決意(2)
暫く呆然とした。
定まらない視線で呆然として、また暫くヴィンスに視線を定めて呆然とした。
そこにあって当たり前だと思っていた命。
それが呆気なく無くなる世界。そんな世界にいる自分を改めて強く認識した。
発狂しそうになった。必死に堪えた。
発狂したらもう元の俺には戻れないかも知れなかった。精神崩壊の一歩手前だと思えた。
日本ではニュースでしか見なかった人の死。
ニュースで見る人の死は話したこともない他人。
しかし、今目の当たりにしたのは知人の死。
初めての重い経験に愕然とするしかなかった。
暫くして、漸く頭が動きだす。
次第に考えが纏まり出すが、出てくるのはヴィンスとの会話だけだった。
そこで、1つの会話が思い出された。
「妻と娘が地下にいる」
「二人を頼む」
そんな内容だったと思う。それをゆっくりと認識してからやっと「動かなければ」と体に力を入れたのだった。
ヴィンスは地下としか言わなかった。それ以上の詳しい場所は話さなかったのでわからない。
仕方なく大きな声で二人の名を呼びながら部屋を回る。
だが、一向に返事は返ってこない。
多分聞こえていないのだろう。
どうしようかとまだハッキリとしない頭で考え始める。
端から見れば呆けているようにしか見えない感じ。
暫く考えついたのは、技能を使うこと。
気配察知を使うと二つの反応が確かに下から感じることができた。
反応のある所の真上へと移動して、再び呼び掛けるが、反応はなし。
仕方なく部屋を調べるが、こう言う非常時にいる場所なだけあって中々見つけられない。
また考える。
また暫くしてから魔術を造る事を思い付く。
効果は部屋を調べるようなもの。
簡単に、簡易に造る。
《探索》
[オリジナル魔術。自分の周囲の地形を把握する波動を球体状で発する魔術。]
早速使用する。
すると部屋の入口。ドアの真下に空洞が有ることがわかり、調べるが、開け方がわからない。
二人の反応は部屋の奥の下からするので、無理矢理開けても被害はないだろうと判断。
剣を地下の通路の縁に合うように突き立てる。
それからテコの原理で無理矢理床を剥がした。
「シェイラルカ様!シオン様!」
下に延びる穴に向かって声をかける。
「蒼です!今からそちらに行きます。」
返事は聞こえないので、聞こえているのかわからないが、一応自分であることと、今からそっちにいくことを告げてから下へと向かう梯子に手を掛けた。
下へ降り立つと、屈んでやっと通れる程の高さしかない通路があった。
その先へと進むと、頑丈な造りの木の扉があった。
「ガンガンガン」
と扉を叩いてから、再び名乗る。
少しすると扉がゆっくりと、警戒するように開かれたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ソウ!?」
扉が開かれ、俺に声をかけてきたのはシェイラルカだった。
シェイラルカは奥へと俺を招き入れた。シオンが怪我をしているらしく動けないとのことだった。
中は何もない空洞の空間だった。人が10人も入ればいっぱいになるであろう広さしかなかった。
高さも2mは無いだろう。
奥へとすぐにたどり着き、シオンの側へ方膝をつきながら話しかける。
「シオン様。大丈夫ですか?」
「あぁ。ソウ殿。良くご無事で・・・。
ここに来たと言うことはヴィンスたちは彼奴を倒せたのですね。」
安心したように俺へと話しかけるシオン。
だが、その声に返す言葉がなく沈黙が訪れる。
「そ・・・ソウ・・・?ど・・・どうしたのだ?」
シェイラルカは俺が何も言葉を返さないのを不審に思い声をかけてきた。恐らく想像したくない出来事を想像したのだろう。声が微かに震えていた。
「ヴィンス様は・・・上で・・・ッ。」
再び込み上げる悲しさ。鼻が詰まり、目頭が熱くなるのを自覚する。
そんな反応をすればヴィンスがどうなっているのかを想像するのはそう難しくはない。
「そ・・・そうですか・・・」
とシオン。
「そんな・・・そんな、そんなバカな!
