死を告げる
「流石王都って言えば良いのかな・・・?凄い行列だな・・・」
空から王都が確認出来たときに小さく細い物が王都から延びているのが見えていて、何か?と思っていたらなんと行列。
これだけの行列を現代で見ることは早々ないだろう。あるとしても年に1回か2回で、特別な催し物の会場へと向かわなければ見ることは叶わないだろう。
そんな行列の最後尾へと並ぶ。どれだけ時間がかかるのか想像もつかない。
果たして日が沈む前に街に入ることが出来るのだろうか?と不安を覚える。
「母様。たしか王都には特列場と言うのがあると聞いたことがあるのですが?」
とシェイラルカ。
特列場とはなんぞや?と会話に興味を覚えて、シオンの声に耳を傾ける。
「確かに有りますが、今回は使わないで行きましょう。あの人の死を王がどう判断するのかわかりませんし、余り目立つことはしたくありません。
幸い、普通の移動手段よりも格段に早く着いたのです。今更焦る必要はないでしょう。」
会話の内容から察するに『特列場』とは、行列を無視して街に入ることが出来る場所の事のようだ。が、目立つらしかった。
そして、今のシオンの返答の中に不思議な点があった。
「王がどう判断するのか?」とはどう言うことかとシオンへと尋ねる。
「簡単なことです。
公表するか、しないか。の2つですね。」
快く微笑を浮かべながら答えた内容は、どう受け止めて良いのかわからないものだった。
一見するとかなり不愉快な内容に思えるのだが、シオンの反応からするとそう言うことではないのかもしれない。もしくわ、貴族としては当たり前の事過ぎて不愉快な事の筈が、不愉快に感じないのかもしれない。
残念ならがら現代でもこの世界でも一般人の俺には、この返答の判断もわからないし、不愉快を不愉快と思えない貴族の常識も持ち合わせていない。
更にシオンに突っ込んで質問する勇気もなかった。
だってそうだろう?もしかしたら、シオンも微笑の裏には不愉快さが隠れているかもしれない。それはもう、俺が想像出来ないほどの感情が有るかもしれないのだから。
結局、そのまま黙ってしまい、遅々として進まなく感じる列の消化を眺めていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
やっと自分達の順番がやって来た。
門は見上げるほど巨大で、「この高さは必要なのか?」と思えるものだった。横幅も車が2台が楽々すれ違えるほどの幅を設けられていた。
行列に並んだときに話に出た『特列場』はこの門とは別に車が一台分ほどしか通らない様な小さめの門があり、それが『特列場』らしかった。
誰も並んでいないにも関わらず、銀色に輝く鎧を見に纏った兵士が二人見ることが出来た。
こちらの門にいる兵士は鈍い銀色の鎧で、明らかに量産品と見受けられるものだった。
そんなちょっと格差を付けられた兵士、もとい門番は、門の両側と中央に二人一組で配置されていて、俺らの対応をしたのは中央に居る兵士たちだった。
「ソウルの確認をします。身元を証明できる物があったら提示をお願いします。」
丁寧な物腰な門番へとシオンから順番に、シェイラルカ、俺、ギン、トーニャ、ギールとソウルを見せていく。
俺とシェイラルカ、そして意外にもギンはハンターである紋章がソウルに刻まれていて特に問題らしい問題はなく、街入りを認められた。
トーニャとギールもハンターの身内と言うのもあり、いくつかの質問で終わったのだが、問題はシオンだった。
娘がハンターであっても、流石に親には関係ない。ハンターの配偶者や子供などはトーニャやギールのようにいくつかの質問をすれば終わり。何かあったとしても、街(国)としては、ギンかハンターギルドに責任をとらせるので問題にならない。
(ハンターギルドが責任をとった場合は、ギンにペナルティが発生する。内容は様々らしい。)
