【第1話:鍵を握る者たち】
事件というのは、いつでも、どこでも起こり得る。
例えここが、どんなによくある一般的な中学校であっても、それは例外ではない。義務教育である中学校には、誰もが通った経験があるだろう。誰もが思い浮かべるような中学校生活。それが、この学校にもあった。
このお話の主人公の名前は平良正義。一般的な中学校に通う2年生である。主人公と呼ぶには恐ろしいほど見た目にも中身にも特徴がない。メガネをかけているぐらいである。天才児などであれば分かりやすいものの、成績は並である。頭が悪いとまではいかないが、これといって特別良くもない。真面目な性格で、無理に彼の秀でているところをあげるとすれば、誰とでも仲良くできる人ということなくらいであった。
「おーい、正義ー!ちょっと待ってやー!」
「あ、勝じゃないか。おはよう。今日は寝坊しなかったのか?」
「寝坊はした!でも、遅刻せんように走ってきたんや!偉いやろ!」
正義の後ろから、同じクラスの福地勝が走ってきた。ほんのり茶色がかった長めの髪に、走ってきたときにかいた汗が光っている。彼は1年生のときに関西から正義のいたクラスに転校してきて、正義と仲良くなった。勝は誰にでも気軽に話しかける性格であったが、特に正義のことが気に入っていた。
それは、きっと正義が人間に好き嫌いをつけるのが苦手だったからだろう。世の中には、いろんな人がいる。一緒に居て楽しい人もいれば、楽しくない人もいる。でもそれは、その人が悪いのではなく、自分の価値観に合わないだけ。自分が一緒に居て楽しくない人も、実は他の人からすれば一緒に居て楽しい人かもしれない。人間合う合わないはあるけれど、誰が正しくて、誰が間違っているということはない。世の中にはいろんな人がいて、それでいい。そんな考えを持つ男だった。
勝はその考え方が好きだった。勝はあまり黙っていられない性格で、誰にでもすぐに話しかける。だが、それをあまり良く思わない人間もいる。知らない人にでも、まるで前から友達だったかのように話しかけるのだ。それを見て、変わったやつだと言う人が多かった。でも、勝にとってはそれが普通で、自分が変わっているとは思っていない。そのズレが、勝にとっては居心地の悪いものだった。でも、正義は違った。世の中にはそんな人もいるよな、という態度で接してくれたのである。その態度が、お前は別に変わった人間じゃないと言ってくれているような気がして、勝はそれがなんとなく嬉しかったのだ。
「遅刻しないのが普通ですわ。このおバカさんは何を威張っているのかしら?」
「な、なんやと?!」
「あ、真里菜……と千尋も。おはよう。」
「正義くん、勝くん。おはよう。」
早乙女真里菜が勝を馬鹿にしながらやってきた。くるくるに巻かれた少し茶色がかった長い髪をなびかせる姿は、いかにもお嬢様が人を見下して小馬鹿にしているという感じであった。それもそのはず、真里菜はお金持ちのお嬢様であった。
正義と挨拶を交わした、黒く真っ直ぐに長く伸びた髪の毛が特徴的な女の子は貝山千尋である。正義とは小学校からの仲で、昔はよく一緒に遊んでいた。
「行きましょう、千尋。一緒に登校していると、遅刻癖がうつってしまいますわ。」
「ふふ、はいはい。真里菜は、勝くんにだけはいつも厳しいね。」
「あのおバカさんとは、性格が合わないのですわ。」
真里菜と千尋が二人で先に学校へ向かう。
「なんなんやあいつ。先、行きよった。おれの悪口言いに来ただけかい。」
「お前ら、ほんと仲良いよな。」
「はぁ?!どこがや!!」
本来の真里菜は誰にでも優しく、クラスでも好かれている存在なのだが、勝とだけは、何故か会うたびに口ゲンカをしていた。二人はお互い性格が合わないと言っているが、周りからすれば仲が良いようにしか見えなかった。
基本的に、学校ではこの四人で居ることが多かった。もちろんクラスに他の友人もいて、それなりに会話をすることもあるが、この四人で居ることが四人にとって一番楽なのである。そのことを誰も口には出さないが、同じ気持ちであるということはなんとなく感じられた。
いつものように登校して、いつものように授業を受けて、いつものように友達と喋り、いつものように、下校する。そんな一日になるだろうと、この四人を含めた学校中の誰もが思っていた。
いや、ただ一人を除いては……。
事件はその裏で、少しずつ、でも確かに動き出していたのだ。
『みんな、消えてしまえばいい。』
人生で一番長い七日間が今、始まろうとしていた。