【最終話:悪魔は次にあなたのもとへ】
『私が真に消したかった相手はね……力本勉。私達の担任さ。』
「な……力本先生だと……?!」
正義は驚いた。まさか、守が一番消したかった相手が力本先生だったとは思っていなかったのだ。
『あいつが先生と言えるのか。
あいつは、いつもいつも私にだけひどい仕打ちをしてくるのだ。
同じようなやつは他にもたくさんいるのに、みんなには何もせず、私にだけひどい仕打ちをしてくる。
そして、そのことを……友達だと思っていた雪竹や森ヶ崎に話した時も……!!』
――
「お前らだって、昨日の宿題忘れたんだろ?
なのに、おれだけこっ酷く怒られてさ。お前らは全然だろ。
本当にお前ら運がいいよな。」
「星田……。それ、先生に謝ったのか?」
「え?いや……なんで?」
「星田。おれらは、二人とも先生のところに謝りに行ったんだよ。
先生は、ミスすることを怒ったりはしないよ。
ただ、きっとそれを謝りに来なかったから、先生は怒ったんだと思う。
おれらも言えば良かったんだけど、ごめんな。」
その言葉に守は動揺する。守は、雪竹と森ヶ崎が同情してくれると思っていたのだ。
「え……雪竹……お前何言ってんだよ……?
そんなの謝りに行ったらたまたま先生の機嫌が良くて怒られなかっただけじゃないのかよ……なあ、森ヶ崎!」
「……星田。それは、お前が悪いよ。」
「森ヶ崎まで……なんだよお前ら……友達じゃなかったのかよ……!!」
「いや、友達だよ。でも、だからこそ……。」
「うるせえ!!運がいいお前らに、おれの気持ちなんかわかるかよ!!」
――
『おればっかり不遇な人生を送っていて、みんなは運が良いからズルイんだよ……。』
「お前、さっきから運が良い運が良いって言ってるけど。
お前は運を得る努力はしたのか?」
『運を得る努力……?何を言っている?
運なんて勝手に転がってくるものだろ。』
守が正義を鼻で笑う。
「違うよ。もし棚から牡丹餅が落ちてきても、棚の下に居なかったのなら意味がない。
お前の周りの人が運を手にしていたのは、運を得る努力をしていたからなんだよ。
お前はその、棚の下に行く努力をしたのかい?」
『……!!!』
「人間、誰でも間違いや失敗はするよ。人間は決して完璧じゃないから。
でも、それでも取り返そうって頑張れるから、人間はいいんじゃないか。」
『取り返そうとするなんて、人間はやっぱり愚かだ……。
無かったことにすればいいだろうそんなもの……!!
失敗の無いやつこそが、最強だ!!』
「そんなことはない!!失敗したって良いんだ!!
それに悪魔になんかなったところで、間違いや失敗を……
無かったことになんて、出来ないんだ!!」
正義と守の口論が白熱する。二人とも息遣いが荒くなっていた。
正義と守以外、誰もいなくなった学校は、二人の乱れた呼吸が聞こえるほど静かだった。
少しして、正義が先に口を開いた。
「一つ、ずっと気になっていたことがあったんだ。
最初の放送があったとき、2年B組以外のやつが一斉に姿を消した。
あの人数を一斉に消すなんて、どう考えても手品の類で出来ることじゃない……。
だとすると、お前は消したい人を、好きなときに好きなだけ消す能力を持っているはずだと思った。
そして実際、確かにそういう能力をお前は手にしていた。
そんな魔法のような悪魔の力をもったお前なら、一瞬で全員を消し去ることだって出来たはずだ。
なのに、何故そうしなかった。
何故、2年B組だけ少しずつ消していったんだ?」
『賢い君にしては、愚問だなぁ。
消えて行く恐怖というものを味わってほしかったんだよ。
お前らや力本に。』
その答えに、正義はすぐさま切り返す。
「違うね。だったら担任の力本先生を最後に残すはずだ。
お前の復讐は、最初に力本先生を消した時点で終わっていたんだ。
つまり……。」
正義が守を見つめる。
「お前は、気付いてほしかったんだろう?
自分の存在に。相手にしてほしかったんだ。
誰も自分が苦しんでいることに気が付いていない。
そのことがどうしようもなく寂しくて、誰かに気付いてほしかったんだ。
自分が苦しんでいることを……。」
『黙れ!!!』
守が再び正義に手を向ける。
「消せるのか?本当に。」
『何……?』
「お前はこのゲームが始まってから、消すという言葉は言ったものの、殺すや死ぬという言葉は一度も言わなかった。
お前が憎んでいる力本先生ならまだしも、自分が悩んでいることに気付いてくれなかったというだけのクラスメイトのやつらのことを本気で殺すなんて、根が優しいお前には出来ないだろう。」
『何が言いたい!!』
「……お前は、まだみんなが助かる方法を
何か知っているんじゃないのか?」
『……!!』
その時守は、最初にクラスメイトを消したときのことを思い出していた。
それは、赤芝や雪竹、森ヶ崎を消したときのことだった。
『……。』
「ま、守!!よせ……本当にお前が、悪魔なのか……?」
『ああ、そうさ。裏切り者。消えてなくなれ。』
「や、やめてくれ!!!………………!!……?
……………………まも……守……?」
消されると思い目を閉じたが、何故かまだ消えていない自分に三人は気がつく。
とっさに自分の体をかばった手の隙間から、守の姿を恐る恐る見る。
「お前……どうして……
泣いてるんだ……?」
パチン……。
――
守と正義がにらみ合う。まさに一触即発の雰囲気である。
何か考えているのだろうか。お互い、なかなか動き出さない。
そして、守が最後に口を開く。
『……さよならだ。』
パチン……。
――――
キーンコーンカーンコーン……。
「おらー、四時間目のベル鳴ったぞー!早く席に着けー!」
担任の力本先生が声を荒げ、出席簿で教卓をバンバン叩いている。
「コラ!鰐淵!何やってんだ早くしろ!」
「うっせーな!今座ろうとしてんだろ!」
2年B組の生徒達は、いつもの日常に戻っていた。
あの悪魔の七日間のことは誰も覚えていない。いつも通りの日常だった。
ただ、ひとつのことを除いては。
その教室に、守の姿は無かった。
あの時、最後に屋上で守は指を鳴らし、自分自身を消したのだ。
守が消えた、つまり“守という存在”が最初から無かったことになったことで、“守のしたこと”もすべて無かったことになったのだ。
その結果、みんなは普段の日常に戻り、守の存在だけがみんなの中からすっかり消えてしまっていたのだった。
……だが、本当に無かったことにすることなど
例え悪魔にも出来ないことなのだ。
『――消えたいと思うのか?
自分を苦しめた相手を、消したいとは思わないか?』
守は新たな“悪魔”となって、この能力を次の人間へと引き継いでいく。
新たな悪魔は、次の悪魔となり得る人間を探しに行く。
悪魔になりたいと願う、心の弱った人間を。
悪魔はいつも人知れず、誰かの心が弱ることを待っている。
あなたの周りにも、そんな人は居ませんか。
自分の周りは、平凡だから。それは、気付いていないだけ。
――さあ、悪魔は次にあなたのもとへ……。