つまり、身元引き受け人的なものがあるので問題ないとされるが、シオンの場合は話が違ってくる。
子供が身元引き受け人にはなれない。現代であれば、成人した子供ならば可能なのだが・・・・
ここは異世界。話が違って当然であろう。
勿論、知り合いだからと言って血の繋がりのない者が身元引き受け人にはなれないらしい。
少し問答を繰り返し、門番たちが警戒心を持ち始めたとき、仕方ないとばかりに軽くため息をはいてシオンが門番へと耳打ちをした後に例の短剣を見せた。
すると、すぐさま態度を軟化させる門番たち。
そのあとはすんなりと街入りを認められ、街へと入っていったのだった。
「これから王都に有る別宅へと向かいます。」
と門からメインストリートを数分シオンに付いて、歩いていく。その道中にシオンが立ち止まり振り返り俺たちに声をかけたのだった。
別邸に辿り着くまで人の足で一時間も掛かるそうで、かなりの距離がある。
確かにそれだけかかるのも不思議ではない程に大きい都市であることは、かなり離れた空からでも伺えた。目視で大きさの具体的な数字が判るような特殊能力は俺にはないので、シオンに聞いたみたところ具体的な話を聞くことが出来た。
「王都の形は丸い円上になっています。その中央に城があり、城を囲むように国の運営に関わるような方達やその家族、使用人が住まわれています。そして、これらを防壁が囲んでいて、ひとつの区間となっています。この区間を中枢層と言います。
続いて中枢層の防壁を囲むようにある区間が貴族層になっていて、名前の通り貴族や準貴族が住む住宅があります。他にも大手の商人の家や本店、これらの方が利用する食事屋があります。
更にその貴族層を囲む防壁の外側にあるのが万人層。あらゆる人々が住まうところです。一般人から貴族ではなくても金銭が裕福なものまで実に様々な人が住んでいますし、様々な商いをしている層です。紹介した3つの層の中では一番の敷地を有しています。」
「王都は端から端までの長さが8㎞あります。
それぞれの区間は防壁によって区切られているので、門を通る必要があります。中心部から1㎞の地点に中枢層と貴族層をつなぐ門が1つだけ設置されています。さらにその門から1㎞で貴族層と万人層をつなぐ門があります。この門は東西南北に1つずつ設置されています。
そして、その門から2㎞進むと最後の門。つまりここに到着します。」
そう言って振り替えって先程通った門を見るシオン。
「この外に通ずる門は4つ。東西南北に設置されています。
これが王都ギーヌの大まかな作りですね。」
丁寧な説明を終えたシオンは再び前を向いて歩き出した。因みに、万人層は更なる拡大のために防壁の拡張が計画進行中らしい。
どれだけ人が集まってるの?って話である。
貴族たちは普通、王都の中を移動する際は馬車で移動するらしいのだが、今回は歩きで移動する。
マウラの別邸(王都ではマウラ邸と呼ぶ)まで時間にして一時間弱ほど掛かる。
その道のりをシオンは黙々と歩いていたが、シェイラルカは余りの人の多さに驚いたらしく珍しくオドオドとしながら歩き、ギン一家は街並みを珍しそうにキョロキョロと見ながら歩いていた。
俺はと言うと、先日の護衛の失態を意識していたお陰か、街並みには興味が湧かなかったし、人混みは『警戒対象』としか見えていなかった。
そんな心境だったからか、町並みや具体的な人の多さの情景は余り覚えていない。
先程の仲間たちの様子を覚えていたのが精々であった。シオンだけじゃなく仲間たちにも何か問題が起きないかと注意していたので覚えていたのだろう。
そんな俺たち一行は特に何処かに寄ることも、何か問題が発生することもなく、マウラ邸にたどり着いたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お、奥様!?!?」
