第9話 妖狐の聖獣娘・キツネビがやってきた
カレーの甘い香りがまだ辺境の空に残る数日後。
ヴォル爺は屋敷横の広場でゆったりと体を横たえ、金色の瞳を半分閉じて昼寝を続けていた。
時々低く満足げな息を漏らし、「ふむ……あの味は忘れられぬのう」と呟くようになった。
辺境の住民たちは遠くから恐る恐る見守るだけで、誰も近づこうとしない。
俺は庭で洗濯物を干しながら、脳内リリといつもの会話をしていた。
「ユウマくん! 龍様の反応ほんま最高やったで~! あたし我慢できひんから、もう触れ込み流したったわ! 鳥や風の精霊に『翻訳家さんのところに行けば、龍様が住んでて地球の美味しいご飯が食べられるよ~♪』って全国にばらまいたんや! これで聖獣たち、次々来るはずやで! 狐耳のキツネビちゃんとか、人魚姫とか、ドラゴン娘とか……楽しみすぎてあたしもう寝れへんわ~!」
リリが興奮でまくしたてる声が頭の中で止まらない。
俺は心の中でため息をつきながら返した。
「勝手に全国に宣伝すんなよ……本当に来たらどうすんだ」
「ええやん! ユウマくん推し活のためやし! キツネビちゃん来たらたこ焼き振る舞ってあげて! あたしもう次の触れ込みも準備中やで! ほら、龍様が居ついたおかげでユウマくんの家が『聖獣御用達』になるんや! 不遇職の翻訳家が一気に人気者や~♡」
その時、遠くから軽やかな足音と可愛らしい声が聞こえてきた。
「龍様~! ここが龍様のおうちですか~? 女神様の噂通りだ~!」
ふわふわの狐耳と黄金色の大きな尻尾がぴょんぴょん跳ねる少女が、息を切らして駆け寄ってきた。
赤い着物風の可愛い衣装を着て、耳の先がピクピク動き、尻尾が嬉しそうに左右に激しく振られている。
年齢は見た目15歳くらい。狐耳と尻尾がとても愛らしい妖狐の聖獣娘だ。
彼女はヴォル爺の巨体を見上げて目をキラキラさせ、両手をぱんぱん叩いた。
「わあ……本物の龍様! 女神様が言ってた通りだ! 愚痴を聞いてくれる翻訳家さんのところに龍様が住んでて、地球の美味しいご飯が食べられるって聞いたから、すぐに飛んできました! 私は妖狐の聖獣、キツネビです! 龍様の愚痴聞きもお手伝いしますし、ご飯もいっぱい食べたいです~! ここに住んでもいいですか?」
キツネビは俺の前にぺこりと頭を下げ、狐耳をぴょこぴょこ動かしながら笑顔全開。
尻尾が興奮で大きく左右に揺れ、地面を軽く掃いている。
完全に「龍様の家に住む権利」を勝手に勘違いしている。
脳内ではリリが大絶叫を上げていた。
「来たぁぁぁ! 第一号ゲットや! キツネビちゃん狐耳と尻尾完璧すぎるわ~! かわいさ爆発! ユウマくん、勘違い全開やで! 彼女、龍様目当てで来たと思ってる! あたし触れ込み大成功~♡ ほら、たこ焼き作ってあげて! キツネビちゃん絶対メロメロになるで!」
ちょうどそのタイミングで、花音が中央文書課から仕事終わりに駆けつけてきた。
「ユウマ! 今日もお疲れ~! え、えええ!? 狐耳の女の子!? 龍様の知り合い!? めっちゃかわいい……! 耳ふわふわ! 尻尾も! 私、花音! ユウマの幼馴染で文官! 一緒にご飯作ろうよ! キツネビちゃん、龍様にカレー食べに来たの!? 私も手伝うから! ねえねえ、名前教えて! 一緒に住むの!?」
花音はすぐにキツネビの両手をぎゅっと握って、元気いっぱいに話し始めた。
ポニーテールを振り乱しながら、キツネビの狐耳を興味津々で触ろうとする。
キツネビは尻尾を振って嬉しそうに頷いた。
「はい! 女神様が『龍様がいる翻訳家さんのところに行けば、美味しいご飯が食べられて龍様と一緒に暮らせる』って教えてくれたんです! 私、ずっと龍様に会いたかったから……ここに住ませてください! 愚痴聞きも翻訳のお手伝いもします! 地球のご飯、めっちゃ楽しみです~!」
キツネビの瞳がキラキラ輝き、狐耳がぴょこぴょこ動く。
完全に勘違い全開で「龍様の家に住む」モードだ。
ヴォル爺が片目を開けて低く笑った。
「ふむ……また一人増えたか。
飯の匂いがするなら構わぬぞ。小娘よ、好きにせい」
キツネビが大喜びで尻尾をブンブン振った。
「やったぁ! 龍様、ありがとうございます! 翻訳家さん、よろしくお願いしますね! 美味しいご飯、毎日作ってください~!」
花音が俺の袖を引っ張りながら興奮気味に囁いた。
「ユウマ! キツネビちゃん超かわいい! 狐耳触りたい……! 一緒にご飯作ろう! 龍様も喜ぶよね! 私、毎日来て手伝うから!」
リリが脳内で大はしゃぎしながら締めくくった。
「これで聖獣娘第一号正式加入や! ユウマくん、ハーレム加速スタートやで~!
次は人魚姫やドラゴン娘も来るはず! あたしもう触れ込み第二弾流したくなってきたわ~♡」
辺境の空に、キツネビの明るい笑い声と狐耳のふわふわした動きが加わった。
古代龍が居つく家に、妖狐の聖獣娘がやってきた。
不遇職の翻訳家生活は、静かに、でも確実に賑やかで楽しいものになっていく。
女神の触れ込みが、全国に広がり始めた証拠だった。




