珍客
真夜中。
《危機察知》が頭の中で警報を鳴らす。
瞬時に覚醒する頭で、考えを巡らせる。
何が危機として迫っているのか、何故危機が迫っているのか、何時危機が来るのか、それらが頭に浮かぶ。
『何』が迫っているのか?というのは簡単に判った。《気配察知》で確認したところ、こんな真夜中に蠢く反応が5つあったからだ。この反応たちが危機の正体だろう。
今さらだか、《気配察知》の反応には大小がある。多分生命力の大きさだと踏んでいる。もしかしたら体の大きさも関係しているかもしれない。
それでこの反応はと言うと、極僅かな大きさのバラツキは有るもののその大きさは人間のそれだった。
つまり、人間がここを、正確には俺とシオン、シェイラルカを襲撃しようとしている。
次に、『何故』か?これはわからないが、大方、門番との話を聞いていた奴が居て、貴族だとわかって襲ってきた。って所が一番話が早い。というか金銭目的以外の目的が予想出来ない。
最後に『何時』危機が訪れるのか?これは最早目前とも言えるし、まだ余裕があるとも言える。つまり、わからない。が正解だろう。
この襲撃者たちの思いひとつで直ぐにでも危機が訪れると言うことだ。
1つの反応が俺の部屋の扉前から、2つが2階のシオンたちの部屋の前から、残りは宿の入り口付近と宿と裏手辺りから1つずつ反応がある。
先ずは様子見。
直接手を出してくるまで待つことにする。
言い逃れられても困る。だから、確実に言い逃れできない状況で確保するのが望ましいだろう。
シオンたちの方にも襲撃者が居るので、そっちの方を一番に気にしながら待つ。
俺の方の反応より、彼女たちの方の反応が先に動けば直ぐにでも動き出すが、どうやらそうはならないようだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ゆっくりと扉が開かれる。
勿論この世界にも鍵はあるのだが、鍵は鍵でも中からかける閂タイプのものである。
壁に取り付けられたクルクル回る木の板を扉に取り付けられたL字型の枠に上から落とすと、押しても引いても開かない。となるのだが、今回の様な輩は当然外せる。
と言っても現代日本人ならば誰でも知ってる様な外し方だ。
扉の隙間から固くて薄い物を差し込み、スーッと上にずらしていけば、あら不思議。木の板がクルリと回ってロックが外れてしまうのだ。
少し昔の日本でもトイレがこのタイプの鍵だ。当然材質は木ではなく、鉄製品だし簡単には外れないような工夫もされている。
そんな訳で簡単に鍵を外した客人は、静かに開けた扉からスルリと侵入してきた。
扉から入って右手にベットがあり、今現在俺は客人に足を向けて寝ている状態である。
足の先にいた客人は、素早く忍び足で俺の右横に回り、「チャキ」っと小さな音をたてた。ナイフを抜く音だ。
この世界には電気を利用する術はない。
なので、この様な夜中にある光源は、月か火の明かりのみ。
それでも微かな光はあるもので、現に僅かな光を反射してキラリと光るナイフが降り下ろされている光景を見ることが出来た。
「《結界》。」
瞬時に《結界》を発動。大きさは俺をすっぽりと収まる程度に展開させる。
降り下ろされたナイフは当然結界に阻まれて弾かれる。
「なっ!?」
驚きの声をあげる客人。
俺の右に立つ客人、もとい襲撃者へと上半身を起こし、その勢いのまま体を捻って左手を口元へと覆うようにして掴む。
軽くこちらに引き寄せるようにして体制を崩したところに、右手で鳩尾を殴り気絶させた。
軽く排除されたこの襲撃者。
こんな腕で大丈夫なのだろうか?と思わざる終えない。
布団を破り、紐状にした物で手足を縛り、床に転がしておいた。
階段を上がり切らずにあと数段のところで身を隠しながら様子を覗き見る。
シオンたちの部屋の前で二人の襲撃者は静かにたたずんでいた。
その様子を確認してから俺は魔術を発動させる。
発動させる魔術は《纒風》。
ゆっくりと上昇して背中を天井の1cmほどのあたりで上昇を止める。
その状態のまま襲撃者たちの真上へとゆっくりと移動する。
この二人は何かを待っている様な雰囲気を出していた。俺を襲った仲間か、他の仲間からの合図かを待っているのだろう。
そんな二人の背後へと魔術を解除して急降下しながら首筋に手刀を当てて黙らせる。
バタバタと二人が倒れたのを確認してから今度はその二人を同じように《纒風》と手刀で黙らせて纏めて俺の部屋へと連れていく。
