訃報
「態々婦人がお目見えならばそれ相応の話であろうな?」
王らしき人物の隣で腰を下ろしていた40代程の男の開口一番の台詞がこれだった。
部屋へと入ってきた者たちは5人。
王らしき人物が直々に紹介していかれ、皆紹介と同時に頭を軽く下げるだけであった。
役職としては相談役なるものが2名。この2人が王らしき人物の両脇を固める形で座った。
2人ともが40代程の人物で、それぞれ男性と女性であった。
上等な生地で出来た服を幾重にも着たようなゴテゴテした身なりをしていた。
残りの二人は護衛。
王の護衛との事だったのでそれなりの立場の者だと思われた。流石に王の護衛だけあり身を包む鎧も綺麗な銀甲冑であったし、顔も美形であった。
一人は厳つい男前。一人は爽やかイケメンであった。
この世界。と言うよりはこの国でどの程度の発言力を持っているかわからない。そんな2人は王の後ろに控えており、ソファには座っていない。
最後に自分を紹介し始めた。
やはり、王その人であった。
名前は王族らしくかなり長かったので、途中で覚えるのは放棄した。
身なりは相談役なる者たちと同じ様に上等な服を幾重にも着ていたのだが、相談役の2人程ゴテゴテした感はなく。高貴な印象を与えるだけだった。
多分王はその威厳や振る舞いで服を完全に着こなしている。が、あの2人は違うと言うことだろう。やはり、身の丈にあった服を着るのがいいと言うことだ。
太っている訳でもなく、痩せすぎてもいない適度な肉付きの50代に見える人であった。
髪は白?というかナチュラルホワイト的な色合いで、同じ色の髭を蓄えていた。
向こうの紹介が終わると、次はこちらの番とばがりにシオンが紹介をしていく。
シェイラルカが娘と紹介され、俺は護衛として紹介された。
護衛として紹介された俺が座っているのはどうなのだろうと思いはしたが、前もってシオンから聞いていた通りに発言を求められない限りは黙っていることを厳守していて、紹介されたときに頭を下げる事だけを行った。
そんなこんなでお互いに自己紹介をした後に、相談役の男性が口を開いてシオンを罵ったのであった。
「婦人がお目見え」等と目上に対する言葉を使った意味を考えると、男がシオンを完全に見下している。なので、罵ったと言う言葉は間違いではないだろう。
そこで、俺は思う。それなりの役職の者の態度ではない。っと。
人の上に立つ者は見本となるべきである。内心でどう思っていようと、人前でしかも本人や更に上の者までいる場でするべき態度ではない。と俺は思う。
あくまで俺個人の意見だから他の人まで俺の意見に合わせろとは言わないが、今後俺がこの人の為を思って行動することはないだろう。
俺の中でこの男の位置は底辺に格付けされた。
それはさておき。
いきなりの険悪な台詞にシオンは何処吹く風。
「ヴィンスが来ずに、私が謁見を申し出たのは他でもありません。ヴィンス自身が来れない状態になってしまったからです。
先日。領地『マウラ』のマウラ村は魔物、ゴブリンとそれを率いるゴブリンオーガによって襲撃を受けました。
それ「それがどうした?」で・・・」
まだ報告が終わってもいないのに更に暴言(?)を吐く相談役。
流石に王も少し目を険しくしながら相談役へと声をかけた。
「まだ報告が途中であろう。要らぬ発言をして報告を途切れさせるのはどうかと思うが?」
ごもっともである。
そんな注意を受けたアホな相談役は全く悪びれた様子もなく、「失礼しました。」と王にだけ頭を下げてこちらに視線を戻した。
シオンには一言もなしであった。
余りの不愉快行動に思わず声をあげようとしたが、先にシオンが報告の続きを話始めてしまった。
「その事態を収束するためにヴィンスは剣を取り数人の兵と共に打って出たのです。
ヴィンスたちはゴブリンたちを率いていたゴブリンオーガを討ちましたが、ヴィンスも他の者たちもその闘いで命を落としました。
彼はヴィンスの最後を看取ってくれたものです。」
そう言って俺に目をやる。
すぐに目線を王たちに戻して再び口を開いた。
「ゴブリンの集団は100体程だったと思われます。
