第十九話「脱出」
「ふぅ」
俺は安堵の息を吐きながらトイレから出てきた。
食あたりを起こして蹲っていたとき、俺のうめき声で起きたのか、イルが滅茶苦茶苦しそうな俺を見て慌てて妹の方に治癒魔法をかけさせてくれた。
治癒魔法って食あたりにも効くんだ。便利だなぁ。まあさすがに便意は直せなかったけど。ただ痛みがなくなっただけ。十分助かったけど。
とにかくこれからは不用意に置いてある食い物は食わないようにしよう。さすがに数日前のお菓子はダメだったか。まあ、この世界のお菓子って生物だしな。
俺はトイレから出て、部屋へと向かう。
今のところはゴーレムからの伝達はない。あの小さい体だもんな。一m歩くだけでも結構時間がかかるだろう。それに隠れて行けって行ってたしな。余計時間かかるか。
部屋に戻った俺はベッドに腰掛けてポーっとしている二人に近寄り、また銀銭一枚を渡してやる。
俺に気付き、お金にも気付いたのか、慌てて両手を差し出す。変なところ奴隷っぽいなぁ。もしくは従者。両手で恭しくもらうって……
しかし、その態度も一瞬だけ。イルはとうとう急に優しくなった俺(自称)を訝しんで警戒するような瞳で俺を射抜く。
「最近どうしたんだよ。急に優しくなりやがって。何か裏があるんだろ?」
「んなわけあるか。お前には大量殺人の片棒担がせたからな。種族が違うとはいえ、見知ったやつが死んだ、しかも自分はそれの手伝いをしたなんてことは結構心の傷は大きいだろ。その迷惑料だと思えばいい」
「嘘だ」
このやろう……俺はそんなに嘘つきに見えるか……
俺はチッと舌打ちをして頭をガシガシとかきながら正直に言う。
「ったく、迷惑料ってのは嘘だ。ただ、心の傷はあるだろ? それで壊れても俺が困るからな。その金で適当に遊んで、あのことを忘れて来いってことだわ。それくらい察しろボケ」
「…………分かった」
俺が正直に教えてやるとイルはしばし考え込み、小さく返事をした。
昨日とかは、俺の怪しさを紛らわす目的もあったけど、今回は本当に心の傷を癒すための金だ。俺ってば自分の物は大切にする人なんだよね~。偉いでしょ? 一瞬でもいらないって思ったらすぐに壊すけど。
金を渡した俺はイルたちに、さっさと行って来い、と部屋を追い出すとベッドにドスンッと座った。
…………………あ~、暇だ。
バタンと仰向けに倒れてボーッと天井を見上げながらそんなことを思った。
多分考えればやることはたくさんあるのかもしれないけど、俺ってば頭悪いしさ。考えてもわかんないなら考えるだけ無駄じゃん。
…………うん、こんな言い訳今時小学生でもしないな。頭悪くても考えれば何か思い浮かぶだろうし。俺はただ単にめんどくさがってるだけだ。
って、これこそ頭使ってんじゃね? …………っち、寝るか。
俺は散々無駄なことに頭を使ったのち、意識を手放した。
やけに重い体を感じて俺は目が覚めた。
なんだろう、体の節々に鉛でも埋められたかのようだ。鉛を埋められたことなんでないけどな。比喩だよ比喩。
とりあえず重い体は置いといて、瞼を上げる。これまた重いけど、こちらはなんとかなる範囲内だった。
瞼を上げるとまず入ってくるのが見知った木の天井だ。当たり前だな。これが見知らぬ天井、なんてものだったらどこぞの異世界ものラノベだと言いたくなる。あ、俺異世界来てたわ。
っと、余計なこと考えすぎだ。
俺は一旦真面目な思考回路に変更する。
まず今の時間は…………
そう思いながら窓の外を横目で見る。
空が赤い。
…………え? もう夕方?
