊き上げたご飯は全部回収して一人一人の炊き上げた物を味見しつつ一固めにする。
残念ながら初めて炊き上げたため、洗いすぎてパサパサしていたり、ボロボロとしていたり、水の量を間違えて芯が残っていたり、逆にべちゃべちゃしていたりで成功と言える出来映えのものは数える程度の人の分しかなかった。それでも、食べれない程酷い出来の物は1つもなく、たった一度の見本で、しかも初めての調理なのに流石は『王宮料理人』と言えるかもしれない。
その王宮料理人たちの中でも更に流石と言うべきなのが、料理長のガガと副料理長のキレイヌだった。この二人と更に一人だけがキッチリと文句のないご飯を炊き上げていた。
取り合えず練習した物ではあるが、このまま捨てるなんて食材に対して冒涜である。勿論自然(地球の場合は農家さん)に対しても冒涜である。
なので、このご飯を使って何か作りたい。どうしようかと暫く悩んで、賄いを作るのはどうだろうか?と思い立つ。
んでもって普段の賄いはどんな感じなのかを下調べ。
料理長のガガを呼び出す。
「賄いを俺が作っても問題ありませんか?」
「逆にありがたいですね。」
と、ありがたそうに微笑んでいる。
(けど・・・・・明らかに試す眼をしているんですけど・・・・)
まぁ、それも仕方ない。と割りきり、普段どんな感じで昼食を摂るのかを聞いてみた。
「普段は手軽に食べれたり、流し込むように食べれるものを昼食にしていますね。昼食の時間が終わったら、ごく僅かな休憩のあとに直ぐに夕食の仕込みに入りますので、手軽でなければ時間的に無理なんですよ。逆に我々も夕食は王家の方々程ではありませんが、確りとした物を食べますね。」
との事。
ガガに礼を言って、周りの邪魔にならない様にこじんまりと調理場の一角を借り受けてメニューを考える。
(このまま食べるのは流石に・・・ね。失敗とは言えないけど、成功とも言えないし・・・・まぁ、無難にいこうかな?)
メニューを決めたら次は準備だ。
大きな鍋とフライパン(ぽい形の物)、ご飯の量の約一・五倍ほどの水。この世界では高級らしい牛乳。これまた高級品のチーズ。と安い癖の強いチーズ。小麦粉に玉ねぎ(ぽいやつ)。そして、ベーコン(だと思われるもの)とホウレン草(らしき物)、そしてそして、塩とコショウで準備完了。
勿論全部味見をしているので、若干見た目が違うだけで味は地球の食材と変わりはない。まぁ、地球の物は品種改良されているので当然美味しいが、こちらは品種改良などされてはいないが、自然のまま。と言うのもなかなか乙なもので良い感じになると思う。
はてさて、この材料からなるものは、簡単クリームシチューのチーズリゾット風である。あくまで、『風』である。
現代日本ではクリームシチューの元が有るため、細かい材料が違っているかもだが、そこはあれこれと味を整えるつもりである。後は『料理』の技能に丸投げな感じでどうにかなるだろう。
ってな訳で、作ってみました。
『クリームチーズリゾット』 ランク:Cー
「本来の調理方法とは異なる方法で作られたリゾット。」
作成者:蒼
鑑定なんかしたりしたら、こう出ました。
勿論味見はしたので、そんなに悪くない味である。
「・・・・シチューなのに、・・・・主食・・・?」
「・・・・悪くないな。・・・と言うか旨いな。」
出来立てが熱々で美味しいリゾットだが、今回は少し冷まして温かい程度にして素早く食べれる様にしておいた。少し、不安ではあったが、珍しさ等もあってか概ね好評であるようだ。
丁度良い感じの温かさのリゾットを皆ぱくぱくと文字通り流し込んでいた。
「こう魅せられては、もはや誰も抗えんな。
ソウさん。これからはこういう米のレシピも教えてもらえるのでしょう?」
ぱくぱくと勢い良く食べ、満足したガガからの質問に「当たり前」と頷き返す。
そんな俺の返事を聞いて、先程までとは違う穏やかな笑みを浮かべるガガ。だが、キレイヌは未だにつり目で俺を見ていて、まだまだ認められていない様だ。
「・・・米の料理に関しては素直に聞き入れる。でも、料理人としてはまだ認められない。」
「キレイヌ!?す、すいません!ソウさん!
