第4話 文官試験、女神フルカンニング
16歳の朝だった。
母親の桜が台所で朝食を用意してくれていた。
「ユウマちゃん、今日が本番ね。頑張ってね」と笑顔で言ってくれただけ。
父親の厳はすでに仕事に出ていて、玄関に「堂々と行け」とメモを残していた。
それだけで十分だった。
家を出ると、すぐに元気いっぱいの声が飛んできた。
「ユウマ! おはよ~! 今日こそ一緒に文官になるんだからね!」
桜井花音が栗色のポニーテールを揺らして駆け寄ってきた。
袴姿のまま、俺の腕をぐいっと掴んで笑顔全開だ。
「私、昨夜も遅くまで勉強したよ! ユウマのおかげで頑張れたんだから、絶対合格するよ! ねえねえ、緊張してる? 私もちょっとドキドキしてるけど、ユウマと一緒なら大丈夫だよね! ほら、行こ行こ! 会場まで一緒に走ろうよ!」
花音の活発な笑い声が朝の街路に響く。
彼女は俺の袖を引っ張りながら、試験会場に向かって歩き始めた。
俺は自然と足を速めながら、心の中で小さく微笑んだ。
脳内では、リリが朝から大興奮でまくしたてていた。
「いよいよ本番やで~! ユウマくん、ええ感じ! あたし今日全力カンニングしたるわ! 歴代最高得点取らせたるから、安心して全部任せて♡」
「リリ、朝からテンション高すぎだろ……」
「テンション高いちゃう! 推し活のピークや! ほらほら、会場に向かう間に世界観のおさらいしよか?
大和皇国は鎖国状態がもう100年続いてるねん。昔、外国から来る魔獣の被害がひどくて、みんなで決めたんよ。それから外交ゼロ、貿易ゼロ、外の言葉なんて誰も話さんようになった。
だからあたしがあげた『全言語翻訳家』が完全に不遇職扱いなんやけど……でも文官は違うで! 文官は国内の行政を全部回す大事な仕事や。税金、農地管理、道路整備、物流、災害時の補給路……全部文官が決めるんよ!
過去の偉い文官の話、覚えてる? 100年前の飢饉の時、補給路を工夫して国を救った藤原様とか……あの人も試験で歴代2位やったんやで! ユウマくんは絶対1位取れるわ!」
リリは止まらない。
俺が会場に近づくにつれて、彼女の声はますます熱を帯びていく。
「ほんでほんで、文官試験の科目は国史・行政法・算術・作文・実務知識の5科目や。
過去問パターン、全部あたしが覚えてるで! 例えば国史の問題で『鎖国政策の理由を述べよ』って出たら、魔獣被害と平和維持の観点から答えれば満点や!
行政法は『税率変更の際の文官の役割』で、公平性と国民生活の安定を重視して……あ、ユウマくん、手汗すごいやろ? あたしが落ち着かせたる! 深呼吸して!」
「リリ、試験中もずっと喋る気か?」
「もちろんや! あたしが耳打ち全開でサポートしたるわ!
それにしても、地球の料理の話で緊張ほぐそか? 試験終わったら絶対カレー作ろうよ! この世界の小麦粉と香辛料で再現できるはずや! ルーは玉ねぎを炒めてから……あ、唐揚げも! 鶏肉に塩コショウして小麦粉まぶして揚げるんやで! たこ焼きは鉄板があれば……ユウマくんが作るの想像するだけでお腹すいてきたわ~! あたし、毎日アドバイスしたるから! 約束やで!」
リリの関西弁が頭の中で弾けるように続く。
俺は心の中で苦笑しながらも、なんだか心強かった。
この女神、本当に暇人だけど……頼りになる。
会場に着いた。
広い講堂に数百人の受験生が座っている。
花音は隣の席に座り、小声で「ユウマ、頑張ろうね!」と親指を立ててきた。
試験が始まった。
最初の科目・国史。
問題用紙に目を通した瞬間、リリが即座に反応した。
「この問題、間違ってる! 正解はこうや! 鎖国政策の背景は魔獣被害だけじゃなくて、国内統一の安定もあったんや。答えは『魔獣被害の防止と国内秩序の維持のため』で書いて!」
俺はペンを走らせる。
隣の花音がチラチラとこちらを見ているのがわかる。
次の行政法。
「ここは過去問の定番やで! 税率変更の際、文官は『公平性』と『国民生活への影響』を最優先に……答えはこれ!」
算術の問題が出た。
「計算式はこう! あたしが全部教えたる!」
休憩時間になると、花音が小声で寄ってきた。
「ユウマ! どう? 私、最初の国史でちょっと迷ったかも……ユウマは平気そうだったね! すごいよ! 教えてよ、どんな風に考えたの?」
花音の目がキラキラしていて、俺は軽く微笑んで「まあ、なんとなく」とだけ答えた。
花音は「ユウマの頭いいところ、ほんと尊敬するわ! 私も負けてられない!」と拳を握って意気込んだ。
午後の科目もリリの耳打ちが止まらない。
「作文は『文官の役割』や! 『国民の生活を豊かにする物流と補給の重要性』をテーマに……あ、ユウマくん、字きれいやで!」
「リリ、ちょっと静かにしてくれ……集中する」
「ええやん! あたしがいるから安心やろ? それにしても試験終わったらカレー作る練習しよう! 唐揚げもたこ焼きも! ユウマくんが文官になったら辺境の家でキッチン作って、毎日新メニュー開発や! あたし、毎日楽しみにしてるわ~♡」
試験が終わった瞬間、花音が席から飛び起きて俺に駆け寄ってきた。
「ユウマ! 終わったよ~! どうだった!? 私、死ぬかと思ったけどユウマのおかげで最後まで頑張れた! ねえねえ、絶対一緒に合格するよね! ユウマと一緒に文官になったら毎日楽しいよね! 会議とかも一緒にできたら最高だよ!」
花音は俺の腕をぶんぶん振り回しながら大興奮だ。
会場から出ると、彼女はさらに声を上げた。
「ユウマ、ほんとにありがとう! 私、ユウマがいなかったら絶対諦めてたかも……一緒に頑張れてよかった!」
数日後、結果発表の日。
講堂に貼り出された榜に、俺の名前が一番上にあった。
「歴代最高得点……天野悠真」
会場がどよめいた。
試験官の白峰宗助が目を丸くして俺を見つめる。
花音が飛びついてきた。
「ユウマ! やったぁぁぁ! 歴代1位だよ! すごいすごい! 私も合格したよ! 一緒だね! これからずっと一緒に文官だよ! やったね~!」
花音の笑顔がまぶしい。
脳内ではリリが勝利の大絶叫を上げていた。
「やったぁぁぁ! ユウマくん、歴代最高得点やで~! あたしのカンニング大成功!
ご褒美にカレー作ってよ! 唐揚げもたこ焼きも! あたしもう待ちきれへんわ~♡」
俺は心の中で小さく息を吐いた。
これで文官になれる。
辺境配属だろうが、不遇職だろうが……この女神と花音がいれば、なんとかなりそうだ。
帰り道、花音が俺の横でスキップしながら歌うように言った。
「ユウマ、これからよろしくね! 絶対楽しい文官生活にしようよ!」
リリが脳内で笑う。
「これからもっと面白くなるで~!」
春の風が、俺たちの背中を優しく押していた。




