第十話「魔法」
イルたちのところへ戻ると早速二人に移動する旨を伝える。
イルは妹のことを案じていたが、俺が意見を曲げる気はないことを察すると優しく揺り起こした。
「ん…………」
妹はゆっくりとした動作で起き上がると足を投げ出した状態で座ったまま虚空を見つめる。虚空がそんなに好きか? 中二か?
とりあえず妹が起きたことを確認したので俺はサッと踵を返す。うん、もう走るつもり。
「行くからな」
俺はそれだけ言うと軽く屈伸など準備運動をする。
屈伸中、ふと空を見上げれば夜の闇が薄れ、わずかに光が差しているように見えた。もう朝になるのか。いろんなことがあったなぁ。
それにしても、俺がワルンの家を出たのが夕方、日が沈む頃。
そしてフードに出会い、奴隷を押し付けられ、分かれたのがもう夜も深まった頃。
となると、走った時間を多く見積もったとしても四時間ほども検証をしていたのか。夢中になると時間を忘れるとはこのことだな。
そんなことを思いながら俺は準備運動を終えて、走り出す。
徐々に徐々にスピードを上げていき、急な運動で体が悲鳴を上げないように配慮する。十分に準備運動してないからあんま意味ないかもしれないが。
それにしても体がだるい。どうしてな…………寝てないからだな。飯も食ってないし。
自己完結して俺は走る。
少しして、イルたちがちゃんとついてきているか確認するため、首を回す。
「……なんだよ」
イルたちは俺の後ろやや三mほどの位置を並走していた。妹は相変わらずどこを見つめているか分からない濁った目で前を向いていた。
イルは俺が後ろを向いただけなのにすっごい形相で睨んできた。おい、俺はお前の主人だぞ。これはしっかり上下関係をはっきりさせとかないといけないな。よし、イルは後で全力デコピンの刑に処す。これ決定。
密かにイルの罰を決めた俺は前に向き直り走り続ける。後ろを向いていて前の注意を疎かにした結果木に激突、なんて間抜けは起こさない。
俺は町が見えるまで走り続けた。
「おいおい、勘弁してくれよ……」
「ブルフフフ~!」
現在俺は足を止め、目の前の生き物と相対している。
まん丸とした胴体、豚のような鼻、小さな尻尾、そして全身を覆う茶色の毛。
地球で言う、猪のような生物。まあ、目の前のやつの場合体長が三m近くある化け物なんだけどな。
とまあ、観察してみたところこんなんだが、どうしようか。現在俺の武器は石と見せかけた爆弾が三つ、奴隷が二人、だ。そして真っ先に思いついたのが、奴隷の片腕を引き換えに石三つをあいつの口の中に入れて爆発する、という戦法だ。さすがにそれは早まりすぎだと自省したが。
そういえばイルたちは獣人だ。獣人は総じて身体能力が高く、たまに鋭い爪を持っていたりする。
つまり、イルたちでもあれ狩れるんじゃね?
