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完全″全″欠  作者: ル・ヴァン
王都
27/49

不思議な味の働き

 宿の部屋に戻って来た俺は、2杯目となるコーヒーを飲んでいた。

 使用した豆はCランクだが、淹れたコーヒーを鑑定したらBだったコーヒーを飲んで一息。勿論ブラックだ。たまにミルクを少量いれて気分を変えたりするが、基本はブラックを飲んでいる。


 なんてコーヒーを片手に優雅な時間を過ごしているのだが、心の中では吹雪が起こっている。正確に言うならば、財布が吹雪なのだが・・・


 残金、鉄貨3枚。(300円)

(フーッ。やっぱりコーヒーは落ち着く。・・・・・・・やっちまった。)


 武器を買ったあと、ギルドへと入りリザード以外の魔材を買い取ってもらった。と言っても、大した量ではなく、ゴブリン数匹分とリザードを倒した帰り道に狩ったテイルモンキー1匹分だけだ。


 これらの魔材、又は希材(魔気を帯びた鉱物や植物)は依頼を受けていない以上はGP(ギルドポイント)にはならないが、買い取りでお金にはなる。


 偶然持ち込んだ魔材や希材の依頼があれば持ち込んだときに依頼として処理してくれたりもするらしいのだが、今回はそんなことはなかった。


 しかし、それらはそこそこの値段になり、少しは所持金を増やすことができた。

 そうして、意気揚々と帰ってる途中に通りかかった店の前で懐かしい匂いが俺を襲ったのだ。

 その匂いに釣られやって来たのは雑貨屋だった。


 流石に実際に野宿などしてみると、色々と欲しいものがあったりする。

 なので、丁度良いと思い店を覗いてみたのだった。


 その雑貨屋のは左右には台があり、その台は商品が取りやすい様、又は取りやすい様に斜めに傾斜がついた台だった。

 雑貨屋らしく、ホントに色々と置いてあったが、周りがハンターを狙った店が多いためか、生活雑貨よりも旅雑貨?的なものが多い。


 戦闘には使えないようなナイフや、夜営用の調理器具、薬草と思われるものや、瓶詰めの液体(薬?)が並べられていた。


 それらを眺めつつ、これは要らない。これはちょっと欲しい。などと思い浮かべつつ店の中を歩き回る。


 少し歩いた所で、俺を襲った匂いの正体に辿り着いたのだった。


 それは珈琲豆であった。

 どうやら匂いからして煎ってはあるようで、強烈な香りを出していた。


 まだ、粉砕はしていない豆の状態で売られていて、豆を鑑定するとランクがC。フィットマスの所で飲んだ珈琲豆と比べると流石に見劣りするが、香りや豆の状態を見ると、これはこれでそれなりの味になるだろう事は予想できた。


 伊達に喫茶店のマスターを名乗っていない。ってわけである。


 そうして、フィットマスの屋敷で飲んだコーヒーの味を思い出す。

 そして、鑑定したときのあの結果。

 豆はランクAなのに、実際にいれられたコーヒーはランクB。正直納得がいかない。


 あれはどうしてもそうなってしまうことが決まっているのか、それとも予想した様にコーヒーをいれる過程で何かしらの間違いを犯した結果がランクBなのか。


 もし後者ならば、もっと美味しいコーヒーが飲めたはず。


 そう思ったら居ても立っても居られなくなり、豆とあわせて必要な物を身繕い購入して宿に戻っていた。


 財布の吹雪に気付いたのは、コーヒーをいれて一杯目を飲んだあとだった。


 そして、冒頭の後悔に繋がるのである。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 後悔しても遅い!と自分に言い聞かせて心を現実逃避から現実復帰に移行した。


