『送魂の集い』
いよいよ本番。
何時もののんびりとした朝ではなく。何処かピリリとした雰囲気の中皆一様に慌ただしく動いていた。
昨日の夜。予行練習が終わり、ギンから報告を受けたが取り合えず今日の『送魂の集い』で騒ぎを起こす情報は無かったそうだ。なので、今日は適度な緊張を保ち警戒はしつつも、普通に料理していても大丈夫な事になっている。
しかし、残念ながらシオンとシェイラルカの命、正確には財産や領地を狙っている奴が居て、確証がない者も含まれているが黒幕が誰であるかまでわかっている。今後によっては対応を考えなければならないだろう。
その今後についてだが、この『送魂の集い』が終わった後の『継承』と呼ばれる制度でシオンとシェイラルカがどうするかで決まってくる。この『継承』だが、『送魂の集い』が終わりヴィンスの死が周知されてからしか行われない。
『継承』。
これは、ヴィンスの所有していた財産、そして、領地を誰がどのように相続するかを決めることである。
基本的に全てが正室や側室、または子供に『継承』されるのが普通であるのだが、あくまで『継承』の『権利』が一番強いのが故人の家族であると言うだけで、『継承の拒否』をする事も許されている。
『継承の拒否』をした場合は、故人の所有していた財産の一部だけが『継承』となる。つまり、お金の相続が行われる事となる。先に言った通り『財産の一部』だけを受け取るので、残りの財産は国に納められる。そして、その納められた財産で新たに領主となったものを援助することになるらしい。
少し話がそれたが、今後シオンとシェイラルカはこの『継承』について動いていくことになるだろう。と言うことだ。
次に、警備の事についてどうなったか。警備にも人員不足の問題が上がっていたが、ギンとギールが裏から警備することになりなんとか体制を整えることが出来た。とは言ってもたかが二人加わっただけなので結構ギリギリだ。そのためもしもの場合は俺も協力することをお願いされている。勿論、言われなくてもそんなことがあれば全力で協力するつもりだったので俺としては何も変わっていない。
そうして早朝からの慌ただしくしていた準備も滞りなく終わり、残すところ俺たちの担当している料理のみとなった。調理開始は参加者が全員集ってからとなっている。参加者が集まったらシオンが挨拶をし、配膳。という段取りだ。
俺やガボットたちは料理場で待機。すぐに調理開始できるように準備だけしておく、勿論前もって調理出来るものは既に完了している。
遠くから微かに話す声や足音が徐々に増え、人の気配が増えていくのを感じながら調理開始のタイミングを待つ。
そこに一人のメイドがササッとやって来て、「調理をお願いします」と一声かけ、またそそくさとこの場を後にするメイドを見送り、ガボットたちに向き直り声を掛ける。なるべく穏やかになるように心掛けながら声を出す。
「さて、本番です。みんなよろしく。」
「「「「はい!」」」」
俺はまだ手を出さず、各自の作業を見渡す。遅れそうな所や、間違ったことをしていないかを確認し、その都度必要な所に手を貸していく。
尤も、ガボットたちは既に自分達に任せられた作業は保々完璧なので、あまり俺の手は必用なさそうであった。
そろそろ全ての料理が出来上がる頃になり、ハクラが料理場へと訪れた。
因みにハクラだけは調理している料理場への立ち入りが許されている。それはシオンからの絶大な信頼を如実に表していた。
俺はまだハクラを信用する程の付き合いはないが、ハクラの立ち入りに異は唱えなかった。それは、ハクラではなく、シオンを信じたからである。
はっきり言ってシオンとの付き合いも長いとは言えない。だが、少ないながらもシオンとの付き合っている間に受けた印象は誠実な人柄。であったため、すんなり信じることが出来ていた。
それはさておき。
ハクラがやって来たのは、前もって決まっていた『配膳開始』の伝言のためである。
よって、
「調理完了したものから順次配膳していきましょう。」
とやって来たハクラに声をかけた。
調理完了と言っても一品一皿が出来上がっただけで、一皿は精々10人前程度であるから完全に調理が完了するのはまだまだ先だ。
それでもこの方法で順次出来上がった物を配膳していけば、出来立てを食べて貰うことが出来るので有効な方法と言えるのではないだろうか?
