無口なむーちゃん【無言ダンテ杯参加作品】
無言ダンテ杯参加作品だけど、バタバタしてたから自信ないなぁ……。
「むーちゃん!」
誰だ、俺の休み時間の貴重な睡眠を妨げる愚か者は。とりあえず頭をあげる。
「あ、やっと起きた。そろそろ授業始まるよ」
なんだ、ミキか。俺はコクリと頷く。
「ホントに無口だよね。だからいつまでたっても『むーちゃん』なんだよ」
俺はうなずく、俺の本名は「山中太一」という、「む」なんて発音は全く入っていない名前なのだが、極端に無口なためにミキからは「無口のむーちゃん」と呼ばれている。
次は現代文か、しかも今日は新しい物語に入る予定だったよな。音読があるのかと思うと気が滅入る。
「では、音読をしましょう」
女教師の言葉が恨めしく思える。
「じゃあ次、渡部」
「はい」
俺の順番は自動的にパスされる。ちゃんとした理由はあるのだが、どうしてもこの瞬間、阻害感を感じざるを得ない。
そして、俺は適当に黒板にかかれた意味不明な呪文をノートに書きうつすことに専念した。
「むーちゃん、帰ろ」
放課後にいつも孤立し勝ちな俺を気遣ってミキが帰宅に誘う。
俺はうなずく。
「じゃ、いこっ」
俺の手を引き下駄箱に誘導する。別にそこまでしてくれなくてもいいのだが。
帰り道、ミキはよく俺に話をする。気を使っているのか「はい」か「いいえ」で答えられる問いが主だ。
「今日、学校におじいさんが入ってきて大変だったのって知ってた?」
横に首を降る。
「で、そのおじいさんって競馬場と間違えて入ってきたんだって。どう見てもただの都立高校なのにね」
うなずく。
いきなりミキが立ち止まった。どうしたのだろうか。
「むーちゃんと話をしてもつまんない」
心臓が止まったような感じがした。
「やっぱり私、太一と話がしたい」
俺は困惑した。「むーちゃん」って俺のことだろ?
「なんかむーちゃんって、都会の夕日みたいで寂しい」
ミキは夕日を指差す。その夕日は多くの密集したビルによって今にも隠れてしまいそうだ。
「夕日ってさ、綺麗だよね。でも、何も言わないから周りは夕日に気付かないで、どんどん夕日の綺麗なとこを隠しちゃう」
夕日を見つめ、風に揺れるポニーテール姿は何か切ないものを感じさせた。
「私、知ってるんだよ。何で太一が無口になったか」
真剣な目で俺を見る。
「太一ってさ、自分の言葉が妹を殺したなんて思ってない?」
なんでこんなときに妹の話をするんだ。思い出したくないのに。
「妹の自殺、それが原因で太一は『むーちゃん』になっちゃったんだよね」
もう言わないでほしい。でも、それを伝えられない。
「太一は妹に『頑張れ』っていってただけでしょ? いじめに苦しんでる妹を見てほっとけなかったんでしょ?」
そうだ、だがその「頑張れ」で余計に妹を傷つけていた。それは妹の遺書を見るまで気付かなかった。
期待にこたえられなくてごめんなさい。
この言葉は生涯俺に付きまとうだろう。
「太一はよく頑張ったよ。確かに空回りしてたけど、助けたい気持ちは変わらなかったはず」
だが、その助けたい気持ちが妹を殺した。
「太一は妹を殺してなんかいない。だから『むーちゃん』になる必要なんてなかったんだよ!」
ミキは俺のシャツの袖を握る。
「はやく、お喋りな太一に戻って。じゃないと私、むーちゃんに殺されちゃうよ……」
涙をこらえているのが手にとるように分かる。
「私、まだ死にたくないよ……」
この時初めて「むーちゃん」がミキを苦しめていることに気付いた。また、妹のようにミキも俺に殺されるのか? 嫌だ、断じて俺が許さない。
今度こそ助けてやる。散々俺の姿をしてミキを苦しめた「むーちゃん」を倒してやる、だから死なないでくれ。
俺は思いっきり息を吸い込み。
俺は「山中太一」に戻った。
ありがとう、ミキ。
さよなら、むーちゃん。