【第11話:悪魔は誰だ】
「優衣は、いつも何かに悩んでいるわね。」
香が、本から目を離さずに優衣に話しかける。
「え?う、うん……。うちは、一番良い選択をしたいって思っちゃうから……。」
優衣は、バレー部の部長であった。バレーの実力は、先輩を抜いて一番である。身長も高く、体格に恵まれてもいる。人望もあり、部員の推薦もあって部長になった。
「優衣ちゃんが、部長をやるのが一番この部のためになると思うの。」
「優衣先輩が部長なら、楽しい部活になると思います!」
部員からの期待も高く、本人もやる気であった。だが、本気であれば良いという話でもない。彼女は真面目過ぎた。少しでも良い方向になるようにと、決断を悩み過ぎてしまうのだ。
「部長、今日の練習は何をしますか?」
「え、う、うーんと……どうしようかな……今の時期だと……えーと……。」
「部長、何かアドバイスを下さい!」
「え、アドバイスってそんな……えっと……。」
真面目な性格は、彼女を追い詰めていった。自分は部長という器ではない。向いていないのではないかと悩むようになっていた。
「香……。こんなときに言うのもなんだけどさ、うち、部長向いてないのかなー……。」
「そうね。」
「ええっ?!そ、そんなハッキリ言わなくても……。」
キッパリと答える香に、優衣が少し傷ついてしまう。
「あなたは、部長を辞めたいの?」
「え、いや、辞めたいわけじゃないんだけど……でも、うちが部長やるよりも良い人が居るんじゃないかなって……。」
パタン。
「え?」
香が、読んでいた本を閉じる。人と会話するときも本を読んでいる彼女が、視線を本から逸らすことはあっても、本を閉じるところを優衣はあまり見たことがなく驚いてしまった。
「あなたより良い人なんて、いくらでもいるわよ。あなたよりバレーの出来る人、あなたより決断力のある人、あなたよりリーダーシップのある人……。そんなのは、世の中にいくらだっている。でも、部員はあなたに部長をやってほしくて、あなたも部長をやりたかったのでしょう?だったら、それ以上にどんな理由が必要なのよ。」
香がこんなにも、人とまっすぐに向き合って話すところを優衣は初めて見た。
「人間、何かをやれば成功や失敗、向き不向きを必ず問われることになる。でもね、人間は成長も衰退もする生き物なの。失敗や不向きなんてことを理由にしていたら、待っているのは衰退だけ。失敗なんて、成長の過程でしかない。向き不向きなんて、成長のしやすさでしかない。本当に成長するために必要なものは、あなたのやりたいという気持ちよ。」
「香……。
……ありがとう。」
香は優衣に気持ちが伝わったと感じるや否や、黙ってまた本の続きを読み始めた。
場所は変わって、ここは男子四人組のいる教室。
「えぇ?!前神が悪魔……?なんで分かったんだ?!」
指山は驚きを隠せないようであった。それに対し悪魔が分かったと言った薬師川が、自慢げに答える。
「アドルファスが教室から出て行って、正義たちがそれを追いかけて行ったときのことを覚えているか?あのとき、少ししてから前神が教室から一人で出て行くのをおれは見たんだ。その後、アドルファスが悪魔に消された。」
「ええ!全然気がつかなかった……でも、なんで出て行ったんだ?」
「そこなんだよ、指山。おれも気になってあとで聞いたんだ。お前、あの時一人で何して来たんだ?ってな。」
「そ、そしたら……?」
野波と指山が息を飲む。村主は、相変わらず黙っていた。
「水を飲みに行っていただけだ、って……。またいつもみたいな薄ら笑いで言われたよ。どうだ?どう考えても、怪しくないか?」
「確かに……。じゃあ、前神で確定じゃないか……。」
「そうだ。前神が悪魔と分かった以上、前神にさえ近づかなければ逃げ切れることは間違いないのさ!」
薬師川の推理により、四人組は勝利を確信していた。
また、薬師川達ほどではないにしろ、前神を疑っている人は他にもいた。
「前神が悪魔だっていうの……?鰐淵。」
「絶対そうだって言うわけじゃねえ。だが、残っている中で一番怪しいのは、間違いなくあいつだ。」
「どうしてそう言えるの?」
妻鳥は半分疑っているものの、鰐淵のいつになく真剣な表情を見て、信じている気持ちも半分あった。
「おれが愛場を探しに行ったとき、前神とすれ違ったんだ。あいつはトイレに行ったと言っていた。愛場もトイレに行っていたのだから、会っていてもおかしくないと思う。だが、あいつは会っていないと言っていた。そのあとすぐに、愛場が消された……。」
鰐淵はその時のことを思い出し、唇を強く噛み締める。
それを見た妻鳥は、深追いは鰐淵に辛い記憶を思い出させるだけだと感じ、すぐに礼を言って話を終わらせる。
「わかったわ。教えてくれてありがとう。」
鰐淵は絶対ではないと言ったが、本人の中ではほぼ確定であった。薬師川は間違いないと言っている。2年B組の生徒たちが、クラスメイトを疑い合う。それは、この二人だけの話ではない。
「ねえねえ!二人は、誰が悪魔だと思ってるのー?!」
「え、雅美……何かわかったの?」
相変わらず本を読んでいて話を聞いていないように見える香に代わって、優衣が雅美に尋ねる。
「ううん!ぜーんぜん分かんないよ!!」
「そ、そうだよね……。うちも分かんないよ。このクラスに悪魔がいるだなんて、信じられないもん。」
「でもねー!!」
その言葉を聞き、香が視線を本から離し、雅美の方を見る。
「意外な人が悪魔だったりして!!」
「意外な人……?うちからしたら、誰が悪魔でも意外だけど……。」
「意外な人……。そうね。いくら悪魔が私達と同じ中学生でも、簡単にバレるようなミスはしないはず。推理小説も同じよ。物事に惑わされないことが大事。事実を見つめることが重要なの。」
「香は、そういう本たくさん読んでるから、そういうの得意そうだよねえ。」
「別に。でも、そうね。悪魔がとんだ愚か者だということは、私にも分かるわ。」
悪魔について三人で話していると、香と雅美の後ろを誰かが通り過ぎたのを優衣が見つけた。しかし、一瞬過ぎてそれが誰なのか優衣には分からなかった。だが、直感的にもしかして悪魔かもしれないと思った。事実を、自分の目で確かめなくてはと思った。でも、そんな危険はことに大切な二人の友人を巻き込めない。
「ちょ、ちょっと二人ともここで待ってて。すぐ戻ってくるから!」
そういうと、優衣は誰かが通り過ぎた先に一人走って行った。
「ハァ……ハァ……。どこ行ったんだろう……。……ん?」
優衣がしばらく探していると、ふと後ろに人の気配を感じた。
振り返ると、そこには黒い服を着た人が立っていた。
「あなたが悪魔ね……。あなたは……一体誰なの?」
黒い服の人はニヤリと笑い、頭に被った黒い布をサッと取る。
優衣が悪魔の顔を見る。その顔を見て、優衣は驚いた。
「え……?!まさか……あなたが……なんで……!!」
――――ガガッ……ブー……。
『今日の校内放送の時間です。』
バラバラになったクラスメイトが、全員ひとつの放送に耳を向ける。
この放送が流れるときは、犠牲者が出たときだ。みんなの間に緊張が走る。
『宿女 由紀子、八鳥 京子、水戸部 優衣、前神 忠志、消滅完了。』
「え?!」
「な……!!」
「前神が……消された?!」
各々にそれぞれの衝撃が走る。
『さて、残り……16人。』