表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/22

【第6話:3度目はなかった】


 時刻はすっかり20:00を回っていた。

ここは学校のパソコン室。電気もつけずに暗い教室の中で、渡瀬(わたせ)(あゆむ)がパソコンを立ち上げている。


「はぁ……はぁ……。フフフ……面白いことになってきた……はぁ……はぁ……。」


パソコンの明かりがメガネに反射して怪しく光る。


「まるで、小説の中にいるみたいだ……。この事件をパソコンに記録し……逃げ切ってみんなに伝えよう……フフ……フフフ……。」


パチン……。


 その頃、教室では別の事件が起こっていた。


「照屋昭子。お前が本当は悪魔なんじゃないのか?」

「そうだそうだ!」

指山(さしやま)健太(けんた)が昭子に言い寄っていた。それを、野波(のなみ)真平(しんぺい)が後押しする。


「え……や……え……あ、あの……。」

「なんだよ。お前、男が苦手なんだってな。男なんて居なければいいと思ってるんだろ?お前の望み通り、今のところ消えたやつはみんな男だ。良かったなぁ、悪魔さん。」


昭子は泣きながら震えている。昭子は確かに男と話すことは苦手だった。一人の例外を除いては。


「おい、指山。何やってる?」


そこに正義たち四人が帰ってきた。


「悪魔を見つけたんだよ。きっとこいつが悪魔さ。」


指山が昭子に向けて指をさす。それを見て、正義の中で何かが切れる音がした。


「薬師川に……そうやって言われたアドルファスはたった今悪魔に消されたよ!!

悪魔を探すことは、逃げ切るために必要だ……けど、根拠もないのに人を悪魔呼ばわりするな!!」


「ま、正義……?」


珍しく大声をあげた正義に、勝も驚いていた。正義が今までこんなに感情的になることなど無かったのだ。勝はこんな正義を初めて見た。だが、昭子にとってはそんな正義を見るのは、二回目のことであった。


 昭子の家は、父と母との三人暮らしだった。父は、極度の酒好きで、働かずに朝からずっと酒ばかり飲んでいる。生活費は、母が働いて稼いでいた。昭子は、まだ幼稚園だった頃から父に酷い虐待を受けていた。暴言をあびせられ、殴る蹴るなど、もはや父親のストレス発散の道具のようであった。


「オラ!!邪魔くせーんだよガキ!!どけ!!」

「パパ、痛いよー……。ごめんなさい……こんなところに座っていてごめんなさい……。」


「ったく、うるせーんだよガキが!!喋んじゃねえよ!!」

「……ごめんなさい。泣いてばかりでごめんなさい。もう喋らないから……静かにするから……だから、蹴らないで。」


昭子は、いつも一人で泣いていた。


「ママ……早く帰ってきて……。男の人ってみんなこうなの……?男の人が怖いよ……。」


母は昭子への虐待に気付いた時、すぐに父と離婚したが、それは少しばかり遅かった。気付くのが遅れた原因は、父の暴力は母が働きに出ていた間にだけ行われており、昭子は父から母には何も言うなときつく言われていたので、母の前では普通に振舞っていたことにあった。母は、家族三人を養うために、朝早くから夜遅くまで働きに出て、娘のことは父に任せっきりであった。父は顔などのすぐに見える部分に暴力はしなかったので、体中あざだらけなことになかなか気付けなかった。

そのことに気付いた時、母は心底後悔した。


「ごめんね……昭子……ママ、今まで全然昭子のこと見てやれてなかったね……。」

「ううん、いいの。ママ。ママは今まで私達のためにお仕事、頑張っていたんだもん。だから仕方ないよ。でも、これからは二人で暮らせるんだよね。」


母は昭子を抱きしめながら泣いた。もっと早く気付けてあげられたら、昭子が男の人を極度に怖がるようにならずに済んだのに、と。

小学校に上がったとき、昭子は男の子と全く話せなくなっていた。男の子と話そうとすると、父から受けた暴行が思い出される。あのときの、痛みが脳裏に戻ってくるのだ。


 事件は、昭子が小学校四年生のときに起こった。昭子がいつも通り一人で家に帰っていると、一人の男性が近づいてきた。


「……昭子じゃないか。覚えているか?」


その声を聞いた瞬間、昭子はとんでもない吐き気に襲われた。それは、まぎれもなく昭子の父であった。


「元気そうじゃないか。久しぶりに、パパと遊ばないかい。」


昭子は泣きじゃくった。だが、大人の力と恐怖には勝てない。腕を掴まれるだけで、身動きがとれなかった。


「た……助け…………て……」

「おい、何してる!!」


そこに現れたのは正義だった。当時、昭子とは同じクラスだったのだ。


「なんだこのガキ?おれは、この子の父親さ。だから変な人じゃないよ。」

「ふざけるな!!!おれ、母ちゃんから聞いたことあるぞ!!昭子の父ちゃんは悪いやつなんだって!!だから昭子は男の子と話が出来ないんだって!!全部全部、お前のせいなんだろ!!!そんなやつ、血が繋がってても父親なんかじゃない!!」


「な、なんだ!!やんのかこのガキ……!!」

「うわああああああああああ!!!!」


正義は大声をあげながら、昭子の父に襲いかかった。もちろん、ボロボロにやられてしまったが、父も観念したのか、昭子を連れて行くことはなかった。


「いてて…。血が出てる。全然勝てなかったなぁ。

でも、昭子は無事で良かったな!」


今まで思っていた男の人に対するイメージが、昭子の中で少し変わった。この人は、私の知ってる男の人じゃない、とわずかではあるが確かに思えていた。


「……う。」

「え?」

「……ありが……とう。」


昭子が、初めて父以外の男の人と会話をした瞬間だった。

そしてそれは、昭子が初めて大声をあげた正義を見たときでもあった。


――


「昭子、顔を洗いに行こう。」


 正義が、泣いている昭子に声をかけた。昭子はコクリと一回うなずいた。そして、正義と2人で水飲み場へ向かった。


「正義くん……。あり、がとう……。」


昭子が顔を洗いながら正義に言う。正義は水を飲んでいる。


「いいんだよ。そういえば、前にもこんなことがあったっけ。昭子は覚えていないだろうがなぁ。」


「ううん……。覚えているに、決まってるじゃない……。」


あんなに劇的に助けてもらったことを、忘れるわけがない。だが、それ以上にあの瞬間は昭子にとって忘れられないものであった。昭子が、初めて男の人と話せた瞬間。そして、昭子が正義のことを――……。


「また、困ったら……助けてね。」

「ああ。当たり前じゃないか。」


正義がニッコリと笑う。それを見て、昭子も笑い返す。


「さあ、教室に戻ろう。」

「うん。」


そう言うと、正義は昭子の方から教室の方へと振り返った。

正義が昭子から目を離したのは、一瞬と言うには長いくらい、わずかな時間だった。


パチン……。


「え……?」


正義がもう一度昭子の方を振り返ったとき、もうそこに昭子の姿は跡形もなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