キレイヌ、何を言っているんだ!?このシチューだけでも充分美味しいじゃないか!?」
「確かに美味しい。でも、これも米料理の中のシチューであって、普通のシチューが美味しいとは認めていない。」
なんともプライドの高い御方の様で、話している間にみるみる視線が強くなっている。
まぁ。別に俺はプロの料理人ではないので、料理を生業とする者から見れば不愉快なのかもしれない。
あくまで、俺は『喫茶店のマスター』であって、『料理人』ではないのだ。
「それは必ずしも認められなければならないのですか?俺は米の調理方法に関してアドバイスを贈る。程度の事しか考えていないので、米に関してだけ話を聞くと言ってもらえればそれで良いですよ?」
と素直に心の内を吐露したのだが・・・・。
「貴様は我々を侮辱しているのか!?『料理人の癖に米の料理も出来ない不出来な奴ら』と見下しているのか!?
貴様にはわからない努力を我々はしてきた!貴様がのうのうとしているときに苦悩してきた!そんな我々を貴様などに見下されるのは我慢ならん!!」
席を立ち上がり、俺に対して詰め寄りながら怒りをぶつけるキレイヌ。
誤解ではあるのだが、そうとられても可笑しくない言動と心内なので、どう発言すれば良いのかわからず困り顔で黙するしかなかった。
キレイヌが言っているのは尤もな事だ。正直俺の心境を考えると俺自身ですら腹が立つ。キレイヌたちは俺が努力したといえる事を鼻で笑えるほど努力して来ただろう。しかも、本来他人が認める事が出来る『形』としてある努力の結晶とも言える『喫茶店』の開店や営業も俺の頑張りもあるだろうと思いたいが、半分以上は姉のお蔭であることは否定する事は出来ない。
そもそも俺は『喫茶店のマスター』と言いつつ、料理人紛いの行いをし、あまつさえ本職の料理人に口出しをする事を『依頼』の一言で請け負ってしまった。確かに、この世界にはまだ無い料理の知識を持っているが、その知識は別に俺が苦労をした結果手に入れた力ではないのだ。そんな力を何も考えず晒してしまった。まるで、刃物を持った赤子のような行いだ。
赤子は何も思わず考えることなく刃物を振り回し、周りの人を傷つけるだろう。今の俺は知識と言う刃物を振り回し、ガガやキレイヌたちを傷付けている。
自覚はなくとも何処かで彼女たちを見下していたのかもしれない。
『料理人相手に料理人でない自分が料理を教えること』に優越感が全く無かった訳ではない。それはつまり『見下していた』と同意の事だろう。
そんな結論に納得したくはない。そんな訳はないと否定する苛立ちと自分にそんな感情があった事への不快感。
こんな俺の気持ちを整理するにはどうしたら良いのだろうか?
具体的に俺が考えられる解決案は、この世界で『料理人』となる。か、『喫茶店のマスター』のまま地球の事を引きずり続けていくのか・・・・。
そんな答えを出すことの出来ない自分の不甲斐なさや、感情に腹立ちながら何とか思考を纏めようとしていると、キレイヌから先に再び声をかけられる。
「お前は料理人ではない。だが、料理の知識や多少の技術は持っている、お前にもお前の考えがあるのはわかる。・・・・納得は出来ないが・・・・。」
俺が自分の世界に居る間に多少は落ち着いてしまったらしい。もしかしたらガガが、説得(?)してくれたのかもしれない。
「お前にもお前の生き方や姿勢があるように、私にも私の生き方や姿勢がある。お前のその生き方や姿勢を試させて貰う。今日の夕食の賄いで私の納得できる料理を出せ。納得できない物が出てきならば、もうお前から教わる事はない。米の炊き方だけで十分だ。」
つまりは出て行けと言うことらしい。逆にキレイヌを納得させることが出来れば、このまま依頼続行と言うことだろう。
キレイヌを納得させることは中々難儀なことだろう。何せ相手は本物の料理人なのだ。しかも、この世界で言えば限りなく頂点に近いであろう職に就いている料理人だ。だが、それよりも難儀な事がある。それは俺自身の気持ちだ。
こんな中途半端な心持ちや考えでこの調理場に立って良いのか?かなり今更な感が強いが、俺の今の心情は『否』だ。
しかし、依頼を受け、報酬も貰ていて、結果論ではあるが貰いすぎと言える程貰っている。