正確に数える時間も余裕もなかったので、遠目に見ただけですが・・・・。
残念ながらマウラ村の生存者は私達3人のみです。」
「話は、あい、わかった。
まずはそなたらが無事でよかった。・・・・ヴィンスや領民たちは残念であったが・・・・。
しかもヴィンスが殺られるとは俄には信じられないが、余程の激戦であったのだろう。
統率していたのがゴブリンオーガとなると、シオンの言う通り少なくとも100体の群れであろう。中にはゴブリンの上位種も居ただろうしな・・・・・。
ひとつ聞きたいのだが、群れは全滅か?」
ヴィンスの訃報を真摯に受け止めているような悲痛の表情を浮かべつつも気になる点を聞いてくる王。
当然であろうが、それほどの集団がもし健在ならば周辺の村や、場合よっては他の領地まで被害が出てくるだろう。王としては聞いておかねばならない事だろう。
「恐らく・・・・としか申し上げられません。
何分私も娘も、それからヴィンスの最後を看取ったソウ殿も全部事が終わったあとの村しか目にしていません。そこで目にしたのは住人の死体とゴブリンたちの死体のみでした。」
「そうか・・・。・・・・もし全滅していなくても率いるものが居なくなり森へと帰ったのやもしれんな。
早速調査隊を派遣しよう。」
そう言うと爽やかイケメン護衛に頼むと声をかける。
護衛は頭を下げると、部屋から出ていった。
「しかし、ヴィンスの訃報は信じられんな。あやつはそう易々と命を落とすような男ではなかった筈だ。
確かにゴブリンオーガと言えば村ひとつならば滅ぼせるだろうが・・・・。
あやつならば笑いながら殲滅できる程の力はあったはず。なにやらきな臭い臭いがするな。」
王のこの発言はヴィンスへの信頼であった。信頼が有るがゆえにヴィンスの死に不信感があり、裏があるのではと睨んでいた。
確証があればマスクルの領主、フィットマスが怪しいと進言できるそうだが、確証も、繋がりそうな物証もない。あるのは俺たちが狙われたと言う事実だけ。しかもこの事実も俺らの言葉だけであり、本人に否定されれば意味がない。
進言すれば王も調べたりはするかもしれないが、もし調べてもなにもでなかった場合はシオンが逆に悪くなり、要らぬ罪を背負うことになる。
それは避けるべきだろうと前もって話し合っていた俺たちはフィットマスについての事はなにも話さなかった。
それにしてもヴィンスが王に認められるほどの強さを持っているのには正直驚いた。
俺の中のヴィンスはグルメ。この一言に尽きたからだ。確かに見た目は適度に引き締まった体をしていたし、体格もそこそこある方だったが、あの美味しそうに物を食べる姿からは剣を振る姿が想像できない。
ヴィンスの姿を思いだし、思わず笑みがこぼれながらも再び目頭が暑くなるのを自覚する。慌てて考えを打ちきり、感情を抑える。そんな俺に声をかけてきたのは王だった。
「その方。・・・ソウ。と申したか?そなたがヴィンスの最後を看取ったのだったな・・・。
良ければ最後を教えてはくれぬか?」
優しく気遣うような言い方であった。俺の今の状態を見抜いての事だろうか?この人たちは腹芸が仕事であるため俺の下手な感情抑制は意味がなく、筒抜けなのだろうな。
と変な事を考えながらも頭を下げて返事をする。
「はい。わかりました。」
それから俺のその日の行動を簡単に話した。
森へと魔物狩りに向かったこと。狩りが終わり森から出たときに村の異変を遠目に感じたこと。急いで村へと戻り村の惨状を目撃したこと。とここまでは簡単に話す。
それからヴィンスを発見するまでと、ヴィンスと言葉を交わしたことを事細かに話していく。
村の様子や、村人やゴブリンがどんな風に動かぬ骸となっていたか、ヴィンスを発見したときの様子を可能な限り話し、ヴィンスとどういったやり取りをしたか、そして。ヴィンスの最後の言葉を伝えたのだった。
「最後の最後まで家族と食事の事か・・・・あやつらしい・・・ッ。」
『ヴィンスらしい』最後の言葉を聞き王は堪えきれずに涙を流し始めた。
下を向き、震える唇をキツく結び片手を額の部分へと持ってきて両目を周りに見えないようにしていた。