さて、そんなわけで俺とハクラは料理場の外で待つメイド衆に料理を渡していく。そうして、メイドさんたちは次々と料理を運んでいくのだった。
俺は再び料理場で手伝いをしつつ、メインディッシュと言えるステーキの眼前調理の出番を待つ。
ガボットたちと協力し調理を完了させていく。料理の必要量が半分を過ぎた辺りで再びハクラが料理場に伝言を伝えてきた。
いよいよ俺の出番であった。
会場へと赴くとやはりと言うべきか多少は沈痛な雰囲気があったが、概ね皆笑顔であると言える様子だった。
そんな中へと鉄板と共に足を踏み入れた。
ガヤガヤとざわめいていた会場は俺と鉄板を見ると次第に静けさを演出していった。
「皆様。今回は亡きヴィンスを悼むため趣向を凝らした料理を用意しましたが・・・。
料理は今あるのが全てではありません。残念ながらヴィンスは食以外にはこれといった興味を示しませんでした。」
軽く微笑みながらのシオンの話に彼方こちらから小さな笑いが起きる。皆笑いながらも軽く目には水気が含まれているのが見えた。そんな中を半場注目を浴びながらシオンの元へと移動する。
「そんなヴィンスの唯一の興味である『料理』をこの場で調理し、皆様に振る舞おうと思います。」
話を区切ると、俺に小声で「お願いします」と声をかけてくる。
「皆様。私は本日の料理の任を受けていますソウと申します。これより、シオン様からも紹介されたように本日の料理の目玉を調理致しますので、その調理風景を堪能してもらえたらと思います。
尚、調理中は余り近づかれますと危険がありますので、ある程度の距離は保って頂きますようお願いします。」
「では」と接続詞をあえて締めの言葉にして、調理を開始。
ステーキを焼き始めるとやはり、予行練習の時のように周りは匂いに驚いていた。
そうして、調理用に用意したワインをかけると、匂いによってもたらされた雰囲気が驚きから食に対する執着へと変わる。が、次の瞬間には炎の勢いを目撃し再び驚きの雰囲気が会場を支配した。
焼き上がったときには強烈な薫りによって再び食欲が増し、目がギラギラと輝いていた。
だが、残念。
どんなに強く欲しいと言う欲望を纏った眼をしていても、最初に焼かれたステーキは食べる人が決まっている。
この会場で一番位が高い者。つまり王様である。・・・・と言いたいのだが、流石にこの様な死を悼む場においても、この様な人たちは毒味役が必要である。
なので、最初に口にするのは王が選定した毒味役の者となる。
予行練習の時のように皆半分惚けている中、王の御前へと皿を運ぶ。膝をつき頭を垂れて皿を差し出す。一連の動作を終え、じっとしているとやっと気を取り直した王が声をかけて一人の女性が出てくる。
その者が一切れ震える手で口へと運ぶ。何処からともなく聞こえてきたのは誰かが、いや誰もが鳴らした喉の音。『ゴクリ』と音が響き、皆が皆一人の女性に注目していた。
そうして、頭を垂れていた俺が見ていたのは・・・・・。
(何故に脚まで震えている・・・・・・?)
そんな確かに不思議なことであるが、比較的どうでも良いことを考えていると、突然毒味をした女性が崩れ落ちる。
当然周りは騒ぐ。俺も騒ぐ。
「ど、どうした!?大丈夫か!?」
王の護衛として来ていた騎士(訃報を報せた時も王を護衛していた女性騎士)が体を支えながら叫び掛ける。
調理した俺はかなり驚き、落ち着きなく毒味役を見ていた。のだが・・・・発した言葉は。
「おいひいでふ。」
であった。
当然ながら周りはキョトンとした顔をし、俺も首を傾げる。
「お肉なのに柔らかくて・・・噛まなくても良いぐらいで・・・・おいひい・・・。」
と、その言葉を最後にさも「私の仕事は終わり」とばかりに黙り込み、まるで余韻に浸っているようであった。あまり詳しくは知らないが、毒味役は「安全」を伝える事が必要な気がするのだが・・・良いのだろうか?
