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第零章:『水が奪い去ったもの』

その声は甲高かった。間違いなく子供のものだ。だが、この死の海の上で彼女は一体何をしているのか?そして、「お前がここの最後の人間か」とはどういう意味だ?


「どういう意味だ?」と僕は聞き返した。


「大洪水の後、この星の命はすべて消え去ったのさ」


「そんなはずがない……僕の聖なるアイが死ぬわけない、僕が守っているんだ!」


「それでも、私がここにいるってことが、お前以外の全員が死んだという証明なのさ」


そんな馬鹿げた話を信じるわけにはいかなかった。アイを守らなければならない、それが僕の唯一の生きる理由だったのだ。

突如として湧き上がった激しい怒りに目を血走らせ、僕は急造の筏から木片を引き剥がし、宙に浮く子供に向かって投げ槍のように放った。飛来物は彼女に直撃し、その右目に深く突き刺さった。


「痛ぁいっ!」


僕は驚愕した。彼女は痛みを感じるのか。

衝撃で、子供は仰け反るように倒れ込んだ。瓦礫から突き出ていた金属の杭が彼女の頭蓋骨を貫き、脳漿が零れ落ちた。


「痛いじゃないか、もっと気をつけてよ!」と彼女はうめいた。


即死して当然のその凄惨な光景にもかかわらず、子供はまだ言葉を発していた。彼女は両腕に力を込め、杭から頭を引き抜こうと必死にもがいた。そして、グチャリという粘り気のある音とともにそれをやってのけた。顔の右半分は完全に引き裂かれ、空っぽの眼窩と灰白質、そして傷口から漏れ出す奇妙な蛍光色の液体が剥き出しになっていた。

しかし次の瞬間、僕の目の前で肉が塞がっていった。彼女は再生したのだ。


「落ち着いて話そうじゃないか」と、彼女は何事もなかったかのように平然と言い放った。


「クソ女が」


僕は漂流していた石や木片を次々と投げつけた。彼女の体はあちこち貫かれた。だが、子供は肉に刺さった破片を一つずつ引き抜き、その端から瞬時に再生していった。

彼女には敵わないと悟った。だが、アイが死んだという考えが、僕の中で底知れぬ憎悪を呼び覚ましていた。


「僕のアイを返せ!」と僕は叫んだ。


「それはできないよ」


「なぜだ!」


「死んだからさ。大洪水の後、みんな死んだんだ」


「なぜこんなことをした?」


「洪水を起こしたのは私じゃない。お前さ」


「僕が?」


「そう、お前だ。そして、お前がここで唯一の生存者である理由はただ一つ。お前が最も重い罪を犯したからだ」


「最も重い罪だと?」


「私の父、大いなる神によれば、お前は神的な存在を殺したんだ」


「大いなる神?僕が神を殺した?一体誰を!?」


「万物の父をさ。そう、お前は神を殺したんだよ」と、彼女は無邪気な笑みを浮かべて繰り返した。


つまりこのガキによれば、僕は神的な存在を殺したらしい。それが下級の神なのか、地上に遣わされた預言者なのかは明言しなかった。だが正直なところ、そんなことはどうでもよかった。


「お前は一体何なんだ?天使か?」


「私はセラフィム(熾天使)さ」


キリスト教の聖典である聖書を少し読んだことがあったため、セラフィムと呼ばれる天使の存在は知っていた。しかし、目の前にいるこの熾天使は、聖書の記述とは似ても似つかなかった。


「熾天使……でお前の役割は何だ?」


「私は大いなる神の子供でね、そのメッセージを伝えるのが役割さ」


なぜその「大いなる神」が僕にメッセージを送る必要があるのか?混乱する頭の中で、その疑問が堂々巡りをしていた。


「ああ、それと、罪人を別の世界へ送るのも私の使命なんだ」と彼女は付け加えた。


この熾天使は、僕の最大の罪は神殺しだと告げ、今度は別の世界のことを話し出した。普段なら、いくら異世界モノの小説をよく読む僕でも、そんな話は欠片も信じなかっただろう。僕にとって、異世界転生を夢見る連中なんて、貴族の家に生まれ変わり、美しいメイドに囲まれ、絶対的な力を手に入れることを妄想しているだけの自殺志願の鬱病患者にすぎなかった。


「別の世界……どういう意味だ?」


「大いなる神が創った宇宙はここだけじゃないのさ。ここによく似たルールの世界や、全く違うルールの世界が、無数に存在しているんだ」


僕は再び信じることを拒んだ。だが、心のほんのわずかな片隅で、それが真実であってほしいと必死に願っていた。何しろ、目の前で宙に浮いているこの無敵の存在自体が、すでに全ての論理を無視しているのだから。


「僕は、どんな世界に行くことになるんだ?」


「それは偶然が決めることさ。でも、お前の罪の重さを考えれば、地獄のような世界に行くことになるだろうね。さて……一つ質問してもいいかい?」


地獄のような世界。結局のところ、僕の行いと宗教的な道徳に照らし合わせれば、そこが僕の居場所なのだろう。恐怖はなかった。だが、彼女は一体何を尋ねようというのか?


「言ってみろ」と僕は吐き捨てた。


「アイという名の少女を知っているかい?」


アイという名の少女……?一体誰のことだ?僕は自分の記憶をかき回し、顔や声、思い出を探ろうとした。だが……完全な虚無。誰のことも思い出せなかった。


「なぜだ……なぜ、僕は誰のことも思い出せないんだ?」と僕はうろたえた。


「本当にかわいそうに。あんなに守りたがっていたのにね、自分の妹を……」


「アイなんて知らない。僕の唯一の目的は、自分自身を守ることだけだったはずだ」


熾天使は残酷な笑みを漏らした。


「それが、お前の罪に対する最初の罰さ。出会ったすべての人間を忘却すること」


僕は、自分の人生に関わったすべての人間を忘れてしまっていた。名前も、顔も、癖も、感情も。彼らのことをすべて忘却してしまったのだ。それは、僕が受けるうる最悪の罰だった。そして何より……彼女はそれが「最初の罰」だと言ったのだ。


「他の罰は何だ?」と僕は尋ねた。


「それは、自分で見つけるんだね」


熾天使はそれ以上何も語ろうとしなかった。だが僕の中で、赤々と燃える残り火が灯った。絶対的な確信があった。この大いなる神は、僕から『アイ』という名の人物を奪い取ったのだ。僕が何よりも愛し、守らなければならなかった人物を。


僕は記憶を取り戻さなければならない。

僕は、この大いなる神を殺さなければならない。


「さあ、扉をくぐる準備はできたかい?」光の輪を指差し、彼女は促した。「もちろん、拒否してもいいんだよ」


確かに、拒否することもできた。だが、何の意味がある?僕のいるこの世界は、もはや水没した墓場にすぎないのだ。

それに……ここに一人でいるのは、あまりにも孤独すぎる。


「わかった。準備はできている」


「よろしい。それじゃあ、私と手を繋いで……苦しむ覚悟をすることだね」


僕は彼女の手を取った。その肌は赤ん坊のように柔らかかった。

そして僕たちは共に、光の扉をくぐり抜けた。

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