俺は仰向けに寝たまんまの状態で驚いていた。
確か、寝たのが太陽の位置的に八時くらいとしたら、俺ってば十時間くらいも寝てたのか? うわ~、怠惰にもほどかあるでしよ。
俺がそうやって自分のだらしなさに呆れていると、脳裏に変なものがよぎった。
命令、完了。
「ん? …………ああ! ゴーレムか! そういえばあれから十時間も経ってんだ。とっくについてるよな」
俺は少しだけ考え、答えに達すると納得したように頷いた。
それと同時に暗い感情をこの身に宿す。
「そんなら早速やりますか」
俺はニヤリといやらしい笑みを浮かべ、そう呟いた。
激しい爆発音と共に大地が揺れる。
爆発の発生位置は城壁。しかも城を守る最後の壁だ。
俺は城壁の方を見ながら笑みをこぼす。
ここからじゃ壊れたのかどうか分からないが、なかなかの騒ぎにはなっているだろう。爆発の光景を見れないのが非常に、ひじょ~に! 残念だが怪しまれたらもう楽しめなくなるので我慢せねばな。
だから今はこうやって宿の窓から城壁を眺めてニヤニヤしているのだ。
眼下では様々な建物から、何事だ? と人間が出てくる。ざわざわとざわめく音が心地よい。
残念ながら爆発によって煙が出るなどのパフォーマンスがないのですぐには城壁に何かがあったとは分かってくれない。証拠が残らないのが頼もしいが、パフォーマンスとしては残念極まりない。
さて、そろそろニヤニヤするのもやめた方がいいな。こんなところ誰かに見られたら犯人だと疑われる(犯人だけどね)。
すぐにニヤニヤをやめ、顔から表情を消すと、踵を返し、部屋へと戻った。
静まり返った部屋の中。一歩中へ入っただけなのに、外の喧騒がやたらと遠くに感じる。
さぁて、次は銀で作ってみるかな。
俺の思考は既に次の段階へと移っていた。
「あれなんだよ!」
扉を激しい音を立てながら開くと同時に叫ぶやつがいる。
黄色がかった髪に、頭の上に生えている狐耳。キリッとした目や、小さな唇などは、は幼いながらも整っており完成されているように思える。まだ乳臭い餓鬼のくせにな。
そんな狐人族のイルは後ろに妹を連れて部屋の中へとズカズカと入ってきた。どうでもいいけど床を踏み鳴らすな。ここを何階と心得る!
「え? もしかしてあの激しい揺れのこと? 知らないよ?」
そんなイルの質問にとりあえずとぼけてみる。
するとイルは、え? と素っ頓狂な声を上げ、目をパチクリする。ふ、ちょろいな。
イルは少し躊躇いがちにもう一度質問する。
「本当にあの揺れのこと知らないのか?」
「は? 嘘に決まってんだろ? 事件起こした張本人が知らないわけないだろ。馬鹿か、お前は? いや、『馬鹿か、お前は?』じゃなかったな、『馬鹿だ、お前は』だな」
「てめぇぇぇええええええ!!!!!!!」
そう言ってイルは、ケタケタと嗤う俺に掴みかかろうとして、奴隷の契約が発生し痛みに悶えた。
ったく、馬鹿だなぁ。奴隷は奴隷。どう頑張っても主人に逆らえるわけないのになぁ。てか奴隷ってのは主人の『道具』。道具が逆らうとか聞いたことねぇし。え?奴隷は生き物?はっ!奴隷は契約した時点で生き物から道具に成り下がったんだよ!
っと、なぜか心の中で熱弁をふるっている俺。奴隷の契約がどこまで有効かとか知らないのにいろいろほざいて、馬鹿だな俺も。
痛みに呻く音を聞きながら俺はイルたちに声をかける。
「ところでまあ壊れてなくてよかった。壁には近づくなって言い忘れてたからな」
「っ?! お前! あのばくはっ……!」
俺がヘラヘラと嗤いながらそう言うとイルが何かを言おうとしたが俺に不利益となる発言らしく契約が発生し、痛みにまた悶えた。学習能力がないのか、お前は。
しかし、イルは痛みに悶えながらも声を発する。
「お前……あそこに何が……あったのか…………知ってんのかよ……?」
ぜぇぜぇと痛みで息をきらしながら言うイルの瞳は明らかな憤怒を宿していた。
俺はそれをさらりと受け流し、答えてやった。
「んなもん知るか。なんだ? 小さな子供でもいたか? ジジイでもいたか?それなら好都合だな。いい経験値稼ぎになったわ」
「………………クソ人間が…………」
イルは心底蔑んだ目で俺を見て拳を強く握っている。
ふふふ、いいねこの態度。ゾクゾクするよ。
無力な人間が正義をかざして反撃しようとするが、何もできずただ睨むことしか出来ない。
「何笑ってやがんだよ」
おっと、知らないうちに俺は笑みを浮かべていたらしい。
腹を抱えて笑いたいところを更に我慢して無表情を心掛ける。
「それで、あれはどうなったんだ?」
「……口がまだニヤッてしてるぞ」
「もういいわ。んで、どうなったんだ?」
「……門が壊れた。そこにはなんかすげぇ馬車があって、爆発に巻き込まれて粉々になってた」
予想外の結果におれは口笛を吹く。
その馬車ってぜってぇ国の重鎮が乗ってただろう。もしくは、ないだろうけど皇帝か他国の使者的なやつだな。他人の不幸は蜜の味ぃ!