辺りは王の漏らす静かな涙を流す音のみが響いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『送魂の集い』はどうするのだ?」
落ち着きを取り戻し、目が赤くなりながらも次の話を話始めた。
『送魂の集い』。
これはシオンが俺に依頼したあの食事会の事である。
死んだ者を悼む集いであり、魂の旅立ちを行う事も目的のひとつである。
故人の昔の話や、好きな食べ物。好きな音楽などが提供、催される。
最後に魂を送る。集いの名にもある様に『送魂』を行う。因みに魂が旅立つ先は『理の地』と呼ばれる場所らしく、そこから輪廻転生するそうだ。勿論、転生したら赤ん坊からであるし、記憶もない。ヴィンスの生まれ変わりだからといって姿形が似ているわけでもないし、性格もガラリと変わることもあるそうだ。つまり、この世界での『魂』とは純粋にエネルギーとして扱っている。
これらが事実かは置いておいて。
この様な集いを開くのだが、開かれる日は家族に任せられる。場合によっては開かない者もいるらしいのだが、これはかなりのレアケース。故人の死を受け入れられず、魂を送ると題される会合を開くことが出来ない人達がいるのだ。こるは仕方のないこととも言えるし、何時までも引き摺るのは良くないとも言える。これは人によって意見が別れることだろう。
シオンはそんな集いを開くのは今日から5日後と返事した。
「あい、わかった。その時は必ずし参加させて貰おう。」
「お待ちください王よ。」
と空気を読めないバカが口を挟む。
「5日後と言えば視察の出発の日。お考え直しを・・・。」
後で聞いた話では、この王都から一番近い開拓地へと視察するのが決まっていたそうだ。その出発が5日後。ここ、王都から南東方向にある衛星都市。『ベイテス』に向かう事になっている。
『開拓』とは森の開拓である。
この森なんとマウラにあったあの森と同じものらしく、マウラからそのベイテスまで続く巨大な森なのだ。
王都から見てマウラはほぼ真東にある。
そして、マウラの南側に広がる森は西へと続き、徐々に広がっているそうだ。
その森をなんとか削り有効活用しようとしている。
これが今の『開拓』の目的である。
が、何故王が視察までするのか?
ただ森を切り開くだけならば簡単ではないだろうが、難しい話ではない。
だが、マウラでもそうであったように森には魔物が居る。この魔物が居る限り中々開拓が進まない。
しかも森を切り始めると、奥地に住んでいる筈の強力な魔物まで襲いかかってくるそうだ。
ランクは最大でS。
Sランク。
『都市落とし』とも呼ばれるこのランクの個体は文字通り1体で都市1つを滅ぼすことが出来る。それもほぼ一日で可能である。
戦争で都市を落とすのは楽な話ではない。
万を越える人間が攻めても防御に徹した都市を落とすには数日。場合よっては一月程もかかることもあるだろうし、もっと掛かることも有るだろう。
勿論指揮する者たち(攻めと守り両方)の指揮能力や、作戦の立案力などもあるので一日でも落とすことは可能かもしれないが、それは幾つもの偶然や奇跡が必要となるだろう。
その様な一日での都市落としを1体で、しかも確実にやってのける個体がどれ程逸脱した存在かわかるだろう。
そんなSランクを含めた手段が襲いかかってくるそうだ。
現在確認されているSランクは5体。森の奥地に住んでいるらしい。
ここで注意しておかねばならないことが、確認されているのが5体と言うことだ。もしかしたらもっと居るかもしれない。さらにAランクが数十体。下手すれば100体も居ると予想されているし、Bランク以下も数百体以上居るらしく、『開拓』はかなりの難航をしているそうだ。
そこで、王自ら視察に参加し、老を労い、同時に現状を把握し援助の必要量を決めるそうだ。
開拓したければジャジャン援助すれば良いじゃないか。
と言えば簡単だが、援助する物や者、これも有限である。
援助を多くし過ぎれば他の領地や果ては王都までが物資の不足や人口の低下になるだろう。最悪の場合には王国が地図から消えることになる。
そうならない様に現状をハッキリさせて、援助の量を決める。そのための視察であった。