五人を一ヶ所に集めて背中合わせに円を組むように座らせる。布団で作った紐でグルグルと五人纏めて腕と胴体を縛ろうとするものの、暗闇になれた目といえども辛うじて見える程度のためなかなか効率良くは出来ない。
そこで何時もお世話になっている《魔術創造》で解決する。
《ライト》
[オリジナル魔術。使用者の任意の明るさで光の玉を空中に作り出す。光量によって必要魔力が変化する。]
補足としては、光の玉は直径5cmほどの大きさで、光量には影響されない。
光の玉は好きな所に作り出すことが出来、更に移動も意識することで可能。となっている。
今回はロウソク程度の光量をイメージして作り、その明かりを頼りに五人を縛り上げることが出来た。
さらに五人を覆うようにして《結界》を展開。これで、こいつらは自殺以外なにも出来ない。
今夜の安全を確保してから布団のなくなったベット(シーツはまだある)に飛び込んでから再び眠りについたのだった。
因みに、身体検査をして武器類は没収。毒物と思われる瓶に入った液体やら粉やらも没収。
その数50以上。
つまり、一人頭10以上の危険物を持っていたことになる。
明らかに裏の人間である。
もう武器はないとは思うが、一ヶ所だけ調べていない。
ズバリ股間部分。
男の逸物やら穴なんて調べる気も起こらない。なのでそこは放置した。調べた方が良いだろうとは思う。映画なんかではその筋の人間は色んな所に隠していた。
服の裏や袖口なんかは当たり前だろう。他にも口の中や髪の中、変わり種だと針状のものを耳の中に隠すなんて設定の漫画か映画を見た覚えがある。
そんな隠し場所の中で股間部分は特に隠してあると設定された漫画、映画は多かったと思う。
創作物と現実では違うだろうと俺も思うが、やろうと思えば出来なくはないかな?とも思う。
考えてみれば、隠し場所としては最適の様な気がする。何せ探す方としてはそんなところ見たくもないし、触りたくもないからだ。
勿論本職の人たちは躊躇いもなくまさぐるだろうが・・・・
想像もしたくないのでつまらんことは考えないでさっさと寝ようと思考を闇に沈めるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝、怒鳴り声で目が覚める。
昨日余計なことに目が覚めて若干寝不足である。そんな俺の状態を無視して怒鳴る声は複数の野太い声だった。更にもうひとつ声があり、それはどうやら女性のようだった。
重い瞼を無理やり開き、のそのそとベットから這い出る。
ベットに腰かけて少しボーッとしていると次第に脳が覚醒し始める。
完全に目が覚めてから周囲を見渡すと背中合わせに円を組む男たちが喚いていた。
それをBGMの様にして歩いていき、完全木製の窓を開く。
太陽の光が部屋のなかを照らし出し、昨日は特に気にしていなかった男たちの外見をハッキリと視認することが出来た。
一言で言えば『盗賊』のようだった。
僅かに汚れたフードとマントが一緒になった外套を着ていて、顔はひげ面の汚い四つのオヤジ顔と、少し幼さの残る顔をした男が一人いた。
「解放しろ!」だの「俺たちにこんなことをしてただですむと思うなよ!」とか、「後で覚えてろよ!」などと言っているのはオヤジ達のみで、もう一人の青年(?)はただ黙ってこちらを見ていた。
このオヤジたちに『あとで』が有るのかは甚だ疑問だが今は無視。
今は扉をガンガン叩きながら俺を呼び掛ける女性の声の方が重要である。
「ソウ!?おい!!!返事をしろ!!!」
ドンドン、ガンガンと鳴らす扉に同情をしつつ返事を返した。
「シェイラルカ様。どうしたのですか?」
「おい!無視するな!俺たちを解放しろ!!!」
「無事なのか!?ここを開けろ!!」
「はいはい。今すぐに・・・」
「無視をするなと言っているんだ!!!!」
騒ぐ阿呆は放置して、扉のロックを外して扉を開くと、そこには焦った感じのシェイラルカと心配顔のシオンが立っていた。
頭を少し出して廊下を確認すると、他の宿泊客と宿のオヤジさんが不安そうにこちらを遠巻きに見ていた。
俺の顔を確認するとシェイラルカとシオンの二人は勿論、他の野次馬たちも安心したように息を吐いていた。
「どうしたんですか?こんな朝から・・・・」
「いやいや、可笑しいだろう。何故君しか居ないはずの部屋から怒鳴り声が聞こえてくるのだ?