父はそこらの魔物が束になったところで平然と倒せるだけの実力がある!そんなことがあるわけ無い!!!」
うだれる俺の両肩を掴み激しく揺さぶるシェイラルカ。
「シェイラ。落ち着きなさい。ソウ殿に失礼です。」
「しっ、しかし!」
尚もいい募るシェイラルカを目配せだけで黙らせた。その目は今にも涙が溢れだしそうな程に潤んでいた。
だが、その目に宿るのは失意や悲しみだけではなかった。俺にはその目に宿る物が何かまではわからない。わからなかったが、力強い意思を感じた。同時に優しさも感じさせる目だった。
その眼を見た俺は不思議とスッと落ち着くことが出来た。
「俺が戻ってきたときには既に魔物は倒されていて、ヴィンス様も既に・・・」
そこから村の様子を、そしてヴィンスのこと。ヴィンスから聞いたことを話した。
二人は黙って聞いてくれた。
一通り話終えるとシオンが口を開いた。
「ソウ殿。感謝します。
ヴィンスを看取ってくれたこと。そして、私たちの所へと来てくれた事。
特に、ヴィンスの最後を話してくれたこと。これは貴方には辛い事だったでしょう?本当にありがとう。」
そう言って深く頭を下げた。
「お・・・俺は・・・な・・・何も出来な・・・かった。
せめて、村に残っていれば・・・!」
残っていれば多少の戦力にはなれた。
そうすれぱヴィンスも死なずに済んだかもしれない。そう考えると後悔の二文字が頭を支配する。
もはや無駄としか言えないような「もし」の出来事を考えてしまう。
今さらどうすることもできない。もう起こってしまったことなのだから。
「ソウ殿。今回の件はどうしようもありませんでした。気にせずとは言いませんが、余り気にし過ぎる事はありません。」
「そう・・・でしょうか?
そんな風に簡単には割り切れそうにありません・・・。」
だが、確かに後悔だけしていても仕方ない。反省をして今後の糧にしなくては、村の人たちは無駄死になってしまう。生き残った者の勝手なエゴかもしれないが・・・。
出来ることなら何かに活かしたいと思った。
ではどうするか?
先ずは情報が足りない。そもそも何故ゴブリンたちは襲撃してきたのか?
(現状を見れば大体は予想できる。
1つはゴブリンが集団で襲ってきたこと。もう1つは、あの茶色い体のデカイゴブリンがリーダー的なものだったこと。
この2つはわかるが・・・)
魔物は基本的に森から出ない。これはどこに生息する魔物も森から出ない。
これはギルドのジーナから聞いた話なのでほぼ間違いない。
だが、ジーナは『基本的に』と言った。と言うことは森から出る可能性が0ではないと言うことだ。
この事はシェイラルカからの説明で解決した。
「魔物は森から出ない。これは聞いたと思うが、これには例外がある。
魔物を率いるだけの知性と力。これらを持つ個体、『ディアボロ』が現れた場合だ。
こいつらは同種族の魔物を率いて人を襲う。今回は違うが、ディアボロ次第では別種族の魔物すら率いる場合がある。」
『ディアボロ』。
確か日本語に直訳すれば『悪魔』。魔物を率いて人を襲う様な奴だ。悪魔と言えば確かにそうだろう。
「じゃあ今回はあのデカイゴブリンがディアボロと言うわけですか?」
「そうだ。あいつはゴブリンオーガと呼ばれる種別になる。
当然ディアボロであるからゴブリンなんかとは比べ物にならない強さだ。
だが、父ならばと・・・思っていたのだが・・・。」
少し落ち着いていたように見えたが、結局ヴィンスの事が頭から離れないようだ。
当然だろうが・・・。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そろそろここを出ましょう。ソウ殿が確認したところ、もうゴブリンは居なかったのでしょう?」
再び沈んだ雰囲気の場にシオンが声を発した。
もう危機は去った。努めて喜んでいるような声音。その心遣いに深く頭を下げる思いだった。
「そうですね。村の人たちを何時までもあのままにしておくのも ・・・・」
そこまでいって立ち上がる。
同じようにシェイラルカも立ち上がり、シオンに肩を貸し始めた。
そこでやっと思い出した。
「あぁ!シオン様。すいません!
今手当てします。」
「お?ソウは傷薬を持っているのか?
