第二話「俺の能力?」
さて、目の前には俺を食わんと涎を垂らす馬鹿でかい虎が一頭。色とか柄は普通だ。
そんなやつの目の前――わずか三mのところで座り込んでいるのが俺。
…………絶体絶命ってやつ?
いつもなら爽やかに感じるであろう森に吹く風も、今この状況だと死に逝く俺を慰めているようにしか思えん。
おいおい、ちょっと待てよ。さっきは呆然として目の前の虎に俺がここにいる経緯を話していたが、実際俺はどうしたんだ?
大体はさっきくっちゃべった内容であっているはずだ。世界滅ぼしてぇ、みたいなことを言ったら急にパソコンの画面がついて一文、なら力をくれてやる。とっとと滅ぼして来い、と書いてあり気づいたらここにいた。
…………うん、何言ってんかワカンネ。
「ガルルルルル~」
俺が未だに呆然としていると目の前の虎が唸った。まるで俺が虎を無視して考え事をしていることに苛立ったかのようだ。
と、ここで俺は気づいた。
あぁ、一つだけ分かることあったわ。それは…………
「俺超ピンチ! どないすんねん!」
あまりの出来事にエセ関西弁が出てきた。
虎は急に俺が叫びだしたことに一瞬ピクッとしたが、俺が何も出来ないと知るや否や嗜虐的な笑みを浮かべた。おいおい、器用な虎だなぁ。
そして虎は一歩足を踏み出した。その巨体に似合わないふわりとした足取りで。
こいつ…………できる!
いや、武器とかなんもない俺からしたらシマウマすら強敵だけどね? そういえば武器がない人間は猫に負ける、とか聞いたことあるけどさすがにそれはないでしょ~。…………負けたら落ち込む。
随分と余計なこと考えてるのに余裕だな、と自分で思ってたら、理由が分かった。
虎さんがまるで俺に恐怖を極限まで味わわせようとゆっくりと近づいているのだ。なるほど。まあ、俺がこうして余裕ぶっこいて観察していることからその目論見は潰えたということだな! ヘッ! ざまぁ!
…………とまあ、こんなことを思っても現状に変化は生まれないわけで、着々と俺の死へのカウントダウンが進んでいます。どうしようか。
ちょっと真面目に考える。現在俺は上下青の学校指定のジャージを着ている。そしてそのほかには持ち物らしきものはない。うん、俺は着の身着のまま放り出されたのか。…………おそらくだが、神ェ。
それはしょうがない。うん、諦めよう。諦めが肝心。それが出来る俺は強い子。
となると、パソコンの画面に出ていた文字だな。俺に力をくれるとか書いてた。
よっしゃ! 異世界チートテンプレキタコレ! …………と思ったが俺はその力の使い方が分からない。
他には…………ないな。
現在の俺の状態は、上下青ジャージを着てなんの荷物も持たず、力はある(らしい)が使い方が分からない凡人、という感じだ。
そして目の前に俺を食おうとする肉食動物。
…………あれ? 詰んでね?
そのとき、視界が急に暗くなった。
何事だ、と見上げれば虎が俺の目と鼻の先ほどまでに距離をつめていた。
視界一杯に広がる黄色と黒色。真上を見れば嗜虐的な笑みを浮かべている虎。
OH…………
そう思った瞬間右半身に激しい衝撃が伝わり、目の前から虎が消えた。
いなくなった、と安堵する間もなく右腕が燃えるような痛みを訴えてきた。
そして次の瞬間には背中から何かに強くぶつかった。
「かはっ! っく、ぐふ、い、いてぇ…………」
目まぐるしく移り変わる視界に俺の脳はショート寸前だ。
それに痛みから正常に頭が働いてくれない。
痛くて、痛くて、痛くて…………楽しい。
俺の口は笑みを作っていた。自然と。無意識に。
痛みを堪え、顔を上げれば虎が左前足を右前足の方へと振りぬいた形で止まっていた。視線はこっちへと注ぎながら。
なるほど、俺は吹っ飛ばされたんだな。
痛みで考えることを邪魔されながらも、これだけの結論は出せた。
何故楽しいのか分からない。何故笑みを浮かべているのか分からない。
死は間近にあるというのに俺は何を笑っているのだろうか。
…………だからこそ笑っているのか? ちなみにMではない。
よく分からない。自分で自分の考えていることが分からない。でもまあ、一つだけ分かることがある。それは…………
俺はへたり込んでいる傍にある石を強く握りこむ。強く、強く、殺意を込めて。そのとき体から何かが抜き取られるような感覚がしたけどそれどころじゃない。
そして振りかぶって虎に向かって投げつけた。
「オラァ!」