しかも『ぶっ殺す』だの『解放しろ』だの、見えないこちらとしては物騒なことになっているのでは?と不安になるだろうに・・・・」
状況を聞いてみると、俺が捕らえたあの阿呆どもが朝早くから大声で騒いでいたらしい。
それで周りが何かあったのでは?と不安になっていたところにシェイラルカとシオンが二階から登場。
怒鳴り声は聞こえていたが、まさか俺の部屋から聞こえていたとは思っていなかった。だが、宿のオヤジさんに俺の部屋からと聞かされて心配になり俺を呼び掛けていたらしい。
(すいません。)
心で謝りつつ遠くにいる人たちに頭を下げる。
次いでシェイラルカとシオンに頭を下げて、「申し訳ないです。」と謝りつつ部屋の中へと招き入れた。
二人が部屋に入ったところで騒音の元凶にご対面してもらう。のだが、いかんせん五月蝿すぎる。
仕方なく《魔術創造》で新しく魔術を創造する。
《消音結界》
[オリジナル魔術。球体状の膜を張り、膜の中と外の音を完全に遮断する。]
これを阿呆どもの結界の外側に張り、静かになったところで二人に向くと、
「ソ、ソウ・・・殿。これ・・・は?
何故声が聞こえないのですか・・・?」
「?魔術で音を遮断しただけですが?」
「・・・・・・・・」
「ソウよ。君は本当に規格外だな。
この魔術もおいそれと使うなよ?」
つまりはこの魔術も狙われてしまう理由に成り得るようだ。
そんなことはどうでいいとして、二人にはベットに座ってもらい、俺は備え付けの椅子を二人の正面に持ってきて座り、昨日の夜の出来事を話したのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
二人には簡潔に襲撃があり、それを撃退したと説明する。
二人からはそれぞれ感謝と何故?と言う声が上がった。
「この五人を尋問するか・・・、全部町兵に任せるか・・・」
シェイラルカとシオンが頭を捻る。
町兵とは云わば衛兵のことだ。
町では『町兵』、大きな都市になると『衛兵』となる。
と言ってもこの国では大きな都市は、必ず王族が管理しているそうだ。
なので簡単に言えば、領主の町にいる衛兵が『町兵』。王族の都市にいる衛兵は、そのまま『衛兵』。となる。雇い主が違うだけで呼び方を変えているようだ。
それはそうとして。
悩んでいた二人は話し合い、答えを決めて俺に伝えてきた。
軽く尋問してみることにすると言われ、結界の類いを解除する。
「散々無視しやがって!」
「俺らを解放ろ!」
「ボスが黙っていないぞ!」
音が聞こえるようになるとすぐさま聞こえてくる怒鳴り声。
こいつら良く声が枯れないな~。なんて呑気なことを考えていると、
「黙れ。これから私の質問に答えろ。」
シェイラルカが凄み、男たちに質問をしていく。
何故襲ったのか?や他に仲間はいるか?等々の質問を重ねていく。
(ふーむ。美人は凄んでも美人なんだな~。)
となんとも間抜けな感想を思いつつ視線を男たちに向けると、俺よりもアホな事を考えているような目をしていた。
一言で言えば、欲望の目だった。
男たちの頭のなかではあられもない姿のシェイラルカが写し出されているのだろう。
そんな男たちは気持ち悪い笑みを浮かべつつシェイラルカの質問を完全に無視てしていた。
「シェイラルカ様。俺がやってみてもいいですか?」
進展の無い状況だった為か、はたまたあの目に耐えられなかったのかはわからないが、シェイラルカはすんなりと俺に場所を譲った。
