僕らの朝 〜続〜
「僕らの朝」の続編です。
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↑読んでない方は先に読んでみてください
悲しみを作る者には、制裁を。
世界を壊す者には、粛清を。
言葉を操る者には、思いやりを。
僕らは世界を統べる、"神"なのだから。
司の寿命を奪い、僕たちは主人の待つ古びた館へと戻ってきた。部屋の奥、いくつもの医療機器に繋がれて眠る、僕たちの『主人』。
主人のバイタルはいつも不安定でいつ死んでもおかしくはない。
二人は知らない。今まさに、自分たちが心を壊してまで奪った寿命で生き永らえようとしているこの男が、自分たちの実の父親だということを。
「いつか、二人が本当の家族として巡り会える日まで」
そんな綺麗な願いを盾にして、僕は二人を人殺しに巻き込んできた。
司の言う通りだ。僕が一番の偽善者だった。
二人の未来を守るために、二人の父親を救うために、二人の心を怪物に変えたのだから。
300年以上の刻を生きてきた神の僕にとって、人間の命を奪うことなど、本来なら造作もない。ハーフである二人よりも、僕の持つ神の力の方が圧倒的に強く、上位にある。
けれど――僕にはなくて、彼らにはあるものがあった。
「……翠」
壁際にへたり込んだ澪哉が、掠れた声で僕を呼んだ。その瞳には、司の言葉にズタズタにされた「悪意」の痛みが、くっきりと残っていた。
その隣で、光を失った目で自分の両手を見つめている澪。彼女の小さな肩は、世界の儚さに絶望し、壊れてしまった心の重さに耐えかねて震えていた。
僕は、感情の起伏が薄い。300年も生きていれば、大抵のことは冷めた理性で割り切れてしまう。
だが、神の母親と人間の父親の間に生まれた二人は違った。彼らは僕よりも遥かに感情表現が豊かで、繊細で、それゆえに傷つきやすかったのだ。
僕は二人を守る「守護神」のつもりだった。
大好きな叔母様が遺した、血の繋がった従兄弟たちだから。二人がいつか、この父親と本当の再会を果たせる日まで、汚れ役はすべて僕が引き受けて、二人には眩しい場所で笑っていてほしかった。
『お兄ちゃんは、自分が傷つきたくないだけの偽善者だ』
司の乾いた笑い声が、僕の脳裏で響いた。
その通りだ。僕は自分の圧倒的な力に慢心し、彼らの「人間の心」の脆さを甘く見ていた。真実を隠し、綺麗事を並べ、結果として澪の豊かな感情を絶望で塗り潰し、本物の「怪物」へと変えてしまった。
澪たちよりも気づけたことがあったはずだ。
これ以上の偽善が、この世にあるだろうか。
「ごめんね……澪、澪哉……」
今まで生きてきた300年の中で初めて、僕の口から、人間のようないい訳が零れ落ちた。
「翠は……悪くない」
掠れた声で澪哉が言う。
彼は膝に顔をうずめたまま、きつく拳を握っていた。
「悪いのはあのガキだ。…澪の心をめちゃくちゃにしといてよく死ねたよな。」
言葉の悪意の重さ。
だからこそ、その恐ろしさを知る澪哉は、司の言葉を「悪意」として処理することでしか、自分たちの正気を保てなかった。そうでなければ、自分たちが本当にただの醜い偽善者になってしまうから。
「そう…よ。翠は…悪く…ない。」
途切れ途切れの言葉で澪が言った。
ふらりと立ち上がった澪。
まるで人形が無理やり動かされているように。
彼女ももう限界のはずだ。
やはり、立ち上がった澪の瞳には光がない。
「澪……」
悲しみを孕んだ声で澪哉がいった。
だが、澪は声が聞こえていないようで無表情のまま導かれるように主人の眠るベッドへと歩いていった。
「主人…主人…起きてよ……主人」
焦点の定まらない瞳で主人を見つめ続ける澪。
「起きるはずがない。」
澪哉の声は震えていた。澪哉はわかっているのだろう。主人が目を覚ましたとしても、すぐ眠るということを。主人はわずかな活動ですら寿命を削るから。
「主人…あるじぃ……私は生きてて……いいの?」
「教えてよ……主人……」
張り詰めた空気が部屋を覆った。
胸の奥で警報がなる。このままじゃ澪が完全に壊れる。
壊れる前に、救わなければ……今は澪哉も疲弊している。
僕しか…澪を救えない。でも僕にできるのか?
「偽善者」の僕に。
『"また"失敗するのか?』
心の奥底に眠っていた「もう1人の僕」が僕に問いかける。
昔、救おうと思った人が、僕の目の前で壊れていく瞬間を、僕は知っている。
でも、ここで変わらないと…あの時みたいに遠くにいるわけじゃない。手が届く距離にいるんだ。"今"そこにいるんだ。
「み…澪」
たった2文字なのに、僕自身が発した声とは思えないほど震えていた。
「す……い…?」
虚ろな目の澪がこっちを向いた。
「澪は…澪は、それでいいの?そのまま壊れてもいいの?主人は帰る場所を見失っちゃうよ?」
「え……?」
初めて澪の顔に動揺が映った。
「主人が起きた時、澪がいなかったら…主人は誰のところに帰ればいいの?主人の…居場所はどこにあるの?」
「主人の…居場所…」
澪がボソリと呟いた。
「やだ…それは…やだ。みんなと…主人を待っていたい。」
澪の瞳から涙が溢れた。
「翠と…翠たちと…主人を待ちたい…待っていたいよ」
タガが外れたように泣きじゃくる澪
澪哉は安心したかのように、静かに目を閉じた。
そのとき、主人の指がぴくりと動いた。
「「「主人!?」」」
主人の不規則だった心電図がいつのまにか穏やかな波形を描いている。
「主人……」
万年冬だったこの館に春が訪れた。