「あ、安全なようじゃな。・・・・ある意味違うとも言えるが・・・・」
とは王の弁である。
「では、頂こう。」
気を取り直した王は、早速ステーキへと手を伸ばす。口に入れ、一度噛んだ途端目を見開き、停止する王。再びモゴモゴと口を動かし始めると今度は満面の笑顔になっていた。
「フフ、ハッハハハハハ。いや・・・・これはなかなかどうして!・・・クックック。」
口の中が空になり、少し沈黙が流れたあとに王は突然笑いだしたのだった。
「へ、陛下?大丈夫ですか?」
困惑した護衛騎士が、王の傍らから声を掛ける。
さっきまで、毒味役を支えていたのだが今は緩みまくった顔の毒味役を床に放置していた。
「いや、すまんな。・・・・ソウよ。大変美味であった。思わず笑いが込み上げる程に旨かった。」
「あ、ありがとうございます。」
「皆の者も食すが良いぞ?これは『笑える』。」
ニヤリと笑いながらの王の一声により周りが挙ってステーキへと手を伸ばすが、生憎まだ1枚。一人分しか焼き上げていない訳で、当然足りない。
「ソウよ。また焼いてくれ。余もまだまだ食べ足りぬぞ。」
「た、ただ今!」
王に催促を受け、慌てて鉄板の前へと戻る。
そこからは予行練習の時よりも酷い者だった。
一応この場には貴族である者しか居なかったはずなのに、貴族善とした雰囲気や態度をかなぐり捨てた様に皆我先にとステーキへと群がって来て、その波が一向に治まる気配はなかった。
この騒ぎは、人数分用意していたステーキは瞬く間になくなり、予備として一応用意していた分も底をつく形で終結したのだった。会場は残念さを隠しもせず項垂れる者まで見受けられた。
それでも、幾分か時間がたつと会場は盛り上がり始めた。
ステーキの味に「感動した」や、「旨かった」という声が彼方こちらから聞こえてきて、俺も周りの人と同じように笑顔。やって良かったと心に充足感が満ち満ちていた。
「ソウよ。」
行きなり背後から声をかけられ、自分の正面に居る人たちの穏やかな表情に集中していたらしくピクリと体が反応してしまう。
その反応に気恥ずかしく思いつつ後ろを振り替えると、王とその護衛の女性騎士が佇んでいた。
「先程の『ステーキ』大変美味であった。それに、調理風景を見られたのも何時もと趣向が違い楽しませてもらったぞ。感謝する。」
完全に頭を下げたわけではなく、軽く顎を引く形の会釈と言える程度の礼であったが。王に頭を下げて貰ったことに何となく嬉しくなる俺。
元の世界では当然王の様な存在とは無縁であったが、何となく上司に感謝されたときと同じ様な心境であった。社会に出て間もなく自営業となったので、上司と言える人とも余り縁がなかったが・・・。
それはさておき。
この国のトップに声をかけられ、更に感謝されて声を出さない訳にもいかない。
慌てながら、且つ言葉を選びながら返事をする。
「あ、ありがとうございます。お、王様。」
「ハハ。そんなに固くならずとも良い。見たところこの国の者のようでもないしな。
出生は何処だ?」
はてさて、困った。が、シェイラルカと出会った当初の理由を前もって思い出していたためそれを述べる。
「そうか・・・記憶がないのか・・・。
しかし、不思議なものだな。記憶がなくとも『料理』は出来る・・・。他に何か出来ることはあるか?」
怪しまれている。瞬間的にそう思ったが、記憶喪失以外にいい理由も思い付かない為、他の部分については正直に答えていく。
「剣が少し使えます。あとは・・・魔法が少々。・・・です。」
「なるほど。・・・・人は強いな。記憶がなくとも覚えていた事はは忘れず、そして生きていける。」
なんだかかなり深い話になってきてないか?と思いながら「そうですね。」と返しておく。
そうして、王と話していると当然少し控えて立つ護衛の女性騎士も目に入るが・・・。
(なんで、そんなに睨んでるんだ・・・?)