その視察が重要であることはわかる。が、やはり納得はできない。
王の態度や言葉から読み取れるのは、ヴィンスとの間柄が深い。もしくわ王からの信頼が厚かったとわかる。そんなヴィンスの死よりも視察が大事であるとほざいているのである。
そんな言動を周りが許すはずがない。俺たち側(シオン、シェイラルカ、俺)は相手が目上の人間であるため言葉にはしなかったが、目は険しくなる。王の護衛もヴィンスと繋がりがあったのか、はたまた単純に人の死を軽く見たことに不愉快に思ったのか表情が歪む。
さらに王は雰囲気を一変し、顔を赤くしながら発言した相談役のジジイを見る。・・・・いや、睨み付けた。
この発言で変わらなかったのは相談役のババアだけ。変わらないと言うよりは、ジジイの言葉に納得しているのか頷きながら王へと「そうですよ。確りしてください。」的な目線を送っていた。
「前から思っていたのだがな・・・・。決めたわ。ロンマ。タリナリス。二人とも今までご苦労であった。今より暇を与える。」
相談役の二人は何を言われたのかわからないのか頭上にクエスチョンマークが見える様な表情をしていた。と、同時に首をかしげていた。
俺も、(誰それ?)と心の中で疑問符を浮かべていたが、話の流れからジジイとババアであることがわかった。
そしてそのまま沈黙が訪れた。
じっくり10秒程経ち、王が重々しく息を吐いた。
「お主らが理解できぬのなら、ありのまま伝えよう。
お主らはもはや不要。お主らが国営に携わるだけで損害を被る。即刻この場より立ち去り、2度とわしの前に・・・、いやこの王都に立ち入ることは許さん。
さっさと立ち去れ。」
息つく暇もないほど捲し立てると、残っていた厳つい男前護衛に合図を出す。
すると護衛の人は部屋の扉を明け、兵士(どうやら部屋の前で待機していた)の二人に指示を出した。
入ってきた兵士に二人は兵士に半強制的に立ち上げられ。
「お、お待ちください王よ!!!どう言うことですか!!!???」
兵士の行動により立ち上がりはしたものの、動こうとしないジジイを引っ張るように兵士が部屋から連れ出していく。
ババアはオロオロと兵士に背中を押されながらも黙って部屋から連れ出されていく。
尚も王へと詰め寄る言葉を喚きながら、兵士に対抗しようとするが、普段なにも体を鍛えていないようなジジイが、訓練している若い兵士に抵抗できるわけがなく、喚き放らしながらも部屋から連れ出されていった。
部屋からジジイとババアが居なくなり、王が口を開く。
「シオン。それからシェイラルカ。ソウにも詫びよう。
すまなんだ。」
そう言って深々と頭を下げる王。
一国の王の頭を下げた謝罪。
別に王の居る世界で育ったわけではないから、その事になんの感情も沸かない。強いて言うなら、上の者が下の者の不始末を謝罪するのは当たり前だ。と思った程度であるが。
それは感情での話である。
知識としては知っている。
王が頭を下げるのは非常に宜しくない。それが同等の地位。他国の王などならば無いことはないかもしれないが、王が自国の下の者に頭を下げることはない。
これは面子の問題であったはずで、軽々しく頭を下げる王には威厳がなく、国を納めることができない。と言われる。自分の非を認めても自国の者たちを不安にさせないために謝罪せずに毅然と振る舞うのが王と言うものであったはずである。
それでも護衛の者も王を諌めることはせず同じ様に頭を下げていた。
「頭を上げて下さい。」
シオンの言葉により王と護衛は頭あげる。
「王のお気持ちだけで大変嬉しく思います。ありがとうございます。」
そう言って逆に頭を下げるシオン。
それに習うようにシェイラルカが頭を下げる。慌てて俺も頭を下げた。
ゆっくりと3秒程たちシオンが頭をあげる。
それを横目に見ながら俺も頭をあげた。
それからは再び送魂の集いの話になり、5日後に開く事を再びお互いが確認。
1度シオンが日にちを変えようとしたが、王が頭を振り当初の予定通り5日後になった。
話が終わり部屋を出ていく王たちを立ち上がって礼をしながら見送ってから俺たちも部屋を出て、城を後にした。