敵対動物と出合った時点で逃走の選択肢を消した俺はいろいろ考えた結果イルたちの実力を見るためにも戦わせてみることにした。ん? 逃走の選択肢を消した理由? そんなもん、背中の傷は剣士の恥だからに決まってんだろ! 俺剣士じゃないけどな! ……全うな理由だと、逃げれる自信がなかったからだな。余計に走り回れば、他の動物にも嗅ぎ付けられてすっごいことになりそうだし。
まあ、そんな感じでイルたちに戦わせることにした俺は早速命令する。
「よし、イル、あれを狩ってこい」
「……分かった」
「え? お前あれ狩れるの?」
自分で狩ってこいとか言っておきながら、イルがそれを了承すると驚いて聞き返してしまった。
いや、だって相手は猪だよ? しかも三mもの大物。
それを前にして臆することもなく十歳の少年が了承すれば驚くだろう。
そんな俺の驚きを目にしてイルは、は? と眉を寄せた。
「自分で狩ってこいって言ったんだろ?」
「それはそうだが、あんなに簡単に了承するとは思わなかった」
「俺はこれでも狐人族だ。ただの動物に引けはとらねぇ」
イルはそう言うと猪へと向かって走り出した。
へ~、あの猪ってただの動物なんだ。……末恐ろしいな。質量ってのはそれだけで脅威だ。この世界では違うのかもしれないが。
そんなことを考えていると、イルが猪と肉迫した。
猪は小さなイルを煩わしげに頭を振って吹き飛ばそうとする。
が、イルはそれをしゃがみ、避けた。
避けたところでイルは猪の喉と思われるところに腕を振るう。
一閃。
イルの腕の振りは凄まじく速かった。
そしてイルは腕を振り終えたと同時に横っ飛びに跳んで距離を取る。
イルが猪の懐から脱したと同時に猪の喉から血が吹き出る。
朝特有の白んできた景色に真っ赤な絵の具が垂れ流される。
「ブル……ブフフゥ…………」
猪は死に間際のような声をあげ、数歩よろよろと歩いたところで崩れ落ちた。案外傷が深くて一気に血がなくなったのかな? それとも痛みで意識を失ったとか? それはないか。
と思ってよく観察すると猪はまだ息があった。しかし、動くことはなさそうだ。ピクピクと痙攣して血を流し続けてる。
イルに視線を戻すと、既にこちらへ向かって歩いてきているところだった。
振った方の右腕が真っ赤に染まっている。今も指先からはポタポタと液体を垂らしながら歩いてくる。
俺はそんなイルを笑顔で迎え入れる。
「よぉし、よくやった。にしてもまだ息あるぞ? 止めはささないのか?」
そんな俺にイルは少し目を見開いた後、すぐにいつものように俺を睨んで、
「見たところ兄貴は『階級』が低そうだから。止めは譲る」
と言って顔を逸らす。これが恥ずかしさからだったら可愛いなぁ、で済むんだが。俺そんなに嫌われることしたか? …………やべぇ、思い当たることが多すぎる。
『階級』とか気になる単語が出てきたが、とりあえず俺が止めをさしたほうがよさそうなので猪へ近づく。
猪の頭の傍まで来ると、その半開きになっている口に石を投げ入れる。
入ったのを確認して距離をとる。そして、
「爆破」
と声に出して言うことで爆破させた。
爆発は脳まで達したのか、猪は一段とビクリと体を震わせ、動かなくなる。ついでに白目をむいた。
多分死んだだろう。
俺は死んだと思うと、イルとその妹のもとまで行く。その途中で石を拾って爆弾の補充も忘れない。
手ごろな石を手に持ち、力を込めること五秒。
ギュオン
そんな感じの効果音がつきそうな感じで俺の中の魔力(仮)が抜き取られた。それにより、より一層疲れが増したように感じる。
まあ、それは置いといて、俺はイルに聞きたいことを聞く。
「『階級』ってなんだ? 話しながらあれを解体しろ。妹の方もな」
俺の言葉に二人は黙って従う。おい、イルは説明もだろ。
あ、そういえば肉を食うにしても焼かないと……火はどうする? 肉はどうやって焼く? そもそもあいつらはどうやって解体するつもりだ? ……爪があったわ。
ともあれ、火がないと話しにならん。昼なら火を焚いてもそこまで目立たないだろう。煙が厄介だが、それはいたしかたなし。
俺はイルに火を起こせるか聞く。
