【第2話:ベルはすでに鳴っている】
キーンコーンカーンコーン……。
「おらー、四時間目のベル鳴ったぞー!早く席に着けー!」
担任の力本先生が声を荒げ、出席簿で教卓をバンバン叩いている。いかにも体育会系といった風格で、いつも豪快な先生であった。
「コラ!鰐淵!何やってんだ早くしろ!」
「うっせーな!今座ろうとしてんだろ!」
鰐淵将悟は、いわゆる不良というやつだった。金髪で、制服もだらしなく着ている。生活態度も悪く、いつも力本先生と対立していた。他の先生にも反抗するが、他の先生では到底おさえ切れずに野放し状態であった。唯一、力で対抗できる力本先生だけが、鰐淵といつも闘争を繰り返していた。
「さっさと座れよ、ワニ野郎。」
「あん?うるせーな妻鳥。やんのか?」
「やんねーよバカ。いいから少し黙ってろよ。」
妻鳥楓は、女子の中では不良といえば不良なのだろうか。鰐淵と同じく金髪で口調は悪く、制服もだらしなく着ていた。しかし、暴れてこそ手に負えないが、これといって力本先生や他の教師と対立することもなかった。確かに服装などはだらしなく決して良いと言えるものではなかった。しかし、それ以外は問題がなかったので彼女の感情を逆なでしないよう、時間をかけて更生させていくという教師陣の方針の元、彼女はある程度自由にやっていた。
この二人は、クラスでも割と目立った存在であった。その二人に対して、クラスの人はいろいろなことを思っている。正義をはじめとした勝、千尋、真里菜の四人は、世の中にはそういう人もいるだろうと、あまり関心を持ってはいなかった。
だが、誰もがその四人のように一歩引いて見ていられるわけではない。
「何よ、あれ。カッコ悪い。みんなに嫌われてるの、分かってないのかな。」
ショートカットの髪をいじりながら、愛場加奈が本人には聞こえないように喋る。鰐淵たちに対して、あまりよく思っていない人の例である。加奈は、正義のように誰とでも仲良くできるタイプではなかった。自分が気に入った人や一緒に居て楽な人とは仲良くなるが、気に入らない人や興味のない人とは深く付き合わないという、自分に負担にならないような人との付き合い方をしていた。
「はい、じゃあ教科書46ページを開いてー……。」
「……。」
鰐淵たちに対して、何も言わずにただじっと見つめている人も何人かいる。その中の一人の前神忠志は、クラスに友達がほとんど居ない。髪の毛が非常に長く、目が完全に隠れてしまっている。そのわずかに見える口元は、いつもニヤリと微笑んでいるように見えた。
キーンコーンカーンコーン……。
四時間目も終わり、給食の時間になった。みんな各々がトイレに行ったり手を洗ったり、給食の準備をする。
「いってーな!!ボケっとしてんじゃねえよ!」
「……。」
鰐淵が、雪竹相馬にぶつかって文句を言っている。彼は、鰐淵たちに対して何か思っていても言えないという性格の人であった。ぶつかったのは鰐淵の方である。だが、雪竹は何も言えない。彼は内向的な性格で、自分の意見をあまり人に言えなかった。同じような性格である星田守と森ヶ崎尚也といつも一緒に居た。星田は背が小さく、森ヶ崎は太っている。
「おい、お前ら。トイレ行くぞ。」
赤芝正宗がそう言うと、内向的な三人組はそれに従いトイレに立った。正宗はいつも威張っていた。でもそれは誰に対してもではなく、この三人に対してだけだった。他の友達には偉そうに出来ないのだ。三人はあまり自分の意見を言えない性格なため、いつも正宗が行動を決定できていた。トイレに行くにしろ、遊ぶにしろ、いつも正宗に言われるがままだった。だが、むしろその方が自分の意見を言えない三人にとって、楽だったのかもしれない。
「おい、弓部。今日も給食食べないのか?そろそろ理由だけでも教えてくれないか?」
「……。」
弓部明美はいつもマスクをしている。風邪を引いているわけでもない。毎日マスクをしていて、絶対に外さない。給食も食べないので、力本先生は困っていた。理由を聞いても、話そうとしない。普段からそもそも会話をしないので、いつも一人でいる。かなり変わった生徒として見られていた。
それぞれ見た目や性格は異なるものの、ごくごく一般的な中学生たちである。平凡な日常に慣れ切ってしまい、ネットやニュースで見る事件をどこかテレビドラマでも観るような感覚で、他人事だと思っている人も少なくないだろう。でも、本当にそうだろうか。事件というのは、いつでも、どこでも起こり得る。むしろ、そんな日常の中だからこそ、大きな事件はこっそりと、身を潜めているのかもしれない。
事件は、機会を伺っているのだ。いつまで平凡な日常が続くのだ、と人が思うことを。
そうして、ありきたりな日常に飽き飽きした隙を狙って、突如襲いかかってくる。
キーンコーンカーンコーン……。
役者は、すでにそろっている。
一体、何人の人が気付いているのだろうか。
ゲーム開始の合図が、すでに鳴っていることに。