辿り着いた屋敷の門で丁度良いタイミングと言うべきか、燕尾服に身を包んだ細身の男性とフルプレートに兜無しで槍を片手に佇むガッシリとした体躯の男性が会話しているところだった。
燕尾服の男性は、白い髪をオールバックにきっちり固めて白いアゴヒゲを蓄えた170cm程の男性。
その雰囲気は柔らかく優しげであるが、キッチリと整えて着られた燕尾服や佇む姿勢からは仕事への厳しさも伺える事が出来る執事の鏡と言えるような人だった。
(執事の仕事内容も知らないし、もっと言うとこの人が本当に執事なのかも知らないんだけど・・・)
フルプレートの男性の方は額に横一文字の傷跡からも凄みを感じるが、更に凄みを出しているのがその男の顔だった。
髭を蓄え頭はスキンヘッドのその顔は正に歴戦の戦士を彷彿とさせる顔だった。
伸長も190cmはあるのではなかろうかと言う大きさで、鎧に覆われているが腕や足は大木の様に太い事からかなり鍛えられていることが予想できる。
相対した相手はかなりの胆力が必要だろう。
もっとも今はそんな彼からも流石に威圧感が緩和されている。
その理由は簡単で、先程の驚きの声をあげたのがこの門番さんであった。かなりの驚きだったらしく、『鳩が豆鉄砲をくらった顔』と言えるような表情をしていた。
「お二人ともお久し振りですね。
マウラ邸の管理ありがとうございます。」
言葉は丁寧で感謝の意を伝える所は好感が持てる行為だし、人として当たり前の行動だ。だが、やはり貴族であり、主ある者としては軽々しく頭を下げるべきではないのだろう。
言葉で頭を下げても姿勢は『主』としての体を保っていて、頭を下げることはしなかった。後ろから見ていて凛々しく感じる様だった。
一通り3人の再会の挨拶が済み、屋敷の中へと入ることになった。
厳つい門番さんは後で合流することになったが、代わりの者が来るまでは『門番』をしていなければならず、このままここに残る事になった。厳つい門番さんを残し、俺たちは執事さん(予想通り執事さんだった。この人の場合は正式には管理長と言うらしい)の案内で屋敷の中へと向かって行った。
門は車が1台は楽に通れるであろう広さで、門から玄関までの距離もそれくらいの広さを有していた。
恐らくこの世界の今の文明で言えば馬車のためのものだろう。実物を見たことが無いのでもしかしたら存在しないかもしれないが・・・・。
まぁ、馬は居るので当然あるだろうと思う。
そんな門と庭?を通り玄関へと辿り着くと、執事さんがドアを開けて先に中へと入る。先に入った執事さんはドアが閉まらないように片手で押さえ、もう片方の手はお腹の所で軽く握って拳を作り直立不動になった。
どうぞ入りやがれ。と言うことなのだろう。
シオンを先頭にして、シェイラルカ、俺、ギンとトーニャ。最後にギールの順番で屋敷の中へと入っていったのだった。
中に入るといつの間に伝わったのか、出迎えのためにメイドさん達が玄関の左右に3人ずつが並んでいた。そんなメイドさんたちは頭を下げてシオンの帰りを迎えていた。
恐らくこの執事さん(管理長)が指示したのだろう。
いつ指示したのかも、どうやって指示したのかもわからないが、出来る人とはそう言う所は見えないように出来るのだろう。凄い人だ。
立ち止まったシオンは再び屋敷の管理の礼をメイドさんたちに述べた後に会談室なるところへと向かうことを執事さんとメイドさんの一人に伝える。そのあとには食事をすることを他のメイドさんたちに伝えると執事さんとメイドさんの一人に同席するように言いわたす。
また、先程の門番さんもその会談室に来るように言伝てを他のメイドさんに頼んでから歩き出した。
同席する様に3人には言っていたが、目的を考えると3人にこそ用があると言えるだろう。
この屋敷に、と言うより王都ではヴィンスの死はまだ知られていない。俺は勿論の事、ギン一家にも現在の状況や目的は話てある。つまり、ヴィンス『マウラの領主』の死を知っている。