まあなんにせよ予想以上の戦果だな。ナイス! ゴーレム!
さてと、最後に一つ。
「それで、何人くらい巻き込まれた? あ、あと犯人の手掛かりとか見つかってたか?」
「…………三十人くらい。手掛かりは、わかんねぇ」
分からない、という返答に俺は舌打ちし、少しだけ不快感を露わにする。
だが、そんなこと気にならないくらいの戦果を手に入れたのだから、と不快感を内に押し込む。
聞きたいことを聞き終えた俺はベッドに背中から倒れこみ、目元を腕で隠す。
これからどうすっかなぁ。多分ゴーレムはさすがにばれそうだしな。適当に他国へ逃亡するか。そんで外から帝国を爆破。いつくるか分からない爆発に備えてビクビクと過ごす民たち。想像するだけでゾクゾクするわ。
俺の口元にはいつの間にか笑みが浮かんでいた。
数日後の晩。
日が沈み、これからが稼ぎどきだと息巻く店々が明かりを灯す夜。
俺は薄暗い裏路地で時を待っていた。
みずぼらしいボロボロのマントにフードを被り見るからに怪しい出で立ちの男。まあ俺なんだが。
イルとその妹にも同じ様な格好をさせ簡単には顔が見えないようにする。
何故こんな格好をしているかって? んなもん逃亡するからに決まってんだろ。
昨日門に行ってみたら案の定通ることは出来なさそうだったからな。さすがに国の危機では賄賂で通行も無理っぽい。んで、商人とかに本当に通れないのか聞いたら八つ当たりされたよ。吹き飛ばしてやろうかって思っちゃったわ。
まあ、情報料って言っといて銅銭いくらか渡してやったからいいや。あ、もちろん一枚は爆弾だよ。また後で爆破してあげないとね。
さてと、時は満ちた。
「なんつって。よし、時間だ。ちゃっちゃかいこう」
俺はイルたちにそう言って歩き始める。
が、後ろからついてくる気配がしない。いや、気配なんてかっこいいもんじゃなくてもっと単純なものが聞こえない。
「おい、なんであるかねぇんだ? おい」
「…………」
そういうとイルたちは歩き始める。
ったく世話やかせんなよ。
俺はまた前を向きカツカツと歩き始める。
「あ、そうだ。イル、あれ忘れんなよ」
「………………ああ」
このままだとやらなさそうだったから先に釘を刺しておく。ったくなんでこうも反抗的なんだか。
俺は今までの自分の行動を振り返る。
あー、そりゃそうだな。
俺は頭をフードの上からポリポリとかきながら壁へと向かって歩き続ける。
歩くこと数十分。現在一番外の城壁まで来ている。もちろん門兵に気付かれないように闇夜に紛れているを
壁に近いところで待機してたのに裏路地を回ってきたから大分時間が経っちまった。
ともかく、ようやくここまでこれた。
しかし、ここからが本番だ。
俺は声を潜めてイルに声をかける。
「おい、ここからだ。やれ」
「……ああ」
なんかこいつ前と同じ状態に戻ってないか?
まあいいや、使えるなら使うまで。
横目でイルを見るとなにやらぶつぶつと言っているところだった。
耳を潜めて聞いてみる。
「…………ない。
『我は闇。その真価は夜にこそ発揮す。闇を纏い、闇に紛れ、闇と化す我が体。今こそその真価を発揮せよ』
【闇と化す魂】」
イルがそういい終えると共に、俺の体に何かが被さるような感覚がした。
びっくりしたが、なんとか声は出さずにすんだ。全く、驚かせんなよな。
それにしてもこれはなんなんだ?
とイルに聞こうと後ろを向いたとき俺は固まった。
イルの姿がどこにもなかったからだ。
「おい、イル。どこにいる」
俺は声を潜めてイルを呼ぶ。
逃げても奴隷契約のおかげで問題はないが、今逃げられると少々面倒なことになる。
そんなわけで俺は、こんなときに、と苛立ちを抑えながらイルを探すため辺りを見渡す。
すると、案外すぐ近くから声は聞こえた。
「おい、ここだ」
声の出所は俺の目の前。しかしそこには何も見えない。
どういうことだ? と疑問を表情に出しているとイルは説明しだした。
「お前が身を隠せる魔法を使えって言ったんだろ? 俺が使える最大級の隠蔽魔法を使ったからみんな見えなくなったんだ」
「へ~、なら今俺の体もお前らには見えてないってわけか」
そうだ、とイルは言ってそれっきり黙りこくってしまった。
まあ、もともとそんなおしゃべりするつもりもなかったしね。
そんなわけで俺たちはさっさと城壁を越えて行った。




