第8話 龍様が「ここに住む」と宣言
ヴォル爺の二皿目のカレーを平らげた後、辺境の空は少しだけ甘いスパイスの香りが残っていた。
巨大な黒い体が屋敷横の広場にゆったりと横たわり、金色の瞳を半分閉じて満足げに息を吐く。
時々尻尾が軽く地面を叩き、低い唸り声が響く。
「ふむ……この味、1000年ぶりに舌が震えたわ……」
辺境の住民たちは遠くから恐る恐る集まり、木陰や家の陰から龍の様子をうかがっている。
誰も近づこうとしない。魔王復活かと思われた古代龍が、ただカレーを食べて満足している姿に、誰もが言葉を失っていた。
俺は庭の端に立ち、龍の巨大な頭の前に少し近づいた。
心臓がまだ少し速く鳴っている。
「ヴォル爺……カレー、気に入っていただけましたか?」
龍の金色の瞳がゆっくりと開き、俺をじっと見下ろした。
重厚で低く、でもどこか優しい声が響く。
「気に入ったなどという言葉では足りぬ。
わしは1000年、雲しか食べておらんかった。
この甘さとスパイシーさ、肉の柔らかさ……わしの心まで温かくなったわ。
おぬし、天野悠真よ。おぬしの翻訳と飯のおかげじゃ。」
脳内ではリリが即座に大興奮で叫び始めた。
「やったぁぁぁ! ユウマくん、龍様完全にメロメロや! 1000年ぶりに心が満たされたって……あたしもう泣きそうやわ~! これで触れ込みの本気モード発動やで! 鳥や風の精霊に『翻訳家さんのところに龍様が住んでて、地球の美味しいご飯が毎日食べられるよ~♪』って全国にばらまいたる! 聖獣娘たちが次々来るはずや! キツネビちゃんとか人魚姫とか、みんな『龍様がいるなら安全でしょ!』って勘違いして集まってくるわ~♡ ユウマくん推し活史上最高の瞬間や!」
リリの関西弁が頭の中で止まらない。
俺は心の中で小さく苦笑した。
「リリ、勝手に全国宣伝すんなよ……本当に聖獣が来たらどうすんだ」
「ええやん! ユウマくんが不遇職から一気に人気者になるチャンスやし! ほら、龍様がここに住むって言ったら、もう辺境は『聖獣御用達の家』やで! カレーだけじゃなく、唐揚げやたこ焼きも開発して、毎日新メニュー出したら聖獣ハーレム完成や! あたし毎日レシピ提案したるから! 楽しみすぎてあたしもう飛び跳ねてるわ~!」
その時、いつもの元気いっぱいの足音が聞こえてきた。
「ユウマ! 今日も龍様のご飯お疲れ~!」
桜井花音が中央文書課から仕事終わりに駆けつけてきた。
栗色のポニーテールを揺らして、俺の横にぴょんと飛びついてくる。
彼女はヴォル爺の巨体をチラッと見て少しビビりながらも、すぐに笑顔全開になった。
「龍様! カレー二皿目も完食したんですね! すごい! ユウマのカレー、ほんとに世界一だよ! 私も手伝ったけど、龍様がこんなに喜んでくれるなんて……ユウマ天才! ねえねえ、龍様、私もご挨拶していいですか? 私は花音! ユウマの幼馴染で文官です! これからも毎日来てご飯作りますから、よろしくお願いします!」
花音は龍の前で元気よく頭を下げ、ポニーテールを大きく振って笑った。
活発な彼女は龍の威圧感に負けず、むしろ目を輝かせて話しかけている。
ヴォル爺が低く笑った。
「ふむ……小娘よ。おぬしも飯の手伝いをしたのか。
よい心がけじゃ。わしはここにしばらく居つかせてもらうとするかのう。
愚痴を聞き、飯を食べ……この場所はわしにとって久しぶりの安らぎじゃ。」
その言葉が辺境全体に響き渡った瞬間、周囲の住民たちがざわめいた。
「龍様が……ここに住むって……」「魔王じゃなくて本当に住むの……?」
龍の宣言は明確だった。
「ここに住む」と正式に決めたのだ。
俺は少し緊張しながらも、深く頷いた。
「……はい。どうぞ、ごゆっくり。ここはヴォル爺の家です。」
花音が俺の腕をぎゅっと掴んで大喜びした。
「やったぁ! 龍様、正式に住むんだ! ユウマの家が龍様の家になるなんて……これから毎日もっと楽しくなるよ! カレーも唐揚げもたこ焼きも、龍様のためにいっぱい作ろうね! 私も毎日手伝うから! ユウマ、すごいよ! 翻訳家なのに龍様を家に招き入れるなんて、私の幼馴染最強!」
彼女の笑顔がまぶしい。
ポニーテールを振り乱しながら、龍に向かって手を振っている。
リリが脳内で大勝利の雄叫びを上げた。
「これで龍様居つき正式決定や! ユウマくん、完璧すぎるわ~!
女神の触れ込みが本格的に効いてくるで! 聖獣娘第一号が来るのももうすぐや!
ユウマくん、これからハーレム加速スタートやで~♡ あたしもう次の触れ込み第二弾も準備中や! 楽しみすぎるわ!」
ヴォル爺が満足げに目を細め、低く唸った。
「ふむ……わしはここに居つかさせてもらう。
飯と愚痴と……この温かさ。
若いドラゴンどもに自慢してやろうかのう。」
巨大な翼が軽く動き、辺境の風が優しく吹いた。
金色の瞳に、1000年ぶりの安堵と楽しげな光が宿っている。
辺境の空に、龍の低い満足げな息遣いと、カレーの残り香が混じり合っていた。
不遇職の翻訳家が、古代龍を正式に家に招き入れた瞬間だった。
女神の触れ込みが、静かに、でも確実に全国へと広がり始めていた。
これから辺境は、もっともっと賑やかになる予感がした。
花音が俺の肩をポンと叩きながら、笑顔で言った。
「ユウマ、これからも一緒に頑張ろうね! 龍様と一緒に、毎日楽しい日々にしよう!」
リリが最後に嬉しそうに囁いた。
「これで聖獣娘ハーレムへの第一歩や!
ユウマくん、次はもっと面白くなるで~!」