「おい、イル。お前火を起こせるか?」
「ああ、俺『火炎魔法』が使えるから。中級の始めまでしか使えないけど」
『火魔法』! ファンタジーですな。
ってどんどん疑問が増えていく。一旦聞くか。
「まあ、それは置いとこう。まずは『階級』について教えてもらおうか」
「え? 兄貴本当にそれ知らないの?」
そういえばなんだかんだでイルは俺と話すんだな。てっきり嫌われてるからもっと無視とかされると思ってた。いや、奴隷だから嫌々喋ってんのか。
ま、いいや。嫌われようが関係ないしね。
俺はイルの言葉に返す。
「ああ、全く知らん」
「そんなやつがいるのか……説明する。『階級』ってのはそいつの隠れた強さのようなもの。『階級』は動物を殺せばあがる。俺が聞いたのは、動物を殺すと自分の魂がそいつの魂の一部を取り込むから強さがあがるらしい。でも、その力を全部使うには『階級』をあげるだけじゃダメだ。ちゃんと自分の体も鍛えないとダメらしい」
…………なるほど。多分分かった。
俺なりの解釈をすると、『階級』ってのはレベルのことだ。でも、RPGとかでレベルが上がると強さがあがる、みたいにはならなくて、あくまで潜在能力の限界があがるだけだ。
例えば、俺の攻撃力が十とする。潜在的には俺は十五の攻撃力を得ることが出来る。『階級』が上がれば潜在的攻撃力は上がるが、今の俺の攻撃力はそのまま、ってことだ。
つまり、『階級』ってのをあげれば、才能の壁、というか自分の力の限界を壊すことが出来るってことだ。
なにそれめんどい…………敵やっつけまくってレベル上がりまくリングでヒャッハーは出来ないってことか…………
と、軽く落ち込んでいるとイルが思い出したかのように言った。
「あ、魔力だけは例外だって言ってた。魔力は限界が上がれば上がるほど回復するからちゃんと増えるらしい」
「魔力タンクキタコレ!」
おお! 魔力だけは例外ってこれは完全に魔力タンクで突っ走れっていう神の啓示だろ! やったるぜい!
それにこれがレベルアップと同じなら爆弾に変えれる数の最大数も増えるかも!
っと、落ち着け。まだ聞くことがある。
俺は変なものを見るような目で俺を見るイルに質問する。
「お前『火魔法』が使えるんだよな? その中級ってのはすごくないのか?」
「ああ、俺の場合始めのほうだけしか使えないから。……その様子だと魔法使いの階位についても知らなさそうだな」
「ああ、知らん。教えてくれ」
「魔法使いの階位は本当はないに等しいって俺は聞いた。初級は初心者。中級は一人前。上級は師匠クラスから上」
「なんだ、その曖昧な区切り方は……」
「だからあまり意味がないんだって。同じ上級でも天と地ほどの差がある場合もあるらしい」
なるほどなぁ。元々そういう階位とか使ってなかったのを無理矢理つけたからそんな風になったのかな? それとも魔法ってのはごく最近に一般化されたものなのか?
そう解釈しているとイルが付け加えた。
「ただ、国に仕えている魔法使いで一番の使い手は特別な呼び方がされるらしい。火魔法の場合『極炎』。水魔法は『極水』。土魔法は『極土』。風魔法は『極風』」
へぇ~、不思議な名前だな。異世界ってなんでこうカタカナっぽい名前を好むのかね?
ま、それは置いといて。これで火の心配はなくなったわけだ。
一応心配なのでイルに聞く。
「解体はできるか?」
「何とか爪でやってるよ。でもまだ爪も短いし、時間がかかる」
イルは暗に、時間がかかるけど文句言うなよ、と言うと黙々と作業し始めた。
むぅ、時間がかかるのか。俺、今でこそこうやって仁王立ちしてるけど、実際のところ体力の限界なんだよな。
魔力(仮)の使いすぎかわからないが、精神的にまいってきてるし。
なんて思ってると、体が限界を向かえたのか、はたまた限界を自覚したのか力が抜ける。
(あ、やば……)
そう思ったときにはもう俺は地面に腰を下ろしていた。
瞼が重力に従って落ちてくる。
クソ、最後に命令しとかないと……
俺は最後の力を振り絞ってイルを呼んだ。
「イル……周りの警戒と解体、やっとけよ……」
それだけ言うとイルの返事も待たずに俺は横に倒れて意識を失った。