尋問を始める前に男たちに《消音結界》を展開させて、二人に質問する。
「治癒魔術で欠損を無くすことは出来ますか?」
と言う事を聞いた。
これは俺の《再生》の魔術が異常かどうかを知りたかったからだ。
「私は知らないな。」
とシェイラルカ。
「確か、高名な神官が使えたかと思います・・・。
お聞きになると言うことは・・・もしかして・・・」
とシオン。
もしかして、のあとに続く言葉は「使えるの?」だろう。
「神官や他の貴族に知られたら不味いでしょうね。余り使わない方が懸命だと思います。」
とシオンに忠告をもらったので使わない方向で考えをまとめる。
俺としてもその方が助かる。
尋問に使えるだろうと思い聞いたのだが、よくよく考えると、指を切ったり、手を切ったり、足を切ったり・・・・多分出来ない。
(良かった・・・)
人知れずホッと息をはく俺だった。
さて、尋問ならぬ拷問の話はここらで良いとして、拷問までもいかなくても少し脅しをいれようと思う。
「お待たせしました。さて、選手交替で俺から質問をしたいと思います。」
《消音結界》を解除して、五人に話しかける。
「誰が話そうと関係ねぇな!」
と反抗心満載であった。
後ろでシオンとシェイラルカが「選手?」と、俺の言葉に首をかしげてるが、こちらにはそのような言い回しはないのだろうか?
「貴方たちがどう思おうと自由ですが・・・」
言葉を綴りながらベットの下に手を入れ、そこから取り出したように《異次元収納術》で剣を取り出す。
「余り反抗的な態度は感心出来ませんよ?」
おもむろに剣を抜き一人の男に突きつける。
「は、ハッ!そんな脅しが効くかよ!」
少しビビってはいるようだが、確かにこれだけじゃあ余り効果はない。
人を殺すのに躊躇いがないならば、一人ずつ殺していって残った奴に聞く。と言う方法もあるが、俺にその覚悟は無い。
盗賊などが襲ってくれば、『結果』としては殺してしまうことがあるかもしれない。そのあと罪悪感に悩まされるだろうが・・・。
だが、自分から殺そうとは思わない。少なくとも『今は』。
なので・・・・
剣を軽く振って男の顔に切り傷をつける。
怪我をさせる程度ならば大丈夫。と思っていたのだが、『軽く』にも関わらず、肉を切った感触が嫌にはっきりと手に伝わってきた。思わず顔をしかめてしまう。
いきなり切りつけたことに驚きの声をあげる男と、心配なのか他の感情なのかはわからないが、注目する他の男たち。
それらの行動のお陰で、俺の表情の変化に気づかれずに済んだ。
「気づかれた!?」と焦ってしまったが、そうでもないようだと安心する。すぐに落ち着いた表情に戻し、言葉を続けた。
「今は軽く傷をつけただけですよ?ご心配なく。
それに・・・・『治癒』。」
男の頬の傷に魔術をかけて治す。
「ほら、これで大丈夫ですよ。」
突然のことに周りの男たちは目を開いて驚きの表情を浮かべ。
治された男は訳がわからないと言った表情をしていた。
「では、ここで問題です。
これから俺の質問に答えてくれなかった場合は少しずつ傷をつけていきます。
貴方たちの命が危なくなったら・・・・俺はどうするでしょう?」
笑顔で男たちに語りかけた。
笑顔の俺とは対照的に絶望の表情の男たち。
どうやらどうなるのかは想像できたようだ。わからなかったら脅しの効果がない。効果が出て良かったと心でも笑顔を作る俺だった。