このままでは、お金は貰ったのに注文を出していない状態だ。
そんなのは『喫茶店のマスター』としても、人としてもどうだ?最悪な部類に入るのは間違いない。
それらを踏まえてどうすれば良いのか?答えを言うだけなら簡単だ。
『自分も含めて誰もが納得する心構えを持ち、キレイヌに夕食を振る舞う。』
実に簡単だ。
言うだけならば・・・・・。
取り合えず、キレイヌには了承の返事をしておいた。
どう考えてもそれしか道が見えなかったからだ。
メニューを考えて来る。っと一言ガガとキレイヌに言い残し、調理場を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて、どうしたものか・・・・。」
とは、勿論メニューの事。
などではない。
俺の心の問題だ。
取り合えず適当にブラブラするのも何なので、宛が割られた自室に戻ってきた。
当然今まで泊まってきた部屋とは比べられない豪華さだ。
ベッドは装飾を施された立派なものだし、シーツも純白で肌触りも良い。
机も用意されているし、筆記用具の類いも用意されている。
小物をしまう為の家具や、ティータイムを楽しむためなのだろうテーブルと背もたれのついた立派な椅子。絨毯も敷かれていてふわふわしているし、ガラスの窓も確りとあって、部屋を明るく彩っている。勿論、夜には天井に備え付けられた明かりを灯す魔道具が部屋を彩る。
この世界では間違いなくトップクラスの部屋だろう。地球でも下手なビジネスホテルよりも豪華だ。
そんな部屋の背もたれ付きの椅子に座り考えているわけだ。
先ずは問題点を挙げていこう。
先ずは一つ、
俺は料理人ではない。
だが、
この世界では洗練された事になるであろう料理の知識を持っている。
更に、
依頼を完遂するためにキレイヌを納得させる必要がある。
でも、
納得させるには料理人ではない俺が、(この世界の)料理人よりも豊富な知識を使い、その料理人を納得させる必要がある。
と言うことだ。
と言っても結局のところ答えは一つだ。
逃げやごり押し何かを使うならばまだまだ選択肢はある。でも、それは嫌だ。逃げを使えば男として、人として何かを無くしてしまう気がするし、ごり押しをしてしまえば周りから不平不満がでる。特にキレイヌ辺りから。それに、こちらを使っても何かを無くすだろう。
つまり、真っ当な選択肢は一つだ。少なくとも俺の頭で捻り出せるのは一つだ。
『この世界で本当の意味で生きる覚悟を決める』
これが、俺が考える最善で真っ当な選択だ。
日本では俺は死んでいるのも理由の一つだ。
問題は、この『覚悟』を本当の意味で決めれるかと言うことだ。
『覚悟を決める』
口で言うのは簡単だし、思うことも簡単だ。
でも、本当の覚悟は中々難しい。
例えば、今ここで『この世界で生きる』と覚悟した事にしよう。
その場合今は取り合えずの気持ちが強く、誤魔化しが多分に含まれてはいるだろうが、乗り切れるだろう。
だが、もし今後「死ぬ前の地球に帰れる」と言う方法が出てきたとしよう。その時俺は覚悟した通りこの世界で生きるのに躊躇いが全く無いだろうか?僅かでも「帰りたい」と思わないだろうか?
と考えてしまう。
なんて、色々とバカみたいに考えているが、先程も思ったように選択肢は一つだ。
今後についてはハッキリ言って考えても仕方ない。と思う。
世界は移ろい行くもの。
俺の状況も移ろう。
そして、基本的に人とは揺れ動いてしまうものだ。
ドラマやアニメみたいにキレイな人間は保々いない。
手を出してはいけない大金を目の前にして、周りの目がなければ「お金の使い道」を考えてしまうだろう。実際にそのお金に手を出す人は少数だろう。大概の人間が諦めと恐怖から手を出さない。恐らくこれが、8割~9割を占めるだろう。
そして、1割にも遠く及ばない人間のみが全くの無反応だと思う。
言い訳がましいが、俺は人間とはそう言う生き物だと思っている。だから、今は『本当の覚悟』を覚悟した。と思える。
情けないが今後については自信はない。
それでも、努力していこう。
この世界で生きていこう。
今は本当にそう思う。
重い腰を上げて調理場へと足を向けた。