怪しまれているのだろう。かなりの警戒。いっそ敵視とも言える眼差しを向けられ、お偉い人との慣れない会話と女性に睨まれると言うサンドイッチ状態に内心汗をかきながら過ごしたのだった。
「ソウ殿。ご苦労様です。ありがとうございました。
そして、最後に『あれ』をお願いします。」
「はい。わかりました。」
王が話終え、離れていくと今度はシオンがやって来て次の指示を出してきた。それに、従い返事をして一旦会場を後にした。
シオンの言う『あれ』。それは『ケーキ』である。尚、ケーキの量は当初予定していたのは5ホール。人数が増えて余裕も持たせて倍の10ホール立ったのだが、予行練習の後のシオンによって強い希望が出され更に倍の20ホール用意されている。正直大変だった。
再び会場へとケーキを乗せたカートをメイドさんたちと並び押しながら入ると、明らかに『期待』という感じの目を向けられる。その視線にタジタジとしながらも、指定の位置まで持っていく。
「さて、皆様も十分に料理を楽しんで貰えたようですのでデザートを出したいと思います。
こちらも珍しい物であり、名を『ケーキ』と申します。甘いものですが、甘味が苦手である方も是非とも一度御賞味下さい。」
シオンの発言に眉を潜めるものが幾人か見受けられた。恐らく甘味が苦手である人達だろう。
確かにケーキは甘い。が、イチゴ(の味をした果物)が入っている為、ただ甘いだけではない。甘さとその甘味を打ち消す酸味を楽しめる物である。
聞くところによると、この世界の甘味とは砂糖を固めた物や、ハチミツを固めた物らしく非常に甘いだけの物らしい。甘過ぎるとも言えるようで、苦手とする者も珍しくは無いそうだ。
それでも、主催者から勧められれば食べないわけにはいかない。
この場で勧められたのに食べなければシオンを侮辱することになる。そして、この場でシオンを侮辱すると言う事は亡きヴィンスを侮辱することになる。更に亡きヴィンスを侮辱するのはヴィンスが仕えていた王を侮辱することになる。・・・・らしい。
実際は王を侮辱するまでには至らない。この場合はシオンだけを侮辱した形であるのが本来の形であるが、この様な挙げ足とも言えない挙げ足を使って大事なときに追い込んでくるのが『貴族』。とシオンから後になって聞き、身震いした。
貴族と言うか、権力者は考え方が特殊であると思ってしまった。
このケーキも先程のステーキと同じ様に王に先に食べて貰う事になっていて、再び毒味役が活躍することになる。その毒味役は今度は崩れ落ちる様なことはなかったが、嬉々としてケーキを口に運び入れ、笑顔で王へと報告していた。
その報告を受け、早速とばかりに食べる王もまた笑顔に早変わりし、周りの人たちから羨ましそうに見られていた。
王からの許し(?)を受けて周りの者たちも挙ってケーキを取りに行く。受け取ったらば、すぐに口へと運び、皆笑顔である。更に、甘味が苦手である様な反応をした者たちも食べた瞬間は甘さで顔をしかめたが、咀嚼すると当然イチゴ(の味をした果物)も噛むことになる。そして、その味が口の中に広がったのだろう。思わず咀嚼が止まり、驚き、暫く呆然とケーキを眺める。我に帰ると今度はニコニコとしながらケーキを食べ始めたのだった。
「いや、実に旨い。」
王も甘味は余り好きな方ではないらしい。が、そんな素振りは露程も見せずに食べていた。
これにて俺の役目は終了となり、会場を辞する事を許され料理場へと戻っていった。
俺が会場を後にしてからも集いは暫く続き、昼の少し前から始まったにも関わらず終わったのは太陽がすっかり沈み。外は闇に覆われた時間帯であった。
「皆さんありがとう。苦労を掛けました。
お陰で『送魂の集い』は無事、大成功と言えるもので幕を下ろせました。
あの人も満足してくれたでしょう。」
その日。
後片付けも終わり、最後にシオンの言葉によって一日を締め括られたのであった。