座った状態で、しかも利き腕じゃなくややし痺れている左腕での投擲。本来ならすぐそばに落ちるであろう投擲。
しかし、俺の根性か何かが働いたのか、石はなんとか虎に届く。
が、当然ヘロヘロな体で投げられた石など当たったところでダメージにならない。
それでも俺は一矢報いてやるために叫んだ。
「死にさらせ!」
石が虎の顔の目の前にきたときに俺は叫んだ。その瞬間、石が、なんの変哲もない石が赤く、紅く発光した。
そして、爆音。
石は虎の顔の前で、爆ぜた。
「へっ?」
俺は目の前の光景が信じられなくて素っ頓狂な声を出した。
虎は突然のことに反応できずに固まっている。顔が焼け爛れているしすぐに痛みで暴れるだろうが。目は潰れたな。
と、暢気に思ってる場合じゃねぇ。今の何だ? ……とりあえず今の状況を文章にしてみるか。
俺の投げた石が虎に当たる寸前で爆発した。
…………意味分かんねぇ。
少しだけこの現象を考えて俺は一つの結論を出して無理矢理納得した。
それがこれだ。
『ここは異世界ファンタジー! 爆発する石もあるんじゃね?! うっひょ―! テンションあがってきたー!』
後半はテンションで流した。
まあ、これが分かれば後は簡単だ。
未だに突っ立っている虎にもっと石を投げつけてやればいいのだ。
「オラァ! オラァ! オラァ!」
俺は左腕で、しかし左腕だけでなく、全身を駆使して石を投げつける。
石は三つとも虎に直撃コース。よし!
そして俺はさっきと同じように虎の目の前に石がきたところで叫ぶ。
「死にさらせ!」
石は真っ赤になって爆発…………することはなかった。
石はなんの変哲もない石のまんま虎に当たった。当然ダメージらしきものは皆無だと思われる。
何故だ? 何がいけなかったんだ?
俺は努めて冷静に考えた。
今とさっきの違いは…………殺意だ。
俺はさっきの投擲は虎を本気で殺すつもりで石を投げた。今はそれが足りなかったのか?
俺はもう一度投げようと石を掴み…………背筋を悪寒が走り、咄嗟に横へ跳んだ。未だに右腕は尋常じゃない痛みを訴え続けているし、背中も強打してかなり痛む。
しかし、それでも跳ばないといけないと俺の本能は訴えていたのだ。
案の定、俺が跳んだ次の瞬間背後から何かが木に激しくぶつかる音が鳴り響いた。
跳んで、地面に倒れこみ、すぐさま振り返ればそこには虎が頭から木にぶつかっていた。
目が潰れたのか、あの獲物を爛々と狙う目は今は瞼によって遮られており、木に激しくぶつかって脳震盪でも起こしたからか、フラフラとおぼつかない足取りになっている。
しめた、と思い俺はすぐに距離をとった。
そして、掴んだままだった石を強く、強く握る。
虎を殺す。俺に攻撃した虎を殺す。この世に欠片もなくなるほどに殺す。
ありったけの殺意を込めて石を握る。なんだか体の中からフワッと何かが抜けた気がする。気のせいか?
虎はまだフラフラとしている。前足で何かを攻撃しようともがくが、その足は空を切る。それでバランスを崩したのか虎はすっ転んだ。ざまぁ!
心の中で思いっきり嘲笑すると俺は手に持っている石を投擲した。
全身の力を使っての投擲。腕が、腰が、足が悲鳴を上げるが形振り構っていられない。
俺の全力の投擲はいい感じのコースへと入った。
石は放物線を描いて虎の元へ。
このとき天は俺に味方したのか、俺の投げた石は暴れる虎の口へと入っていった。
そして俺は思いっきり叫ぶ。
「死にさらせぇ!!」
直後、虎の口内から赤い光が漏れ、爆発した。
今度はしっかりと爆発を見た。爆発と言っても石が飛び散るわけではないようだ。
速過ぎてよく分からなかったが、おそらくそれ自体が火薬のようなものなのだろう。
肝心の虎は、爆発に驚いたようにビクンッ! となった後、ピクリとも動かなくなった。死んだな。ようやくか。
俺は息をしていないのを遠目からだが確認すると、仰向けで大の字に寝転んだ。
右腕は幸いというべきか、折れてはいない。腫れ上がっているが、しばらくしたら落ち着くだろう。背中も強打しただけで、このくらいなら数時間もすれば完全とは言わないが歩ける程度には回復するだろう。
仰向けに寝転がった俺の視界は多くの緑と、その間から見える少しの青で埋め尽くされていた。
「異世界…………なのだろうか」
見たことないところに来たからってそう思うとは、俺も大分異世界系小説に毒されてきたな。
俺の呟きは強めに吹いた風に疑問も一緒に持っていかれた。




