【第10話:変化】
三日目の朝を迎えた。
その日の朝も、どこかで喧嘩が始まっていた。
「あんたが悪魔なんじゃないの?!」
聞きなれない声にみんなが目を覚ます。
「ん?誰の声や……?」
「宿女さんの声ですわ。あの子、普段あまり喋らない子なのにあんなに大きな声を出して、どうしたのかしら……。」
その聞きなれない声の主は、宿女由紀子であった。宿女は同じクラスの八鳥京子と普段からずっと一緒に居た。二人とも寡黙で、他の人と話すことはあまりなかった。話したとしても、聞き取れないような小さい声で話すのであった。
そんな宿女が、朝から大きな声を出しているのだ。宿女の声を初めて聞いたという人もいる。みんな何が起こったのかと、驚いていた。
結論から言うと、それは宿女と八鳥の些細なことから始まった喧嘩であった。ゲームが始まってから今日で三日目。その恐怖と不安によるストレスは、確実にクラスの人達の精神状態をおかしくしていた。
普段気にならなかったことが気になってしまう。普段何とも思わなかったことが、無性に腹立たしい。
そういった精神状態のもと起こった、取るに足らない喧嘩であった。
「もう、いい。あんたとは一緒に居れない。」
「それはこっちのセリフよ。あんたみたいな悪魔と同じ体育館で過ごすくらいなら、一人でどこかの教室に隠れていた方がマシよ。」
言い争いの末、二人は体育館から出てしまった。
「フフフ……。僕も御免だね。このクラスの誰かが悪魔なんだろう?だったらわざわざ一緒に居る必要はない。悪魔となんかずっと一緒には居られない。自分の身は、自分で守ることとするよ。」
前神がほほ笑みながら、体育館を出て行く。それに賛同する者も多く居た。次々に、体育館から出ていってしまう。ゲームが始まってから二日間、クラスは恐怖におびえていた。一人で居るのは危険だと考えていた。しかし、人数も減り、三日目にさしかかったところで限界が来ていた。宿女八鳥の喧嘩をきっかけに、クラスがみんなで逃げ切るという考えから、自分だけは逃げ切るという考えに切り替わった瞬間であった。
「おいおい……確かにそうやけど、今バラバラになってしもたら……。」
「……悪魔の思うつぼ、だな。」
正義と勝は、悪魔はこのクラスの中の誰かだからこそ、みんなで居れば迂闊に手は出せないと考えていた。バラバラになってしまえば、悪魔は自由に行動できる。それを防ぎたかったのだ。
しかし、いずれは些細な喧嘩や自分だけが助かりたいという思考から、バラバラになってしまう。二人はこのことを前から危惧していたが、どうすることもできなかった。
平良正義、福地勝、早乙女真里菜、貝山千尋の四人は、そのまま体育館に残った。この四人は、まだみんなで逃げ切ろうということを考えている。クラスがバラバラになってしまった今、まずはバラバラになったクラスをどう戻すかということを話し合っていた。
この四人の他に、体育館に残った人は二人いた。
「あんたは、どこか行かないの?」
「あ?お前こそ、行かねえのかよ。」
「……私は、いい。面倒だから。」
鰐淵大吾と、妻鳥楓であった。鰐淵は体育館のステージの上で、壁に寄り掛かっている。ステージに寄り掛かって腕を組んでいるのが妻鳥である。黙ってクラスの成り行きを見ているという様子であった。
残った男子生徒の指山健太、村主武彦、野波真平、薬師川大二郎は、結束していた。この四人は、クラスみんなで逃げ切ることまでは望まず、自分達だけが逃げ切れられればいいと考えていた。
「おれらはおれらで、逃げ切ってやろうぜ。」
「ああ。指山の言う通りだ。一人で逃げ切ることは難しい、しかし、大人数過ぎても邪魔なだけ。人数はこのぐらいが一番良いんだ。」
「そうだそうだ!薬師川は良いこというなぁー!」
「野波は、いつも人の意見に流されるな。」
「な、なんだと!せっかく褒めてやったのに!!」
「……。」
指山、薬師川、野波がお喋りをする中で、村主は終始黙っていた。彼は寡黙な性格で、普段からほとんど喋らない性格であった。
女子は、複数名で一緒にいるグループが、二つ存在した。
一つは、熊生直子と千本松沙綾の二人である。二人は活発な性格で、消えてしまった加奈と日頃から仲が良かった。
「加奈のためにも、頑張って逃げ切ろう。」
「うん。直子も、おばあちゃんのために頑張らないとね。」
もう一つのグループは、水戸部優衣、米窪香、和泉雅美の三人であった。
「フフフーン!このあと一体どうなるんだろうね!!フフーン!」
「雅美はすごいね……。こんな状況でも、そんなに元気で居られるなんて。」
「そう?前からその子はそんな感じよ。どんな時でもその状況を楽しめる、そんな人物。でも、私も気が滅入ることはない。後ろを向いて過ごす七日間も、前を向いて過ごす七日間も、同じ七日間だもの。それなら、前を向いて過ごした方が利口だと思うわ。」
香は、どんな時でも本を読んでいる。小説が一番好きだが、本であれば何でも読む。今も本を読みながらみんなと会話をしているほどである。将来は小説家になりたいということであった。
「香も……すごいね。うちはそんな考え方できないや……。」
優衣は女子バレー部に所属していて、二年目にして部長を任されている。だが、本人に人を引っ張っていくようなリーダーシップはなく、優柔不断で何事にも迷ってしまうため、いつも悩んでばかりの日々を送っていた。
個人で行動しているのは、江畑良美と弓部明美である。江畑は静かで目立つことのない人であった。特に変なところがあるというわけではないのだが、クラスから孤立していた。一緒に逃げる友達も居なく、一人で学校を歩き回っている。
弓部は相変わらずマスクをして、うろついている。何を考えているのかは、誰にも分からない。
残り20人の生徒たちが、学校にバラバラに散らばる。
そして逃げ切るために、思考を働かせる……。
「ところで、おれ誰が悪魔か分かっちゃった。」
「え?!誰、誰?!」
男子グループの薬師川が言いだした。他の三人がその話しに食いつく。
「なあ、妻鳥。」
「え?何よ、いきなり。」
「人を疑うのは、よくねえと思う。でも、身を守るために怪しい人に気をつける必要はあると思うんだ。」
「……どういうこと?」
鰐淵が神妙な顔をして、話を始めた。
「悪魔の可能性が高いやつがいる。」
最初は、むやみやたらに誰かを悪魔扱いしていた。それは、直感的に悪魔っぽい人を選んでいただけである。だが、ここに来て各々が、状況から誰が悪魔かを本格的に探し始めた。
その結果、薬師川と鰐淵は同じ答えに辿り着く。
その答えとは……
「このゲームを始めた犯人である、悪魔というのは……」
「「前神忠志だ。」」