第3話 私塾で天才扱いされる件
8歳の春だった。
母親の桜に「行ってらっしゃい」と軽く手を振られて、俺は私塾へと向かった。
父親の厳は朝早く仕事に出ていたので、いつものように一言だけ頭を撫でてくれただけ。
それだけで十分だった。
教室に入ると、先生が簡単な算術問題を出した。
「では、この数を足してみよう」
俺は即座に答えた。
周りがざわつく。
「え……正解? ユウマくん、すごい!」
クラスメイトの視線が一気に集まる。
脳内ではリリが大興奮で叫んだ。
「さあ本番やで~! ユウマくん、ええ感じ! あたしフルサポートしたるわ!」
私塾での日々が始まった。
授業の合間、帰り道、夜の布団の中――リリとの会話が一番長くなった。
「ユウマくん、今日の授業どうやった? 大和皇国の歴史、覚えとる?
この国が鎖国した理由、知ってるやろ? 昔、外国から来る魔獣の被害がひどくて、みんなで決めたんや。
それから100年、外の言葉なんて誰も話さんようになったから、翻訳家は完全に不遇職なんよ~」
リリが楽しそうにまくしたてる。
「でも文官は大事やで! 国内の行政、税金、農地管理……全部文官が回してる。
試験に受かったら、ユウマくんは立派な文官になれる。
あたしが全部教えたるから! ほら、この問題の正解はこう! ここは絶対落とさんといて!
過去問パターン、全部あたしが覚えてるで~!」
彼女のテンションは止まらない。
「それにしても、地球の料理の話もっと聞きたいわ!
カレーのルーってどうやって作るん? 唐揚げの衣は小麦粉でいける?
たこ焼きは鉄板が必要やろ? ユウマくんが文官になったら、辺境の家でこっそりキッチン作って実験しよ~!
あたし、毎日アドバイスしたるから! 楽しみすぎて寝れへんわ~♡」
「まだ8歳だぞ……材料すら揃ってない」
「ええやん! あたしがヒント出すねん! まずは砂糖と塩から始めよか。
ユウマくんが作るの想像するだけでお腹すいてきたわ!」
リリは本当に暇人だった。
でもそのおかげで、俺は授業で次々と正解を連発した。
クラスメイトが「ユウマくん、天才だ……」と囁き合う。
隣の席の花音が、目をキラキラさせて振り向いた。
「ユウマ! また正解してる! どうやってわかったの!? すごいよ! 教えて教えて!」
桜井花音はいつも通り元気いっぱいだった。
ポニーテールを揺らして、俺の袖を引っ張ってくる。
授業が終わると、花音は俺と一緒に帰り道を歩きながら、自分の話をぽつぽつと始めた。
「ねえ、ユウマ。私、最初は武官になりたかったんだよ。
剣とか弓とか、かっこいいじゃん! でもユウマが私塾で勉強してるの見たら……なんか一緒に頑張りたくなってさ。
文官に変えたんだ。ユウマみたいに頭良くなりたいし、一緒に試験受けたら絶対楽しいと思うんだよね!
毎日お父さんに『花音は元気すぎる』って怒られてるけど、私も頑張ってるよ!」
彼女は笑顔のまま、でも少し照れくさそうに続けた。
「ユウマが天才だから、私も負けてられないんだ。
一緒に合格しようね! 絶対だよ!」
花音の活発な声が、夕方の道に響く。
俺は自然と頷いていた。
脳内でリリが大はしゃぎだ。
「きゃあああ! 花音ちゃんの話、かわいいすぎるわ~!
元武官志望から文官転向って、完全にユウマくん推しやん!
幼馴染フラグさらに強化されたで~♡ あたしもう推し活が止まらん!」
帰り道の途中、父親が珍しく早めに帰っていて、玄関で軽く「私塾はどうだ?」と聞いてくれた。
それだけだったけど、俺は「まあまあだよ」と答えた。
夜、布団の中でリリと今日の振り返りをした。
「ユウマくん、今日もええ仕事やったで! 次は歴史の授業でカンニング練習しよか?
あたしが全部耳打ちしたる! それに花音ちゃんの話、めっちゃ面白かったわ。
あの子、努力家やね~。ユウマくんが文官になったら、きっと一緒に働けるかもやし!」
リリが嬉しそうに笑う。
俺は心の中で小さく思った。
この女神の暇つぶしと、花音の明るい声。
私塾での日々が、思ったより悪くない。
いや、むしろ楽しいかもしれない。
「リリ、明日も頼むぞ」
「もちろんや! これからもっと面白くなるで~!」
外では春の風が静かに吹いていた。
俺の異世界生活は、少しずつ加速し始めていた。