だとしたら頼むよ。」
シェイラルカは、俺に会話を返して肩を貸そうとしたのを止めて1、2歩離れる。
「傷薬もありますが、今は・・・『治癒』。」
シオンの怪我の部分に手を翳して魔術を使用した。
シオンの怪我は右足の太股と、同じく右足の脹ら脛にあった。
太ももの部分は爪で付けられた傷。3本の線が平行に引かれていた。脹ら脛の方が重症で、噛みつかれた傷だった。出血もそれなりにあったようだが、今は時間がたったせいで血が固まり始めていた。
先に脹ら脛の傷に魔術を掛けて治し、次に太股を治した。
「これで大丈夫のはずです。どうですか?」
「「・・・・」」
二人は何故か呆けていた。魔術が使えるのは少し前から知っている。
にも拘らず、ビックリしているように見受けられた。
「あの~。シェイラルカ様?シオン様?」
再び問いかけるとシオンが我に帰った。
「あ、ありがとうございます。もう大丈夫です。
し、しかし・・・ソウ殿は優秀な魔術師なんですね・・・詠唱も無しにここまで早く傷が治るとは・・・。」
どうやら威力が高過ぎたらしい。確かに創造したときなるべく効果が高くなるように造ったのだが・・・。
「そうなんですか?比較出来る人が居ないのでわからないのですが・・・。」
「そ、ソウ。メイドが料理の時に魔術を使っていただろう?
彼女たちも魔術をつかえるのだが、彼女たちが詠唱無しの治癒魔術を使って母上の傷を治すとしたら、暫くは魔術を行使しなければならないと思う。
だけど・・・君は瞬く間に治した。これはかなり優秀な魔術師じゃないと無理なんだ。」
魔術を使えてもそこまで強い魔術ではないと思っていたらしいく、予想よりも高い威力の魔術に二人は驚いたようだった。
因みに、治癒魔術自体が習得率が低いらしく、治癒魔術師は希少だそうだ。
そんな1幕を終えて俺たち3人はそれぞれの足で上へと上がっていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
領主の屋敷と同様に、村の人たちにも避難場所がギルドに設けられていた。
その避難場所に一番に向かった俺たちが目にしたのは、真っ赤に染まった地下の部屋だった。
村の生存者は、俺を含めても3人と言う最悪な結果だった。
そんな彼ら(彼女ら)をそれぞれ穴に埋める事になった。
しかし、そのまま埋めては魔物化してしまう。そうならないようにするにはどうするか。
首を切断するのである。
火葬したらアンデットと呼ばれる魔物にはならない。所謂ゾンビの事だ。
だが、人間の場合は骨を1ヶ所に埋葬するとスケルトンになってしまう(魔物はスケルトンにはならないそうだ)。
だからと言って焼いてからバラバラに埋葬するのは、嫌な言葉だが、手間がかかる。
特に、今回のような大人数の埋葬を少人数でする場合はこの方法をとる。
首の切断と言う方法を・・・
勿論切断したあとに、1ヶ所に埋葬したら意味がない。なので、体と頭は少し離して埋葬する。
これらの事が何よりも苦痛だった。
首を切断するのも勿論、その首を手に持ち、埋葬する。
中には当然見知った者が多くいる。
遠目に見かけただけの者。一言二言だけ会話した者。一緒に料理をしたメイドさん。何だかんだと言いつつも世話をしてくれたジーナ。
色んな人との会話や思い出を思い出しながらの苦痛を感じてしまう行いだった。
こんな行いをしているのに一人一人の事を思い出すと皆笑顔だった。
今は皆苦痛や恐怖の顔だった。
3人がかりで漸くそれらが終わったのは、真夜中。
夜空を見上げて、荒い息を整えながら3人はそれぞれの思いを抱いていた。
俺はこちらの世界に来て一巡り(1週間)と少し。
正直府抜けていた。少し鍛えれば倒せる魔物たち。割りと平和な村。
色々なことが頭を過り、最後に頭に残るのは今の村の現状。
この世界は命が軽い。
今更ながら決意する。
姉を探さなくては。っと。
どんなに姉が強く、確りした人であったとしても、それがこの世界で必ず生きている証拠ではない。
安否が今更気になる。無性に・・・
故に旅に出ようと思う。
それを明日二人に話さなくてはならない。
それを思うと、どう説明したらいいものかと思い悩みながら夜空を見つめ続けるのだった。