【第8話:好き】
「ねえ、正義くん。」
「ん?どうした、千尋。」
「真里菜ちゃん、寝ちゃったよ。どうする?」
時間は深夜3時半。見張りの当番の時間である。
「あぁ…。おれは、気にしないよ。千尋は、絶対に悪魔じゃないから。それより、千尋は不安か?」
「ううん。私も、正義くんは悪魔じゃない、って思ってる。」
静かだった。昼間までの騒ぎが、まるで夢だったように今は静かである。悪魔も眠っているのだろうか。
「ねえ、正義くん。正義くんは、昭子のこと、好きだった?」
突然の質問に正義は焦った。千尋がそんな話をするなんて思わなかったのだ。
「え、え?!な、なに言ってるんだ……。そりゃ、友達としては好きだけど……恋人とか、そういうのでは……その……。」
しどろもどろな正義を見て、千尋はフフっとほほ笑んだ。
「ふーん。そっか。そうなんだ。」
「なんで、そんなことを聞くんだ?」
「……きっとね。昭子、正義くんのことが好きだったと思うよ。」
「え?な、なんでそんなこと言えるんだよ……?」
「んー。ヒミツ!」
「えっ、教えろよ!」
「いやですよー。このゲームが終わったら、教えてあげる。」
「なんだよ……じゃあ、終わったら絶対だぞ!」
「うん。約束だね。」
――
朝七時。二日目の朝を迎える。
「やっぱり、誰も助けに来んかったな。」
「ああ、やはりこの世界は少し現実世界とは違うようだ。」
正義と勝がそんなことを話しているときのことだった。
「喜田!!もういい加減にしてよ!!あんたが悪魔なんでしょ!!」
朝から大きな声が聞こえてきた。猫屋敷青子の声であった。
「お、おれは違うよ……悪魔なんかじゃない。」
「じゃあ誰なの?!六戸?!昨晩だって……怖くて全然寝れなかった……こんなのがあと六日も続くなんて、耐えられない!!!」
青子は、喜田将也と付き合っていた。だが二ヶ月ほど前に、青子が振ったばっかりであった。青子は、その腹いせに将也がやったと考えたのだ。
確かに、将也は人生に絶望していた。将也は本気で青子のことが好きだった。だが、それは将也だけだった。青子は、将也のことは遊びとしか思っていなかったのだ。
別れる直前に特に喧嘩もしていなく、突然話があるのと呼ばれたときには何のことだか将也には本当に分からなかった。
「別れてほしいの。」
青子が突然言い放ったその言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
喧嘩をしていたわけでもない。むしろ、その日も放課後に一緒にご飯でも食べに行こうかと考えていたほどであった。
「え、な、なんで……?」
「飽きちゃったのよ。あなたに。ちょっとイケメンだったから付き合ってみてたけど……。でも、もういいや。ちょうどそろそろ一年だし、いいかなって。」
将也は、青子が大好きだった。
突然別れを告げられ、今まで一緒に遊びに行ったこと、プレゼントをあげたこと、もらったこと。あんなに楽しそうに笑っていたことなど、いろいろなことが思い出される。
「はい、クリスマスプレゼント。」
「おお!マフラーじゃん!ありがとう!!さっそくつけてみるね!」
「これ、私の手編みなんだよ!ねえ、どう?どう?」
「うん、すごく 暖かいよ。」
――
今までの楽しかった思い出は、どれも嘘だったのだろうか。
「おれが青子と過ごした一年と 青子がおれと過ごした一年は
……同じでは無かったんだね。」
振られた次の日から、青子は学校でもいつも通りだった。別れたことを微塵も感じさせない。
大好きの絶頂で振られて、自分は苦しくて相手はいつも通り。そんな姿を見るのは本当に辛かった。いっそ消えてしまいたいと思ったのも事実である。
何度も忘れようと思った。悪い女にあたってしまったのだ、と。だが、青子とは同じクラスで毎日姿を見かけることになる。
嫌でも頻繁に顔を合わせるのに、忘れる暇なんてなかった。
六戸大吾も、青子のことが好きだった。だが、六戸は青子と付き合うことすらできなかった。六戸は暗い性格で、チャラチャラした青子には合わないタイプだった。青子は将也と付き合っているにも関わらず、六戸の気持ちに気付き、六戸にも思わせぶりな態度をとっていた。女の子との関わりがあまりなかった六戸にとって、それが遊ばれているということにも気が付けなかった。
六戸がそれに気がついたのは青子が将也と別れてからだった。将也と別れたと聞いて、一大決心をして告白をしたのだ。人生で初めての告白だった。正直、青子の思わせぶりな態度のせいで、いけるかもと思っていた。だが、現実は残酷だった。
「はぁ?馬鹿じゃないのー?私があんたなんかと付き合うわけないじゃん!」
そんな青子が、ゲーム開始二日目で現状に耐えられなくなっていた。
自分が消されるのが怖かったのだ。だが、クラスの誰も青子を落ち着かせたりはしなかった。
将也や六戸がそういう目にあっているということをクラスの全員が知っており、青子の居場所はもう無いも同然であった。
「逃げる……私だけでも逃げるわ……!!」
そう言いながら、青子は体育館から走って出て行ってしまった。
それを見て、六戸が青子を追って出ていった。
「お、おい待たんかい!!」
六戸に少し遅れを取って、将也も体育館から出て行こうとする。
「ちょい、落ち着けお前ら!!状況わかっとんのか?!」
勝が体育館から出ようとする将也のことを止める。
「わかってるよ……。わかってるから追うんだろ……。君達は来なくていいぜ……おれが青子と六戸を連れて帰ってくるから……。」
そういうと、将也は勝の手を振りほどき、体育館から出て行ってしまった。
「おいおい、どないすんねん……。」
青子と六戸と将也の三人が体育館から出てから、五分ほど過ぎたときのことだった。
「キャー!!!」
将也が青子を探していると、青子の悲鳴が聞こえた。
「青子!!!」
そこには、腰を抜かした青子の姿と、黒い服を着た人が立っていた。
将也は、説明をされなくても状況がすぐに理解できた。
こいつが、悪魔だ。
「六戸が……目の前で……消え」
パチン……。
将也の目の前で青子が消えてしまった。しかし、将也は意外にも冷静であった。
将也の覚悟はすでに出来ていたのだ。
「青子……。おれは振られてから、お前なんて消えてしまえばいいと思ったこともあった……。青子がおれのことを本当は好きじゃなかったように、おれも青子のことなんて、本当は好きじゃなかったんだって自分に言い聞かせてた。
でも、このゲームが始まったとき、やっぱり青子には消えてほしくないって思った。
もし、青子の身に何かあったら、おれが、必ず助けよう……って。そう思っちゃったんだ。」
将也の目から、ポロポロと涙がこぼれ始める。
「だから……おれはさ……
本当に、好きだったんだよ……。」
黒い服の悪魔が近寄ってきた。顔は相変わらず見えない。
「待っていろ、青子……。今、助けに行くからな。」
パチン……。