これらの状況や状態。そして、目的を考えれば二人にヴィンスの死を教える為に会談室へと向かっていると考えられた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
部屋に集まったのはシオン、シェイラルカ、俺、ギン、トーニャ、ギール。
そして、執事さん、厳つい門番さん、メイド(長?)さんだった。
部屋には長机に14脚の椅子だけが置かれていた。
他に飾りなどは一切なく。窓すらない状態であった。『会議室』と言うぐらいなので他に漏れないような対策が取られている様だし、無用なものは置いていないようだ。
そんな部屋を二分するように長机と椅子が置かれているので、その片側にシオンとシェイラルカ、俺、ギン一家。
もう片側に執事さん、厳つい門番さん、メイドさんが立ち並んだ。
それぞれが向かい合うか立ちなったのを確認してシオンから俺らがそれぞれ3人に紹介される。
俺は護衛として、ギン一家は俺の仲間たちと言うことで紹介された。
続いてマウラ邸の3人が紹介される。
「此方は管理長としてマウラ邸の管理を全般的に担っていただいているハクラです。」
紹介に会わせて一歩前に出て、綺麗な礼をする執事さん。もといハクラ。
この人がマウラ邸では一番偉いことになるそうだ。
勿論ヴィンス、シオン、シェイラルカたちの貴族を外して、と言う意味だ。
ハクラは頭を上げるとそのまま一歩下がって元の位置に戻る。
「そして門番として、またマウラ邸の警備を担っている警備長。ガンドルです。」
厳つい顔のままハクラと同じように一歩前に出て軽く頭を下げるガンドル。すぐに頭をあげて元の位置に戻った。
「そして、メイドたちを纏めているヘンリです。」
同じように一歩前に出て丁寧に一礼。ゆっくりと頭をあげて元の位置に戻った。
その後シオンから全員座るように勧められる。
俺たち側はすんなりと座ったが、反対側のマウラ邸の人達は些か戸惑いを持っていた。
シオンから「大事な話がありますから。」と再び座る様に勧められ、戸惑いながらも3人はイスに腰を下ろした。
「ヴィンスが死にました。」
前置きもなく、即本題をバッサリと告げた。
短く。ハッキリと告げたシオンの表情はいっそ氷の方が暖かいのでないだろうかと思えるものだった。
唇はハッキリと紫色に変色し微かに震えていて、顔色は青を通り越した白。無理をしているのは一目瞭然だ。
ここ数日の旅路では決して見せなかった顔。
幾分かの時間が経ち微かながらも癒されていた。と思っていたのだが、そんなはずはなかった。
だがしかし、伝えるシオンには時間があり、微かにだが気持ちを整理することが出来た。やるべき事、またそれに纏わる手回し。止めにフィットマスの暗躍の疑い。これらの事に追われて整理する時間が限られていたのも事実だが、それでも整理する時間があったのは大きいだろう。
また、ヴィンスの死に直接関係したゴブリンたちの襲撃をその場で実際に経験していたのも大きいと言えるかもしれない。
酷い事を言ってしまえば、襲われているときに心の何処かで覚悟が出来てしまった。と言える。
これらは、シェイラルカにも言えることだろう。
だが、なんの心構えもなく。唐突に、知らされる事実。これは普段は考えもしない出来事であるはずである。
人が人の死を予想する事は殆どないだろう。
嫌いな人や、憎しみの対象ならば考えると言う例外もあるが、普通はどうでも良い存在の人間の事であっても『死』を想像しない。
増してや、好きな人。尊敬する人や信頼している人。つまりは好感を持ってる相手の『死』は想像しない。と言うよりはしたくないと言うのが人間ではないだろうか。
そんな何の心構えもない状態の3人が聞いた事実。
果たして3人の反応はと言うと。
正に『理解不能』を体現するものだった。