 そうして、どうせならばと2人の部屋へと向かい、ドアをノックした。


「誰だ?」

 この声はシェイラルカだろう。

 シェイラルカの声は凛としていて、キレがある。逆にシオンの声はおっとりとした優しい声音なので、簡単に聞き分けることができた。


「蒼です。」

 と、簡潔に名乗るとドアが開かれた。開いたドアから現れたのはやはりシェイラルカで「どうした?」と声をかけてきた。

 その声は先程の話し合い中の殺気を押さえるのに苦労していた声ではなく、普段のシェイラルカの声に聞こえた。

 だが、表情や雰囲気は完全に元には戻っていなかった。相変わらずの険しい表情だ。

 多少はましにはなっているのだが、まだまだ抑えきれない様である。


「今、大丈夫ですか?」

 と聞いてみる。何が大丈夫かは聞かない。と言うか、聞けない。


「・・・・あぁ。今は問題ない。」

『今は』と言うことは、大丈夫じゃない時間があったのだろう。多分、フィットマスに対しての意見の違いについての話だと予想はできる。


 どういう決着がついて『今』大丈夫なのかはわからないが・・・・


「では、コーヒーなどいかがでしょう?」

「・・・・コーヒー?」

「はい。先程購入してきたので、お二人もどうかと思いまして。」


「頂きましょう。」

 返答の声は目の前のシェイラルカの声ではなく、部屋の中のシオンの声だった。


「では、お邪魔してもよろしいですか?」

「あぁ。」

 短く返事して部屋の中へと入っていくシェイラルカに続き部屋の中へとお邪魔した。


 部屋は俺の使っている部屋よりも幾分か広い。

 ベッドは入ってすぐ横にあり、壁に接していて、もうひとつベッドが人一人が通れる程度の隙間を開けて設置されていた。


 入って真っ直ぐに進めば丸いテーブルとイスが2つあった。そのイスに二人は座り、俺を迎えたのだった。

 険しい表情のシェイラルカとは違い、シオンは疲れ果てた様な表情だ。


 早速、異次元から必要な物を取りだし、コーヒーの準備をしていく。

 お湯は魔法で作る。2つのお湯の球体を作り、片方にはドリッパー(フィルターをセットする器具の事)やおとしたコーヒーを受けて貯めるポットとカップを突っ込む。これはコーヒーをいれているときにお湯の温度が低くならないようにするためである。


 もうひとつのお湯をポットへと入れる。沸騰したお湯は100℃でそれをポットに移すと大体コーヒーをいれる適温になると言われている。適温は85~90℃が良いと言われている。


 急いで温めていたドリッパーとポットを取りだし、ドリッパーにフィルター(現代では紙だが、こっちでは布)をセットして、あらかじめ挽いておいた珈琲豆を入れる。二人分で25g弱。


 再び急いで粉の上からお湯を注ぐ。お湯は細くして注ぐ。お湯を注いだ途端に濃厚なコーヒーの香りが部屋を満たす。

 俺はこのコーヒーの香りが大好きで、堪らず頬が吊り上がってしまう。


 最初は中心から注ぎ始めて『の』の字を書くように注ぐ。3回ほど『の』の字を書き、あとは円を描くようにいれていく。

 この時注意するのは2つ。

 1つはお湯を注いでいると、泡が盛り上がりフィルターから溢れる様になるので、溢れる前にお湯を注ぐのを一旦止めるのだが、完全にお湯(泡)が無くなる前に再び注ぐ。これを繰り返していく。


 もう1つは、フィルターにお湯がかからない様にする事。粉に必ずお湯が当たるように注ぐのが大事なのだ。


 そうして、温めていたカップを取りだし、水気を拭き、出来上がったコーヒーを注ぐ。

 必要のなくなったお湯は『消す』。


 二人の前にそれぞれ置き、「どうぞ」と声をかける。

 それから二人の間に瓶入りのミルクと同じく瓶に入った砂糖を置く。ミルクは何の乳か知らないが1瓶(一リットルくらい?)銅貨2枚と割りと安く手に入ったが、砂糖はこの瓶一つ(50gらしい)で銀貨1枚(一万円)だった。しかも、綺麗な白ではなく、ちょっと茶色っぽいという物だ。


 二人は不思議そうにその2つを見たあとに俺へと顔を向けた。

「ソウ殿。砂糖はわかるのですが、なぜコーヒーにミルクを?」

「え?混ぜて飲んだりしませんか?」

「普通しないと思うが?」

「・・・・・」


 おかしいのは俺だ。的な空気が流れる。

 どうやらこの世界ではその様な飲み方はしないようだが、ミルクとコーヒーの相性が良いのは実証済み(地球でだが)。なのでそれとなく二人に勧める。


「無理にとは言いませんが、口当たりがまろやかになって美味しいですよ?良かったら試してください。」

「わかった。」

「わかりました。ですが、先ずはこのまま戴きます。」


 シオンの発言にシェイラルカも頷き、ぼぼ同時にカップを口に運んだ。

 二人は少し目を見開き、カップから口を離すと今度は深い息を吐きながら穏やかな表情を浮かべた。


「・・・・・。ソウ殿。この豆はかなり高かったのではないですか?」

 と聞いてきた。

 俺も自分でコーヒーを飲んだときビックリしたのだが、かなりうまい。自惚れに聞こえてしまうが、事実なのだ。日本で喫茶店をやっていたときよりも美味しく入れられているので、技能の《料理》が活躍していると思う。

 とても安い低品質の豆でいれた味ではないので、シオンの疑問は納得できるものだった。


「いえいえ。お手頃な値段でしたよ。」

 と否定の意を口にする。

「そう・・・ですか。いや大変美味しいです。ありがとうございます。お陰で落ち着くことができます。」


 二人はカップの半分ほどをブラックで飲み、そこからミルクをいれて飲んでいた。こちらもやはり好評で、二人にとっては意外な組み合わせだった事もあり、驚きも表情に出ていた。


 特に気に入っていたのがシェイラルカの方であった。元々苦味が苦手らしいく、ミルクでまろやかにする事でコーヒーの風味を楽しんでいた。


 一方シオンはというと、ミルクをいれても勿論美味しいとのことだったが、やはり大人と言うべきか、苦味があった方が美味しく感じるようだ。だが、今まで飲んだことのあるコーヒーではただただ苦いだけの事が多かったらしく、俺のいれたコーヒーで始めて苦味が美味しいと感じたと、有り難い言葉を戴いた。


 それから二人とも二杯目をリクエストしてきたので、今度は俺も一緒に戴いた。

 一時の至福とも言える様な時間を過ごし、それぞれの抱える感情を落ち着かせるのだった。


 いやはや『味』とは偉大である。

 そして、その味を演出できる有り難さを二人の穏やかな顔を見ながら噛み締めるのだった。







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