第2話 幼馴染と出会った日
1歳の誕生日だった。
母親の桜が俺を抱き上げて、柔らかい笑顔で言った。
「ユウマちゃん、お誕生日おめでとう。今日からまた一つ大きくなったね」
父親の厳は仕事帰りに少し照れくさそうに頭を撫でて、
「頑張れよ、悠真」とだけ呟いた。
それだけだったけど、十分に温かかった。
その数ヶ月後、俺は初めて自分の足で立った。
ふらふらと数歩進んで母親の膝に倒れ込むと、
桜が目を丸くして喜んだ。
「すごい! ユウマちゃん、歩けたよ!」
脳内では、いつもの元気な関西弁が即座に飛び込んできた。
「うわぁぁぁ! ユウマくん、もう1歳超えやん! 立派すぎるわ~!
あたしも一緒に拍手したかったわ! おめでとう~♡」
リリアーナ――通称リリ――が大興奮でまくしたてる。
彼女とは転生直後から脳内チャットで繋がっている。
暇人女神の暇つぶし相手が俺の役割だ。
「ほらほら、ユウマくん。今日もええ感じやで!
ママの着物、春の桜柄かわいいやろ? あたしも着てみたいわ~」
俺は心の中で小さく苦笑した。
この女神、本当に毎日楽しそうで退屈知らずだ。
それから2歳、3歳と歳を重ねるごとに、俺の世界は少しずつ広がっていった。
母親は毎日子守唄を歌ってくれ、父親は時々文官の話を少しだけ聞かせてくれた。
でも一番長い時間一緒にいるのは、脳内のリリだった。
ある夜、布団の中でリリが本格的に話し始めた。
「ユウマくん、そろそろ本格的にこの世界のおさらいしよか?
ここは大和皇国。着物に袴が普通の、めっちゃ平和な和風異世界や。
でもな、鎖国状態がもう100年続いてるねん。外交ゼロ、貿易ゼロ、外国語なんて誰も話さん。
だからあたしがあげたチート『全言語翻訳家』が、めっちゃ不遇職扱いなんよ~」
「不遇って……マジかよ」
「ちゃうちゃう! でも大丈夫やで! あたしが全力サポートしたる!
文官試験の時、あたしが耳打ち全開で歴代最高得点取らせたるから!
問題集全部覚えとけよ? あたしが『この問題、間違ってる! 正解はこう!』ってガンガン教えたるわ!」
リリが嬉しそうに笑う声が響く。
「それにしてもユウマくん、地球の話もっと聞かせてよ~!
カレーってどんな味? 唐揚げは? たこ焼きは?
あたし、ユウマくんが作るの想像するだけでお腹すいてきたわ!
いつか絶対作ってな? 約束やで!」
「まだ3歳だぞ……材料すらわからん」
「ええやん! あたしがヒント出すから! まずは小麦粉とか砂糖とか、この世界にもある材料で再現できるはずや!
ユウマくんが文官になったら、辺境の家でこっそりキッチン作って実験しよ~♡」
彼女のテンションは止まらない。
地球のファストフードからスイーツまで、次々にリクエストが飛んでくる。
俺は心の中でため息をつきながらも、なんだかんだで楽しかった。
この世界に来てから、孤独を感じたことは一度もない。
「リリ、お前本当に暇なんだな」
「暇ちゃう! 推し活や! ユウマくんがあたしの唯一の癒しなんやで~!
ほら、次は文官試験の過去問の話する? あたし全部覚えてるで!」
そんなやり取りを繰り返すうちに、俺は4歳になった。
春の穏やかな午後、母親に手を引かれて近所の小さな神社へお参りに行った。
桜の花びらが舞う境内は、静かで気持ちが良かった。
すると、突然元気いっぱいの声が響いた。
「おにいちゃん! 君もお参り? ねえねえ、一緒に遊ぼうよ! 絶対楽しいよ!」
振り返ると、栗色のポニーテールを揺らした女の子が立っていた。
袴姿で、両手に桜の花びらを握りしめ、笑顔がまぶしい。
桜井花音――後で名前を知る幼馴染だ。
「えっと……」
俺が少し戸惑っていると、花音は全く気にせず手を引っ張ってきた。
「遠慮しないで! ほら、かくれんぼしよう! 私が鬼やるから!
おにいちゃん、絶対見つからへんように隠れてなよ! いくよ~!」
彼女の笑い声が境内中に響く。
母親が微笑んで見守ってくれる中、俺は仕方なく花音に引っ張られて走り出した。
鬼ごっこが始まると、花音の活発さは本領発揮だった。
「見つけた! ユウマくん、遅いよ~!」と笑いながら追いかけてくる。
かくれんぼでは木の陰に隠れながら「ここだよ~!」とわざと声を出してヒントをくれる。
花びらを追いかけて一緒に走り回る姿は、まるで太陽みたいに明るい。
「ユウマくん、頭いいね! さっきの隠れ方、めっちゃ上手かったよ!
また遊ぼうね! 絶対だよ! 約束!」
遊び終わりに、花音は俺の手をぎゅっと握って言った。
その瞳はキラキラしていて、断る気など全く起きない。
帰り道、脳内でリリが大はしゃぎだった。
「きゃあああ! 幼馴染フラグ立ったで~! 花音ちゃんかわいいわ~♡
ユウマくん、顔赤なってへん? あたしもう推し活爆発しそうや!」
俺は心の中で小さく笑った。
この世界に来て、家族と女神と、そして今日出会った明るい女の子。
少しずつ、俺の異世界生活が色づき始めている気がした。
「リリ、また明日も付き合ってくれよ」
「もちろんや! これからもっと面白くなるで~!」
神社を後にする俺の背中を、桜の花びらが優しく包んでいた。




